弁護士 師子角允彬のブログ

師子角総合法律事務所(東京:水道橋駅徒歩5分・御茶ノ水駅徒歩7分)の所長弁護士のブログです

労使紛争の局面で、マスコミを出すのは慎重に

1.マスコミへの情報提供

 勤務先と紛争状態になった時、労働者側から「マスコミにリークする」という趣旨の発言がなされたり、実際に勤務先の問題点についてマスコミに情報提供がなされたりすることがあります。

 使用者とのパワーバランスの問題から、社会問題化して世論を味方につけたいという気持ち・戦略に至るのは、理由のないことではないのだろうと思います。また、広く社会に対して紛争の内容に関する情報提供を行うことは、同種の問題に悩んでいる人に力を与えたり、法改正や立法に向けた原動力にもなります。

 しかし、裁判所は労使紛争にマスコミを介入させることについて、それほど寛容ではありません。その傾向は、マスコミへの録音データの提供や提訴会見が問題視された東京高判令元.11.28労働判例1215-5 ジャパンビジネスラボ事件以降、更に顕著になっているように思われます。

2.マスコミへの情報提供・情報提供の示唆が問題となった近時の例

 近時公刊された判例集にも、マスコミへの情報提供、情報提供の示唆が問題になった例が2件掲載されていました。

(1)国立大学法人岡山大学事件

 一つ目は、広島高岡山支判令2.3.19労働判例ジャーナル100-36 国立大学法人岡山大学事件です。

 本件は、岡山大学の薬学部長・副薬学部長らが提起した地位確認等をテーマとする訴訟です。解雇事由に論文不正に関するフリーライターへの情報提供が含まれていたところ、裁判所は、次のとおり判示し、情報提供が解雇事由になることを認めました。

(裁判所の判断)

「控訴人らは、共通解雇事由〔3〕(フリーライターへの情報提供)について、不正論文が多数あると信じたことについて相当の理由があり、国民の不利益を防ぐという公益的な目的があり、情報提供の態様も相当であったから、解雇事由には当たらない旨を主張する。」

「しかしながら、控訴人らが告発対象とした31本の研究論文について、学外委員も含む研究活動調査委員会による調査が行われたところ、多数の論文不正が存在するなどといった事実が認められなかったことは、原判決の認定するとおりである。学内での正式な調査等が続けられている段階である平成26年1月27日に、未だ不正であるか否かの結論が出ていなかったにもかかわらず(控訴人Aが被控訴人監察室に本件卒業生論文の告発をしたのは平成25年11月11日であること、予備調査委員会が上記告発についての判断を示したのは平成26年4月3日であることは原判決が認定するとおりであり、調査が遅延していたとはいえず、隠蔽しようとする態度が明白だったなどとはいえない。)、控訴人らは、不正の隠蔽指示や多数の不正論文の存在を断定する形でフリーライターEに述べたことも、原判決の認定するとおりであり、これらのことなども併せ考慮すると、被控訴人の研究不正を煽情的に報道させることによって、控訴人らに対するハラスメント調査等を妨害することなどを企図していたことが明らかである。

「そうすると、不正論文が多数あると信じたことについて相当の理由があったともいえないし、公益的な目的があったともいえず、内部告発の手段、態様が相当ともいえない。以上によれば、控訴人らの上記主張も採用できない。」

(2)本多通信工業事件

 二つ目は、昨日もご紹介した、東京地判令1.12.5労働判例ジャーナル100-52本多通信工業事件です。本件では、譴責処分や減給処分の有効性のほか、勤務先の役員らにマスコミへのリークを示唆したメールを送信したことを理由とする懲戒解雇(諭旨退職処分→懲戒解雇)の効力が問題になりました。

 裁判所は、次のとおり述べて、諭旨退職処分・懲戒解雇の有効性を認めています。

(裁判所の判断)

「原告は、被告の代表取締役及び賞罰委員会の委員に対し、

平成28年12月21日、別紙『添付2』記載のメールを、

平成29年1月20日、別紙『添付4』記載のメールを、

同年2月8日、別紙『添付6-1』及び『6-2』記載のメールを、

同月13日、別紙『添付8』記載のメールをそれぞれ送信し、

また、被告の代表取締役、役員及び44名の従業員に対し、

同年2月27日、別紙『添付1』記載のメールを送信したこと、

被告は、原告が上記メールを送信した都度、原告に対し、賞罰委員会のメンバーに対してメールを送信することや、被告に対する挑発的・威嚇的な内容のメールを送信することを控えるよう注意していたことが認められる。」

「そして、本件メールの記載内容は、『歴史のある本多に、逸話、美話を残るのは良いですが、恥、汚点を作ってはいけません。特に社長、経営者達』、『これ以上譴責処分に固執するならば、社内・社外の場を拡げていきます。メディアーの力、法的力で、本多の恥、汚点を作っている社長、経営者達と戦います。』(別紙『添付1』のメール)などと記載されており、かかる内容に加え、前記認定に係る本件譴責処分に至る経緯に照らせば、これらのメールは、被告の代表取締役等の役員を誹謗中傷し、これらの者や賞罰委員会の構成員を威嚇又は挑発する内容のものというべきであり、また、原告は、被告からの度重なる指示に従わず同様の行為を繰り返している。」

「そうすると、原告が本件メールを送信した行為は、就業規則35条10号『他人を中傷または誹謗し名誉・信用を傷つけ損ないもしくは秩序を乱す流言飛語を行ったとき』、同14号『経営に著しく非協力なとき、もしくは業務上の指揮命令に不当に反抗し誠実に勤務しないとき』、同21号『その他、再三注意するも規律、義務に違反したとき』に該当するというのが相当である。」

「原告は、本件通報後の一連の措置について被告の公正な対応を求めるため、賞罰委員会の委員であった者に対してメールを送信し、経営陣の違法・不当な対応等を理解させるため従業員に対してメールを送信したのであり、個人に対する誹謗中傷として行ったものではない旨主張する。」

「しかしながら、本件メールを送信した際の原告の主観がいかなるものであったとしても、本件メールの記載からすれば、同メールの表現等が節度を欠くもので、受信者を威嚇、挑発するものであることは明らかであり、本件諭旨退職処分が有効であることを左右するものではない。」

3.マスコミを利用しようとするのはリスクが高い

 上述のとおり、裁判所は個別の労使紛争の局面で、マスコミを出すことに寛容ではありません。私の個人的な感覚として、その傾向は最近特に顕著になっているような気がします。対立当事者の反論の機会が制度的に与えられているとはいえない場所で、一方的な認識を語ることに対し、慎重な考え方を持つ裁判官が増えてきているのではないかと思います。

 こうした裁判所の傾向を踏まえると、マスコミへの情報提供は、提供した情報に間違いがあったら、普通に非違行為として捉えられたり、損害賠償の責任原因とされたりする可能性が否定できません。また、実際に情報提供行為に及ばなかったとしても、マスコミへの情報提供を示唆すること自体、労働者の主観にかかわらず、解雇事由として認識される可能性があります。

 マスコミへの情報提供は法廷外の出来事であり、それをやったから個別の紛争で勝ち易くなるという類の行動ではありません。また、報道内容を労働者側でコントロールできるわけでもありません。

 紛争の係属中にマスコミを出す場合には、リスクとリターンを天秤にかけて、慎重な検討を行ってからにする必要があります(個人的には、個別案件に勝つことを目的にするのであれば、生きている紛争をやっている最中に、マスコミへの情報提供を示唆したり、実際に情報提供に及んだりすることは、推奨しません)。