弁護士 師子角允彬のブログ

師子角総合法律事務所(東京:水道橋駅徒歩5分・御茶ノ水駅徒歩7分)の所長弁護士のブログです

定年後再雇用拒否で地位確認を請求できる場合(労働契約の特定性)

1.定年後再雇用拒否の争い方

 事業主には65歳までの高年齢者雇用確保措置をとることが義務付けられています(高年齢者雇用安定法9条1項)。

 雇用確保措置には、①定年の引上げ、②継続雇用制度の導入、③定年の定めの廃止の三項目が掲げられていますが、多くの企業は、60歳定年を維持したうえ、②継続雇用制度の導入を図ることで対応しています(高年齢者雇用安定法は8条で定年年齢の下限を60歳としています)。

 それでは、継続雇用制度の対象にしてもらえなかった労働者は、継続雇用制度の適用を受けることを前提に労働契約上の地位の確認を求めることはできないのでしょうか?

 この問題について、最一小判平24.11.29労働判例1064-13津田電機計器事件は、

「被上告人において嘱託雇用契約の終了後も雇用が継続されるものと期待することには合理的な理由があると認められる一方、上告人において被上告人につき上記の継続雇用基準を満たしていないものとして本件規程に基づく再雇用をすることなく嘱託雇用契約の終期の到来により被上告人の雇用が終了したものとすることは、他にこれをやむを得ないものとみるべき特段の事情もうかがわれない以上、客観的に合理的な理由を欠き、社会通念上相当であると認められないものといわざるを得ない。したがって、本件の前記事実関係等の下においては、前記の法の趣旨等に鑑み、上告人と被上告人との間に、嘱託雇用契約の終了後も本件規程に基づき再雇用されたのと同様の雇用関係が存続しているものとみるのが相当であり、その期限や賃金、労働時間等の労働条件については本件規程の定めに従うことになるものと解される

と判示し、地位確認請求を認めました。

 しかし、津田電機計器事件以降、雇用が義務付けられることを防ぐため、使用者の間で、定年後再雇用される場合の労働条件を「協議・合意による」といったように、敢えて不明確にしておくというスキームが普及しています。こうしておくと、損害賠償請求はともかく、労働契約の内容が不明確であることを理由に地位確認請求を排斥できるからです。近時公刊された判例集に掲載されていた、東京地判令5.6.29老づ判例1305-29 アメリカン・エアラインズ事件も、こうしたスキームが効力を発揮した事件の一つです。

2.アメリカン・エアラインズ事件

 本件で被告になったのは、旅客及び貨物の航空運送当を業とする米国法人です。

 原告になったのは、昭和62年に被告(日本支社)と労働契約を締結し、正社員として働いていた方です。新型コロナウイルス感染症の影響により経営環境が悪化し、会社規模を縮小せざるを得なくなったとして定年後再雇用を拒否されたことを受け、労働契約上の地位確認等を求める訴えを提起したのが本件です。

 原告の地位確認請求に対し、裁判所は、次のとおり述べて、これを排斥しました。

(裁判所の判断)

「原告は、定年に達した後も被告に継続雇用されるものと期待することについて合理的な理由があり、また、本件再雇用拒否は客観的に合理的な理由はなく、社会通念上も相当であるとはいえないから、労契法19条2号の適用若しくは類推適用により、原告と被告との間には本件契約が成立しているといえる旨を主張する。」

「そこで検討するに、期間の定めのない労働契約が定年により終了した場合であっても、労働者からの申込みがあれば、それに応じて期間の定めのある労働契約を締結することが就業規則等で明定されていたり、確立した慣行となっており、かつ、その場合の労働条件等の労働契約の内容が特定されているということができる場合には、労働者において労働契約の定年による終了後も再度の労働契約の締結により雇用が継続されるものと期待することにも合理的な理由があり得、そのような場合において、労働者から再度の労働契約の締結の申込みがあったにもかかわらず、使用者が労働契約を締結せず、それが客観的に合理的な理由を欠き、社会通念上相当と認められない場合には、使用者が再雇用契約を締結しない行為は権利濫用に該当し、労契法19条の基礎にある法理や解雇権濫用法理の趣旨ないし使用者と労働者との間の信義則に照らして、期間の定めのない労働契約が定年により終了した後に、上記の特定されている契約内容による期間の定めのある再度の労働契約が成立するとみる余地はあるものと解される。」

「これを本件についてみるに、前記・・・において認定し説示したとおり、被告における定年後再雇用の制度は、定年に達した従業員につき、一旦被告を退職したものと取り扱った後に、あらためて被告と当該従業員との間で協議・合意をした上で有期の労働契約を締結することを内容とするものであったことが認められるところ、その際、再雇用契約の内容は、就業規則等において特定の労働条件が示されていたものではなく、かえって、当該契約を締結する個々の定年退職者との個別の協議により合意されることとされていたことが認められるから、定年後再雇用によって確定される労働契約の内容(労働条件等)が再雇用契約の締結時において特定されていたとは解し難いものといわざるを得ない。

(中略)

「原告は、最高裁平成24年判決を引用した上で、高年法9条2項の継続雇用制度が採用されている被告において、当該制度上の継続雇用の要件を満たしている原告については、継続雇用を期待する合理的な理由があること認められ、当該基準を満たしている
原告を特段の理由もなく継続雇用しないことは客観的に合理的で社会通念上相当であるとは認められない旨を主張する。」

「しかしながら、最高裁判所平成24判決は、高年法9条2項所定の継続雇用基準を含む同条1項2号所定の継続雇用制度を導入した使用者が、契約雇用基準を満たしていた者について契約の更新をしなかったことに関し、労働者において嘱託雇用契約の終了後も雇用が継続されるものと期待することには合理的な理由があると認められる一方、使用者において労働者につき上記の継続雇用基準を満たしていないものとして継続雇用制度に基づく再雇用をすることなく従前の労働契約の終期の到来により労働者の雇用が終了したものとすることは、他にこれをやむを得ないものとみるべき特段の事情もうかがわれない以上、客観的に合理的な理由を欠き、社会通念上相当であると認められないとし、当該事案の下において、労働者と使用者との間に、嘱託雇用契約の終了後も継続雇用制度に基づき再雇用されたのと同様の雇用関係が存続しているものとみるのが相当であり、その期限や賃金、労働時間等の労働条件については同制度の規程の定めに従うことになるもの旨を説示したものであるところ、前記・・・において認定し説示したとおり、原告については就業規則65条5号所定の定年後再雇用を行わない事由が存在したものであり、また、定年後再雇用後の労働条件については個別に合意されることとされ、特に具体的な労働条件として特定されていたり、特定の労働条件で再雇用契約が締結されることが慣例化していたものでもないことが認められるから、最高裁平成24年判決は、本件とは事案を異にするものであり引用するに相当とはいえないというべきである。したがって、原告の上記主張は、その前提を欠くものであり採用することができない。

3.明示的に津田電機計器事件の射程が画された事案

 裁判所が指摘している「最高裁平成24年判決」とあるのは、冒頭でご紹介した津田電機計器事件です。裁判所は、定年後再雇用後の労働条件が特定できない場合には、津田電機計器事件に準拠した地位確認請求は認められないと判示しました。

 津田電機計器事件以降の一連の裁判例の流れから予想された結論ではありますが、同事件の射程を明確にした裁判例として意味があります。労働者側にとって必ずしも有利に活用できる裁判例ではありませんが、定年後再雇用拒否の当否の争い方を考えるにあたり参考になります。