弁護士 師子角允彬のブログ

師子角総合法律事務所(東京:水道橋駅徒歩5分・御茶ノ水駅徒歩7分)の所長弁護士のブログです

処分事由説明書に記載する事実に求められる具体性-被害者の氏名等の記載は必要的か

1.処分事由説明書

 地方公務員法49条1項は、

「任命権者は、職員に対し、懲戒その他その意に反すると認める不利益な処分を行う場合においては、その際、その職員に対し処分の事由を記載した説明書を交付しなければならない。」

と規定しています。

 国家公務員に対しても同様の規定が設けられており(国家公務員法89条1項)、公務員の方が懲戒処分を受けた時に、その効力を争うことができそうかを検討するにあたっては、先ず、処分事由説明書の懲戒事由の記載を確認することになります。

 しかし、処分事由説明書の記載から詳細な処分事由が確認できず、国や地方公共団体の認識が、今一判然としないことも、少なくありません。

 それでは、この処分事由説明書に記載する事実には、どの程度の具体性が求められているのでしょうか?

 近時公刊された判例集に、この問題について論じられた裁判例が掲載されていました。富山地判令2.5.27労働判例ジャーナル104-42 氷見市・氷見市消防長事件です。

2.氷見市・氷見市消防長事件

 本件は氷見市の消防職員であった方が原告となって提起した懲戒処分の取消訴訟です。取消請求の対象となった懲戒処分は、

平成29年2月27日付けの停職2か月の懲戒処分(第1処分)

平成29年4月27日付けの停職6か月の懲戒処分(第2処分)

の二つです。

 第1処分の理由になったのは、上司や部下に対する暴行・暴言でした。

 また、第2処分の理由になったのは、同僚等に対し、非違行為をリークしたか否かを確認するとともに、リークした場合に報復があることを示唆したこととされていました。

 しかし、第1処分の処分事由説明書には暴行・暴言等の相手方や日時・場所の記載にが欠けていました。また、第2処分の処分事由説明書も、発言やメールの相手方の名前の記載を欠くものでした。

 こうした処分事由説明書の記載に対し、原告は理由不備の違法があると主張しました。

 しかし、裁判所は、次のとおり述べて、理由不備の違法を否定しました。

(裁判所の判断)

地方公務員法49条1項が、職員に対して、懲戒等の不利益処分を行う場合にその処分の事由を記載した説明書を交付しなければならないとしているのは、職員に直接義務を課し又はその権利を制限するという不利益処分の性質に鑑み、処分権者の判断の慎重と合理性を担保してその恣意を抑制するとともに、処分の事由を職員に知らせて不服申立ての便宜を与える趣旨にあると解される。かかる趣旨に鑑みれば、処分事由説明書に記載すべき処分事由としては、いかなる事実関係に基づきいかなる法規を適用して不利益処分がされたかを被処分者においてその記載自体から了知し得るものでなければならないと解される(最高裁判所昭和38年5月31日第二小法廷判決・民集17巻4号617頁、最高裁判所昭和60年1月22日第三小法廷判決・民集39巻1号1頁参照)。」

「第1処分の処分説明書には懲戒処分の根拠法令の記載及び不服申立ての教示に関する記載があることに加えて、処分の内容に関する記載がある。処分の内容においては、『部下に対する暴行、暴言』、『他の部下に対する暴行』、『上司2名に対する暴行や暴言』、『他4名の上司に対する暴言』及び『勤務中の飲酒行為』という記載があるものの、具体的な日時や場所等の記載はない。もっとも、本件調査での事情聴取において、原告に対して、P4に対する暴行及び暴言、P5に対する暴行及び暴言、P6に対する暴行、P7に対する暴行及び暴言、P8及びP7に対する暴言、P10に対する暴言、P11に対する暴言及び飲酒行為について具体的に聴取していることが認められるから・・・、上記のとおり暴行・暴言の相手や日時場所等の特定を欠く記載内容であったとしても、原告にとってその記載自体からいかなる事実関係に基づきいかなる法規を適用して不利益処分がされたかを了知することは可能であったと考えられる。

「第2処分の処分説明書の処分の内容欄には、日時を特定した上、発言内容及びメール内容が具体的に記載されている。確かに、発言及びメールの相手方の名前が記載されておらず、行為について『等』という記載もあるものの、日時の特定された一連の電話での発言及びメールのやり取りのうちの特に問題となる具体的な内容が記載されていれば、原告にとってその記載自体からいかなる事実関係に基づきいかなる法規を適用して不利益処分がされたかを了知することは可能であったと考えられる。

「したがって、第1処分及び第2処分のいずれの処分説明書の記載も、地方公務員法49条1項の要求する処分事由の記載として十分なものであるといえる。

3.原告公務員に了知可能でればいいのか?

 上述のとおり、裁判所は、原告公務員にとっての了知可能性を指摘し、第1処分との関係でも第2処分との関係でも、理由不備の違法を認めない判断をしました。

 しかし、懲戒処分が出されるまでの過程において、地方公共団体が何を問題にしているのかは、ある程度被処分者に伝わっているのが普通です。被処分者が分かっていればいいという論理を推し進めると、凡そ理由不備とされる場面は生じなくなり、法が処分事由説明書の交付義務を定めている趣旨が没却されないのかと心配になります。。