弁護士 師子角允彬のブログ

師子角総合法律事務所(東京:水道橋駅徒歩5分・御茶ノ水駅徒歩7分)の所長弁護士のブログです

懲戒免職を依願退職にしてもらえた行政実例

1.懲戒免職が一転して依願退職となったとの報道

 ネット上に、

「懲戒免職が一転、『スピーディーに辞めてもらうため』依願退職に」

という記事が掲載されていました。

 記事には、

「徳島県三好市が懲戒免職処分とする予定だった職員から、退職届が提出されたことを理由に、一転して依願退職となったと市が発表した。」

「市によると、職員は市老人福祉施設に勤務していた40歳代男性。2016年8月に運転免許を失効し、18年に気づいたが再取得せずに約4年間、無免許運転していたという。今月25日に市内をマイカーで走行中、シートベルトの未着用で三好署員に呼び止められ、無免許運転が発覚した。」

「男性に公用車の運転業務はなかったが、公務員の信用失墜行為に当たるとして市は懲戒免職を決め、26日午後に通知しようと男性を呼び出した。男性はそこで退職届を出したという。」

「市秘書人事課は退職届を受理した理由について、男性の場合、懲戒免職でも解雇の1か月前に通知することなどが法律で義務づけられているといい、『スピーディーに辞めてもらう方法を選んだ』としている。」

と書かれています。

https://news.yahoo.co.jp/articles/3c934e89ee9141df69530ff937ceb3018f4c3f49

2.地方公務員の退職に関するルール

(1)退職願いを出しても当然には退職できない

 地方公務員は退職願いによって当然に退職できるわけではありません。

 地方公共団体の

「職員の認容は行政行為であると考えられるので、その辞職、すなわち職を離れるについても任命権者の行政行為によらなければならない。したがって、職員は、退職願いを提出することによって当然かつ直ちに離職するのではなく、退職願いは本人の同意を確かめるための手続であり、その同意を要件とする退職発令(行政行為)が行われてはじめて離職することとなる」

と理解されています(橋本勇『逐条 地方公務員法』〔学陽書房、第4次改訂版、平28〕566頁参照)。

(2)懲戒免職(相当行為)により退職金は支給制限・差止・返納の対象になる

 地方公務員の退職手当の規律は自治体毎のルールを参照する必要があります。

 徳島県三好市の場合、

「徳島県市町村総合事務組合規約」

というものがあり、

「徳島県市町村総合事務組合」

という団体が職員に係る退職手当に関する事務を処理しています(徳島県市町村総合事務組合規約3条1号、別表第2参照)。

 この事務組合の例規集の中に、

「市町村職員の退職手当に関する条例」

というものがあり、ここで懲戒免職等処分を受けて退職をした者には、退職手当の全部又は一部を支給しない処分を行うことができると規定されています(市町村職員の退職手当に関する条例12条1項1号参照)。

 懲戒免職等処分を受けるべき行為をしたことを疑うに足りる相当な理由がある場合には、まだ払われていない退職金の支給を差し止めることもできます(市町村職員の退職手当に関する条例13条2項2号参照)。

 在職期間中に懲戒免職等処分を受けるべき行為が発覚した場合には、退職手当が支払われた後であたとしても、返納が命じられることもあります(市町村職員の退職手当に関する条例15条1項3号参照)。

(3)安易な制裁軽減は許されていない

 分限処分(公務の能率性維持の観点から本人の帰責性とは無関係に行われる処分)と懲戒処分の関係については、

「分限処分と懲戒処分とはその目的が異なるものであるから、たとえば、懲戒免職をすべき場合に、その制裁を軽減する意味で分限免職にするようなことは許されず、もしそのようなことが行われ、退職手当が支給されたときは、住民監査請求・・・の対象となることもあり得る・・・。なお、諭旨免職という処分がなされることがあるが、これは職員の軽度の非違を非難する意味が含まれているとしても、その法的性質は辞職(依願退職)であり・・・、懲戒処分でも分限処分でもない」

と理解されています(前掲『逐条 地方公務員法』563頁参照)。

 このように本来的には懲戒処分の対象になる行為を、制裁を軽減する趣旨で分限にしたり辞職扱いにしたりすることは、基本的には消極的に位置付けられています。

(4)解雇予告手当に関するルールは地方公務員にも適用がある

 解雇予告手当に関する規定(労働基準法20条1項)は地方公務員にも適用があります。すなわち、 

「任命権者が職員を懲戒免職しようとする場合においては、原則として少なくとも三〇日前に解雇の予告を行わなければならず、三〇日前に解雇予告をしない場合は三〇日以上の平均賃金を支払わなければならない」

とされています(前掲『逐条 地方公務員法』646条)。

 ただ、行政官庁の認定を受ければ解雇予告・予告手当なしに懲戒免職することも可能ではあります。

 「重大な服務規律違反をした者を懲戒免職しようとする場合にまで、解雇予告または予告手当の支給を義務付けたり、行政官庁の認定を要するとするのは問題であろう。」との有力な見解も提示されてはいますが(前掲『逐条 地方公務員法』648頁)、現行法上のルールとしては、行政官庁の認定を受けない限り、懲戒免職の場合でも解雇予告か予告手当の支払いが必要とされています。

3.三好市の取り扱いはかなりイレギュラーだと思われる

 国家公務員の場合、懲戒免職でも退職金が支給されるのは例外的です。

 基本的には全部不支給になり、

イ.停職以下の処分にとどめる余地がある場合に、特に厳しい措置として懲戒免職等処分とされた場合
ロ.懲戒免職等処分の理由となった非違が、正当な理由がない欠勤その他の行為により職場規律を乱したことのみである場合であって、特に参酌すべき情状のある場合
ハ. 懲戒免職等処分の理由となった非違が過失(重過失を除く。)による場合であって、特に参酌すべき情状のある場合
ニ.過失(重過失を除く。)により禁錮以上の刑に処せられ、執行猶予を付された場合であって、特に参酌すべき情状のある場合

に限定して一部不支給とされています。

昭和60年4月30日 総人第261号 最終改正 令和元年9月5日閣人人第256号 国家公務員退職手当法の運用方針 第一二条関係参照)。

http://www.cas.go.jp/jp/gaiyou/jimu/jinjikyoku/files/s600430_261.pdf

 三好市の場合にも「国家公務員退職手当法の運用方針」類似の文書があるのかは分かりませんが、除外認定を受ければいいだけの話であるのに、スピーディーに辞めてもらうとの理由で懲戒免職されず、依願退職扱いになるといった例は、私の感覚ではかなりイレギュラーです。

 公務員の労働事件では、裁判所から行政実例や裁判例の提出を促されることがあります。行政実例は裁判例のように判例集で一般に公表される類のものではないため、調査にあたっては報道が一定の手がかりになります。

 懲戒免職の間際まで行って、スピーディーだとの理由で依願退職にすることが許容されたという例は(記者の主観的認識ではなく本当に三好市の所管部署がそう言ったのかは確認する必要があるにしても)、公務員側で事件処理を行う時に有利に使える可能性のある行政実例として、記憶しておく価値があるように思います。