弁護士 師子角允彬のブログ

師子角総合法律事務所(東京:水道橋駅徒歩5分・御茶ノ水駅徒歩7分)の所長弁護士のブログです

戒告・譴責の無効確認を求める訴えの利益

1.戒告・譴責

 懲戒処分の類型の一つに、戒告や譴責と呼ばれているものがあります。これは、大抵の会社では、最も軽い懲戒処分として位置づけられています。

 厚生労働省のモデル就業規則でも「けん責」は最も軽い懲戒処分とされていて、その内容は「始末書を提出させて将来を戒める」ことであると定義されています。

https://www.mhlw.go.jp/stf/seisakunitsuite/bunya/koyou_roudou/roudoukijun/zigyonushi/model/index.html

https://www.mhlw.go.jp/content/000496428.pdf

 軽微な処分で、必ずしも法的な意味での不利益との結びついていないことから、戒告・譴責といった処分の効力をダイレクトに争う裁判(無効確認請求訴訟)には、訴えの利益が認められないことがあります。

 そのことは、以前、このブログでも言及させて頂いたことがあります。

https://sskdlawyer.hatenablog.com/entry/2019/10/05/005132

 訴えの利益が認められない無効確認請求訴訟は、不適法却下されます。これは、有効か無効かを判断する実益がないから、その問題には立ち入らないという裁判所の意思表示です。

 しかし、戒告・譴責といった軽微な懲戒処分は、しばしば重たい処分を課する前哨戦として出されますし、労働者にとって不名誉なことでもあります。

 そのため、それほど顕著ではないにしても、戒告・譴責といった処分を争いたいというニーズは確かに存在します。

 このような状況のもと、東京高裁で「けん責」処分の無効確認の訴えの利益を認めた判決が言い渡されました。東京高判令元.6.27労働判例ジャーナル95-46 WOWOW事件です。

2.WOWOW事件

 本件は「けん責」処分を受けた被告・被控訴人の従業員である原告・控訴人が、その効力を争い、処分の無効確認と、違法な懲戒処分で精神的苦痛を受けたことによる損害賠償を請求した事件です。

 原審は処分の無効確認に係る訴えを却下しましたが、東京高裁は、次のとおり述べて、訴えの利益を認めました。

(裁判所の判断)

本件就業規則62条1項9号は、『前条で定める処分(厳重注意、けん責、減給及び出勤停止)を再三にわたって受け、なお改善の見込みがないとき』に懲戒解雇に処すると定めていること、控訴人は、本件懲戒処分以前にも、けん責の懲戒処分を受けたことは、前記前提事実のとおりである。そうすると、控訴人は、本件懲戒処分が有効であれば、2回目のけん責の懲戒処分を受けたことになり、同号の適用を受ける可能性が生じるから、本件懲戒処分により受ける不利益は、単に金銭の支払を求めるだけでは十分に回復することができないのであって、本件懲戒処分の無効確認の訴えは、現に存する紛争の直接かつ抜本的な解決のため最も適切かつ必要と認められる場合に当たるから、その確認の利益を認めるのが相当である。
「これに対し、被控訴人は、本件就業規則62条1項9号は、過去に懲戒処分を受けたにもかかわらず全く反省せず、その後も不正行為を繰り返すという悪質な場合を対象とするものであって、けん責の懲戒処分を受けただけで直ちに同号の適用対象者になるわけではないなどと主張する。」
「しかしながら、本件懲戒処分が有効であれば、控訴人は本件就業規則62条1項9号の適用を受ける可能性が生じるから、本件懲戒処分により受ける不利益は、単に金銭の支払を求めるだけでは十分に回復することができないのであって、本件懲戒処分の無効確認の訴えは、現に存する紛争の直接かつ抜本的な解決のため最も適切かつ必要と認められる場合に当たることは、前示のとおりである。被控訴人の主張は採用することができない。」
「したがって、本件懲戒処分の無効確認の訴えは適法である。」

3.一審却下判決が維持されているが・・・

 本件は訴えの利益が認められているにもかかわらず、一審の却下判決が維持される(控訴が棄却される)という分かりにくい判断がされています。

 これは不利益変更の禁止という原則が働くからです。当事者の一方だけが控訴した場合、控訴した側の地位を一審以上に不利に変更することは認められていません(双方控訴の場合にはこうした制約はありません)。

 本件では無効確認請求は却下、損害賠償請求は棄却という全面敗訴判決を受けた原告の側だけが控訴していたため、却下判決(有効か無効かの判断には立ち入らない)を請求棄却判決(無効ではない)に変更することができなかったことから、一審判決(却下判決)が維持されることになりました。

 使用者が、明らかに解雇を企図して、小さな非を殊更にあげつらい、戒告・譴責を繰り返している場合など、軽微な懲戒処分が出されている段階から裁判に持ち込むことに合理性のあるケースは、確かに存在します。そこまで陰険ではなくても、戒告・譴責といった懲戒処分を受けた履歴は、懲戒処分の過重要素として考慮されることが少なくありません。

 コツコツと小さな懲戒処分が積み重ねられて行って不安である、そうした方は、牽制の意味でも、法的紛争を前倒しで仕掛けて行くことを、検討してみて良いのではないかと思います。