弁護士 師子角允彬のブログ

師子角総合法律事務所(東京:水道橋駅徒歩5分・御茶ノ水駅徒歩7分)の所長弁護士のブログです

定義・性質・算定根拠が労働契約や就業規則・賃金規程で定まっていない手当は要検討(残業代請求)

1.割増賃金の基礎賃金

 残業代の計算は、ごく大雑把に言うと、

1時間あたりの賃金額 × 時間外労働、休日労働または深夜労働を行わせた時間数 × 割増賃金率

でなされます。

https://www.mhlw.go.jp/new-info/kobetu/roudou/gyousei/kantoku/040324-5.html

https://www.mhlw.go.jp/new-info/kobetu/roudou/gyousei/kantoku/dl/040324-5a.pdf

 「1時間あたりの賃金額」は「割増賃金の『基礎』となる『賃金』」であることから、講学上、基礎賃金と呼ばれることがあります。

 労働基準法37条5項は、

「割増賃金の基礎となる賃金には、家族手当、通勤手当その他厚生労働省令で定める賃金は算入しない。」

と定めています。

 この規定を利用し、「家族手当」「扶養手当」といった名称の手当に賃金を振り分け、残業代を節約しようとする手法があります。

 割増賃金の基礎賃金から除外できる「家族手当」は、そういう名称が付いていれば足りるわけではなく、きちんと定義が設けられています。

 上記厚生労働省のPDF資料に記載されているとおり、基礎賃金から除外できる「家族手当」であるためには、「扶養家族の人数またはこれを基礎とする家族手当額を基準として算出した手当」としての実質を有していることが必要です。

 「扶養家族の有無、家族の人数に関係なく一律に支給するもの」は、例え「家族手当」「扶養手当」といった名称が付されていたとしても、基礎賃金から除外することは認められていません。

 順法意識のある会社では、この点がきちんと意識されており、手当が設けられている場合、その法的性質や算定根拠は就業規則等に明記されています。

 しかし、見せかけ上の賃金を高くしたうえで、残業代を減らすため適当に「家族手当」「扶養手当」といった名称の手当に賃金を振り替えている会社では、就業規則等に手当の法的性質や算定根拠がきちんと記載されていないことがあります。

 こうした場合に「扶養手当」を残業代を計算するための基礎賃金から除外することが許されるかが争われた事件が近時の公刊物に掲載されていました。

 東京地判平31.3.28労働判理江ジャーナル90-39 アトラス産業事件です。

2.アトラス産業事件

 本件は、端的に言えば、トラック運転手の方が原告となって、勤務先会社を相手に、残業代の支払を求める訴えを起こした事件です。

 本件の争点は幾つかありますが、被告から支払われていた「扶養手当」が基礎賃金に含まれるか否かが争点の一つとなりました。

 争点になったのは、賃金規程にも雇用契約書にも「扶養手当」に関する定めがなかったからです。

 裁判所は、次のように述べて、扶養手当が基礎賃金に含まれることを認めました。

(裁判所の判断)

「被告の賃金台帳上において、原告Aには毎月扶養手当という名目で2万円、原告Bには2000円が支払われていたことが認められるところ、これについて被告は、毎月、扶養される家族1人ごとに、小学生は2000円、中学生は3000円、高校生は5000円、65歳以上の親は2万円という基準で扶養手当を支給していた旨を主張するが、被告においてそのような基準が取られていたことを的確に認めるに足りる証拠は一切ない。
「そして、証拠(甲1~3、5、7)によれば、

〔1〕被告の賃金規程では、被告での賃金構成は基本給のみとすること、業務及び能力より別途手当を支給する場合があること、手当をはじめとする賃金については個別の契約で定めることが規定されていること(2条)、

〔2〕ところが、原告らと被告の間のそれぞれの労働契約書(雇用契約書)には、扶養手当の記載がなく、乗務手当(日)5500円・交通手当(月)5000円・携帯使用料(月)3000円・愛車手当1万円の記載がされていること、

〔3〕もっとも、被告の賃金台帳上では原告らに対してこれらの項目とは異なる項目の手当(業務手当、運行手当、特別手当、扶養手当)が支給されたものと取り扱われていること、

〔4〕被告の賃金規程ではこれら各種手当のいずれについても、その定義や算定根拠を含め一切の定めがされていないことが認められるところ、

これらの事実によれば、被告においては、各種手当の定義・性質・算定根拠等を就業規則や賃金規程あるいは個別の雇用契約で一切定めることなく、漫然と形式的な手当項目名を付して賃金を支給していたものと推認できる。
「そうすると、扶養手当という名目の賃金についても、その実態が一切定かでないというほかないから、これを労働基準法37条5項の家族手当に該当するものとして時間外労働等に係る割増賃金の基礎となる賃金から除外すべきとは解されない。

3.定義や算定根拠のない手当は残業代を請求するうえでの攻めどころ

 基礎賃金から除外される手当は、家族手当以外にも、

通勤手当、別居手当、子女教育手当、住宅手当

といったものがあります(労働基準法施行規則21条参照)。

 通勤手当や住宅手当も、基礎賃金から除外されるにあたっては、一定の定義に合致している必要性があります。

 上記厚生労働省のPDF資料に記載されているとおり、通勤に要した費用や通勤距離に関係なく一律に支給されるものは「通勤手当」という名称が付せられていたとしても、基礎賃金から除外することはできません。

 また、住宅の形態ごとに一律に定額で支給されるものは、「住宅手当」との名称が付せられていたとしても、基礎賃金から除外することはできません。

 就業規則や労働契約書で手当の法的性質・算定根拠の定義付けがなされていない場合、実態が定かではないとして、「家族手当(扶養手当)」「通勤手当」などの名称が付せられていたとしても、これを算定基礎賃金にしたうえで残業代を請求できる可能性があります。

 なぜ、このようなことを書くのかというと、近時、事件処理をしていく中で、就業規則の賃金規程に、諸手当の定義・法的性質・算定根拠が明記されていないケースを立て続けに目にしたからです。

 各手当の法的性質がきちんと定義されておらず、算定根拠も曖昧なままになっている、そうした会社は結構あるのかも知れません。

 残業代を漏れなくきちんと請求して行こうと思った場合、検討を要するチェックポイントは決して少なくありません。

 見逃しを防ぐためにも、残業代の請求をお考えの方は、一度、弁護士に相談してみることをお勧めします。