弁護士 師子角允彬のブログ

師子角総合法律事務所(東京:水道橋駅徒歩5分・御茶ノ水駅徒歩7分)の所長弁護士のブログです

「違法行為は黙認されていた」との弁解は通りにくい(通勤手当の不正受給)

1.「違法行為に及んだのは、◯◯の指示・黙認のもとでのことである」という弁解

 違法行為によって懲戒処分を受けた労働者から、処分の効力を争う訴訟の中で、

「(処分を受ける理由となった)違法行為は黙認されていた。」

「違法行為に及んだのは、◯◯(上司など)からの指示があったからである。」

という主張がなされることがあります。

 しかし、この種の主張が奏功する例は少ないように思われます。

① 違法行為を指示・黙認していたと名指しされた側が、これを否認するため、指示・黙認の事実自体の立証が困難であること、

② 仮に、誰かが指示・黙認した事実があったとしても、法に触れる行為が許されることになるわけではないこと、

が原因ではないかと思います。

 近時の公刊物に、違法行為の黙認の立証の困難さを知る手がかりとなる裁判例が掲載されていました。

 大阪地判平31.3.13労働判例ジャーナル89-40大阪市(大阪市高速電気軌道)事件です。

2.大阪市(大阪市高速電気軌道)事件

(1)事案の概要

 この事件で原告になったのは、大阪市交通局で勤務していた公務員の方です。

 通勤手当を受領しながら自転車通勤をしていたことが、通勤手当の不正受給にあたるとして、停職10日の懲戒処分を受けました。

 これに対し、大阪市による処分は懲戒権の濫用であると主張し、国家賠償請求訴訟を提起したのが本件です。

 そして、懲戒権の濫用を根拠付ける事実として主張されたのが、自転車通勤をしながら通勤手当を受給することは黙認されていたという事実です。

(2)裁判所の認定・判断

 裁判所は、次のような事実認定・判断を行いました。

ア.裁判所の認定した事実

(ア)原告が通勤届を提出した経緯

「a営業所の庶務担当の職にあったD(以下『D』という。)は、平成26年4月、原告に対し、通勤連絡票(通勤手当の申請者が通勤方法や経路について記入し交通局へ提出すべきとされている書類)を手渡し、同書類の提出を求めたところ、原告は同連絡票に自転車通勤を届け出る旨の記載をして、Dへ提出した。
「Dは、それまでの自転車通勤に係る通勤届に関する処理の経験から、原告については通勤距離との関係で自転車通勤が認められる可能性は低いと考え、その旨原告に伝えた上で、同連絡票を交通局自動車部業務課の事務センターに提出する手続を執った。」
「同連絡票による原告の申請については、交通局厚生課で審査を行った結果、認定要件を満たさないものと判断されたため、上記事務センターから、公共交通機関を利用することを内容とした通勤届が返送された。」
「a営業所の事務助役であったE(以下『E助役』という。)は、返送された通勤届を原告に手渡し、審査の結果、自転車通勤の申請は認められなかった旨を伝えた。原告は、E助役に対し、通勤手当は要らないので自転車で通勤を希望する旨伝えたものの、E助役は、原告に対し、通勤災害補償の適用対象外になることや通勤届と異なる方法で通勤をした場合、通勤手当の不正受給に該当し処分される可能性がある旨を説明した。その結果、原告は公共交通機関を用いる旨の通勤届に押印した。」

(イ)処分が出された経緯

「交通局は、平成28年6月7日、再び原告に対する事情聴取を行い、同月9日頃には、原告に対し、本件非違行為についての原告の認識を記載した書面を提出するように求めたところ、原告は、同求めに応じて書面を提出した。」
「同書面には、『自転車通勤を申請したところ、後日公共交通機関を使うようにと口頭でいわれました。その通勤経路(中略)が自転車使用(中略)にくらべあまりに不合理だったため、通勤費支給を拒否し自転車での通勤をすればどうなるのか確かめたところ、もしもの時に通勤交通災害補償が受けられないとの返答だったため、そのくらいならよいかとの自己判断で再度自転車での通勤を主張しました。その際、“泊まり勤務で出勤回数での支給と用具での支給とではあまり差がないからええか、時々電車できてな”とその時の事務員さんがおっしゃたので、許可がでたものと認識し、自転車での通勤をしていました。』との記載がある。(甲5)」
交通局は、原告から上記書面の提出を受け、始末書の参考文を作成して原告に提示した。同参考文には、『私こと平成26年4月にa営業所へ配属になった際、通勤手段の届出として自転車での通勤を申請しましたが、認定が受けられず、地下鉄とバスを使用して通勤するようにとの指示を受けたにもかかわらず、自転車の方が合理的であると考え自身の勝手な判断により自転車通勤を繰り返しておりました。』との記載がある。

「原告は、平成28年6月13日付けで、交通局長に対し、始末書を提出した。同始末書には、『私こと、平成26年4月にa営業所へ配属になった際、通勤手段の届出として自転車での通勤を申請しましたが、認定が受けられず、自転車の方が合理的であると考え自身の勝手な判断により自転車通勤を繰り返しておりました。』という、おおむね上記参考文と同内容が記載されていた。
(甲6、7)」

イ 裁判所の判断

「原告は、〔1〕a営業所の駐輪場の使用許可を受けていた、〔2〕Dから自転車通勤を黙認する発言があった、〔3〕交通局から示された参考文を書き写して始末書を作成するよう命じられたと主張し、原告自身、通勤届を提出した際、あくまでも自転車通勤をするとDに伝えた上で、実際には自転車通勤をしながら、公共交通機関を用いる旨の届出をすることは詐欺になると発言したにもかかわらず、Dから『いいから出してくれ』『何度か電車通勤してくれたらいい』と自転車通勤を黙認する発言があった、あるいは、DやE助役が本件対象行為を知っていたため、通勤手当を返納するなどと申し出たが、特に返納は求められなかった旨の供述をしている。」

〔1〕の点について
「そもそも、原告は、交通局に対し、公共交通機関を用いる旨の通勤届を提出している(前提事実(3)イ及びウ)以上、原告が早朝勤務によって公共交通機関を利用して通勤できない場合に限り、自転車通勤が否定されていなかったという趣旨にとどまるものであって、全ての通勤及び退勤において自転車を用いてよいという趣旨でないことは明らかである。」

〔2〕の点について
Dは、明確に上記発言の存在を否定しているところ、大阪市職員倫理規則には、通勤届の内容と異なる方法で通勤をしてはならないと定められていたこと(前提事実(2)ウ)、大阪市において通勤手当の不正受給事案が生じたために、平成26年の時点で、不正受給を一切認めてはならない旨、庶務担当者らに伝えられていたこと(証人G)、以上の点からすると、Dがあえて原告の不正受給を黙認する発言をしてまで、原告から通勤届の提出を受ける動機があったとは考え難い。」
〔3〕の点について
「上記のとおり、交通局が複数回にわたって事情聴取を行う過程で、原告に何ら参考文を提示しない形で書面の提出を求めていること(認定事実(3)イ)、原告が交通局の提示した参考文を一部省略して始末書を作成していること(同ウ)からすると、交通局から参考文を書き写して始末書を作成されたということはできない。

 小括
「以上認定説示した点を総合すると、原告が通勤手当を受領しながら、自転車通勤をすることが黙認されていたとの事実を認定することはできず、原告自身、自転車通勤を行いつつ、公共交通機関を利用する前提で通勤手当を受給することが不正であると認識していた旨を供述していることをも併せ鑑みると、原告の上記主張はいずれも採用することができない。」

3.仮に、違法行為を指示、黙認されたとしても勤務先が守ってくれることは期待しない方がいい

 裁判所の認定事実によると、原告の方は、かなり強く自転車通勤をしたいと主張していたように思われます。それで、駐輪場の使用まで認められていて、隠れるわけでもなく自転車で通勤していたのであれば、自転車通勤が黙認されていたと信じたとしても、荒唐無稽というわけではなさそうな気はします。

 また、勤務先から示された参考文と似たり寄ったりのことが書かれているにもかかわらず、一部省略があることを理由に、

「交通局から参考文を書き写して始末書を作成されたということはできない。」

と判示し、あたかも、

「自身の勝手な判断により自転車通勤を繰り返しておりました。」

という部分を重視したかのような判断がなされているのも、裁判所が行う事実認定にしては、少し強引な印象を受けます。

 神様の目から見た本件の真相が何だったのかまでは分かりませんが、違法行為が明るみに出た時、勤務先が守ってくれることは、あまり期待しない方が良いように思われます。指示・黙認の立証は困難ですし、司法機関としての性格上、裁判所は違法行為に及んだ責任を第三者に転嫁することに対し、あまり同情的ではないように思われます。

 自分の身を守るうえでは、仮に、黙認されそうだとしても違法行為はしてはいけませんし、指示されても断る勇気が必要です。

 どうしても自力で断り切れないような場合には、弁護士のもとに相談に行くことです。穏当な断り方をアドバイスをしてくれると思います。