弁護士 師子角允彬のブログ

師子角総合法律事務所(東京:水道橋駅徒歩5分・御茶ノ水駅徒歩7分)の所長弁護士のブログです

外国人労働者の解雇事件-文化的背景の差異は解雇権行使を制限する理由になるか?

1.文化的背景の差

 当たり前のことですが、人種・民族は、それぞれ異なる文化的背景を持っています。

 日本人が外国に行って働くにあたり、当該国の雇用慣行への適応に苦労する話はよく聞きます。外国人労働者が日本の雇用慣行に馴染めずに苦労している話も、同じくらいよく耳にします。

 それでは、コミュニケーションギャップが文化的背景の差異に由来している場合、そのことは、解雇権行使の可否の判断との関係で、どのように評価されるのでしょうか?

 郷に入りては郷に従えという発想のもと、特段何の考慮もされないのでしょうか?

 それとも、宥恕すべき事情、ギャップ解消により改善可能性の余地があることを示す事情として、解雇権の行使を制限する方向での考慮要素として評価されるのでしょうか?

 この問題を考えるうえで参考になる裁判例が、近時公刊された判例集に掲載されていました。一昨々日、一昨日、昨日とご紹介させて頂いている、大阪地判例4.7.22労働判例ジャーナル129-30 カワサキテクノサービス事件です。

2.カワサキテクノサービス事件

 本件で被告になったのは、科学・工業技術に関する情報提供サービス業、コンサルタント業等を目的とする特例有限会社です。

 原告になったのは、中華人民共和国出身の男性であり、被告との間で無期労働契約を締結し、調査・コンサルティング業務等に従事していた方です。入社翌月である平成30年7月分からは基本給20万円に業務手当7万円を加えた合計27万円を賃金として支給されていました。しかし、令和元年7月分以降、基本給16万3000円、業務手当5万7000円の合計22万円にまで賃金を減額され、休業を命じられるなどした後、令和2年8月31日付けで解雇されてしまいました。その後、解雇が無効であるとして労働契約上の地位の確認等を求めて原告が被告を提訴したのが本件です。

 本件の被告は多数の解雇理由を主張しましたが、その中に勤務態度・協調性不足がありました。勤務態度・協調性不足を根拠付けるエピソードも複数主張されましたが、その中の一つに上司(被告代表者)に対する配慮のない言動がありました。

 これについて、原告は、

「原告が被告代表者に対して送信したメールが日本社会の常識を基準とすれば不適切であったことは否定しないが、中国においては、上司と部下との関係が日本よりもフランクであり、原告が送信したメールの内容も、中国であれば問題視されるようなものではなく、原告なりにユーモアを利かせたものにすぎなかった。上記メールを捉えて原告の姿勢が不真面目であったと判断するのは適当でない。」

と反論しました。

 しかし、裁判所は、次のとおり述べて、原告の主張を排斥しました。結論としても、解雇は有効だと判示しています。

(裁判所の判断)

「原告は、適応障害を理由とする休職期間中に友人に会いに行くとの理由で上海に出掛けた上、帰国時に検疫のためにホテルに隔離されることになった際、被告代表者に対し、自身がホテル内でくつろぐ写真やホテルの内装写真等を添付した上で、『飛行機降りた途端、政府に無差別ハイジャックされまして、14日間貸切の5星ホテルの個室に全員隔離検疫されています。』とのメールを送信した・・・。また、原告は、被告代表者から休職期間の満了日が休職開始日から3か月後の令和2年5月21日までである旨を伝えられた際には、同人に対し、『え?6ヶ月じゃなかったですか?もうちょっと3ヶ月くらい優雅に紅茶飲みたいですよ。』とのメールを送信した・・・。上記のような原告の態度は、被告代表者に対する配慮を欠くものであることが明らかである。」

原告は、被告代表者に対して送信した上記各メールは、中国では上司と部下との関係が日本よりもフランクであることを背景とする単なるジョークであって、原告なりにユーモアを利かせたものにすぎず、それをもって原告の姿勢が不真面目であると評価することはできない旨主張する。

しかし、原告が被告代表者に対して送信した『え?6ヶ月じゃなかったですか?もうちょっと3ヶ月くらい優雅に紅茶飲みたいですよ。』とのメールは、休職期間が自分の予想よりも短かったことを捉えて、休職中の原告に対して休職期間の終期を通知してきた被告代表者に向けられた、被告の対応を揶揄するメッセージと捉えられても仕方がない。文面上相手を揶揄するものであるように見えるメッセージを単なるジョークとして軽く受け流すことができなかった責任を、当該メッセージの受け手である被告代表者に帰責させ、自らの行動によって誤解を与えてしまったたことを一切顧みようとしない原告の態度そのものに問題があるといわざるを得ない。原告の主張する中国と日本との文化的背景の差異は、原告の態度の問題性に係る上記の結論を左右するものではない。

3.文化的背景に差異があるのは仕方のないことなのであろうが・・・

 中国籍の方に関していうと、職場の上司であってもフラットにコミュニケーションを取りたいと考える傾向にあるという話を見聞きすることがあります。

中国の仕事の文化とは?日本と異なる仕事観やビジネスマナー - TENJeeコラム

 筆者も海外の雇用慣行に関してはそれほど詳しくなく、真偽のほどは分かりませんが、原告のメールも中国であれば、問題視されなかったことなのかもしれません。

 しかし、日本法を準拠法とする労働契約のもと、日本で働く限り、やはり労務提供の内容も日本の雇用慣行を基準に解釈されて行くのであって、「外国ではこうだ」という理屈は通じにくいのだと思われます。

 文化的背景に差異があることから、コミュニケーションギャップがあるのは仕方のないことですが、解雇を回避するという観点からは、それを現地国(日本)の代表者にのみ帰責することは避けた方が良さそうです。