弁護士 師子角允彬のブログ

師子角総合法律事務所(東京:水道橋駅徒歩5分・御茶ノ水駅徒歩7分)の所長弁護士のブログです

公立学校教師(教育職員)の持ち帰り残業と公務災害

1.教育職員の長時間労働の問題

 公立学校教師の長時間労働を問題視する声の高まりを受け、令和2年1月17日、文部科学省から、

「『公立学校の教育職員の業務量の適切な管理その他教育職員の服務を監督する教育委員会が教育職員の健康及び福祉の確保を図るために講ずべき措置に関する指針』の告示等について」(元文科初第1335号)

という通知が出されました。

「公立学校の教育職員の業務量の適切な管理その他教育職員の服務を監督する教育委員会が教育職員の健康及び福祉の確保を図るために講ずべき措置に関する指針」の告示等について(通知)(令和2年1月17日):文部科学省

 これは「在校等時間」に上限規制を設け、教育職員の長時間労働を抑制しようとするものです。

 しかし、教育職員の業務量そのものが減少するわけではないため、持ち帰り残業を招き、より長時間労働の実体が分かりにくくなるだけではないかとの懸念も出されています。

2.持ち帰り残業での労働時間把握の重要性

 脳・心臓疾患にしても、精神障害にしても、それが公務災害(労災)と認定されるためには、時間外労働の時間数が一定のボリュームを持っていることが、重要な意味を持ちます。上記通知の発出により、持ち帰り残業が増加すると、自宅で何時間働いていたのかという困難な論証に挑まなければならなくなる事件が増加するのではないかと予想されます。

 そうした問題意識を持っていたところ、近時公刊された判例集に、持ち帰り残業の労働時間数に着目したうえ、脳幹部出血に公務起因性を認めた裁判例が掲載されているのを目にしました。福岡高判令2.9.25労働判例1235-5 地公災基金熊本県支部長(市立小学校教諭)事件です。

3.地公災基金熊本県支部長(市立小学校教諭)事件

 本件は公務外災害認定処分の取消訴訟です。

 原告になったのは、市立小学校の教諭の方です。脳幹部出血を発症し、後遺障害を負ったことについて、公務災害認定請求を行いました。しかし、公務外であるとの認定を受けてしまったため、その取消を求めて出訴しました。

 原審は原告の請求を棄却し、公務外認定処分の効力を維持しました。これに対し、原告が控訴人となって控訴提起したのが本件です。

 本件では持ち帰り残業の時間数が争点の一つとなりましたが、裁判所は次のとおり述べて、一審判決を取り消し、公務起因性を認定しました。

(裁判所の判断)

「控訴人は、平成23年度の2学期において、本件小学校のクラス担任は担当していなかったものの、算数TT教員として授業を受け持ち、水曜日の5校時に『あいあいたいむ』のない週以外は原則として1校時から5校時までの全ての時間に授業を担当していた。また、控訴人は、研究主任として毎週水曜日に実施される校内研修の企画、立案、資料の作成、研究発表会に向けての提案や資料作成をするとともに、本件小学校がモデル校及び推進校に指定されたことにより必要となった研究紀要の作成の業務、関連する取組としての『チャレンジよみもの』のプリントの作成及び返却されたプリントへのコメント記入、思考力プリントの作成、計算大会の問題の作成等の業務を行っていた。さらに、控訴人は、部活動の指導を担当し、休日に試合の引率を担当することもあった。」

「上記各業務の内容は、認定事実・・・に記載のとおりであり、その内容を検討すると、個々の業務自体が過重であるとまではいえないものの、控訴人は、これらの業務を同時期に並行して処理していたのであるから、控訴人の業務上の負荷については、控訴人の業務を全体として評価する必要がある。」

「本件発症前1か月間における控訴人の週40時間(1日当たり平均8時間)を超える校内時間外労働時間は51時間06分、自宅での時間外労働時間は41時間55分であり、時間外労働時間の合計は93時間01分にのぼる。この時間は、認定基準において『通常の日常の職務に比較して特に過重な職務に従事したこと』に該当する場合の一つとして挙げられている、発症前1か月における月100時間(週当たり平均25時間)の時間外労働には達していないものの、これに近い時間数であるということができる。」

「また、控訴人の本件発症前2週間の時間外労働時間は、本件発症前1週目につき28時間38分・・・、本件発症前2週目につき33時間34分・・・であって、いずれも週当たり25時間を超えている。」

「さらに、控訴人の本件発症前2か月目の時間外労働時間は40時間09分(校内時間外労働時間31時間45分、自宅での時間外労働時間8時間24分)であり、本件発症前3か月目から6か月目までの校内時間外労働時間は別紙・・・のとおりである。上記期間において、認定基準で『通常の日常の職務に比較して特に過重な職務に従事したこと』に該当する場合の一つとして挙げられている、発症前1か月を超える月平均80時間(週当たり20時間)の時間外労働をしたと認められる期間はないものの、本件発症前6か月目の校内時間外労働時間がほぼ80時間となるなど、長期間にわたって恒常的に長時間の時間外労働をしていたということができる。」

前記のとおり、控訴人の時間外労働時間には、自宅での作業時間が含まれているところ、自宅での作業は、職場における労働に比して緊張の程度が低いということができる。しかし、前記認定の控訴人の業務内容に加え、別紙・・・のとおり認められる時間外労働の状況からすれば、控訴人は、本件発症前1か月間において、通常の出勤日は午後7時ころまで本件小学校で時間外労働をした上で、仕事を持ち帰り、自宅で公務に該当する業務を行っていたと認められ、これらの事情によれば、控訴人は、職場で時間外労働をした後、そこで終了させることのできなかった文書やプリント類の作成の業務を自宅で行うことを余儀なくされていたものと認められる。また、その自宅作業の時間及び時刻からすれば、控訴人は、自宅作業を行うことを余儀なくされた結果、睡眠時間が減ったものと認められる。

「本件発症の前日である12月13日においても、控訴人は、本件小学校から帰宅後、午後8時44分から午後11時37分まで自宅で業務を行っていたことが認められ、12月14日は午前7時40分に本件小学校に出勤している(甲1・53頁)から、本件発症の前日の夜から朝にかけての睡眠時間も短いものであったと認められる。」

「前記のとおり、控訴人は、本件小学校での授業のない土曜日や日曜日に、部活動の試合の引率を担当することもあり、本件発症前1か月間では3回(11月20日、同月26日、12月10日)行っていた。この部活動の試合の引率は、本来休日である土曜日又は日曜日に、午前の早い時間に自宅を出て対応することを余儀なくされていたものであって、睡眠時間及び休日の休息の時間を減少させ、控訴人の疲労の回復を遅らせる要因となったものということができる。」

「長時間労働の継続による睡眠不足と疲労の蓄積が脳血管疾患の発症の基礎となる血管病変等を増悪させ得る因子となることは医学的経験則となっているところ・・・、上記・・・の事情を総合考慮すれば、控訴人の本件発症前における業務は、その身体的及び精神的負荷により、脳血管疾患の発症の基礎となる血管病変等をその自然経過を超えて増悪させ得ることが客観的に認められる負荷であったということができる。

4.通知前の事案ではあるが・・・

 持ち帰り残業への懸念に対しては、冒頭でご紹介した通知でも一定の手当がされています。具体的に言うと、通知は、

「在校等時間の上限を遵守することのみが目的化し、それにより自宅等における持ち帰り業務の時間が増加することはあってはならないこと。本来、業務の持ち帰りは行わないことが原則であり、仮に行われている場合には、その縮減のために実態把握に努めること。

と規定しています。

 本件は通知の発出前の事案であり、パソコンに残された記録をもとに持ち帰り残業の労働時間数が認定されました。通知の発出後は、持ち帰り残業が行われている場合、その実態把握に努めることとされているため、もう少し立証が楽になる可能性もありますが、本件は持ち帰り残業における労働時間数の認定、持ちかえり残業の業務負荷など、主張、立証の計画を考えて行くにあたり、先例として一定の意義を有する事案だと思われます。