弁護士 師子角允彬のブログ

師子角総合法律事務所(東京:水道橋駅徒歩5分・御茶ノ水駅徒歩7分)の所長弁護士のブログです

人材紹介会社が提示した労働条件が変更されたかどうかは慎重に検討するべきであるとされた例

1.人材紹介会社(職業紹介事業者)が流す不正確な求人情報

 人材紹介会社(職業紹介事業者)が出している求人情報を見て応募したところ、それとは異なる労働条件を使用者から提案されたとして、トラブルになる例は少なくありません。

 ただ、法も、こうした不正確な求人情報を野放しにしているわけではありません。

 職業紹介法5条の3は、次のとおり規定しています。

第五条の三 公共職業安定所、特定地方公共団体及び職業紹介事業者、労働者の募集を行う者及び募集受託者並びに労働者供給事業者は、それぞれ、職業紹介、労働者の募集又は労働者供給に当たり、求職者、募集に応じて労働者になろうとする者又は供給される労働者に対し、その者が従事すべき業務の内容及び賃金、労働時間その他の労働条件を明示しなければならない。

② 求人者は求人の申込みに当たり公共職業安定所、特定地方公共団体又は職業紹介事業者に対し、労働者供給を受けようとする者はあらかじめ労働者供給事業者に対し、それぞれ、求職者又は供給される労働者が従事すべき業務の内容及び賃金、労働時間その他の労働条件を明示しなければならない。

③ 求人者、労働者の募集を行う者及び労働者供給を受けようとする者・・・は、それぞれ、求人の申込みをした公共職業安定所、特定地方公共団体若しくは職業紹介事業者の紹介による求職者、募集に応じて労働者になろうとする者又は供給される労働者と労働契約を締結しようとする場合であつて、これらの者に対して第一項の規定により明示された従事すべき業務の内容及び賃金、労働時間その他の労働条件・・・を変更する場合その他厚生労働省令で定める場合は、当該契約の相手方となろうとする者に対し、当該変更する従事すべき業務の内容等その他厚生労働省令で定める事項を明示しなければならない。

④ 前三項の規定による明示は、賃金及び労働時間に関する事項その他の厚生労働省令で定める事項については、厚生労働省令で定める方法により行わなければならない。

 第3項の「厚生労働省令で定める事項」と第4項の「厚生労働省令で定める方法」は、それぞれ次のとおりです。

・厚生労働省令で定める事項(労働基準法施行規則4条の2第3項)

一 労働者が従事すべき業務の内容に関する事項(従事すべき業務の内容の変更の範囲を含む。)

二 労働契約の期間に関する事項

二の二 試みの使用期間に関する事項

二の三 有期労働契約を更新する場合の基準に関する事項(通算契約期間・・・又は有期労働契約の更新回数に上限の定めがある場合には当該上限を含む。)

三 就業の場所に関する事項(就業の場所の変更の範囲を含む。)

四 始業及び終業の時刻、所定労働時間を超える労働の有無、休憩時間及び休日に関する事項

五 賃金(臨時に支払われる賃金、賞与及び労働基準法施行規則・・・の額に関する事項

六 健康保険法・・・による健康保険、厚生年金保険法・・・による厚生年金、労働者災害補償保険法・・・による労働者災害補償保険及び雇用保険法・・・による雇用保険の適用に関する事項

七 労働者を雇用しようとする者の氏名又は名称に関する事項

八 労働者を派遣労働者として雇用しようとする旨

九 就業の場所における受動喫煙を防止するための措置に関する事項

・厚生労働省令で定める方法(労働基準法施行規則4条の2第4項)

一 書面の交付の方法

二 次のいずれかの方法によることを書面被交付者(明示事項を前号の方法により明示する場合において、書面の交付を受けるべき者をいう。以下この号及び次項において同じ。)が希望した場合における当該方法

イ ファクシミリを利用してする送信の方法

ロ 電子メールその他のその受信をする者を特定して情報を伝達するために用いられる電気通信・・・の送信の方法・・・

 長々として分かりにくいルールですが、要するに、求人情報で示した労働条件を変更する場合には、書面を交付するなり、ファックスを送信するなり、電子メールを送信するなりして、変更することを明確に告知しろということです。

 また、

「虚偽の条件を提示して、公共職業安定所又は職業紹介を行う者に求人の申込みを行つたとき。」

は犯罪とされており(6月以下の懲役又は30万円以下の罰金 職業安定法65条10号参照)、これによっても、使用者が虚偽の求人情報を職業紹介業者に提供することの抑止が図られています。

 しかし、これらは飽くまでも取締法規であって、求人情報で示した労働条件の変更を告げられ、そのまま済し崩し的に結ばれてしまった労働契約の民事的な効力に直ちに影響を与えるものではありません。

 それでは、こうした取締法規に違反していたとしても、民事紛争との関係では何の意味もないのでしょうか?

 この問題を考えるにあたり参考になる裁判例が、近時公刊された判例集に掲載されていました。東京地判令5.7.19労働判例ジャーナル144-44 イザベラハウス事件です。

2.イザベラハウス事件

 本件で被告になったのは、飲食店の経営や不動産業を主たる事業目的とする有限会社です。

 原告になったのは、求人サイトに掲載されていた被告の求人情報に応募し、被告取締役Bの指示を受け、選挙用ポスターの裏側に取り付けるための両面テープの買い出し等をしていた方です。就労初日の午後1時ころから買い出しに出かけ、被告事務所に戻った後、同日午後4時30分頃に被告事務所から立ち去り、そのまま被告に対して労務を提供しなくなりました。

 その後、原告は、違法・無効な解雇をされたことを理由として、契約期間満了時までの賃金や、ハラスメント行為等を理由とする損害賠償を請求する訴えを提起しました。

 この訴えを審理する中で、求人情報とは異なる内容の労働契約を締結されていたこと(被告の求人情報に応募したのにB個人との間で労働契約が結ばれたこと)について、裁判所は、次のとおり判示しました。

(裁判所の判断)

「原告は虚偽の労働条件で求人を募集することは違法であり、労働条件を書面で明示することが義務付けられている旨を主張する。」

「確かに、職業安定法5条の3第3項及び4項及び職業安定法施行規則第4条の2第5項は、求人者等が、職業紹介事業者等の紹介による求職者等と労働契約を締結する場合に、職業紹介事業者等を通じて明示した業務内容、賃金、労働時間その他の労働条件(以下『従事すべき労働条件等』という。なお、労働者を雇用しようとする者の氏名又は名称に関する事項を含む(同施行規則4条の2第3項7号)。)と異なる労働条件に変更する場合には、当該契約相手となろうとする者に対し、当該変更する従事すべき労働条件等を明示しなければならず、その方法は原則として書面の交付、FAX送信、電子メール等の送信によらなければならない旨を定めており、虚偽の条件を提示して職業紹介を行う者に求人の申し込みを行った者に関する罰則も定められている(職業安定法65条9号)が、前記各規定に違反したからといって直ちに求人情報のとおりの労働条件で労働契約が成立するという法的効果は生じない。労働基準法15条1項違反についても同じである。」

「もっとも、前記各規定の趣旨は、使用者(求人者)に対し従事すべき労働条件等を明示させることにより、労働者(求職者)が労働契約を締結する前に従事すべき労働条件等を適切に把握することができるようにすることにあると考えられることから、労働契約の当事者や労働条件に争いがある事案において、従事すべき労働条件等の変更が行われたにもかかわらず、所定の方法による変更後の従事すべき労働条件等が明示されていない場合には、実際に変更後の労働条件等により労働契約が締結されたといえるか否かについて慎重に検討するべきであると考えられる。

「本件では、本件求人情報は被告の求人募集として本件サイトに掲載されていたのに、その後、BはB個人が使用者であると伝え、従事すべき労働条件等の変更を提案しているが、当該従事すべき労働条件等の変更について本件メールにより明示されていたとは認め難い。しかし、この点の経過については原告自身も原告本人尋問において認めていることからすれば、前記・・・のとおり、本件メールが送受信された段階では、原告及びBの間では、使用者はB個人であることは明確になっていたと認められる。よって、前記・・・のとおり、原告と被告との間で労働契約が成立していたとは認めることはできない。」

3.結論として原告の請求は棄却されたが・・・

 本件では、結論として会社に対する請求は棄却されています。

 しかし、

「前記各規定の趣旨は、使用者(求人者)に対し従事すべき労働条件等を明示させることにより、労働者(求職者)が労働契約を締結する前に従事すべき労働条件等を適切に把握することができるようにすることにあると考えられることから、労働契約の当事者や労働条件に争いがある事案において、従事すべき労働条件等の変更が行われたにもかかわらず、所定の方法による変更後の従事すべき労働条件等が明示されていない場合には、実際に変更後の労働条件等により労働契約が締結されたといえるか否かについて慎重に検討するべきであると考えられる。」

という考え方を示した部分は、他の事案にも応用可能な有意義な判示だと思います。以後、求人情報と実際の労働契約に齟齬がある場合には、上記判示部分を引用して行くことが考えられます。

 労働者敗訴事案ではあるものの、裁判所の上記判示は実務上参考になります。