弁護士 師子角允彬のブログ

師子角総合法律事務所(東京:水道橋駅徒歩5分・御茶ノ水駅徒歩7分)の所長弁護士のブログです

妊娠中の解雇を理由とする慰謝料請求

1.違法解雇を理由とする慰謝料請求

 違法な解雇により精神的苦痛を受けた労働者は、不法行為に基づいて慰謝料を請求することができます。しかし、実務上は、地位確認・賃金請求が認められれると、それに伴って精神的苦痛も慰謝されるとの理由で、慰謝料請求が認められない事例は少なくありません(第二東京弁護士会 労働問題検討委員会『2018年 労働事件ハンドブック』〔労働開発研究会、初版、平30〕377-378頁参照)。

 しかし、これには例外もあります。その一つが、妊娠中の労働者等に対して解雇が行われた場合です。男女雇用機会均等法は、9条3項で妊娠等を理由とする解雇等の不利益取扱いを禁止し、9条4項で妊娠中の女性労働者等への解雇は原則として無効になると定めています。こうしたルール設定がなされている背景もあり、妊娠中の労働者等を対象とする解雇に関しては、それが違法・無効とされた場合、比較的柔軟に慰謝料請求が認められています。近時公刊された判例集に掲載されていた、名古屋地判令2.2.28労働判例1231-157 アニマルホールド事件も、妊娠中に解雇された労働者からの違法解雇を理由とする慰謝料請求を認めた事案の一つです。

2.アニマルホールド事件

 本件は、売上金の窃取等を理由として妊娠中に解雇された労働者が、解雇の違法無効を主張し、地位確認等を請求した事件です。請求の趣旨には、違法解雇を理由とする慰謝料請求も掲げられていました。

 被告になったのは、動物病院の経営等を業務目的として設立された株式会社です。

 原告になったのは、被告が経営する動物病院でトリマーとして勤務していた方です。平成30年1月上旬に妊娠が発覚し、同月中に被告会社に妊娠したことを知らせていました。

 平成30年6月1日、被告会社は、原告に対し、同年7月1日付けで普通解雇することを告げました。その理由となったのが、売上金等の窃盗です。

 これに対し、原告は、窃盗の事実は存在しないとして、解雇の違法無効を主張し、地位確認や慰謝料の支払い等を求める訴訟を提起しました。

 裁判所は、

「平成30年5月11日を含む被告会社が主張する41回の窃取についてそのうち1回でも原告が行ったものであるとは認めることはできない。」

と判示し、解雇が違法無効であると判示したうえ、次のとおり述べて、原告の慰謝料請求を認めました。

(裁判所の判断)

「本件解雇は、客観的合理性・社会的相当性を欠いており、権利濫用と評価され、認定事実の平成30年5月11日以降の経過や本件訴訟での主張立証状況に鑑みても性急かつ軽率な判断といわざるを得ず、少なくとも被告会社に過失が認められることは明らかであるから、原告の雇用を保持する利益や名誉を侵害するものとして、不法行為を構成するというべきである。」

(中略)

「解雇により被る不利益は、主として、本来得られたはずの賃金という財産的利益に関するものであり、未払賃金等の経済的損害のてん補が認められる場合には、これによっても償えない特段の精神的苦痛が生じたといえることが必要と解するのが相当である。」

「原告は、被告会社から確たる証拠もなく窃取を理由に産前休業の直前に解雇されたものであること、本件解雇の通告後、認定事実のとおり、その影響と思われる身体・精神症状を呈して通院していることに照らすと、未払賃金の経済的損害のてん補によっても償えない特段の精神的苦痛が生じたと認めるのが相当である。

「これまで述べた認定説示その他本件に顕れた一切の事情を総合考慮すれば、原告の精神的苦痛に対する慰謝料額としては50万円が相当である。」

3.妊娠中であれば妊娠とは無関係な違法解雇でも慰謝料を請求しやすい

 男女雇用機会均等法との関係で、余程法律に無理解な使用者を除けば、妊娠を理由として労働者を解雇するといった暴挙には及びません。仮に、本音が妊娠した労働者に辞めてもらいたいという点にあったとしても、妊娠とは無関係な解雇事由を主張します。

 そうした背景があるためか、一見すると妊娠とは関係なさそうな事由が構成されている場合でも、妊娠中の労働者への解雇が無効とされる場合、裁判所は、比較的柔軟に慰謝料請求を認める傾向があるように思われます。

 そのため、妊娠中に解雇された労働者が、その効力を争う場合、妊娠とは関係なさそうな解雇事由が構成されていたとしても、慰謝料請求を付加・併合しておくことが推奨されます。