弁護士 師子角允彬のブログ

師子角総合法律事務所(東京:水道橋駅徒歩5分・御茶ノ水駅徒歩7分)の所長弁護士のブログです

町職員同士が結婚した場合、夫婦どちらかに退職を促す慣習の適法性

1.前時代的なルール

 ネット上に、

「役場内で職員同士結婚、どちらかに退職促す 福井県池田町に慣習残る」

という記事が掲載されていました。

https://news.yahoo.co.jp/articles/f46d747ee4ccd1800acf286d41d9e8a1f5ae1a0e

 記事には、

「役場内で結婚した夫婦はどちらかが退職するべき―。福井県池田町では、町職員同士が結婚した場合、夫婦どちらかに退職を促す慣習が残っている。町側は、職員の高い給与水準を批判する町民感情や人事ローテーションの制約などを理由に『撤廃する予定はない』との考え。」

(中略)

「この慣習は、前町長時代の1993年に誕生した。当時の町職員は町内の民間事業者と比べ給与水準が高く、家族内から複数人が公職に就くことに対して町民から疑問や批判の声が上がっていた。町はそれらの意見を踏まえ、町議会の理解を得て夫婦に退職を促すルールを設けた。現在も服務規程とは別に、人事上の内規として文章化されたものが残っているという。」

と書かれています。

2.法律は何をしているのか?

(1)男女雇用機会均等法は?

 こういう報道に接した方の中には、男女雇用機会均等法は何をやっているのか? と疑問に思う方が少なくないと思います。

 男女雇用機会均等法9条1項は、

「事業主は、女性労働者が婚姻し、妊娠し、又は出産したことを退職理由として予定する定めをしてはならない。

と規定しています。

 この条文の理解の仕方について、

「労働者に対する性別を理由とする差別の禁止等に関する規定に定める事項に関し、事業主が適切に対処するための指針(平成18年厚生労働省告示第614号 最終改正:平成27年厚生労働省告示458号」

は、

「女性労働者が婚姻したこと、妊娠したこと、又は出産したことを退職理由として予定する定めをすることは、法第9条第1項により禁止されるものである。」

「法第9条第1項の『予定する定め』とは、女性労働者が婚姻、妊娠又は出産した場合には退職する旨をあらかじめ労働協約、就業規則又は労働契約に定めることをいうほか、労働契約の締結に際し労働者がいわゆる念書を提出する場合や、婚姻、妊娠又は出産した場合の退職慣行について、事業主が事実上退職制度として運用しているような実態がある場合も含まれる。

との理解を示しています。

 池田町は夫婦どちらかに退職を促すとのことなので、必ずしも女性側に対してのみ退職を促しているわけではないのかも知れません。

 しかし、民間企業で似たような仕組みを設け、それが婚姻した女性側に退職を促す形で運用されている場合、法的に深刻な問題に発展することは間違いありません。

 それでは、なぜ、池田町では、上述のような慣習・内規が存在できているのでしょうか?

 それは、均等法(の一部)が地方公務員には適用されない建付けになっているからです。

 均等法32条(適用除外)は、

第二章第一節、第十三条の二、同章第三節、前章、第二十九条及び第三十条の規定は、国家公務員及び地方公務員に、第二章第二節(第十三条の二を除く。)の規定は、一般職の国家公務員(行政執行法人の労働関係に関する法律(昭和二十三年法律第二百五十七号)第二条第二号の職員を除く。)、裁判所職員臨時措置法(昭和二十六年法律第二百九十九号)の適用を受ける裁判所職員、国会職員法(昭和二十二年法律第八十五号)の適用を受ける国会職員及び自衛隊法(昭和二十九年法律第百六十五号)第二条第五項に規定する隊員に関しては適用しない。

と規定しています。

 均等法9条は「第二章第一節」に規定されている条文であるため、地方公務員には適用されません。

 そのため、池田町の慣習・内規を是正する方法として均等法は使うことができないのです。

(2)地方公務員法は?

 それでは、なぜ、地方公務員には均等法の差別禁止規定が適用されないのでしょうか?

 厚生労働省は次のような説明をしています。

「第2章第1節・・・の性別を理由とする差別の禁止等・・・は、国家公務員法及び地方公務員法において性別を含めて平等取扱いの原則が規定されていること等から、国家公務員、一般職の国家公務員の身分を有する特定独立行政法人の職員、及び地方公務員及び一般職の地方公務員の身分を有する特定地方独立行政法人の職員には適用されません。

https://www.mhlw.go.jp/file/06-Seisakujouhou-11900000-Koyoukintoujidoukateikyoku/0000212706.pdf

 確かに、厚生労働省の指摘するとおり、地方公務員法13条は、

「全て国民は、この法律の適用について、平等に取り扱われなければならず、人種、信条、性別、社会的身分若しくは門地によつて、・・・差別されてはならない。

と規定しています。

 しかし、これは差別禁止規定であるため、

「夫婦どちらかに退職を促す」

という字面の上では性中立的な慣習・内規の効力を、文言上直ちに否定することは難しいのだと思います。

 池田町の慣習・内規の存在は、上述のような均等法・地方公務員法の間隙を突いて存在しているのだと思われます。

3.裁判例は?

 記事には、

「過去には他県の自治体で、結婚時にどちらかが退職する旨の誓約書を提出し、退職処分を受けた職員が不当だと訴えたところ、処置が『違法』と判断された判例もあった。」

と書かれています。

 出典が書かれていませんが、これは、千葉地判昭43.5.20判例タイムズ221-109判例時報518-24のことだと思います。

 これは、市吏員が庁内吏員と結婚する場合いずれか一方が退職する旨の誓約書を市に差入れたときの誓約書の効力が問題になった事件です。

 誓約書に基づいて依願退職した職員が、免職処分(退職発令)の効力を争って職員であることの確認を求めて自治体を訴えたのが本件です。

 この事件で、裁判所は、次のとおり判示し、結婚退職制度を違法であると判示し、免職処分の効力を否定しました。

(裁判所の判断)

被告の実施した結婚退職制は、庁内の秩序維持、能率低下防止のため、夫婦のいずれか一方を退職させるというものであるから、性別を理由とする差別待遇とはいえないが、昭和三七年、原告ら女子の新規採用者のみから誓約書を徴したことは、明らかに不公平な処置であつて、地方公務員法第一三条の平等坂扱の原則に違反する。また、右結婚退職制は、職場内結婚をした失婦の一方を強制的に退職させるものではなく、退職を勧告して辞職させる趣旨のものではあるが、かかる制度の下において、前記の如き誓約書を徴された職員にとって、それは、職場内結婚即退職の重圧となり、事実土配偶者の選択、結婚の時期等に関する自由の制約となる。したがつて、職場内結婚をした者に対し、誓約書を提出したことを埋由に辞職を迫ること、結婚の自由の制限になるといわざるをえない。ところで、結婚の自由は憲法により国が国民に対して保障した基本的人権の一つであり、地方公共団体である被告は、憲法の保障した人権を尊重する義務があり、合理的な理由なく制限することは法律上禁止されているものと解すべく、この理は特別権力関係にある公務員に対する関係においても異らないことは、地方公務員法第一三条の規定からも言い得るところである。
「被告は、人事管理の必要上結婚退職制を実施したのである、と主張し、共稼ぎ夫婦が同じ部屋で勤務することにより、執務上若干好ましからざる影響を及ぼしたことは、前認定の事実から推測し得られるが、それは、職場環境の整備、管理者の指導監督の強化によつて改善し得る程度のものであつて、夫婦の一方をやめさせなければ是正し得ないものではないことが、証人林孝衛の証言からも窺えるのである。ところが被告が、かかる改善の手段方法を講じたことを認めるべき証拠はなく、他に被告の結婚退職制を是認し得る合理的理由は発見できず、また原告ら夫婦が他の共稼ぎ夫婦より特に職場の秩序を乱し、あるいは勤務成績が劣つていたことを認めるに足る証拠もない。それにも拘らず、被告が幾組かの共稼ぎ夫婦のうち、原告ら夫婦に対してだけ再三強硬に退職を要求して辞職を承諾させ、他の共稼ぎの職員に対しては、懇談的に退職を話しかけた程度であること、および原告以外の退職三人はいずれも課長の妻である(同人らは夫が課長であるところから、被告の意を汲んで自発的に辞職したものであることが窺われる。)ことにかんがみれば、被告の原告に対する退職勧告は、原告が前基誓約書を提出したことを唯一の理由としてなされたものであることが明らかであり、本件免職処分は結婚の自由を侵すものというべきである。

(中略)

「原告らが右誓約により拘束されるものと信じたことは、退職承諾の意思表示の動機の錯誤ではあるが、被告は原告が誓約書を提出したことをたてにとつて退職を迫り、原告は右の如く誤信したためこれに応じたのであるから、右錯誤は右意思表示の内容をなすものというべく、その態様からみて、それは要素の錯誤に当ると解するを相当とし、証人林孝衛の証言によれば、被告は誓約書が有効なものでないことを知りながら、退職勧告をしたことが認められるので、右承諾は無効であるといわざるをえない。」

(中略)

「依願免職処分の法律上の性質は、辞職の申出でに対する承認であること、被告は原告が採用に際してなした誓約が無効であることを知りながら、誓約書を提出したことを理由に原告ら夫婦に対し退職を迫り、原告がやむなくこれを承諾するや直ちに退職の発令をし、後日原告の夫浩明から原告名義の退職承諾書を、発令前の日付で作成させて形式を整えたこと、原告ら夫婦は右誓約により拘束されるものと信じて退職を承諾したものであること、被告は昭和三七年度には、原告ら女子採用者だけから誓約書を提出させ、原告ら夫婦に対し、それを理由に退職を勧告しながら、原告と同時に採用した男子職員からは誓約書を徴さず、職場内結婚をしても退職勧告をしていないこと、および被告の結婚退職制には合理的な理由がなく、職員が職場内結婚をしたことの故をもつて退職を要求し、辞職させることは、国が国民に対して保障し、被告が地方公共団体として尊重しなければならない結婚の自由を制限することになり、地方公務員法の規定する平等取扱の原則にも違背するものであることなどを合せ考えれば、右瑕疵は重大かつ明白であるというべく、本件依願免職処分は無効であるといわざるをえない。」

4.既に死滅したルールだと思っていたが・・・

 性別観・結婚観に関する人権意識は時代の進展とともに高まっています。

 昭和43年当時においてすら、かなり辛辣に批判されていた慣習・内規が、令和の現代においてなお存在していたことには、やや驚きました。

 個人的な感覚としては、所掲の池田町の慣習・内規は違憲・違法だと思いますし、これが許されないと考える法律家は少なくないとも思います。

 千葉地裁の事案は退職発令から訴訟提起までに2年余りが経過していた事案ですが、そのことは地位確認請求を認容する妨げにはならないと判示されているので、退職から時間が経っていても、法的に争える余地はあると思います。

 もし、似たような慣習・内規で退職を余儀なくされた方がおられましたら、一度弁護士に相談してみるとよいと思います。もちろん、私でご相談に乗らせて頂くことも可能です。