弁護士 師子角允彬のブログ

師子角総合法律事務所(東京:水道橋駅徒歩5分・御茶ノ水駅徒歩7分)の所長弁護士のブログです

セクハラで出社できなかった期間の賃金請求が認められた事案

1.事業主の責務

 事業主は、職場におけるセクシュアルハラスメントに係る相談の申出があった場合、

事案に係る事実関係を迅速かつ正確に確認すること、

速やかに被害を受けた労働者に対する配慮のための措置を適正に行うこと、

行為者に対する措置を適正に行うこと、

再発防止に向けた措置を講じること、

などの対応をとる必要があります(平成18年10月11日 厚生労働省告示第615号「事業主が職場における性的な言動に起因する問題に関して雇用管理上講ずべき措置等についての指針 最終改正 令和2年1月15日 厚生労働省告示第6号参照)。

 しかし、労働問題についての法律相談を受けていると、こうしたセクシュアルハラスメントに対応するための仕組みが適切に機能していないのではないかと思われることは、少なくありません。

 それでは、事実関係の調査や出社を確保するための環境整備に会社がきちんと取り組んでくれない場合、不安で出勤できなくなった労働者は、働けなかったのは会社の責任であるとして、不就労期間の賃金を請求することができないでしょうか?

 この問題を考えるうえで参考になる裁判例が、近時公刊された判例集に掲載されていました。大阪地判令2.2.21労働判例1233-66 P社ほか(セクハラ)事件です。

2.P社ほか(セクハラ)事件

 本件で被告とされたのは、経営に関するコンサルティング業務等を目的とする株式会社です。原告らにセクシュアルハラスメントをしたとして、創業者Y1(昭和22年生まれ)も共同被告とされています。

 原告になったのは、被告に採用されていた平成元年生まれの女性X2と、平成6年生まれの女性X1の二名です。

 このうち、セクシュアルハラスメントを受けたとして、不就労期間の賃金を請求したのは、X1の方です。

 原告X1は、平成29年9月21日にY1と共にローマ出張に行った時、空港から宿泊予定のローマ市内のホテルへ向かうタクシーでの移動中、「どうや、愛人になるか」「君が首を縦に振れば、全部が手に入る。全部、君次第。」などと言われました。

 その後、ホテルに行った原告X1は、チェックイン時になって、入室できる部屋がY1名義で予約された部屋しかないことを知らされました。このように伝えられた結果、実際には二部屋が予約されていましたが、X1は自分とY1のための部屋として1部屋しか予約されていないと認識しました。Xは自分用の部屋を予約するよう懇請したものの、Y1に拒絶され、やむなく部屋に移動しました。Y1がシャワーを浴びる行動に出たことに恐怖を感じ、X1は部屋を出て逃げるように帰国しました。

 その後、代理人弁護士を通じ、平成29年10月5日、被告会社らに対し、Y1の居宅兼事務所での就労が不可能であることを伝えるほか、セクハラの社内調査、再発防止措置、Y1らの謝罪、セクハラのない職場であることが確認されて出社できるまでの間の給与の支払等を求める通知を送付しました。

 しかし、被告会社は事実関係の調査や、出社確保のための方策をとることを怠りました。結果、原告X1は平成29年12月31日付けで被告会社を退職しました。

 こうした事実関係のもと、本件では、X1がローマ出張からの帰国から退職までの不就労期間に対応する賃金を請求できるのかが問題になりました。

 この論点に対し、裁判所は、次のとおり述べて、原告X1の請求を認めました。

(裁判所の判断)

被告会社は、原告X1からのセクハラ被害申告に対し、使用者として採るべき事実関係の調査や出社確保のための方策を怠ったものであり、そのために、原告X1は、退職に至るまでの間、被告会社において就労することができなかったものと認められる。

「そうすると、原告X1が被告会社において労務提供ができなかったのは、使用者である被告会社の責めに帰すべき事由によるものであるから、原告X1は、ローマ出張からの帰国以降、平成29年12月31日までの間における不就労期間についても賃金請求権を失わない。

3.精神疾患を発症していなくても措置義務の不履行で賃金請求可能

 本件では原告X1が精神疾患を発症したという事実が認定されていません。セクシュアルハラスメントにより精神疾患を発症して働けなくなったという関係がない中、措置義務への違反により出勤できなくなったことを理由に不就労期間中の賃金の請求を認めた点に本件の特徴があります。

 精神疾患を発症するには至っていなかったとしても、セクシュアルハラスメントの被害を受けて出社したくない/出社できないという気持ちになる方は、私の個人的な実務経験の範囲内でも相当数います。本件の裁判例は、そうした方々が出社できなかった期間の賃金を請求して行くにあたり、活用できる可能性があります。