弁護士 師子角允彬のブログ

師子角総合法律事務所(東京:水道橋駅徒歩5分・御茶ノ水駅徒歩7分)の所長弁護士のブログです

巨大企業における管理監督者性-労働時間に裁量があり、年収1200万を超えても残業代請求できる場合がある

1.管理監督者には残業代(深夜割増賃金を除く)が支払われない

 労働基準法41条2号は、

「事業の種類にかかわらず監督若しくは管理の地位にある者又は機密の事務を取り扱う者」(管理監督者)

には

「労働時間、休憩及び休日に関する規定」

の適用が除外されると規定しています。

 そのため、管理監督者には、原則として残業代は支払われません(ただし、最二小判平21.12.18労働判例1000-5ことぶき事件が「『労働時間、休憩及び休日に関する規定』には,深夜業の規制に関する規定は含まれていないことを前提とする」「管理監督者に該当する労働者は同項に基づく深夜割増賃金を請求することができるものと解するのが相当である。」との判断を示しているため、管理監督者でも深夜割増賃金は支払われます。)。

 この管理監督者の制度が濫用的に使われるのが、いわゆる「名ばかり管理職」問題です。

 名ばかり管理職問題では、職務権限の狭さもさることながら、待遇の低さや、労働時間管理の厳しさがクローズアップされています。

 しかし、管理監督者性が否定されるのは、名ばかり管理職のようなものに限られるわけではありません。

 高待遇で労働時間に裁量があったとしても、管理監督者性が否定されることは有り得ます。近時の判例集に掲載されている横浜地判平31.3.26労働判例ジャーナル88-26日産自動車事件も、そうした事案の一つです。

2.日産自動車事件

 日産自動車事件では、マネージャー職にあり、1200万円を超える賃金を得ていた方の管理監督者性が問題になりました。この事件では、ダットサン・コーポレートプラン部に在籍していた時の管理監督者性と、日本LCV部に在籍していた時の管理監督者性が議論されています。

 裁判所は、次のとおり、①職責及び権限、②労働時間管理、③待遇の三点から検討を加え、マネージャーの管理監督者性を否定しました。P3とあるのが、残業代の存否が問題になった労働者の方です。

-職責及び権限-

「ダットサン・コーポレートプラン部において、マネージャーは、新しい車両の投資額及び収益率を決定するPDM会議に出席するとともに、投資額及び収益率の提案を企画立案する立場にあったものと認められる(上記1(3))。しかしながら、PDM会議で実際に提案するのは、PDであって、マネージャーが企画立案した提案も、PDが了承する必要があること(上記1(3)ウ(ア))、PDM会議で、マネージャーが発言することは、基本的に予定されていないことからすれば(同上)、PDM会議における経営意思の形成に直接的な影響力を行使しているのは、PDであって、マネージャーは、PDの補佐にすぎないから、経営意思の形成に対する影響力は間接的である。
「さらに、マネージャーは、収益に影響がないファンクションリプライを裁量で変更することができたが(同上)、収益に影響がある際には、PDM会議で、コントラクトを再提案して、CEOの決裁を得る必要があったのであるから(同上)、マネージャーの権限は、限定的であったといえる。
「PCMPP会議でのマネージャーの上記職務は、経営者側(PDM会議)で決定した経営方針(コントラクト)の実施状況について、経営者側(PCMPP会議の決定権者であるMCチェアマン、BUヘッド及びPD)に現状の報告をし、その経営方針を実施するための支障となる事象(ファンクションリプライの未達)の原因究明(責任者からの釈明)の報告をしているにすぎず、上記職務を担っているという点で、経営者側と一体的な立場にあるとまで評価することはできない。
「したがって、ダットサン・コーポレートプラン部に配属されていた当時のP3のその他の職責及び権限を考慮しても、その当時のP3が、実質的に経営者と一体的な立場にあるといえるだけの重要な職責及び権限を付与されていたとは認められない。
「日本LCVマーケティング部において、マーケティングマネージャーは、マーケティングプランを企画し、マーケティングプランを決定するマーケティング本部会議でそれを提案する立場にあったものと認められ(上記1(4)ウ(ア))、この点で、地域・部門が限定的であるとはいえ、被告の経営方針を決定する重要な会議に参画する機会を与えられていたと評価することができる。しかしながら、マーケティングマネージャーは、マーケティング本部会議で提案する前に、マーケティングダイレクターから、あらかじめマーケティングプランの承認を受ける必要があること、マーケティングダイレクターも、同会議に出席し、マーケティングマネージャーと一緒にマーケティングプランを提案する立場にあること、マーケティングマネージャーは、マーケティングダイレクターとは異なり、担当車種が議題に上るときだけマーケティング本部会議に出席すること(同上)からすれば、マーケティングマネージャーは、マーケティングダイレクターの補佐にすぎず、経営意思の形成に対する影響力は間接的なものにとどまると評価すべきである。
「また、マーケティングマネージャーは、営業本部会議において、RCの社長及び役員に対し、ディーラーへの援助を依頼するが(上記1(4)ウ(イ)c)、この点は、経営意思の形成にも、労務管理にも関わらないものであるから、管理監督者性の判断に影響を与えるものではない。」
「したがって、日本LCVマーケティング部に配属されていた当時のP3のその他の職責及び権限を考慮しても、その当時のP3が、実質的に経営者と一体的な立場にあるといえるだけの重要な職責及び権限を付与されていたとは認められない。

-労働時間管理-
ダットサン・コーポレートプラン部(NTC)及び日本LCVマーケティング部(本社)における所定労働時間は、午前8時30分から午後5時30分(休憩時間1時間)であったにもかかわらず(甲7)、P3は、午前8時30分よりも遅く出勤し、午後5時30分より早く退勤することも多かったが(甲12)、遅刻、早退により賃金が控除されたことがない(甲8から10[枝番あるものは、枝番含む。])ことからすれば、P3は、自己の労働時間について裁量を有していたと認めることができる。

-待遇-

「P3の基準賃金は、月額86万6700円又は88万3400円で、年収は1234万3925円に達し、部下より244万0492円高かったのであるから(上記第2の1(2)ア、第3の1(6))、待遇としては、管理監督者にふさわしいものと認められる。

-管理監督者性-

「P3は、自己の労働時間について裁量があり、管理監督者にふさわしい待遇がなされているものの、実質的に経営者と一体的な立場にあるといえるだけの重要な職務と責任、権限を付与されているとは認められないところ、これらの諸事情を総合考慮すると、P3が、管理監督者に該当するとは認められない。

3.経営者と一体的な立場にあること

 日産自動車事件では、労働時間についての裁量があることや、管理監督者にふさわしい待遇があることは肯定されています。

 しかし、経営者と一体的な立場にいえるだけの職務、責任、権限が付与されているとは認められないとして、管理監督者性が否定されました。

 裁判所の認定によると、平成28年3月末時点で、日産自動車には2万2471名の従業員がいたとのことです。

 日産自動車の役員一覧を見ると、この会社は11名の取締役、9名の執行役、40名の執行役員で構成されています。

https://www.nissan-global.com/JP/COMPANY/PROFILE/EXECUTIVE/index.html

 これに対し、判決文によると、P3の職位であるN2職は1700人名前後だとのことです。被告はN2を「課長職」として主張しています。

 巨大企業の課長が経営者と一体的な立場にあるというのは考えにくく、幾ら賃金面で高待遇で、労働時間に裁量があるといっても、管理監督者にはならないという判断を示したものだと思われます。

 管理監督者性は、高収入で労働時間に裁量がありさえすれば、直ちにこれが肯定されるというものではありません。

 自分も残業代を請求できるのではと気になる方は、一度、弁護士のもとに相談に行ってみると良いと思います。