弁護士 師子角允彬のブログ

師子角総合法律事務所(東京:水道橋駅徒歩5分・御茶ノ水駅徒歩7分)の所長弁護士のブログです

解雇事件における就労意思の認定-「被告会社に戻ってまた働く気持ちはない」との法廷供述のリカバーができた例

1.解雇事件における就労意思の位置づけ

 違法解雇された労働者は、労働契約上の権利を有する地位にあることの確認を請求することができます。請求認容判決が確定したら、原告となった労働者は、解雇されてから判決が確定するまでに発生した賃金を支払うよう、勤務先に請求することができます。

 ただ、これは、就労する意思と能力があり、労務を提供したにもかかわらず、勤務先の側で労務の提供の受領を拒絶したことになるからです(民法536条2項参照)。一定の時点で就労意思を喪失していたことが認定された場合、仮に解雇が違法・無効だと認定されたとしても、就労意思の喪失時以降の賃金を支払ってもらうことはできません。

 こうしたルール設定がされていることから、以前、使用者側から、当事者尋問の際、

「今更解雇が無効だと言われたところで、ここで働くつもりはあるのか?」

という発問がなされることをご紹介しました。

解雇事件における尋問の勘所(使用者側の常套句への備え) - 弁護士 師子角允彬のブログ

 こうした質問に対しては、事前打ち合わせのうえ、

「あります。」

と回答するのが尋問準備の鉄則です。消極的な受け答えをすると、就労意思の喪失を認定する根拠に使われかねないからです。

 しかし、近時公刊された判例集に、原告労働者が、

「被告会社に戻ってまた働く気持ちはない」

と述べたにも関わらず、就労意思の喪失を認定されなかった裁判例が掲載されていました。昨日、一昨日とご紹介させて頂いている大阪地判令2.2.21労働判例1233-66 P社ほか(セクハラ)事件です。

2.P社ほか(セクハラ)事件

 本件で被告とされたのは、経営に関するコンサルティング業務等を目的とする株式会社です。原告らにセクシュアルハラスメントをしたとして、創業者Y1(昭和22年生まれ)も共同被告とされています。

 原告になったのは、被告に採用されていた平成元年生まれの女性X2と、平成6年生まれの女性X1の二名です。

 解雇無効、地位確認を請求する訴訟を提起しながらも、当事者尋問で「被告会社に戻ってまた働く気持ちはない」と供述してしまったのは、二名の原告のうちX2の方です。

 X2が解雇を通知され、地位確認等を請求した経緯は、次のとおりです。

 X2は平成28年8月25日に被告に採用され、本社での研修を経てY1のもとでの業務を開始しました。

 同月26日ころ、被告Y1から海外研修の話を受け、同年9月20日からオランダへの出張に同行することになりました。

 オランダ出張の前日である同月19日、X2は、被告Y1から、被告Y1の居宅兼事務所であるマンション居室(本件マンション)に宿泊するように言われ、翌日20日にかけて、本件マンションに宿泊しました。

 その後、同月20日から同月28日まで被告Y1らと共にオランダ出張に同行し、同日、帰国しました。

 帰国日である同月28日、X2は、被告Y1から

「合わないですねぇ 基本理念なのか?考え方なのか?歩こうとする道が違うのかな?別々の道を行きましょう。自ら退職届けを出した方が良いと思う。今日までの給料は支給日に支払います。円満退職の方が、次の就職に有利。貸した20万円は、餞別代わりに差し上げます。退職届けを出さない場合は、今日付けで解雇します。この場合、貸した20万円は、給料から差し引きます。しっかりしていて、役に立つと思ったが、残念です。」

とのLINEアプリによるメッセージを受信しました。

 その後、X2は、平成28年11月1日以降、一部期間を除き、他社(計3社)に再就職して就労し、給与収入を得ました。

 オランダ出張中の前後の事実認識には争いがあり、X2は、
(解雇理由の)「内実は、被告Y1が、オランダ出張前日の本件マンション宿泊時に同じベッドで寝た際に、性的欲求を満たすことを拒絶されたこと、オランダ出張中に何度も自分の部屋に来るようにとの命令を拒絶されたことへの報復である。」

と主張しました。

 こうした事実は認定されませんでしたが、出張前日の出来事としては、次の事実が認定されています。

「原告X2は、かねてより早朝の電車での移動中に気分が悪くなり下車するといったことがあったところ、被告Y1は、原告X2に対し、パニック症状を心配しているとして、オランダ出張の前日である同年9月19日は本件マンションで宿泊し、翌日の出国に備えるよう求め、これを受けた原告X2は、同日、本件マンションを訪れた。」

「被告Y1は、同日、本件マンションにおいて、原告X2に対し、従来からよく自宅での施術を依頼していた鍼灸師であるO(以下『O鍼灸師』という。)による施術を受けるよう勧め、これを受けた原告X2は、O鍼灸師による施術を受けることとなった。」

「原告X2は、本件マンション内のリビングにおいて、40分ないし50分程度、施術を受けた。原告X2は、同リビング内で、マット又は絨毯の上で横になり、背部及び腰部に針を刺さないてい鍼、足の甲にお灸をする施術を受けた。その際、原告X2の衣服をまくることがあったが、O鍼灸師においては、肌の露出を極力避け、露出した部分についてはタオルを掛けて覆うなどの配慮をしていた。」

「原告X2の施術中、被告Y1は別の部屋に移っており、O鍼灸師は、被告Y1がリビングに入る音を聞いたり、多少うろうろしている気配を感じたことはあったが、被告Y1が原告X2のすぐ近くに来ることはなかった。」

 以上のような伏線のもと、X2は解雇無効を主張し、被告会社に対し、地位確認等を求める訴訟を提起しました。

 この中で、X2は

「被告会社に戻ってまた働く気持ちはない」

という趣旨の法廷供述をしてしまいました。

 しかし、裁判所は、解雇無効を認めたうえ、次のとおり述べて、就労意思の喪失を否定しました。

(裁判所の判断)

「被告会社は、原告X2は、平成28年9月28日に退職を勧告されて以降、被告会社で働く気持ちを持っておらず、被告での労務提供の意思を喪失している旨主張する。」

「しかし、上記・・・で認定したとおり、①オランダ出張からの帰国日である平成28年9月28日、原告X2は、被告Y1に対し、『明日と明後日はどちらに出勤ですか?』と尋ねて、就労を前提とする行動をとっていること、②その後、原告X2は被告会社に出社せず、また、出社の意向を伝えていないが、これは被告会社による無効な解雇が原因であり、被告Y1とのLINEに照らしても、原告X2自身、解雇を不当なものであると感じていたことは明らかであること、③原告X2は解雇から約1か月後の同年11月1日から他社に正社員として就職し勤務しているが、被告会社による解雇を受けて収入の途を失ったためのやむを得ない措置であったとみられること、以上の点に照らせば、原告X2が、解雇の時点において、被告会社における就労の意思を喪失していたとは認められない。」

なお、被告会社は、原告X2が本人尋問において、解雇されてからは被告会社に戻ってまた働く気持はないと述べていることを指摘するが、上記①及び②の点に照らせば、これをその言葉どおりに解することはできず、被告会社の主張は採用できない。

「そして、原告X2は、上述のとおり平成28年11月1日に再就職して以降、計3社で正社員として勤務を行っているが、被告会社への復職を妨げる事情があるとまでは認められないこと、上記3社における賃金額は被告会社との雇用契約に基づく賃金額の約60%ないし66%にとどまっていることからすれば、原告X2において、その後、被告会社における就労意思・能力を失うに至ったものとも認められない。」

(中略)

「以上によれば、原告X2が被告会社における就労の意思・能力を喪失したとの被告会社の主張は採用できない。」

3.当事者尋問での供述はリカバーできることもある

 裁判実務では、尋問後、和解の話し合いの機会が持たれることは少なくありません。

 当事者尋問では、就労意思の喪失を疑われるような言動をとらないのが鉄則ではありますが、うっかり「働く気持ちはない」と述べてしまったとしても、それだけで過度に悲観する必要はないのだろうと思います。本件のように、LINEで就労意思があることを明確に伝えているなど、適切な痕跡が残されている場合には、裁判所が就労意思の喪失を認定しない可能性は十分に残されています。

 この例からも分かるとおり、紛争は、適切な手順のもと、必要な痕跡を残しながら進めて行くことが肝要です。そのためにも、使用者側の行為に疑義を覚えた場合には、できるだけ早い段階で弁護士に相談することが推奨されます。