弁護士 師子角允彬のブログ

師子角総合法律事務所(東京:水道橋駅徒歩5分・御茶ノ水駅徒歩7分)の所長弁護士のブログです

社宅の明渡義務の不履行に伴う賃料相当損害金は、どのように理解されるのか?

1.社宅の賃料相当損害金

 解雇等に伴い、使用者が、労働者に対して、社宅の明渡を求めてくることがあります。労働契約の終了に争いがなければ、速やかに退去・明渡をするだけですが、解雇等の効力に争いがある場合、しばしば明渡は円滑には進みません。

 労働契約上の地位が存続しており、賃貸借契約も終了していないとして明渡を拒んでいると、使用者側から建物明渡・賃料相当損害金の支払を求める訴えを提起されることがあります。解雇等が有効とされ、こうした請求が認められる場合、賃料相当損害金はどのように理解されるのでしょうか?

 賃料相当損害金は、建物の賃料額と一致するのが普通です。しかし、社宅は福利厚生の一環として、家賃が低廉に抑えられているのが通常です。それでも、賃料相当損害金は、社宅家賃相当額に留められるのでしょうか。それとも、近傍同種の物件の賃料相当額を標準とすることになるのでしょうか。

 昨日ご紹介した東京地判令2.6.3労働判例ジャーナル104-40 モロカワ事件は、この問題についても有益な示唆を含んでいます。

2.モロカワ事件

 本件は、暴行を理由として解雇された従業員(原告A)が、旧勤務先を被告とし、地位確認等を求めて出訴した事件です。

 訴訟提起があった後、被告会社は、原告Aに対し、会社があてがった建物(本件建物)の明け渡しを求める訴えを起こしました。

 また、暴行を受けた被告会社の代表取締役(原告B)も、原告Aに対し、暴行による治療費等の損害金等を求める訴えを提起しました。

 本件は、このように本訴・反訴で構成される第1事件と、暴行による治療費等の損害金を請求する事件である第2事件が、併合審理された事件です。

 原告Aの在職中、本件建物は次の約定で賃貸されていました。

寮費(社宅使用料) 月額3万7500円

寮光熱費      月額1万6700円

 しかし、被告会社は、これでは安すぎるとして、近傍同種の物件の賃料相当損害金を基準に1か月18万9500円の割合による損害賠償を請求しました。

 裁判所は、解雇が有効であり、賃貸借契約が終了したことを前提として、次のとおり賃料相当損害金を認定しました。

(裁判所の判断)

「本件解雇により本件賃貸借契約は終了したと認められる。」

「したがって、被告会社の本件建物明渡請求は、肯認することができる。」

「また、前判示の点に照らせば、原告Aは、被告会社に対し、本件解雇予告手当支払の日の翌日である平成30年11月17日から本件建物の返還義務の債務不履行責任を負うものと認められるところ、本件賃貸借契約の賃料等賃貸条件は前記前提事実・・・のとおりであり、これによれば、本件建物明渡しまで月額5万4200円の遅延損害金を認めるのが相当である。この点、被告会社は、社宅であるがゆえに市場価格より低廉な賃料となっているとして近傍の賃料相当損害金が認められるべき旨主張するけれども、社宅以外の使用方法が具体的に検討されていたというような事情があるわけでもなく、やはり賃料相当損害金としては上記額を認めるのが相当であって、上記被告会社の主張は採用することができない。

「よって、本件遅延損害金請求は、上記限度で肯認することができる。」

3.社宅以外の使用方法が想定されていなければ社宅賃料の限度

 上述のとおり、裁判所は賃料相当損害金を社宅使用料の限度でのみ認定しました。その理由としては、社宅以外の使用方法が具体的に検討されていたというような事情が認められないことが指摘されています。

 本邦の損害賠償は、実損額の限度でしか認められません。そうした法体系からすると、素朴な感覚とは異なるかも知れませんが、理論上、賃料相当損害金は裁判所の判示のとおり帰結されることになるのだと思われます。

 そう考えると、解雇等の効力を争う場合、労働者側としては、安易に社宅を明け渡さない方が、経済的には得と言えるかも知れません。