弁護士 師子角允彬のブログ

師子角総合法律事務所(東京:水道橋駅徒歩5分・御茶ノ水駅徒歩7分)の所長弁護士のブログです

依頼人を裁判期日に出頭させることの適否(出頭が裁判官の心証に消極的に響いた事例)

1.裁判の期日への当事者の出頭

 訴訟事件を弁護士に依頼すれば、尋問期日などの特別な場合を除き、当事者の方は裁判期日に出頭する必要はなくなります。訴訟代理人弁護士が代わりに出頭して手続を行うからです。

 大抵の人にとって裁判はストレスになるようです。個人的な実務経験の範囲内では、弁護士が代わりに出頭すれば事足りるので基本的には来なくてもいいと説明すると、安心した表情を浮かべる方が多いように思われます。

 しかし、依頼人の全員が全員そうかと言うと、そういうわけでもありません。中には、出頭したいという希望を述べる方もいます。

 依頼人から自分も出頭したいと言われた時、弁護士は、

A.手続をコントロールするうえでの不確定要因になるので来ないで欲しい

B.自分の権利に関心を持つのは当然だし、出頭の希望はできる限り叶えてあげたい

という、二つの相反する気持ちの中で悩むことになります。

 訴訟代理実務では、この二つのバランスをとりながら、依頼人の出頭の希望を可とするのか否とするのかを判断しています。

 この判断はかなり難しく、近時公刊された判例集にも、依頼人の出頭が、依頼人側に不利に斟酌された裁判例が掲載されていました。大津地彦根支判令元.11.29労働判例1218-17豊榮建設従業員事件です。

2.豊榮建設従業員事件

 この事件は解雇撤回から原職復帰までの賃金請求権の存否が問題となった事件です。

 本件で原告になったのは、建設業、採石業等を業とする株式会社です。

 被告になったのは、被告に雇われて採掘業務に従事していた労働者の方(被告Y1)です。

 平成27年4月14日、原告会社は、被告Y1に解雇の意思表示をしました。

 その後、被告Y1からの解雇撤回の求めを受け、同年7月17日、原告会社は被告Y1に対して解雇の意思表示を撤回し、職場復帰を求める意思表示をしました。

 しかし、被告Y1は、うつ病等の診断書を提出して職場復帰に応じませんでした。

 これに対し、原告会社は、

「被告Y1が、原告会社に対し、平成27年7月18日から原職復帰して稼働するまで賃金請求する権利がないことを確認する」

ことを求めて裁判に及びました。

 被告Y1は、

① 原告会社やその代表者(反訴原告X1)のパワハラ行為によって、自分はうつ病等に罹患した、

② 職場復帰できないのは、原告会社に責任がある、

③ よって、賃金を請求する権利は失われていない、

との立論を展開しました。

 これに対し、裁判所は、次のとおり判示して、パワハラ行為等によって、うつ病に罹患した事実は認められないと判示しました。本件は複数の請求が錯綜している事件ですが、原告会社による賃金請求権の不存在確認に係る請求は認容されています。

(裁判所の判断)

「被告Y1は上記のように平成27年4月14日に突然解雇を突き付けられ、希死念慮が強く発現し、心療内科を受診したところ、うつ病等と診断されている。」
「確かに、J医師は、被告Y1の主訴を前提として、CES-Dの結果を踏まえて判断はしているが・・・、医師としての専門的な知見等に基づき、判断基準に当てはめて診断しているのであり、被告Y1のJ医師に対する主訴を前提とする限り、その診断自体は合理的なものと理解することができる。実際、被告Y1は、勤務内容についての自己の希望を聞き入れてもらえず、挙げ句には解雇を言い渡されたものであり、その精神的なショックが大きかったことは容易に推測でき、従前の職場等でのトラブルによって心療内科にかかっていたような被告Y1の精神的耐性等を考えると、その大きなショックによって一定の精神的な疾病へのり患もあり得るものとはいえる。」
「しかし、そもそも被告Y1は、J医師に対して説明を行っているが、希死念慮が発生した時期(J医師によれば最初の3か月程度(平成27年4月から7月頃となる。)は存続していたとの見立てである・・・)の直後の時期に原告会社ないし反訴原告X1と直接会うことやそこでの内容の説明及び報告を十分にはしておらず、また、被告Y1がJ医師に本件訴訟についてすごく悩んでいるとしながら・・・、その経緯については十分かつ正確には説明しておらず・・・、このことは、J医師の判断に重要な影響を及ぼすものと認められる。」
「また、被告Y1は、J医師に対し、・・・反訴原告X1が被告Y1の自宅付近に来ていることに恐怖を覚えているかのような説明をしながら、裁判等の手続において反訴原告X1と顔を合わせることについて、特段の検討を行ったようにはみえない。
「それに加えて、被告Y1は、①平成26年9月30日及び同年10月1日についてもそうであるが、本件解雇通知を受けた翌日である平成27年4月15日についても、そのような反訴原告X1に対しても物おじせずに自己の意見を主張するような言動を示していること、②平成26年9月30日の有給休暇の件や平成27年4月14日の本件解雇通知といった自己が不当な取り扱いを受けたと考えると、反訴原告X1よりも上位の立場にあると考えられるD部長に相談するなどしていること、③平成27年4月15日には反訴原告X1らとのやり取りを最初から秘密録音するよう段取りをしており、加えてそのやり取りの中でも冷静に自己の主張を述べ、それと異なる主張がされたときには強く反論をするなどの言動をしていること、④同月22日に出社した際も、そのような反訴原告X1と相対し、診断書を提示するとともに、冷静に解雇通知書等の交付を要求しており、合やせてその様子も秘密録音していること、⑤加盟したユニオンとの交渉においても、Lとともに反訴原告X1と相対し、かつ、そこでも自己の意見等を十分に述べていること、⑥被告Y1は代理人弁護士に委任し、かつ、J医師からは上記第1の4(17)(※ 筆者注)のように言われていたにもかかわらず、あえて、本件裁判手続の弁論準備手続期日においても、毎回のように出頭し、広くない弁論準備手続室において、同じく出頭した反訴原告X1と割と至近距離で顔を合わせているが、特段怯えたり等の言動はないこと(顕著な事実)などの事情に照らすと、パワハラ行為や不当な解雇等を受けて、反訴原告X1に対して恐怖感をもったり、或いはそれらによってうつ病等にり患したといった態度というよりは、むしろ不当な行為を行った原告会社や反訴原告X1に対して、真っ向から勝負を挑んで対立するというべき言動をわざわざ行っていると認められる。
「とすると、被告Y1が、J医師の判断の前提となる重要な事項についての説明を行っていないことと、被告Y1の上記の言動が反訴原告X1のパワハラ行為等によってうつ病等にり患し、その結果、職場復帰が困難であるとの点にそぐわないことを踏まえると、同年4月14日の本件解雇通知等によって一定の精神的なショックを受けたことは否定しないが、それによってうつ病等にり患したとの点には大きな疑問があり、この点については認め難いと言わざるを得ない。」

以上からすれば、平成27年7月17日の本件解雇撤回通知以後、被告Y1が復職しないことについては、うつ病等を原因とするものとは認められず、その他原告会社ないし反訴原告X1の行為を原因として復職が妨げられていることも認められない。すなわち、被告Y1が復職しないのは、被告Y1自身の都合によるものであると認められる。とすると、被告Y1が同月18日から原職復帰して稼働するまでの間、賃金請求権は認められない。
※ 上記第1の4(17)

「被告Y1は、J医師から、反訴原告X1らと関わると今の症状も良くならない、できるだけ早く裁判を終わらせて、早く体調を整えた方がよいとは言われていた。」

3.出頭したから負けたと言い切れるわけではないが・・・

 本件は出頭以外にも幾つかの事情が指摘されているため、労働者本人が出頭したから敗訴したと言い切れるわけではありません。

 しかし、パワハラでうつ病になったと主張しながら、ハラスメントの主が毎度出頭する期日に毎回出頭し、普通に対決していたのは、やはり裁判官の心証にプラスの影響は与えなかったようです。

 弁護士によって考え方が分かれる可能性がありますが、当事者の出頭が好ましくない事件類型というのは確かにあって、そうした事件類型においては、出頭を希望する当事者の意向に必ずしも添えないことを説明する必要があるのかもしれません。