弁護士 師子角允彬のブログ

師子角総合法律事務所(東京:水道橋駅徒歩5分・御茶ノ水駅徒歩7分)の所長弁護士のブログです

懲戒解雇の有効性の判断における解雇理由証明書(普通解雇の場合との違い)

1.解雇理由証明書

 労働基準法22条1項は、

「労働者が、退職の場合において、使用期間、業務の種類、その事業における地位、賃金又は退職の事由(退職の事由が解雇の場合にあつては、その理由を含む。)について証明書を請求した場合においては、使用者は、遅滞なくこれを交付しなければならない。」

と規定しています。

 この条文に基づいて交付される解雇理由に係る証明書を「解雇理由証明書」といいます。

 解雇理由証明書に関しては、そこに書かれていない理由を訴訟になった時に追加主張できるのかという論点があります。

 学説上、強い異論はあるものの、裁判所は、

「解雇理由証明書に記載がない解雇理由を主張したからといってその主張が失当となることはない。使用者が、退職時の解雇理由証明書に記載のない事実を解雇理由として主張するのは、使用者が解雇時には当該事由を重視していなかったという場合が多いであろうが、まれには、使用者が労働者とのトラブルを避けるため真実の解雇理由を記載しなかったという場合もある。後者と認められる場合、当該解雇理由についても慎重に審理する必要があろう。」

という理解を採用しています(佐々木宗啓ほか編著『類型別 労働関係訴訟の実務Ⅱ』〔青林書院、改訂版、令3〕394頁参照)。

 それでは、解雇が普通解雇ではなく懲戒解雇であった場合はどうでしょうか。

 この場合も、力点の強弱の問題はあっても、主張すること自体は可能と理解されるのでしょうか?

 この問題を考えるにあたり参考になる裁判例が、近時公刊された判例集に掲載されていました。東京地判令5.7.12労働判例ジャーナル144-36 富士通商事件です。

2.富士通商事件

 本件で被告になったのは、太陽光発電事業等を営む株式会社です。

 原告になったのは、被告との間で雇用契約を締結し、労務を提供していた方です。被告から懲戒解雇されたことを受け、その無効を主張し、地位確認等を請求する訴えを提起したのが本件です。

 本件では懲戒解雇事由の有無が争点になりましたが、解雇理由証明書に記載されていなかった非違行為について、次のとおり判示しました。

(裁判所の判断)

「本件においては、被告は原告に対して懲戒解雇の意思表示をしているところ、懲戒処分当時に使用者が認識していなかった非違行為は、特段の事情のない限り、その存在をもって当該懲戒処分の有効性を根拠付けることはできないものというべきである(最高裁判所平成8年(オ)第752号同年9月26日第一小法廷判決・最高裁判所裁判集民事180号473頁参照)。」

これを本件について見ると、第2の3(1)(被告の主張)エオキクケに記載した事情は、別紙1、2の解雇理由証明書に記載されておらず、懲戒当時に被告代表者が認識していなかったと認められるから、これらの事情があったとしても、本件懲戒解雇の有効性を根拠づけることはできない(同クに記載した事情は、解雇理由証明書に記載されていると解する余地はあるものの、原告は、令和4年6月及び同年7月も労務を提供した旨供述しており・・・、被告に有利な証拠・・・の内容を踏まえても、当該事情があったとは認められない。

3.五月雨式主張な主張、立証の追加にどのように対抗するか

 解雇理由証明書に書かれていない事実を主張することが禁止されていないこともあり、訴訟では解雇理由証明書に書かれていない解雇理由がしばしば登場します。

 しかし、懲戒解雇の可否を扱った本件において、裁判所は、解雇理由証明書に書かれていない事実が本件懲戒解雇の有効性を根拠付けることを否定しました。本件の裁判所で示された判断は、懲戒解雇の効力を争って地位確認を請求する事件に取り組むにあたり、実務上参考になります。

 

部下が48日間連続勤務をしていたら、補助者を配置するか、取引先と協議して納期を伸ばすべきであったとされた例

1.休日・労働時間規制

 労働基準法32条は、

「使用者は、労働者に、休憩時間を除き一週間について四十時間を超えて、労働させてはならない。」
「② 使用者は、一週間の各日については、労働者に、休憩時間を除き一日について八時間を超えて、労働させてはならない。」

と規定しています。

 また、労働基準法35条1項は、

「使用者は、労働者に対して、毎週少くとも一回の休日を与えなければならない。」

と規定しています。

 こうした規制によって、1日8時間のフルタイムで働いている労働者は、法定休日と法定外休日を併せ、週2日間の休みを確保することができます。

 休みをとることは、健康を維持するうえで極めて重要です。長時間労働は、適応障害や鬱病などの精神障害や、脳出血、脳梗塞、心筋梗塞、心停止などの脳血管疾患・虚血性心疾患等の発症の原因になるからです。長時間労働がこうした疾病を発症させることは、労災の認定基準でも触れられています。

https://www.mhlw.go.jp/content/001140931.pdf

https://www.mhlw.go.jp/content/001157873.pdf

 この休みの取り方との関係で、近時公刊された判例集に、48連勤の適否が問題になった裁判例が掲載されていました。一昨日、昨日とご紹介させて頂いている、東京地判令5.6.29労働判例ジャーナル144-42 テレビ東京制作事件です。

2.テレビ東京制作事件

 本件で被告になったのは、株式会社テレビ東京などで放送されるテレビ番組の企画制作の受託等を事業とする株式会社です。

 原告になったのは、被告との間で労働契約を締結し、業務センター総務部兼番組管理部に配置換えされるまでの間、テレビ番組の演出及びプロデュースなどの番組制作業務を主たる業務とする制作センターで勤務していた方です。

 原告の請求は多岐に渡りますが、その中の一つに、48日間の連続勤務で適応障害を発症したことを理由とする慰謝料請求がありました。

 これに対し、被告は、

「原告が連続勤務した事実は知らない。そのような勤務を結果として生じさせたのは制作業務に従事することを懇願した原告であり、被告は、長時間労働にならないよう自ら管理すべきことを説明し、原告もこれを納得して制作業務に従事した。」

などと反論しましたが、裁判所は、次のとおり述べて、被告の責任を認めました。

(裁判所の判断)

原告は、平成30年2月4日から同年3月23日まで48日間連続勤務を行ったことが認められる(別紙1-2認定用時間計算書)。なお、原告の法定時間外労働及び法定休日労働の合計は、平成30年2月及び3月はそれぞれ100時間を超えている(別紙1-2認定用時間計算書の当該月の集計結果参照)。使用者が、労働者に対し、このような勤務を余儀なくさせることは、違法というよりほかはない。

「そして、上記・・・事実関係によれば、原告の上司であるP4部長においては、原告から、平成30年3月5日までに、本件システムにより同年2月4日から同月末日まで連続勤務した旨の報告を受けた上、同年2月23日及び同年3月14日に、同年2月23日から同年3月23日まで1日も休まず連続して勤務する内容のスケジュール報告を受けており、少なくとも、同年3月14日の時点においては原告が1箇月以上連続勤務を行っていることを知り得たといえる。この時点において、被告としては、原告の補助をさせる者を配置するか、フジテレビと協議して納期を伸ばすといった方法で、原告の負担を軽減すべきであった。

「したがって、被告には、労働時間を適正に把握し管理する義務があるのにこれを怠り、原告に平成30年2月4日から同年3月23日まで48日間連続勤務を行うことを余儀なくさせたものであり、不法行為が成立する。」

「担当医師の診断によれば、原告が発病した適応障害は、本件異動1に伴う環境変化及び人間関係による心理的負荷が要因とされるが・・・、上記過重な業務による心理的負荷も発病の基盤となっていることは否定できないというべきである(上記適応障害については、労働基準監督署長が連続勤務との相当因果関係を認め、労働者災害補償保険法による業務上の疾病である旨認定している。・・・)。」

慰謝料額については、上記不法行為が適応障害の発病の基盤となったこと、その治療内容、治療期間及び治療頻度を考慮し、不法行為・・・についての原告の請求額どおり、100万円とするのが相当である。

3.人員配置・納期交渉の義務/高額の慰謝料

 48連勤させることが違法だというのは当たり前であり、この部分の判示にそれほどの驚きはありません。

 個人的に目を引かれたのは、

「被告としては、原告の補助をさせる者を配置するか、フジテレビと協議して納期を伸ばすといった方法で、原告の負担を軽減すべきであった。」

と判示されている部分です。損害賠償請求の根拠であることを超え、作為請求の根拠となるのかは不分明ですが、人手不足や短納期発注に追われて碌に休みをとることができない労働者が休みをとらせて欲しいと使用者と交渉するにあたり活用できる判示だと思います。

 また、精神障害を発症している事案であるとはいえ、100万円と比較的高額の慰謝料が認定されていることも特筆に値します。これは48連勤という異様な勤務実態の悪性を重く見たからではないかと思われます。

 休みがとれない人の保護・救済を考えて行く上で、本件は実務上参考になります。

 

 

 

無効な固定残業代を合意に基づいて有効にするためには、労働者に対してどのような説明が必要になるのか?

1.固定残業代

 固定残業代とは、

「時間外労働、休日および深夜労働に対する各割増賃金(残業代)として支払われる、あらかじめ定められた一定の金額」

をいいます(白石哲編著『労働関係訴訟の実務』〔商事法務、第2版、平30〕115頁参照)。

 固定残業代は、一定の要件(判別性、対価性)のもとで残業代の支払としての有効性が認められています。

 しかし、固定残業代は使用者にとって損でしかない仕組みです。

 残業時間が予定された時間に満たなくても固定残業代部分の賃金を支払わなければならない反面、実労働をもとに計算した残業代が固定残業代を上回っている場合には、その差額を労働者に支払わなければならないからです。労働者の労働時間を把握する責務から解放されるわけでもなく、固定残業代の導入には、何のメリットもありません。

 しかも、固定残業代の有効性が否定されると、固定残業代の支払に残業代の弁済としての効力が認められなくなるほか、使用者は固定残業代部分まで基礎単価に組み込んで計算した割増賃金を改めて支払うことになります。このことが使用者側にもたらすダメージは大きく、一般に「残業代のダブルパンチ」(白石哲ほか編著『労働家計訴訟の実務』〔商事法務、第2版、平30〕118頁)などと呼ばれています。

 このように使用者側にとって危険な仕組みであることが周知されてきたためか、最近では、

固定残業代を廃止したり、

ダブルパンチを回避するため、法適合性に欠ける固定残業代の定めを法に適合する形に取り繕ったり

する動きが広がりつつあります。

 それでは、法適合性に欠ける固定残業代の定めについて、労働者の同意を得て法適合性のある形へと定め直そうとした場合、使用者はどのような説明を行う必要があるのでしょうか?

 この問題を考えるにあたっては、最二小判平28.2.19労働判例1136-6山梨県民信用組合事件が、

「使用者が提示した労働条件の変更が賃金や退職金に関するものである場合には、当該変更を受け入れる旨の労働者の行為があるとしても、労働者が使用者に使用されてその指揮命令に服すべき立場に置かれており、自らの意思決定の基礎となる情報を収集する能力にも限界があることに照らせば、当該行為をもって直ちに労働者の同意があったものとみるのは相当でなく、当該変更に対する労働者の同意の有無についての判断は慎重にされるべきである。そうすると、就業規則に定められた賃金や退職金に関する労働条件の変更に対する労働者の同意の有無については、当該変更を受け入れる旨の労働者の行為の有無だけでなく、当該変更により労働者にもたらされる不利益の内容及び程度、労働者により当該行為がされるに至った経緯及びその態様、当該行為に先立つ労働者への情報提供又は説明の内容等に照らして、当該行為が労働者の自由な意思に基づいてされたものと認めるに足りる合理的な理由が客観的に存在するか否かという観点からも、判断されるべきものと解するのが相当である(最高裁昭和44年(オ)第1073号同48年1月19日第二小法廷判決・民集27巻1号27頁、最高裁昭和63年(オ)第4号平成2年11月26日第二小法廷判決・民集44巻8号1085頁等参照)。」

と判示していることとの関係を考える必要があります。

 形だけの同意であれば効力を覆すことができるため、形だけでない自由な意思に基づいてなされた同意がなされたといえるためには、どのような情報提供、説明をしなければならないのかが問題になります。

 この問題を考えるにあたり参考になる裁判例が、近時公刊された判例集に掲載されていました。昨日もご紹介させて頂いた、東京地判令5.6.29労働判例ジャーナル144-42 テレビ東京制作事件です。

2.テレビ東京制作事件

 本件で被告になったのは、株式会社テレビ東京などで放送されるテレビ番組の企画制作の受託等を事業とする株式会社です。

 原告になったのは、被告との間で労働契約を締結し、業務センター総務部兼番組管理部に配置換えされるまでの間、テレビ番組の演出及びプロデュースなどの番組制作業務を主たる業務とする制作センターで勤務していた方です。

 本件における原告の請求は多岐に渡りますが、その中に、時間外勤務手当等(いわゆる残業代)の請求がありました。そして、時間外勤務手当等の請求の可否・金額を考えるにあたり、管理者資格手当の固定残業代としての効力が問題になりました。

 管理者資格手当は、平成15年資格職位規程上、

「会社は管理者資格を得た社員に対し管理者資格手当(時間外手当相当額を含む。)を支給する。」

と定められているだけで、時間外手当相当額の具体的金額を示す定めは置かれていませんでした。

 これが平成20年4月1日から変更されることになり(平成20年資格職位規程)、変更に先立つ平成19年10月23日、原告は被告から

「管理者資格手当に固定深夜勤務手当が含まれているとの考え方に同意します。具体的には、管理者資格手当のうち、20%は固定深夜勤務手当分であり、深夜勤務55H分に相当するということです。」

との記載のある被告に対する同意書に署名押印し、被告に提出していました。

 管理者資格手当の固定残業代としての効力を判断するにあたり、この同意書の効力をどのように考えるのかが争点になりました。

 裁判所は、次のとおり述べて、同意書の効力を否定し、管理者資格手当の固定残業代としての効力も消極に解しました。

(裁判所の判断)

「被告は、平成19年10月15日、同月16日及び同月17日の3回にわたって、社員向け説明会を開催し、本件変更について説明を行ったところ・・・、被告が社員に交付した説明文書では、『現管理者資格手当の20%の額(55時間分相当額)を固定深夜勤務手当とみなし、55時間分を支払うものとする。深夜勤務合計時間が55時間を超えた場合は、超えた分の深夜勤務手当を支払う。その際、表記を「管理者資格手当(現管理者資格手当の80%)」と「固定深夜勤務手当(現管理者資格手当の20%)」とします。実際の支給額は変わりません。』旨記載されていたにとどまり・・・、被告の取締役においても、本件変更が賃金を不利益に変更するものであるという認識はなく・・・、説明文書以上の説明は実施されなかった・・・というのである。」

「そして、上記の説明によっては、従来、管理者資格手当の支払により割増賃金(深夜割増賃金も含む。)が支払われたといえず全額が所定労働時間の労働に対する賃金となっていたものを、管理者資格手当の約20%である深夜勤務割増相当額とされた金額をもって深夜割増賃金の支払に充てることとなるという本件変更の不利益の内容を、原告において的確に把握できるとはいえない。

そうすると、本件同意書の作成に当たり、本件変更の内容を把握し得る説明がなく、原告において同意の前提となる不利益に対する理解があったとはいえず、本件同意書が原告の自由な意思に基づいて作成されたものと認めるに足りる合理的な理由が客観的に存在するとはいえないから、本件同意書をもって、本件変更に対する同意があると認めることはできない。

3.固定残業代が全部所定労働時間の労働に対する賃金になることを知らないとダメ

 上述のとおり、裁判所は、管理者資格手当が割増賃金の支払とはいえず、全額が所定労働時間の労働に対する賃金であること、要するに、ダブルパンチを受けることが的確に分かるような説明がされていないことから、不利益に対する理解があったとはいえないとして、同意の効力を否定しました。。

 これは同意が有効であるための説明内容のハードルを、かなり高く考えているように思います。ダブルパンチが可能になることを伝えると、少なくない労働者が時間外勤務手当等を請求してくることが予想されるからです。

 固定残業代に関しては、裁判例が深化を続けています。こうした動きに合わせて、不適法な固定残業代を、労働者との個別合意などの手法により、適法なものへと修正してする動きがあります。本裁判例は、こうした修正の効力を覆して行くにあたり、実務上参考になります。

 

携帯端末で始業・終業時刻を入力でき、社用携帯を所持するよう指示されていたとして、事業場外みなし労働時間制の適用が否定された例

1.事業場外労働のみなし労働時間制(事業場外みなし労働時間制)

 労働基準法38条の2第1項は、

「労働者が労働時間の全部又は一部について事業場外で業務に従事した場合において、労働時間を算定し難いときは、所定労働時間労働したものとみなす。ただし、当該業務を遂行するためには通常所定労働時間を超えて労働することが必要となる場合においては、当該業務に関しては、厚生労働省令で定めるところにより、当該業務の遂行に通常必要とされる時間労働したものとみなす。」

と規定しています。これは一般に「事業場外労働のみなし労働時間制」「事業場外みなし労働時間制」などと呼ばれています。

 「みなす」というのは反証が許されないことを意味します。つまり、所定労働時間以上に働いていたことが立証できたとしても、所定労働時間働いたものとして扱われます。但書があるためあまり無茶はできないにしても、こうしたルールは、しばしば残業代(所定労働時間外の労働の対償)を踏み倒すために濫用されます。

 しかし、携帯電話など、携帯情報端末が普及した現在、事業場外で働いていたとしても、「労働時間を算定し難い」ことなど有り得るのでしょうか?

 近時公刊された判例集に、携帯端末で始業・終業時刻を入力できることや、社用携帯を所持するように指示されていたこと等を根拠として、事業場外みなし労働時間制の適用が否定された裁判例が掲載されていました。東京地判令5.6.29労働判例ジャーナル144-42 テレビ東京制作事件です。

2.テレビ東京制作事件

 本件で被告になったのは、株式会社テレビ東京などで放送されるテレビ番組の企画制作の受託等を事業とする株式会社です。

 原告になったのは、被告との間で労働契約を締結し、業務センター総務部兼番組管理部に配置換えされるまでの間、テレビ番組の演出及びプロデュースなどの番組制作業務を主たる業務とする制作センターで勤務していた方です。

 本件における原告の請求は多岐に渡りますが、その中に、時間外勤務手当等(いわゆる残業代)の請求がありました。

 これに対し、被告は、

「制作業務は、主として企画、取材、撮影及び編集などで構成されるものであり、企画は、取材先での取材、資料の検討、放送局の担当者との打合せの作業があり、取材は、取材対象者のところへ赴いて話を聞いて撮影をし、現地を確認する作業があり、撮影は、現場での撮影の作業があり、編集は、仮編集、本編集及びMAという3段階の作業を行うところ、本来の所属事業場の労働時間管理組織から離脱した場所的状況の下で、他のいかなる労働時間管理組織からの具体的かつ継続的な指揮命令を受けることなく、原告の裁量的な判断の下で制作業務を行っていた。」

「そして、原告は、現場への直行・直帰を認められ、一人で制作業務に従事しており、制作業務は、その性質上、業務内容があらかじめ具体的に確定されているものではないため、原告は、被告からの具体的な指示を受けることなく、原告自身の判断で業務を遂行していた。また、原告は、具体的な業務内容やそれに要した時間等の報告を行っていたものではなかった。被告は、原告に対し、勤務時間管理システム(・・・『キングオブタイム』『KING OF TIME』『勤務時間表』と称されるもの。以下『本件システム』という。)により、始業・終業の都度、始業・終業時刻を申告するよう命じていたが、制作業務については、その正確性を担保する手段又は正確性を確認できる手段がなく、特に原告は、被告の上記命令に従わず、直前の半月分ないし1箇月分の始業・就業時刻をまとめて入力していた。原告は、本件システムの備考欄に、従事した業務の具体的内容は記載されておらず、原告の上司へのメールによる報告も毎日行われたわけではないから、被告が、原告の制作業務の内容・時間を把握することは困難であった。」

などと主張して、事業場外みなし労働時間制の適用を主張しました。

 しかし、裁判所は、次のとおり述べて、事業場外みなし労働時間制の適用を否定しました。

(裁判所の判断)

「労基法38条の2は、事業場外の労働で、その労働態様のため、使用者が労働時間を十分把握できるほど使用者の具体的な指揮監督を及ぼし得ない場合について、使用者の労働時間の把握が困難で実労働時間の算定に支障が生ずることから、実際の労働時間にできるだけ近づけた便宜的な算定方法を定め、その限りにおいて、労基法上使用者に課されている労働時間の把握・算定義務を免除する制度である。そうすると、労基法38条の2「労働時間を算定し難いとき」とは、事業場外の労働である上、その労働態様のため、使用者が労働時間を十分把握できるほど使用者の具体的な指揮監督を及ぼし得ない場合をいうものと解される。」

「番組制作は、企画、取材、撮影及び編集の過程があるところ、企画の段階及び取材の初期の段階では、どのような取材対象者をどの程度取材することになるか、どのような調査を行う必要があるかをあらかじめ決め難い場合があると認められる。また、原告は、制作業務を一人で担当しており、企画、取材及び撮影は、被告の事業場外での労働が中心であり、編集についても事業場外の編集所で行う場合が多く、全体として、おおむね直行・直帰により行われていたものであり、上司などの管理者の目視できる場所で作業が行われることは少なかった。」

「他方で、企画及び取材における初期の段階でも、管理者が、原告から、その日行った作業内容の結果を報告させることは可能であったといえる。さらに、一つの番組は2~8箇月といった比較的長い時間をかけて制作されるものであり、一旦企画書が採用された後は、企画書によって、取材及び撮影の対象、内容及び方法が一定範囲に定まるものであると認められるから、企画書が採用された後は、上司において、企画書などに基づき、原告から報告された日々の作業内容に基づいて進捗を確認し、指揮命令を行うことができるといえる。」

また、始業・終業時刻については、携帯できる端末でどの場所からでも入力できる勤怠管理のシステム(本件システム)で報告することとされており、同システムには、ボタン操作により即時記録される始業・終業時刻はもちろん、始業・終業時刻を手動で入力編集した時刻も逐一記録されるものであったから、上司において、始業・終業時刻を確認したり、入力状況を確認したりすることができた。

「本件システムの備考欄によって取材先が報告されることがあるほか、首都圏以外は出張届で事前に届出がされ、首都圏内でも交通費の申請がされ、上司において、取材場所の確認が可能であった。また、原告が撮影した全ての映像には、撮影時刻及び撮影対象が逐一記録されていたから、撮影の作業の裏付け確認を行うことも可能であった。放送局及び取材先との会合費は月ごとに領収証とともに報告がされていたから、これにより原告の報告した作業内容の真実性を確認することもできた。また、映像の編集を行う編集所からは、番組ごとの利用日及び時間帯が被告に報告されていたから、これにより、原告の編集作業時間を確認することが可能であった。」

さらに、原告は、被告から社用の携帯電話を所持するよう指示されており、被告からいつでも呼出し確認ができる状態となっていた。

以上のことからすれば、原告の制作業務は、おおむね事業場外の労働であったといえるが、原告の上司において、上記・・・の方法で、原告の労働時間を把握するため具体的な指揮監督を及ぼすことが可能なものであったといえる。

したがって、制作業務は、その労働態様が、使用者が労働時間を十分把握できるほど使用者の具体的な指揮監督を及ぼし得ない場合であったとは認められず、労基法38条の2『労働時間を算定し難い場合』とはいえない。

「被告は、原告が、被告が当初指示したとおり・・・、始業・終業の都度、本件システムのボタンを打刻する方法で報告を行わず、半月又は1箇月分をまとめて入力し、その後修正をすることを繰り返しており・・・、入力内容の正確性を担保する手段がなかったため、労働時間を算定し難いといえる旨主張する。」

「しかし、証拠・・・によれば、被告においては、本件システムで報告された社員の1箇月間の所定時間外労働が一定の時間数を超過した場合、管理職らが、当該社員に対し、本件システムの入力内容の正確性の確認を求め、当該社員が労働時間を修正して再報告することがあるなど、労働時間を1箇月程度まとめて報告をすることは、許容されていたことが認められる。また、管理職らの上記指示内容からは、被告において、始業・終業の都度のボタン操作で打刻した数値のみが正確であると捉えていたわけではないこともうかがえる。そして、原告が、本件システムに始業・終業の都度打刻をしていないことについて、平成30年5月より前に、被告が、原告に対し、労働時間を把握するため、その都度入力に改めるよう指導した形跡は見当たらない(同月指導した事実は、乙20によって認められる。乙31は、そのような指示を裏付けるものではない。また、乙38のメールも、上司から、原告に対し、平成30年3月2日の時点において、前月である同年2月の始業・終業時刻の報告が全くされていないとして報告を促すものであり、始業・終業時刻をその都度入力するよう指示したものではない。)。そうすると、原告が半月又は1箇月分をまとめて本件システムに入力していたのは、被告が、原告に対し、始業・終業時刻をその都度入力するよう指導を徹底していなかったことに原因の一つがあるといえる。」

「以上のことから、原告の上記報告の態様をもって、客観的に、労働時間を把握できるほど具体的な指揮監督を及ぼし得ない労働態様であったと認めることはできない。被告の主張は採用できない。」

3.携帯電話を持たせられていれば、事業場外みなし労働時間制は否定できるか?

 携帯電話(携帯情報端末)があれば、始業、終業時刻を報告することは可能ですし、上司が必要に応じて随時指揮監督を行うことも可能です。これにより、事業場外みなし労働時間制の適用が否定できるとなると、事業場外みなし労働時間制が適用される場面は極めて限定的に理解されるのではないかと思います。

 冒頭で述べたとおり、事業場外みなし労働時間制は、残業代の踏み倒しに利用されやすい仕組みです。本裁判例は、事業場外みなし労働時間制の不適用を主張するにあたり、大いに参考になります。

 

更衣時間に労働時間性が認められた例

1.労働時間性

 労働基準法上の労働時間とは、

「労働者が使用者の指揮命令下に置かれている時間をいい、右の労働時間に該当するか否かは、労働者の行為が使用者の指揮命令下に置かれたものと評価することができるか否かにより客観的に定まるものであって、労働契約、就業規則、労働協約等の定めのいかんにより決定されるべきものではないと解するのが相当である。そして、・・・労働者が、就業を命じられた業務の準備行為等を事業所内において行うことを使用者から義務付けられ、又はこれを余儀なくされたときは、当該行為を所定労働時間外において行うものとされている場合であっても、当該行為は、特段の事情のない限り、使用者の指揮命令下に置かれたものと評価することができ、当該行為に要した時間は、それが社会通念上必要と認められるものである限り、労働基準法上の労働時間に該当する

と理解されています(最一小判平12.3.9労働判例778-11 三菱重工業長崎造船所(一次訴訟・会社側上告)事件)。

 更衣時間・着替え時間は、しばしば労働時間に該当するのかが問題になりますが、基本的には、

「使用者から義務付けられ、又はこれを余儀なくされた」

といえるのかどうかで判断して行くことになります。

 「義務付けられ、又はこれを余儀なくされた」といえるのかどうかは、価値判断が含まれることが多く、しばしば裁判でも問題になります。

 こうした状況のもと、近時公刊された判例集に、更衣時間に労働時間性が認められた裁判例が掲載されていました。昨日もご紹介した、東京地判令5.6.30労働判例ジャーナル144-38 テイケイ事件です。

2.テイケイ事件

 本件で被告になったのは、事務所、工場、商店、ビル等の警備の請負及びその保障等を目的とする株式会社です。

 原告になったのは退職した元労働者で、被告に対し割増賃金等(いわゆる残業代)を請求したのが本件です。

 本件の争点の一つに、

更衣時間が労働時間に当たるか

という問題がありました。

 原告が、

「原告は、着替えに要する15分及び引継ぎに要する15分のため、交代時間の30分前には出勤し、退勤の際には、着替えのため5分遅れて退勤していた。したがって交代時間の30分前及び退勤時間の5分後は労働時間に含まれる。また、被告の設けた休憩時間及び仮眠時間は、いずれも待機時間に該当し、労働時間に含まれる。さらに、被告の事務所に赴くこととされた実績報告・装備点検時間も、被告の指示に基づいて行っていたものであり、実績報告を行ったことに対して『実績支援手当』が支給され、被告に出社したことが確認できる日時については、30分の労働時間を加算すべきである。」

「以上によると、原告の労働時間は、別紙2の『始業時刻』欄記載の時刻から『終業時刻』欄記載の時刻まで及び『実績支援手当分』欄記載の時間のとおりとなる。」

(中略)

「原告は、被告に雇い入れられた後、経済産業省において、被告から割り当てられた場所の常駐警備を行っていた。警備業務を行うには、被告が支給する警備服を着用して行う必要があり、経済産業省庁舎では、警備服は、更衣室内のロッカーに保管することとされていた。原告は、更衣室内のロッカーに保管されている警備服に更衣するため、私服で早出出勤し、警備服に着替えてから警備業務に従事し、帰宅時には、警備服から私服に着替えて帰宅した。」

「また、原告は、被告からズボンと靴以外については制服を着用せずに通勤するよう指示を受けていた。ズボンと靴以外には、制帽、白ベルト、肩部分の吊り紐、白手袋の着用が必要とされていた。これらの着用には、相応に時間を要していた。」

と主張したところ、」

裁判所は、次のとおり述べて、更衣時間の労働時間性を認めました。

(裁判所の判断)

「原告は、警備業務の開始に当たって、警備服の着用と交代のため30分を要し、勤務日ごとにシフト上の始業時刻から開始時刻より30分早く労務に従事したと主張する(なお、着替え時間15分と交代時間15分、ただし前日から連続勤務の場合には、これらの着替え時間は考慮していない。)。」

「労働者が、就業を命じられた業務の準備行為等を事業所内において行うことを使用者から義務付けられ、又はこれを余儀なくされたときは、当該行為は、特段の事情のない限り、使用者の指揮命令下に置かれたものと評価することができ、当該行為に要した時間は、それが社会通念上必要と認められるものである限り、労基法上の労働時間に該当すると解される(最高裁平成7年(オ)第2029号同12年3月9日第一小法廷判決・民集54巻3号801頁)。」

「そこで、検討すると、本件就業規則は、制服のある場合は所定の制服を着用しなければならないと定めており(31条3号)、原告は、被告が貸与した警備服を着用し、割り当てられた経済産業省庁舎の警備業務に従事する必要があったものと認めることができる・・・。また、被告の施設警備事業部は、平成28年4月18日、『告示』、『通勤時の服装』、『私服でも制服でも可』、『※制服で出勤時は上着(機動服)を羽織ること』と記載した書面を作成し、警備員が警備服を着用して通勤することを許容するものの、外観上、稼働中の警備員と区別するため、夏・冬ともに上着(機動服)を着用し、標章が見えないようにすべき旨を指示していたものと認めることができるのであって・・・、仮に警備員が警備服を着用して通勤する場合であっても、警備業務に従事するに先立って、少なくとも現場において上着(機動服)を脱ぎ、白手袋及び帽子を着用することを余儀なくされていたということができる・・・。そうすると、最低限、原告がこれら装備の着用に要した時間は、被告の指揮命令下に置かれていたものと評価すべきである。

「そして、交通誘導業務(雑踏や工事現場において夜光チョッキを着用し、赤色の誘導灯を用いて車両の誘導を行う業務)を行う警備員として勤務していたd(以下『d』という。)は、「制服のままの移動はできないけど、ジャンパーとか羽織って、ちゃんと移動する分には問題はないということを聞いております。」と供述するとともに、「ヘルメット、チョッキ、制服、誘導棒、白手、全て現場で使うものを装着」することを前提に、「制服装備自体は、5分もあれば全部そろいます。」とも供述していたものと認めることができるのであって・・・、チョッキ及び誘導棒を要しない原告については、警備服への更衣時間として3分の範囲で社会通念上必要なものであったと解することが相当である(ただし、自衛消防研修、緊急通報実践講習等の講習日については警備服の着用の要否が明らかではなく、労働時間として考慮しない。)。

3.原告主張の一部ではあるが労働時間性が認められた

 以上のとおり、主張の一部ではあるものの、警備員の警備服の着脱について、労働時間性が認められました。

 更衣時間・着替え時間は、開始時刻~終了時刻を特定しなくても「最低限〇分はかかっていたはずだ」という立証の仕方ができるなど、立証の困難さが幾分か緩和されています。そうしたこともあり、議論の対象になることは少なくありません。

 本件の判示は、更衣時間・着替え時間の主張、立証を行うにあたり、実務上参考になります。

 

1か月単位変形労働時間制-勤務シフトパターンが例示されているだけでは適用できないとされた例

1.1か月単位変形労働時間制

 労働基準法32条の2第1項は、

「使用者は、当該事業場に、労働者の過半数で組織する労働組合がある場合においてはその労働組合、労働者の過半数で組織する労働組合がない場合においては労働者の過半数を代表する者との書面による協定により、又は就業規則その他これに準ずるものにより、一箇月以内の一定の期間を平均し一週間当たりの労働時間が前条第一項の労働時間を超えない定めをしたときは、同条の規定にかかわらず、その定めにより、特定された週において同項の労働時間又は特定された日において同条第二項の労働時間を超えて、労働させることができる。」

と規定しています。いわゆる1か月単位の変形労働時間制です。

 ここに書かれている「一箇月以内の一定の期間を平均し一週間当たりの労働時間が前条第一項の労働時間を超えない定めをした」といえるためには、労働時間が特定されていなければなりません。労働時間の特定とは「変形期日における各日、各週の労働時間を具体的に定めることを要し、変形期間を平均し週四十時間の範囲内であっても、使用者が業務の都合によって任意に労働時間を変更するような制度はこれに該当しない」と理解されています(昭63.1.1基発1号、平9.3.25基発195号、平11.3.31基発168号)。

 そして、勤務ダイヤにより1か月単位の変形労働時間制を採用する場合、「就業規則において各直勤務の始業終業時刻、各直勤務の組み合わせの考え方、勤務割表の作成手続及びその周知方法等を定めておき、それにしたがって各日ごとの勤務割は、変形期間の開始前までに具体的に特定すること」とされています(昭63.3.14基発150号)。

 条文の文言だけを見ていると、こうした解釈例規にまでたどり着きにくいためか、変形労働時間制については、不適正な導入により、その効力が否定されることが少なくありません。近時公刊された判例集に掲載されていた、東京地判令5.6.30労働判例ジャーナル144-38 テイケイ事件も、そうした事案の一つです。

2.テイケイ事件

 本件で被告になったのは、事務所、工場、商店、ビル等の警備の請負及びその保障等を目的とする株式会社です。

 原告になったのは退職した元労働者で、被告に対し割増賃金等(いわゆる残業代)を請求したのが本件です。

 本件では変形労働時間制の適否が争点の一つになりました。

 裁判所は、次のとおり述べて、変形労働時間制の効力を否定しました。

(裁判所の判断)

「被告は、原告に対し、平成31年4月3日、『雇用契約書兼労働条件通知書』を交付した。同書面には、従事すべき業務として、『警備業務、駐車監視業務、会社が指定する業務(付随する業務含む)』が掲げられ、『責任者業務、運転業務、断続的監視業務』が除外されており、就労場所として『会社の指定する請負先』、就業時間について午前8時から午後5時までの『日勤』、午後8時から午前5時まで又は午後5時から午前8時までの『夜勤』、午前8時から翌日午前8時までの『当務』等が設定されていたほか、『変形労働時間制(1ケ月)適用あり』、『業務の都合により左記時間を超えて勤務させる事がある。』、『就業時間については契約先によって異なる。』、休憩時間等について『日勤、夜勤1時間』、『当務8時間(内仮眠4時間)』、『休憩時間については契約先によって異なる。』と記載され、その他『上記以外の就業条件は準社員就業規則による。』と記載されていた。・・・」

(中略)

「被告は、原告に対し、平成31年4月3日、上記『雇用契約書兼労働条件通知書』と併せて『施設警備 勤務形態・賃金支払い承諾書』を交付した。同書面には、日勤について6形態、夜勤について5形態、当務について1形態の勤務シフト等が示され、拘束時間・実働時間に応じて休憩時間1時間又は2時間、仮眠時間4時間が具体的に記載されているとともに、『施設警備の賃金における具体的な算定(深夜割増手当の内訳)は下記の通りとする。但し勤務時間、休憩時間等は契約先、業務の内容によって異なる場合がある。』、『休憩・仮眠時間中に緊急対応を行った場合には勤務時間の報告を行わなければならない。』と記載されていた。・・・」

「なお、上記『施設警備 勤務形態・賃金支払い承諾書』に記載された勤務シフトパターンは、実際に原告が従事する勤務シフトそのものではなかった。・・・」

「原告と被告は、令和元年5月8日に雇用契約を変更した。被告は、原告に対し、同年6月19日、改めて『雇用契約書兼労働条件通知書』を交付した。同書面には、日勤について1形態、夜勤について2形態、当務について1形態の勤務シフト例が示され、給与体系と勤務体系の組合せによる見込み支給額が示されており、『賃金における具体的な算定(深夜割増手当の内訳)は下記の通りとする。但し勤務時間、休憩時間等は契約先、業務の内容によって異なる場合がある。』と記載されていた。・・・」

(中略)

「また、上記『雇用契約書兼労働条件通知書』に記載された勤務シフトパターンは、実際に原告が従事する勤務シフトそのものではなかった。(弁論の全趣旨)」

(中略)

「本件就業規則は、準社員の就業時刻等について、日勤につき始業午前8時・終業午後5時(休憩正午より1時間)、夜勤につき始業午後8時・終業翌日午前5時(休憩午前0時より1時間)、長夜勤につき始業午後5時・終業翌日午前8時(休憩1時間・仮眠4時間)、当務につき始業午前8時・終業翌日午前8時(休憩4時間・仮眠4時間)、短縮勤務につき始終業時刻を別途定める(休憩は日勤又は夜勤に準ずる)と定めるほか、『上記に定める時刻は、業務の都合により変更することがある。』と定めていた(39条、別表1)。・・・」

「本件就業規則は、『会社は1カ月を平均して1週間の労働時間が40時間を超えない範囲内で、1日につき8時間または1週間につき40時間を超えて勤務をさせることができる。』(40条1項)と定め、具体的な休日については、『週1日以上または4週間(1月1日起算)に4日以上とし、具体的な日は毎月シフトにより明示する。』と(41条1項)と定めるものの、各勤務の組合せ、勤務割表の具体的な作成手続及び周知方法等について定めるところはなかった。・・・」

(中略)

「1か月単位の変形労働時間制を就業規則に定める場合には、その就業規則において変形期間及びその起算日、変形期間における各日、各週の労働時間、各日の始業及び終業時刻を定める必要があり(労基法32条の2、89条、同法施行規則12条の2)、業務の実態から、月ごとに勤務割を作成する必要がある場合は、就業規則において各直勤務の始業終業時刻、各直勤務の組合せの考え方、勤務割表の作成手続及び周知方法等を具体的に定め、それに従って各日の勤務割を変形期間の開始前までに具体的に特定すれば足りるものとされている(昭和63年3月14日基発150号)。」

「被告が交付した平成31年4月3日作成の『雇用契約書兼労働条件通知書』には、「変形労働時間制(1ケ月)適用あり」と記載され・・・、本件就業規則も、『会社は1カ月を平均して1週間の労働時間が40時間を超えない範囲内で、1日につき8時間または1週間につき40時間を超えて勤務をさせることができる。』(40条1項)と定めていたものと認めることができる・・・。」

「しかしながら、上記平成31年4月3日作成の『雇用契約書兼労働条件通知書』、令和元年6月19日作成『雇用契約書兼労働条件通知書』には、例示として具体的な勤務シフトパターンが示されていたにすぎず・・・、本件就業規則においても、各勤務の組合せ、勤務割表の具体的な作成手続及び周知方法等について定めるところはなかった・・・。

「そうすると、原告と被告との間の雇用契約において、適法な変形労働時間制を適用することはできない。」

3.具体的な勤務シフトパターンが例示されているだけではダメ

 上述したとおり、裁判所は、雇用契約書に具体的な勤務シフトパターンが例示されていただけでは法定の要件を満たさないと判示しました。また、勤務割表の具体的な作成手続や周知方法が定まっていることが必要であることも示唆しました。

 変形労働時間制は、適正に採用するための要件が分かりにくく、それほど容易には有効になりません。反面、変形労働時間制が否定される事案では、割増賃金等の金額が高額化しやすい傾向にあります。

適用要件に疑問をお持ちの方は、一度、弁護士のもとに相談に行ってみても良いのではないかと思います。もちろん、ご相談は、当事務所でもお受けしています。

 

新型コロナウイルスの流行する海外から会社代表者が帰国するにあたり、従業員が感染の可能性を指摘することは侮辱なのか?

1.感染への不安を抱える従業員

 昨日、

新型コロナウイルスの流行する海外から会社代表者が帰国するにあたり、従業員が共同で在宅勤務を求めることは許されるのか? - 弁護士 師子角允彬のブログ

という記事を書きました。

 この記事の中で紹介した、東京地判令5.11.30労働判例1301-5 オフィス・デヴィ・スカルノ元従業員ら事件は、新型コロナウイルスの流行する海外に行った代表者に対し、感染への不安を解消するため、従業員達が共同して在宅勤務を求めたことについて、不法行為への該当性を否定しました。

 これだけでも目を引く裁判例ですが、オフィス・デヴィ・スカルノ元従業員ら事件の判決は、もう一つ、実務的に意義のある判断を示しています。それは、従業員が代表者に対して感染の可能性を指摘したことについて、侮辱(不法行為)にはあたらないと判示したことです。

2.オフィス・デヴィ・スカルノ元従業員ら事件

 本件で原告になったのは、インドネシア共和国の元大統領夫人であった方です。日本国内を活動拠点としてタレント活動を行うとともに、自身のマネージメント事業等を行うために設立された本件会社(株式会社オフィス・デヴィ・スカルノ)の代表取締役を務めていました。

 被告になったのは、本件会社の元従業員2名(被告乙山、被告丙川)です。

 被告乙山は原告のブログやSNSの原稿を作成して公開する業務等に従事していた方で、被告丙川は原告のマネージャー業務に従事していた方です。

 娘婿の葬儀のためインドネシア共和国に出国し、原告が帰国してくるにあたり、本件会社の従業員である被告らほかA、B、C、D(被告ら従業員6名)は、対応を協議する話合いを行い、原告の帰国後2週間は在宅での勤務を行う方針(本件方針)を決定しました。

 帰国した原告に対し、被告らが、向こう2週間在宅での勤務を認めるよう要望したところ、原告は、

本件会社の事務所への出勤を拒否するという共同絶交の合意を主導して形成させた、

新型コロナウイルスの感染者と決めつけて原告を侮辱した、

と主張し、これらが不法行為に該当するとして、被告らに損害賠償を請求する訴えを提起しました。

 裁判所は、前者の不法行為該当性を否定したうえ、後者についても、次のとおり述べて、不法行為にはあたらないと判示しました。

(裁判所の判断)

「原告が本件当日夜本件建物に帰宅したところ、被告乙山は、既に本件建物から退出していたA及びDを除く被告丙川、B及びCの同席の下、原告に対し、本件方針を伝え、向こう 2 週間、在宅での勤務を認めるよう要望した・・・。」

原告が、その際、被告乙山に対し、『あなた、何言ってんのよ。私は病原体でもなんでもないわよ』と述べたところ、被告乙山は、『そうでもないですけど』と応答し、原告がその理由を尋ねたところ、被告乙山は『陰性であっても…』と述べた(以下、これらの被告乙山の発言を『本件発言』という。)・・・。

(中略)

「原告は、被告らは原告を何の根拠もなく新型コロナウイルスの感染者又はその濃厚接触者と決め付け、原告を侮辱した旨主張する。」

「人の名誉感情を損なう行為は、社会通念上許される限度を超える侮辱行為であると認められる場合に、その者の人格的利益を侵害するものとして、不法行為が成立するというべきである。」

「これを本件についてみるに、前提事実⑶イ及び前記 1 ⑸のとおり、被告乙山は、被告丙川とともに原告に本件方針を告げるとともに、本件発言をしたものであるところ、これらの言動は、原告の検査結果が陰性であってもなお原告に新型コロナウイルス感染の可能性があることを前提とするもの又は指摘するものといえるが、飽くまで可能性をいうものであって、原告を感染者又はその濃厚接触者と決め付けたものと評価することはできない(本件文書においても、今後陽性になる可能性や空港での移動の際の感染可能性がある旨を指摘するにとどまる。)。したがって、被告らが原告を感染者又はその濃厚接触者であると決め付けた旨の原告の上記主張は、その前提を欠き、理由がない。」

「また、前記 ・・・で説示したとおり、当時の社会的状況等に照らすと、被告らが、帰国した原告に新型コロナウイルス感染の可能性があると懸念すること自体が直ちに不合理とはいえず、このことに加えて、本件方針の申出や本件発言をした経緯、内容等に照らすと、被告らが原告に当該感染の可能性があることを指摘したことが、社会通念上許される限度を超える侮辱行為として原告の人格的利益を侵害するものとは認められない。したがって、原告の上記主張は理由がない。

3.相手が上長であったとしても、感染の可能性を懸念する程度のことは問題ない

 新型コロナウイルスに感染した事実の指摘等をどのように捉えるのかは、かなり微妙な問題です。個人的な感覚としては、感染したとして、だから何だとしか思いませんし、感染した可能性のある人に懸念を表明したところで、それが侮辱になるという感覚はありません。

 ただ、感染した事実・感染した可能性があるのではないかという懸念を表明された方が、少なくとも良い気分にならないことは理解できます。そういう意味では、どのような形態・文言での懸念表明であったとしても適法とは言いにくいように思われます。

 本裁判例は、上長であっても、軽く懸念を表明する程度のことであれば、問題にならないことを示しました。感染のリスクを回避するため労働者が懸念を表明する必要のある場面は日常的に生じ得るものであり、裁判所の判断は実務上参考になります。