弁護士 師子角允彬のブログ

師子角総合法律事務所(東京:水道橋駅徒歩5分・御茶ノ水駅徒歩7分)の所長弁護士のブログです

普段あたりさわりのない評価をしていた部下に本音を伝える時の留意点

1.部下や後輩に対する評価

 部下や後輩の仕事ぶりを評価することは、難しい業務の一つです。期待した水準に達していなかったとしても、そのことをストレートに伝えることが、必ずしも良い結果に繋がるとは限らないからです。できない点ばかり指摘していては人は意欲を失います。多少の粗には気にせず、良い評価を伝えて自信を与えた方が、能力の向上に結び付くことは、決して少なくありません。しかし、だからといって、問題点を指摘せず、あたりさわりのない評価ばかりしていても、それはそれで成長に繋がりません。

 上司の中には、こうした困難さから目を背け、本音では低い評価をしていても、本人に対してはあたりさわりのない評価を出し続けるといった対応をとる方もいます。しかし、このような対応をしていると、何かの拍子に本音ベースでの評価に直面させざるを得なくなった時、部下との間に強い軋轢が生じることがあります。近時公刊された判例集に掲載されていた、大阪高判令2.7.3労働判例1231-92 国・京都上労基署長(島津エンジニアリング)事件も、そうした軋轢が問題になった裁判例の一つです。

2.国・京都上労基署長(島津エンジニアリング)事件

 本件は労災の不支給処分の取消訴訟です。

 原告(控訴人)の方が勤めていたのは、機器・装置の開発・設計・製図、テクニカルイラストレーション、コンピュータソフトウェアの技術業務等を事業内容とする株式会社(本件会社)です。

 原告は、本件会社との間で有期雇用契約を結び、契約社員として働いていた方です。

 正社員登用試験に関係する課長面談や社長面談により適応障害等の精神障害に罹患したとして、休業補償給付の支給を申請しました。しかし、労働基準監督署長は原告の休業補償給付の申請支給しない処分を行いました。一審でも労働基準監督署の判断は維持され、原告の請求は認められませんでした。本件は、その控訴審判決です。

 課長面談で原告の方がストレスを感じたのは、課長から辛辣な評価を伝えられたうえ、正社員への推薦を拒まれたからです。

 課長は、部下とのコミュニケーションツールである行動育成計画書の上では、原告の働きぶりについて、「目標を順調にクリアされているようですね。」「引き続き目標に向かって行動を続けてください。」「達成度が高くきっちりと取り組まれたと評価いたします。」「高い達成度おそれいります。」「改善提案以外の達成度は80アーセンとを超えておりすばらしいと思います。」などと肯定的評価を数多く記載していました。しかし、その一方、管理職間では原告の方を5段階(A、B、C1、C2、C3)で下位15%に当たるC2に分類し続けていました。このように本人に問題が覆い隠されていたところ、面談で本音ベースでの評価に触れることになり、これが原告の方に強い衝撃を与えました。

 こうした業務負荷について、裁判所は、次のとおり評価し、適応障害等の業務起因性を認めました。

(裁判所の判断)

「G課長は、控訴人の業務評価について、仕事の効率を考えていないといった消極的な評価をし、昇給査定のための課長考課でも下位評価をしていたが、それを控訴人に対して業務の課題として明確に伝えて指導するわけではなく、かえって行動育成計画書では肯定的評価を多数記載しており、過去に控訴人の正社員登用試験の推薦をしたことがあったのであるから、控訴人にとっては、自らの業務遂行について改善の機会を与えられることなく、いきなり正社員登用試験受験につき推薦されないという対応をされることは予想外のことであったというべきである。他方で、G課長は、控訴人が資格取得の勉強に時間を費やしていたことを知ってはいたが、それが正社員登用のためのものであることを知らなかったことや、正社員登用試験の受験申請書を受理してもその申請の経緯や意向を確認しなかったことからすれば、職場の暑さ対策やパソコンの不具合対応の件も含め、控訴人との間で職務上当然求められる意思疎通を適切に行っていなかったということができる。・・・」

「かかる状況のもと、本件出来事1(G面談)は、正社員登用試験受験申請をした控訴人に対し、その申請の経緯や意向を確認しないまま、控訴人について上記受験申請に必要な部署長の推薦をしない旨述べたものであるから、控訴人にとっては全くの予想外のことであって不意打ちといわざるを得ないものである。」

「しかも、G課長は、前記のとおり、正社員登用試験受験の機会を平成26年は与えないというにとどまらず、控訴人が今後の組織運営に必要としない人材であって契約社員としても将来の雇用の継続が困難になることを予測させることまで述べており、これは、上記推薦をしないことを伝える面談の場において告げる必要のない内容であるとともに、従前の経緯からは全く予想外の業務評価である。」

「加えて、G課長は、控訴人が本件会社に入社する時から充実感等を感じていたテクニカルライターの仕事に関して、控訴人が自信を有していたライティング技術には、スキルにおいて特出したものはない旨の発言もしており、これも日頃指摘されていない業務評価であって、不意打ちに当たり、控訴人の自負心を著しく傷つけるものであったといえる。」

「さらに、G面談は、控訴人とG課長の二人だけが在室した部屋で1時間以上に及び、その中で、G課長が、上司として、興奮状態の控訴人を宥めたり、次年度以降の受験につながる話し方をしていないものであって、その伝え方も部下の心情に対する配慮を著しく欠くものであったといわざるを得ない。・・・」

「そして、本件出来事2(社長面談②)は、控訴人が一縷の望みともいえる期待をして面談したJ社長が、G面談の2日後に、控訴人に対し、平成25年4月19日の社長面談①の発言に何ら言及しないままに、G課長から消極的な意見が出たので合格は難しいなどと伝え、G面談によって精神的な打撃を受けた控訴人に対し、さらに追い打ちをかけるように精神的な打撃を与えるものである・・・」

以上検討したところによれば、本件出来事1については、控訴人が、平成25年3月の契約社員従業員規則の改正という契約社員の地位に関する重要な改正に関して、社長面談①でのJ社長の発言が本件会社の組織として一貫した方針に基づくとはいい難いものであったのに、その発言を契機として、正社員登用試験受験に向けて努力を重ね、行動育成計画書では課題への取組について肯定的評価を受けていたにもかかわらず、G課長が控訴人に対し、『正社員登用試験受験の推薦をしない』と告げたもので、控訴人にとっては全く予想外の不意打ちであること、G課長の発言内容はそれだけでなく、その場で告げる必要がなく、かつ、全くの予想外の内容である、今後の組織運営に必要としない人材であるという業務評価まで告げたこと、G課長は、上司として、控訴人の自尊心を傷つけるような発言を含め長時間にわたって面談をし、興奮状態の控訴人を宥めたり、次年度以降の受験につながる話し方をせず、部下の心情に著しく配慮を欠く方法で行ったという点において、労務管理上極めて不合理かつ不適切な対応であったというべきである。そして、本件出来事2もG面談を追認するものでやはり不適切な対応であったというべきである。

「控訴人は、G面談については、『気を失うぐらいでしたし、話が終わった後も立てないぐらいでした。』・・・、社長面談②については、『あんなに期待させておいて、受かる受からないは別として、受けられないなんて、受けられないにしても、これだけひどいことを言われて、こんな努力もして、本当に何だったんだろうと頭が真っ白になりました。』・・・などというのであり、本件各出来事の直後に本件疾病を発病していることも併せ考慮すると、控訴人が本件各出来事によってかなりの心理的負荷を受けたと認められる。そして、この心理的負荷は、上記判示の本件出来事1の労務管理上の不合理性及び不適切性並びに本件出来事2の不適切性によるもの、すなわち客観的な事由によるものであり、控訴人に特殊なものとは解されず、控訴人と職種、年齢、経験などが類似する同種の労働者にとっても、同様にあり得る受け止め方ということができる。そうすると、本件各出来事は、総合して、認定要件における『業務による強い心理的負荷』の原因であると評価することができる。」

「したがって、本件疾病の発病前6か月の間に業務による強い心理的負荷があったと認められる」

3.取消訴訟ではあるが・・・

 本件は労災不支給の取消訴訟ではありますが、裁判所が示した考え方は労災民訴(労災で填補されない損害について、別途、使用者に損害賠償を求めること)でも応用可能なものだと思います。

 表向きは色よいことを述べつつも、裏では低評価をするといった手法は、公正とはいえません。こうした矛盾が表面化したことで、精神疾患の発症に繋がる負荷を受けた労働者は、労災という観点からだけではなうく、民事訴訟で損害の賠償を求めるといった選択も考えられます。

 お困りの方がおられましたら、ぜひ、お気軽にご相談ください。