弁護士 師子角允彬のブログ

師子角総合法律事務所(東京:水道橋駅徒歩5分・御茶ノ水駅徒歩7分)の所長弁護士のブログです

戒告・譴責の効力を争う場合の留意点(不適法却下されないために)

1.戒告・譴責

 懲戒処分の一つに戒告・譴責といった処分類型があります。

 厚生労働省のモデル就業規則において、

「けん責」(譴責)は「始末書を提出させて将来を戒める」処分として規定されています。

https://www.mhlw.go.jp/stf/seisakunitsuite/bunya/koyou_roudou/roudoukijun/zigyonushi/model/index.html

https://www.mhlw.go.jp/content/000496428.pdf

 懲戒処分の中では軽い処分類型として位置付けられており、会社によっては「戒告」という呼称が付けられていることもあります。

2.戒告・譴責の無効を争うには

 軽微な処分であるため、単発で終わりそうである限り、法的措置に訴えてまで戒告・譴責の効力を争わなければならない事案は、それほど多くはないと思います。

 しかし、戒告・譴責といった処分は、労使紛争の前哨戦的な意味合いで用いられることがあります。

 特定の労働者を職場から排除するため、些細な非違行為に対して逐一、戒告・譴責といった懲戒処分を科して行き、それを累積させていくことで解雇等の重い処分に繋げて行くといったようにです。

 こうした場合、戒告・譴責の効力を一々潰しておきたいというニーズが生じ、戒告・譴責の無効確認を求める訴訟が提起されることがあります。

 しかし、無効確認訴訟を単発で提起することは、手続選択として必ずしも適切ではありません。戒告・譴責の効力を争うためには、懲戒権の濫用を理由とする損害賠償請求訴訟の形式で行う必要があります。

 なぜなら、戒告・譴責の無効確認訴訟を提起しても、それだけでは訴えの利益がないとして不適法却下されてしまう例があるからです。

 近時の公刊物に掲載されていた、東京地判平31.3.28労働判例ジャーナル90-44フジクラ事件も、戒告の無効確認訴訟の訴えの利益が問題になった事案の一つです。

3.フジクラ事件

 フジクラ事件は、地位確認請求を主戦場とする事件ではありますが、解雇に先行してなされた戒告の効力も争われました。

 戒告の効力を争うにあたっては、無効確認請求の形態がとられました。

 これに対し、裁判所は、

被告における懲戒処分たる戒告は、上記第2の2(2)ウ(ウ)の前提事実のとおり、対象者の将来を戒めるものにすぎず、従業員に対してその他の義務を負わせるものではない上、減給や昇給延伸等の法律効果を何ら生じさせるものではないから、本件戒告処分が無効であることを確定することがこれを基礎として生じた法律上の紛争を解決するために必要かつ適切であるということはできない。
原告は、本件戒告処分によって将来の懲戒事由が生じたときにより重い懲戒処分を受ける可能性があるため、本件戒告処分の無効の確認の訴えには、確認の利益がある旨を主張している。しかしながら、本件戒告処分を考慮してその後に懲戒処分が行われた場合には、端的に後の懲戒処分の効力等を問題とすれば足りることであるし、本件戒告処分が無効であることを確定したとしても、本件戒告処分が有効な場合と比べて、その後に行われる懲戒処分が必ずしも軽くなるというものでもないから、本件戒告処分が無効であることを確定することが後に行われた懲戒処分をめぐる紛争の直接かつ抜本的な解決のために適切かつ必要であるということもできない。したがって、原告の上記の主張は、採用することができない。」
「そうすると、本件訴えのうち本件戒告処分の無効の確認の請求に係る部分は、その確認の利益を欠くものとして、却下を免れない。」

と訴えの利益を否定し、戒告処分の有効性の判断に踏み込むことはありませんでした。

4.司法的救済を得るために

 戒告・譴責の無効確認請求に対し、訴えの利益が否定されて不適法却下されるというパターンは目新しい議論というわけではありません。

 例えば、東京地判平2.12.21労働判例574-6大和銀行事件は、

「被告の就業規則においては、六二条が懲戒事由を定め、譴責、減給、降格、諭旨退職、解雇の五種の処分をおこなうものとし、戒告の効果については格別の規定がない。」
「したがって、戒告は単なる文書による注意で懲戒処分ではなく、事実行為であるとみるしかない。原告は、右戒告処分の無効の確認を求めているか、戒告の無効という過去の事実行為の確認を求める訴えは、原則として許されない。たたし、戒告の無効を確認しておくことが、紛争の直接かつ抜本的な解決のため最も適切かつ必要と認められる場合は、確認の利益かあるものとして、右無効確認の訴えも許容されるが、本件においては右必要性は認められない。結局、本件戒告の無効確認の訴えは、その利益を欠き、不適法である。

と判示しています。

 大和銀行事件における戒告処分は懲戒処分ではないとされていますが、法的な効果とダイレクトに結びつかない処分の無効を確認することに訴えの利益が認められるか否かは論点として意識されてきた問題です。

 不適法却下を避ける方法は、何も難しい論証が必要になるわけではなく、懲戒権の濫用を理由として損害賠償請求する形態ととれば良いだけです。

 戒告が懲戒権の濫用であるからといって、必ずしも不法行為が成立するわけではありません。例えば、東京地判平31.2.25LLI/DB判例秘書登載は、

「被告ないし懲戒審査委員会は、本件規程に則った懲戒手続を履践し、審査の結果、戒告処分相当との判断をしたものであるところ、判断の過程で十分な検討がされたとは認め難いが、懲戒事由に係る事実認定及びその評価においては、規範的な判断も伴う上、本件メール1ないし3について、およそ懲戒事由が観念できないとか、違法不当な目的に基づき本件戒告処分がされたものと認めることはできず、結果的に本件戒告処分が違法無効であるとしても、これについて被告が不法行為又は債務不履行による損害賠償責任を負うと解することはできない。

と判示し、戒告処分が無効であることを認めつつ、損害賠償請求は認めませんでした。

 しかし、理由中の判断で戒告処分の有効性の判断が示されるため、司法的に効力を否定しておくという意味では所期の目標は達成することができます。

5.フジクラ事件も損害賠償の形式をとっていれば別異の判断があったかも知れない

 フジクラ事件では、次の事実が戒告の原因となっています。

「原告は、本件通勤災害に係る負傷の治療のために、東京都江東区内に所在する医療法人社団高裕会深川立川病院(以下単に『深川立川病院』という。)に頻回に通院をするようになったが、これと並行して、うつ病ないし適応障害のために、他の医療機関にも通院をしていた。平成28年6月1日から平成29年4月30日までの期間に係る原告の通院及び就労の状況は、別紙『原告の勤怠と通院等の状況』に記載のとおりである(別紙の記載のうち『勤怠』欄の『半』との記載は年次有給休暇を半日単位で利用した日を、『災』との記載は本件通勤災害の通院のために終日欠勤した日を、『短』との記載は午前10時から午後3時までの短時間勤務をした日を、『欠』との記載は上記以外の欠勤日をそれぞれ表す。)。(証人q3(5ページ及び6ページ)及び弁論の全趣旨)」
「原告は、うつ病ないし適応障害のために休職を検討していた中で、上記のとおり、同年3月15日から同年4月15日までの間に合計21日の欠勤をした。このため、被告が原告に対して医師の診断書の提出を求めたところ、原告は、同月25日、『病名 なし』、『就業継続は可能と判断する。』と記載された同年3月31日付けの診断書を提出したものの、欠勤をしていた上記期間中に原告が病気にかかっていたことなどを内容とする診断書を提出することはなかった。

 精神疾患の存在に関しては、過労自殺における過失相殺の可否を論じる場面ではあるものの、

「労働者の精神疾患に関する情報は自己のプライバシーに属し、使用者に対して積極的に申告することが期待し難い性質のものである。」

と位置付けている裁判例もあります(福岡地裁平30.12.11労働経済判例速報2382-12ディーソルNSP事件)。

 就労の可否を超えて病名を記載した診断書を提出しなかったことを理由に懲戒処分まで科すことができるかは議論の余地があり、損害賠償請求の形態をとっていた場合に裁判所がどのような判断をしていたのかは気になるところです。