弁護士 師子角允彬のブログ

師子角総合法律事務所(東京:水道橋駅徒歩5分・御茶ノ水駅徒歩7分)の所長弁護士のブログです

軽微な非違行為を理由に定年後再雇用拒否することは許されるか?

1.軽微な非違行為と定年後再雇用の問題

 軽微な非違行為を理由に、定年後再雇用を拒否することは許されるのでしょうか?

 過去、名古屋高判令2.1.23労働判例1224-98学校法人南山学園(南山大学)事件という裁判例がありました。

 これは譴責処分を受けたことを理由とする定年後再雇用拒否の効力が争われた事案です。この事件では、そもそも譴責処分が無効ということで、定年後再雇用の拒否が許されないという結論になったこともあり、譴責処分と定年後再雇用拒否を結びつける大学のルールそれ自体の適法性は判断の対象になりませんでした。

 しかし、高年齢者雇用安定法上の継続雇用措置とは、

「高年齢者が希望するときは、当該高年齢者をその定年後も引き続いて雇用する制度」

をいいます(高年齢者雇用安定法9条1項2号)。希望さえすれば引き続いて雇用してもらえることが前提であるにもかかわらず、譴責の対象でしかないような軽微な非違行為を理由に定年後再雇用を拒否することは、法的に許されるのでしょうか?

 この問題を考えるにあたり、参考になる裁判例が、近時公刊された判例集に掲載されていました。富山地決令2.11.27労働判例1236-5 ヤマサン食品工業(仮処分)事件です。

2.ヤマサン食品工業(仮処分)事件

 本件は定年後再雇用を拒否された労働者が申し立てた仮処分事件です。

 債務者会社は、各種山菜の缶詰製造等を業とする株式会社です。

 債権者労働者は、被告でA3室係長として勤務していた方です。定年後再雇用を拒否されたことを受け、賃金仮払い等を求める仮処分を申立てました。

 債権者が定年後再雇用を拒否されたのは、譴責処分を受けたからです。

 定年前に債権者と債務者との間で交わされた定年後再雇用に関する合意(本件合意)には、

「就業規則の定めに抵触した場合」

契約を破棄し、再雇用の可否及び労働条件を再度検討するとの条項が付けられていました(本件就業規則抵触条項)。

 債権者は、

自宅待機中に使用外出したこと、

関連会社が従業員に対して無償提供していた除菌水を一人で大量に持ち帰ったこと、

が就業規則の定めに抵触するとして、譴責処分を受けました。

 これを受け、債務者は、就業規則に抵触して譴責処分を受けたのだから、本件合意を解除し、定年後再雇用契約を締結しないと通告しました。

 本件では、こうした取り扱いが許容されるのかが争点になりました。

 争点に対する判断の中で、裁判所は、本件就業規則抵触条項の評価について、次のとおり判示しました。

(裁判所の判断)

「平成24年改正前の高年法9条2項においては、労使協定により、継続雇用制度の対象者を限定する基準を定めることが認められていたが、同改正により同項が削除され、事業主には、同改正附則3項の経過措置に定められた年齢の者を対象とする場合を除き、継続雇用を希望する定年到達者全員を65歳まで継続雇用することが義務付けられたのであり、その趣旨は、老齢厚生年金の受給開始年齢までの収入を確保することにあると解される。そして、『高年齢者雇用確保措置の実施及び運用に関する指針』の内容をも踏まえると、心身の故障のために業務に耐えられないと認められることや、勤務条件が著しく不良で引き続き従業員としての職責を果たし得ないこと等の就業規則に定める解雇事由又は退職事由(年齢に係るものを除く。)に該当する場合に限り、例外的に継続雇用しないことができるが、労使協定又は就業規則において、これと異なる基準を設けることは、平成24年改正後の高年法の趣旨を没却するものとして許されないと解するのが相当である。

(中略)

「本件就業規則抵触条項についても、解雇事由又は退職事由に該当するような就業規則違反があった場合に限定して、本件合意を解除し、再雇用の可否や雇用条件を再検討するという趣旨であると解釈すべきである。」

3.軽微な非違行為を理由に定年後再雇用を拒否することは許されない

 「高年齢者雇用確保措置の実施及び運用に関する指針」には、次のような記載があります。

「継続雇用制度を導入する場合には、希望者全員を対象とする制度とする。この場合において法第9条第2項に規定する特殊関係事業主により雇用を確保しようとするときは、事業主は、その雇用する高年齢者を当該特殊関係事業主が引き続いて雇用することを約する契約を、当該特殊関係事業主との間で締結する必要があることに留意する。」

「心身の故障のため業務に堪えられないと認められること、勤務状況が著しく不良で引き続き従業員としての職責を果たし得ないこと等就業規則に定める解雇事由又は退職事由(年齢に係るものを除く。以下同じ。)に該当する場合には、継続雇用しないことができる。」

「就業規則に定める解雇事由又は退職事由と同一の事由を、継続雇用しないことができる事由として、解雇や退職の規定とは別に、就業規則に定めることもできる。また、当該同一の事由について、継続雇用制度の円滑な実施のため、労使が協定を締結することができる。なお、解雇事由又は退職事由とは異なる運営基準を設けることは高年齢者等の雇用の安定等に関する法律の一部を改正する法律(平成 24 年法律第 78 号。以下「改正法」という。)の趣旨を没却するおそれがあることに留意する。

「ただし、継続雇用しないことについては、客観的に合理的な理由があり、社会通念上相当であることが求められると考えられることに留意する。」

高年齢者雇用安定法の改正〜「継続雇用制度」の対象者を労使協定で限定できる仕組みの廃止〜|厚生労働省

https://www.mhlw.go.jp/seisakunitsuite/bunya/koyou_roudou/koyou/koureisha/topics/dl/tp0903-560.pdf

 裁判所は、上記指針を踏まえ、定年後再雇用を拒否できるのは、解雇事由又は退職事由に該当する場合に限られ、これと異なる基準を設けることは、そもそも許容されないと判示しました。そのうえで、本件就業規則抵触規定にも、解雇事由又は退職事由に該当するような就業規則違反があった場合に限り、本件合意を解除し、再雇用の可否や雇用条件を再検討するという趣旨であるという限定解釈を加えました。

 裁判所の判示に従うと、基準を設けること自体が禁止の対象になるため、学校法人南山学園(南山大学)事件のように、譴責のような軽微な懲戒処分と定年後再雇用の拒否とを無条件に結びつけるようなルールは、許容されないという帰結されるのではないかと思います。

 そして、軽微な懲戒処分と定年後再雇用の拒否を結びつけるようなルールが無効であるならば、譴責の効力にまで立ち入った判断をしなくても、使用者側から本来解雇に相当する重大な非違行為が温情的に譴責処分に留められたといったような余程特殊な事情でも立証されない限り、定年後再雇用拒否は許されないことになりそうです。

 軽微な非違行為でも効力を維持されがちな譴責の効力を争うよりも、非違行為が解雇事由に該当するのかをダイレクトに問題にした方が、労働者側として争いの筋がいいことは確かです。本件の裁判所が示した判断は、定年後再雇用の拒否を争うにあたり、実務上参考になるように思われます。