弁護士 師子角允彬のブログ

師子角総合法律事務所(東京:水道橋駅徒歩5分・御茶ノ水駅徒歩7分)の所長弁護士のブログです

過労自殺と過失相殺-自殺を選択した労働者の過失とは

1.長時間労働等を背景とする自殺

 長時間労働等が原因で欝病エピソードを発症し、労働者が自殺に至ることがあります。いわゆる過労自殺です。

 鬱病エピソードの発症と自殺が、使用者の安全配慮義務違反に起因する場合、遺族(自殺者の相続人)は使用者に対して損害賠償を請求することができます。

 遺族が使用者に損害賠償を請求したとき、使用者の側からは様々な反論がなされます。

 その一つに過失相殺という主張があります。

 過失相殺とは

「債務の不履行に関して債権者に過失があったときは、裁判所は、これを考慮して、損害賠償の責任及びその額を定める。」(民法418条)

「被害者に過失があったときは、裁判所は、これを考慮して、損害賠償の額を定めることができる。」(民法722条2項)

との規定を根拠に行われる措置で、公平の見地から被害者の側にも損害を分担すべきとする事情が認められる場合に、加害者の損害賠償義務の軽減を図る仕組みです。

 人の死が関わってくるような事件では損害賠償義務が数千万円規模に及ぶことが珍しくありません。1割の過失相殺が認められるだけでも、かなりの金額が動くことになります。そのため、使用者の側からは、過失相殺事由が多岐に渡って主張されます。

 具体的には、

長時間労働は労働者の仕事に取り組む姿勢に問題があったのだからその点は考慮されるべきである、

医療機関を受診しなかったという労働者自身の判断が自殺に寄与している面も否定できないはずである、

労務軽減に関して上司に相談しなかったことは労働者自身の責任でもある

等々の主張が挙げられます。

 こうした事情を過失相殺事由として考慮できるかが問題になった近時の裁判例に岐阜地判平31.4.19労働判例ジャーナル89-24岐阜県厚生農業協同組合連合会事件があります。

2.岐阜県厚生農業協同組合連合会事件

(1)事案の概要

 本件は、自殺した労働者の両親が、子ども(P4)の自殺の原因は被告のもとでの過重・長時間労働で鬱病エピソードを発症したことにあるとして、P4の勤務先病院を管理運営していた被告に損害賠償を請求した事案です。

 本件でも被告は過失相殺を主張し、多岐に渡る過失相殺事由を提示しました。

 代表的なものとしては、

① 同僚とユニバーサル・スタジオ・ジャパンに行くなどP4に落ち込んだ様子はなかったのであるから、そもそも鬱病を発症していたのか疑問がある、

② P4の業務の進め方、姿勢等にも問題があった、

③ 超過勤務申請書が提出されていない、

④ P4自身に、医療機関を受診するなど自分の健康状態への配慮が欠けていた、

といった事情があります。

(2)判決の要旨

 裁判所は上記の①~④のような事情はいずれも過失相殺事由にはあたらないとして過失相殺を認めませんでした。

 該当部分の判決文は次のとおりです。

① ユニバーサル・スタジオ・ジャパンに行っていたこと
「被告は、P4が同年12月14日に友人とUSJに旅行に行った際、自殺の兆候は見受けられなかったことから、P4がうつ病エピソードに発病していたことには疑問がある旨主張する。」
「しかし、前記のとおり、本件病院の業務に重い負担を感じ、心身ともに疲弊していたP4が、自己の企画した旅行において友人に心配を掛けたくないという想いから、明るく振る舞っていたものと考えることもできるのであるから(ICD-10にも、症例によっては気分の変化が隠されたりすることがあることが指摘されている(甲28)。)、上記被告の指摘する事実をもって、前記判断は左右されない。」

② P4の業務の進め方、姿勢等

「被告は、P4において、業務量等について上司等に相談しておらず、1人で業務をこなしており、その結果、被告において軽減措置をとることができなかったのであるから、P4にも一定の責任を認めるべきである旨主張する。」
「しかし、前記認定事実によれば、P4が勤務時間内に与えられた業務を終えることができず、慢性的に長時間の時間外労働をしていたことは、上司であるP8課長が現認しており、しかも、P4における仕事の進め方に問題があることについても同様に認識していたのであるから、P4による相談がなかったからといって、被告における軽減措置を困難にしたものということはできない。
「また、労働者の長時間労働の解消は、第一次的には、業務の全体について把握し、管理している使用者において実現すべきものであるところ、本件において、P8課長はP4に対し、早く帰るように声を掛ける等したにとどまり、長時間労働を抜本的に解消するために、仕事の進め方についてP4と協議をしたり、合理的な事務処理のための教示をしたりするなどした事実はうかがわれず(P9やP8課長において、納期の迫っているP4の業務につき、協力をしたことは認められるものの、一時的なものにすぎず、長時間労働を抜本的に解消するための措置ということはできない。)、あまつさえ、P4の時間外労働の時間を把握しようと努めた痕跡さえ認められない。」
「さらに、被告は、P4の異動の際に、P4に対して相談に来るよう伝えるなどの配慮を行ったものと主張するが、あくまで異動の際の配慮にすぎず、その配慮の内容も長時間の時間外労働を解消する上で十分なものとは認められない。また、被告は、P4に対しては、ライフル射撃競技の大会や練習がある場合に業務を調整しやすい管理課に配置するなど、P4に対する業務の配慮をしていたとも主張するが、認定事実のとおり、本件病院のP7事務次長及びP8課長は、P4がライフル射撃競技の大会に出場しているのかどうかさえ把握していなかった(P8課長は、P4は本件病院の休暇の日に練習に行けると思っていた。)のであり、このような中で、P4に対する業務の配慮が十分にされていたと認めることはできない。」
「そうすると、被告において、P4の長時間の時間外労働に対する配慮が著しく欠けている一方、P4が業務量について上司に相談等しなかったことが被告における配慮の妨げになったと認めることのできない本件においては、当事者間の公平の見地から、P4が業務量について上司に相談等しなかったことをP4の過失と評価し、被告の賠償額を減ずるのは相当ではない。
「被告は、P4の長時間労働は、P4の仕事のペースが遅いなど業務に取り組む姿勢も一因となっているのであるから、過失相殺が認められるべきである旨主張する。」
「これにつき、確かに、P4において、業務を教えてもらう際にメモを取ろうとしないなど、効率的に業務を処理しようとする姿勢が十分ではなく、業務に優先順位を付けることを苦手としていたこと等が、P4における長時間労働を生じさせた一因となった可能性も考えられる。」
「しかし、P4は、被告本所においては時間外労働をほとんど行うことなく、業務を処理することができていたのであるから、一概にその能力が低かったということはできないし、本件病院に配属されてから経験が十分でない状況で、業務を効率的に処理できないのは当然のことであるから、そのことをもって、直ちにP4の過失と評価すべきではない。
「むしろ、P8課長やP6事務局長においては、P4が効率的な業務を行えないことを想定し、対応すべきであったところ、P4が現に効率的な業務を行えていないことを認識しながら、十分な指導や助言を行っていない本件において、上記P4の仕事の進め方等をもって、被告の賠償額の減額を認めるのは相当でない。」

③ 超過勤務申請書の不提出
「被告は、P4に対し、超過勤務申請を促していたにもかかわらず、超過勤務申請書を提出しなかったことから、被告において、P4の労働状況及び健康状況を把握することができず、必要な措置をとることができなかったのであり、過失相殺を認めるべきである旨主張する。」
「しかし、前記認定事実のとおり、P8課長は、P4において、超過勤務申請を出さずに、慢性的に長時間の時間外労働をしていたことを現認しており、申告されている労働時間が現実のものとかい離していることを十分に認識していたにもかかわらず、P4に対して超過勤務申請を提出することを積極的に求めたことも、P4の労働時間を正確に把握しようとしたこともないのであり、P4の超過勤務申請書の不提出により、被告においてP4の長時間の時間外労働に気付くことができず、必要な措置を執ることが困難になったということはない。」
「かえって、P8課長においては、P4が時間外に行っている業務につき、時間外に行う必要のないものであると考え、時間外労働として認めなかったことがあり(甲26・266頁)、P6事務局長においても、管理課全体として慢性的な時間外労働・長時間労働が生じていたにもかかわらず、P4が勤務時間内に業務を終えることができずに時間外労働をしなければならなくなったのは、P4の仕事の進め方に問題があり、本来時間内に処理を終えることができる業務であったとの認識を示しており(証人P6 29頁)、P4及びP9において、平成25年4月から同年12月の間に、月100時間を超える時間外労働を行いながら、当直業務以外に超過勤務申請書を提出したことがなかったことを踏まえると、P4において超過勤務申請することをちゅうちょさせるような職場環境となっており、被告はそのような職場環境を放置していたものといえる。
「そうすると、上記被告の主張は、自ら労働者の労働時間の把握を怠っておきながら、労働時間が把握できなかった責任をP4に転嫁しようとするものであり、P4の超過勤務申請書の不提出をもって、過失相殺を認めることは相当ではない。
④ 医療機関の受診等について
「被告は、P4がうつ病エピソードに発病していたとしても、発病前に精神科を受診し、自己の健康管理を行うべきであり、これを怠ったP4において、過失相殺を認めるべきである旨主張する。」
「これにつき、被告が主張するように、労働者が、自己の健康状態について最もよく認識し、健康管理を行うことのできる地位にあることは、一般論としては肯首できるものであるが、本件のように、使用者が労働者における慢性的な長時間労働を認識しながら、十分な措置を講じず、労働者の健康状態に対する配慮が何らなされていない場合には、労働者において医療機関を受診していないことをもって、直ちに自己の健康管理を怠った過失を認めるべきではなく、少なくとも、労働者において、医師から具体的な受診の必要性を指摘される等して、医療機関を受診する機会があったにもかかわらず、正当な理由なくこれを受診しなかったといえる場合に限り、過失として評価する余地があると解すべきである。」
「そして、本件において、P4が、医師から精神疾患に関する具体的な指摘を受けたことはなく、その他、P4において医療機関を受診する機会があったといえる具体的事情が認められないことを踏まえると、P4において、うつ病エピソードの発病前に、自ら精神科の病院を受診しなかったことを過失と評価すべきではない。
「被告は、P4において、うつ病エピソードに発病する前に、自ら仕事を休み、上司等に相談するなどして自ら自己の健康管理を行うべきであった旨主張する。」
「これにつき、P4において、長時間労働に従事し、適切に休暇が取得されていなかったことが、うつ病エピソードを発病した要因の一つになっていることは否定できない。しかし、前記のとおり、P4は、平成25年10月以降、長時間の時間外労働をしなければならないほどの業務を負担しており、日常の業務の中には期限のあるものも少なくなく、業務を滞りなく処理する上で休暇を取得することが困難であり、休暇を取得することで、休暇取得後の業務処理が一層困難になる状況であったと推察されるところ、被告において、P4が休暇を取得できる状況にあったにもかかわらず適切に休暇を取得しなかったことに関する具体的な事実の主張はない。そうすると、P4が適切に休暇を取得しなかったことをもって、P4の過失と評価することはできない。
「また、P8課長は、P4の業務の負担を総合的に調整し得る立場にあり、P4の休暇の取得状況や長時間労働の状況を十分に認識していたのであるから、P4による相談等がなかったとしても、P4の健康を保持するための措置を講じるべきであったところ、本件では、そのような措置は全く講じられていない。」
「このように、被告において、P4が定期的に休暇を取得できるようにするための十分な配慮がなされていたとはいえない本件においては、P4が自ら休暇を取得するなどの健康管理措置をとらず、P8課長らに対して積極的に業務の負担に関する相談をしなかったとしても、かかるP4の対応をもって、被告の損害賠償額を減額する理由とすることは相当ではない。

3.周囲に気遣いできる性格であること、過重労働への配慮が欠けた状態で上司に相談できなかったこと・超過勤務申請を出せなかったこと・医療機関を受診できなかったこと・休暇を取得できなかったこと、経験の不十分さゆえに業務を効率的に処理できなかったことは、いずれも労働者の非(過失)ではない

 この裁判例は、

友人への気遣いからユニバーサル・スタジオ・ジャパンで気丈に振る舞っていたこと

は病気であったことを否定しないと判示しました。

 また、 

過重労働への配慮が欠けた状態で上司への相談ができなかったこと、

経験の不十分さから業務を効率的に処理できなかったこと、

超過勤務申請を躊躇させるような職場環境で超過勤務申請を出すことができなかったこと、

健康状態に無配慮な使用者のもとで医療機関を受診する機会がなかったこと、

忙しくて休暇を取得することができない状況のもとで休暇を取得しなかったこと、

はいずれも労働者の非ではないと判示しました。

 こうしてみると、自殺したのは自己責任だと言われるような事情は、かなり限定されていると言えるのではないかと思います。