弁護士 師子角允彬のブログ

師子角総合法律事務所(東京:水道橋駅徒歩5分・御茶ノ水駅徒歩7分)の所長弁護士のブログです

違法な退職勧奨の諸類型(法的に誤っていることの告知・退職処理の強行・第三者への退職したことの周知)

1.退職勧奨

 退職勧奨とは、

「辞職を求める使用者の行為、あるいは、使用者による合意解約の申込みに対する承諾を勧める行為」

をいいます(佐々木宗啓ほか編著『類型別 労働関係訴訟の実務Ⅱ』〔青林書院、改訂版、令3〕540頁参照)。

 退職勧奨を行うことは、基本的には自由とされています。

 しかし、

「社会的相当性を逸脱した態様での半強制的ないし執拗な退職勧奨行為が行われた場合には、労働者は使用者に対し不法行為として損害賠償を請求することができる」

とされています(前掲文献540頁参照)。

 それでは、損害賠償を可能にする、

「社会的相当性を逸脱した態様での半強制的ないし執拗な退職勧奨行為」

とは、具体的にどのような行為をいうのでしょうか?

 この問題を考えるうえで参考になる裁判例が、近時公刊された判例集に掲載されていました。昨日もご紹介させて頂いた、東京地判令3.4.27労働判例ジャーナル114-26 寶清寺事件です。

2.寶清寺事件

 本件で被告になったのは、日蓮宗の宗教法人(被告寺)と、その代表役員・住職の方(被告b)です。

 原告になったのは、被告bの二女dと婚姻し、名前を変えた方です。副住職として扱われ、基本給や賞与の支給を受けていました。

 原告とdは、平成30年12月頃、離婚について話し合い、同月18日に別居に至りました。その後、被告寺は、この日、平成31年2月末日付で契約を終了させる合意が成立したとして、原告の退職処理を行うとともに、退職の事実を檀家向けの媒体でる新聞に記載しました。

 こうした扱いに対し、原告が、

被告寺に対して、地位確認等を、

被告寺及び被告bに対して、名誉毀損、違法な退職勧奨、及び、パワーハラスメントを理由とする損害賠償金の支払いを、

請求したのが本件です。

 裁判所は、次のとおり判示して、被告bが行った種々の退職勧奨に違法性を認めました。

(裁判所の判断)

「被告bは、前記・・・のとおり、平成30年12月18日、dと離婚する以上被告寺を退寺するしか選択肢がないと述べているが、dと離婚することと被告寺を退寺することは法律上別個の事柄であるから、虚偽の事実を告知して退職勧奨をしたものであり、違法というべきである。

「次に、また、被告bは、前記・・・のとおり、同月30日、一旦は平成31年2月まで退職を猶予していたところ、公金横領で告訴できこれは時効が20年であるとか、強姦目的でこれも告訴できるとか、戸籍法に違反するとか、恐喝であるなどと繰り返して即時の退寺を求め、直ちに原告を退寺させるとしてその後の出勤を禁止しており、これも違法な退職勧奨というべきである。

「被告bは、前記・・・のとおり、平成30年12月30日、原告を退職させ、以後給与を支払わず、社会保険からも脱退させ、平成31年2月25日、原告の同意なしに、日蓮宗の宗務所に対し、原告の離籍手続をとり、原告がいないことが明らかな自宅マンション宛てに離籍通知書を送付するなどしているが、これも原告に対する不当な嫌がらせというべきである。これに対し、被告bは、宗務院の担当者の指示に従ったにすぎないと主張するが、これを認めるに足りる的確な証拠はない。」

「被告bは、前記・・・のとおり、檀家等向けの媒体であるたちばな新聞において、『昨年12月末に副住職が(略)一身上の都合で退職することになりました。』、『昨年12月に副住職が退職しましたが、』などと記載しているが、これも間接的に原告の退職を第三者に原告が退寺したと誤認させ、原告が退職したという外観を作出する行為であって、間接的な退職勧奨に当たり、違法というべきである。

以上のような、これらの被告bの対応は違法な退職勧奨に当たるものであり、被告bは不法行為責任を免れない。

(中略)

「被告bの前記・・・の違法な退職勧奨により原告が受けた慰謝料は10万円とみるのが相当である。」

3.法的に誤っていることの告知・退職処理の強行・第三者への退職したことの周知

 二番目の段落の公金横領~というのは、次の認定事実に対する評価です。

「被告bは、原告の父を通じて、原告に対し、再度の話合いを求め、原告、原告の父、被告b及びその妻は、平成30年12月30日、話合いを行った。被告bは、同日、原告に対し、『公金横領については告訴出来る事案です。え、これは時効は20年です。』、dの妹であるmに対する関係で『強姦目的で接してね、要するに犯罪と認定される行為、これについても告訴できる事案です。』、離婚届を提出していないことについて『戸籍法ね、77条ありまして、…それについても、違反してます。』、原告がそもそもdの不貞が発端であると指摘したことについて『そこに持っていこうというのは、恐喝でしかありません。』などと言った上で、『今日、今日辞めてもらおうと思ってますよ。』と言って、即時の退寺を求めた・・・。」

 参考までに指摘しておくと、業務上横領罪の公訴時効は、7年です(刑事訴訟法250条2項4号 刑法253条)。

 また、戸籍法77条というのは、裁判離婚のルールで、

「離婚・・・の裁判が確定した場合」に

「裁判が確定した日から十日以内に、裁判の謄本を添附して、その旨を届け出なければならない」

とする条文です(戸籍法77条、63条参照)。協議離婚とは関係なく、裁判離婚が成立した場合の届出期間を定めた法文です。

 強姦罪(現・強制性交罪)には、予備罪の処罰規定が存在しないため、仮に不適切な目的があったとしても、暴行・脅迫に着手しない限り、犯罪として処罰されることはありません。

 離婚原因として不貞行為を指摘することも、一般論として恐喝罪に該当するとは理解されていません。

 本件の被告bは、

法的に誤っていることの告知、

退職処理の強行、

第三者への退職したことの周知、

などを行い、原告に退職を勧奨・強要しました。

 本件は、こうした行為類型の退職勧奨・退職強要を違法だと判断した点に先例的な意義があります。

 退職の場面において、使用者から法的に間違っていることを言われたり、退職に伴う諸手続きを無断で行われたり、第三者に退職したことを周知されて既成事実を固められたりしている人を目にすることは、個人的な実務経験に照らしても、決して少なくありません。こうした事案の救済を図るにあたり、本裁判例の判示は、参考になるように思われます。