弁護士 師子角允彬のブログ 師子角総合法律事務所(東京:水道橋駅徒歩5分・御茶ノ水駅徒歩7分)の所長弁護士のブログです 2024-03-29T01:04:33+09:00 sskdlawyer Hatena::Blog hatenablog://blog/17680117127003563507 メンズコンカフェ(コンセプトカフェ)店員の労働者性 hatenablog://entry/6801883189094333387 2024-03-29T01:04:33+09:00 2024-03-29T01:04:33+09:00 1.メンズコンカフェとは? 「執事や王子様、天使や悪魔、アイドルなど特定の世界観のキャラクターにふんした男性たちが、それぞれのコンセプトにあわせてデザインされた店内で、接客を行うこと」を特徴とする店を、メンズコンカフェ(コンセプトカフェ)といいます。 東京・新宿歌舞伎町“コンカフェ”に通う少女たち 何を求めて? | NHK ホストの労働者性は、従来から度々問題になってきましたが、近時公刊された判例集に、メンズコンカフェ店員の労働者性が肯定された裁判例が掲載されていました。東京地判令5.7.20労働判例ジャーナル144-44 リラックス事件です。 2.リラックス事件 本件で被告になったのは、飲食… <p><strong>1.メンズコンカフェとは?</strong></p> <p> 「執事や王子様、天使や悪魔、アイドルなど特定の世界観のキャラクターにふんした男性たちが、それぞれのコンセプトにあわせてデザインされた店内で、接客を行うこと」を特徴とする店を、メンズコンカフェ(コンセプトカフェ)といいます。<a href="https://con-girl.com/articles/848" target="_blank"> </a></p> <p><a href="https://www.nhk.or.jp/shutoken/wr/20230502b.html" target="_blank">東京・新宿歌舞伎町“コンカフェ”に通う少女たち 何を求めて? | NHK</a></p> <p> ホストの労働者性は、従来から度々問題になってきましたが、近時公刊された判例集に、メンズコンカフェ店員の労働者性が肯定された裁判例が掲載されていました。東京地判令5.7.20労働判例ジャーナル144-44 リラックス事件です。</p> <p><strong>2.リラックス事件</strong></p> <p> 本件で被告になったのは、飲食店等の経営を目的とする株式会社です。</p> <p> 原告になったのは、被告が運営するメンズコンカフェで店員として勤務していた方です。出勤日を知らせる連絡が来なかったことを受け、被告の責任者に問い合わせたところ、突然「在籍を消します」と言われたことが解雇にあたるとして、その無効を主張し、地位確認等を求める訴えを提起したのが本件です。</p> <p> 本件の被告は、原告との契約は業務委託契約であるとして、労働者性を争いました。</p> <p> しかし、裁判所は、次のとおり述べて、原告の労働者性を肯定しました。</p> <p><strong>(裁判所の判断)</strong></p> <p>「被告は、本件契約は労働契約ではなく、業務委託契約であると主張するが、何らの立証をしない。」</p> <p>「甲第1、第2(枝番を含む。)及び第10号証並びに弁論の全趣旨によれば、<span style="text-decoration: underline;">同4項記載の各事実</span>が認められ、これらの事実によれば、原告はキャストとして顧客を接客するに当たり、諾否の自由はなかったこと、業務遂行時は具体的な指揮命令を受けていたこと、勤務する店舗は指定され、出勤時間はシフト表により被告が指定するなど原告の勤務場所・勤務時間は拘束されていたこと、報酬は時間給を基本として歩合給を加算しており、報酬の計算方法は基本的に労務の結果ではなく労務提供の時間によっていたこと、報酬から厚生費が天引きされたり、源泉徴収もされていたこと、原告の接客する際に着用する衣類は全て被告が用意していたことなどが認められる。以上によれば、原告は、被告の指揮命令に従って労務を提供し、その対価を賃金として受け取っていたと認められるから、本件契約は労働契約であると認めるのが相当である。したがって、被告の主張を採用することはできない。」</p> <p><strong>(同第4項記載の各事実)</strong></p> <p>(1)業務従事に対して諾否の自由がなかったこと</p> <p>「原告の業務内容は,キャストとして顧客と対面し、小話をしながら酒を注ぐ等の接客をすることであった。」</p> <p>「業務において、キャストが、どの席につく(店舗では客の席につくことを『卓につく』と呼んでいたため、以下『卓につく』という。)か、いつ休憩をとるか、いつ退勤をするかは、店長が決めていた。」</p> <p>「キャストは、店長が指示した席を拒否することは認められていなかった。実際に、原告が2回ほど卓につくのを断ろうとしたが、聞き入れてもらえず特定の卓につくように命じられた。逆に、卓につきたくても、店長の指示がなければ接客することは認められていなかった。」</p> <p>(2)業務遂行時、原告が指揮命令下に置かれていたこと</p> <p>「 原告は、客におしぼりを出すタイミングや、グラスにお酒を注ぐタイミング、キャストが自ら酒を飲む時間、テーブルの上の片づけの仕方等をマニュアルに基づいて店長から細かく指示されていた・・・。」</p> <p>「また、衣装やキャラクターの設定なども本件店舗の求める世界観に合わせなければならなかった。これをキャストのほうから修正することは、認められていなかった。」</p> <p>(3)時間的場所的拘束性が強かったこと</p> <p>「原告は、勤務する店舗を被告の本部から指定されて業務を行ってきた。出勤時間は事前に提出したシフト表を基に被告が指定することになっていたほか、客が少ない日に早く帰るように指示されるなど店舗側の都合で出勤時間が決定されていた。」</p> <p>(4)報酬の実態が労働の対価である給与であること報酬が労働自体の対償的性格を有していたこと</p> <p>「原告に支払われていた『報酬』は、時間給にドリンク代、チェキ代が加算されているものの、大部分を時間給が占めていた。本件店舗のインターネットサイトの『求人案内』の欄にも『給与』『高時給+バック』とあり、『報酬』は時給を中心に構成されていた。」</p> <p>「そもそも『求人案内』に『給与』『高時給』という記載があり、『報酬』とは書かれていないことからすると、雇用契約を前提としていることがうかがわれる。」</p> <p>「報酬から10%に相当する金額が厚生費として天引きされていたが、厚生費自体が福利厚生に関するもので、労働者性を裏付けるものとなっている。」</p> <p>「また、源泉徴収がなされており、労働者として税金の取扱いがなされていることも、労働者性を裏付けるものとなっている。」</p> <p>「よって、名目は報酬であるが実態は労働の対価である給与である。」</p> <p>(5)事業者性が乏しいこと</p> <p>「本件店舗で接客する際に着用する衣類はすべて被告が用意していた。また、入店して以来、原告は本件契約が業務委託であるとの説明を受けたことはなく、原告は、本件契約が労働契約であると認識していた。」</p> <p><strong>3.立証のポイントはホストの労働者性と大差なさそう</strong></p> <p> 「メンズコンカフェ」というと耳慣れない言葉ですが、店員の管理はホストクラブの場合と大差なさそうです。ホストと同じく、業務委託契約の形をとりつつ、その実体は労働者というパターンは、それなりに多そうに思います。</p> <p> 労働者性を立証するうえで注目するポイントも、ホストの労働者性を立証する場合と大差なく、ホストの労働者性を議論してきた従前の裁判例を参考に結論を出せそうです。本件のように突然解雇を告げられるなど不適切な扱いを受けた時には、労働者性の主張を検討してみても良いかも知れません。</p> <p> </p> sskdlawyer 一人請負型偽装請負の労働者性(派遣元に対する賃金請求が認められた例) hatenablog://entry/6801883189094090514 2024-03-28T01:28:11+09:00 2024-03-28T01:28:11+09:00 1.偽装請負と一人請負型 労働者性が問題になる事件というと、請負や業務委託の法形式を使いながら、注文者や業務委託者が、請負人や業務受託者に対し、その指揮監督下で働かせて行くといったように、二者間での法律関係を想像する方が多いのではないかと思います。 しかし、労働者性が問題になる事件類型は、これに限られるわけではありません。偽装請負のような三者関係でも問題になります。 偽装請負とは、 「書類上、形式的には請負(委任(準委任)、委託等を含む)契約ですが、実態としては労働者派遣であるもの」 をいいます。 偽装請負の中には幾つか類型がありますが、その中の一つに 一人請負型 というパターンがあります。 … <p><strong>1.偽装請負と一人請負型</strong></p> <p> 労働者性が問題になる事件というと、請負や業務委託の法形式を使いながら、注文者や業務委託者が、請負人や業務受託者に対し、その指揮監督下で働かせて行くといったように、二者間での法律関係を想像する方が多いのではないかと思います。</p> <p> しかし、労働者性が問題になる事件類型は、これに限られるわけではありません。偽装請負のような三者関係でも問題になります。</p> <p> 偽装請負とは、</p> <p>「書類上、形式的には請負(委任(準委任)、委託等を含む)契約ですが、実態としては労働者派遣であるもの」</p> <p>をいいます。</p> <p> 偽装請負の中には幾つか類型がありますが、その中の一つに</p> <p>一人請負型</p> <p>というパターンがあります。</p> <p> これは、</p> <p>「発注者と受託者の関係を請負契約と偽装した上、更に受託者と労働者の雇用契約も個人事業主という請負契約で偽装し、実態としては、発注者の指示を受けて働いているというパターン」</p> <p>をいいます。</p> <p><a href="https://jsite.mhlw.go.jp/tokyo-roudoukyoku/hourei_seido_tetsuzuki/roudousha_haken/001.html" target="_blank">あなたの使用者はだれですか?偽装請負ってナニ? | 東京労働局</a></p> <p> こうした場合、個人事業主は、<span style="text-decoration: underline;">発注者から</span>指揮監督を受けていたことを立証すれば、労働者性を主張することができます。近時公刊された判例集にも、一人請負型の偽装請負で労働者性が認められた裁判例が掲載されていました。東京地判令5.7.26労働判例ジャーナル144-44電気校ほか1名事件です。</p> <p><strong>2.電気校ほか1名事件</strong></p> <p> 本件で被告になったのは、</p> <p>電気工事の請負、設計、施工、工事監理等を目的とする株式会社(被告電気校)</p> <p>被告電気校からの業務受託者(被告c)</p> <p>の二名です。</p> <p> 原告になったのは、被告cがハローワークに出していた求人票を見てこれに応募し、「業務委託基本契約書」を取り交わし、現場で被告電気校のfの指示に従い、結線作業などソフトバンク株式会社を発注者とする基地局の保守作業(本件作業)に従事しました。</p> <p> このような事実関係のもと、原告は、労働力を搾取されたなどと主張し、</p> <p>主位的に被告らに対して共同不法行為に基づく損害賠償を請求したうえ、</p> <p>予備的に被告cに対する賃金や残業代やを請求しました。</p> <p> 本件では原告の労働者性が問題になりましたが、裁判所は、次のとおり述べて、これを肯定しました(共同不法行為の成立は否定、賃金請求は一部認容)。</p> <p><strong>(裁判所の判断)</strong></p> <p>「原告は、本件契約は労働契約であると主張するので、原告の労働者性について検討する。」</p> <p>「労基法9条及び労働契約法2条1項によれば、労働者とは、使用者との使用従属関係の下に労務を提供し、その対価として使用者から賃金の支払を受ける者をいうと解されるから、労働者に当たるか否かは、雇用、請負、委任といった法形式のいかんにかかわらず、その実態が使用従属関係の下における労務提供と評価するにふさわしい者であるかどうかによって判断すべきである。」</p> <p>「そして、実際の使用従属関係の有無については、指揮監督下の労働であるか否か(具体的な仕事の依頼、業務指示等に対する諾否の自由の有無、業務遂行上の指揮監督関係の存否・内容、時間的場所的拘束性の有無・程度、業務提供の代替性の有無)、報酬の労務対償性に加え、事業者性の有無(業務用機材等の機械・器具の負担関係、専属性の程度)、その他諸般の事情を総合的に考慮して判断するのが相当である。」</p> <p>「本件についてみると、本件契約書の表題は『業務委託契基本約書』とされており、本件契約が委任契約のような形式となっているが、<span style="text-decoration: underline;">原告は、現場において、被告cとの間で業務委託契約を締結している被告電気校のfから指示を受けて本件作業に従事しており、</span>具体的な仕事の依頼、業務指示等に対する諾否の自由はなく、業務遂行上の指揮監督関係があり、時間的場所的拘束性があるといえるから、指揮監督下の労働であると認められる。また、原告の労務の提供に対する対価が払われており、報酬の労務対償性が認められる。これらに加え、本件求人票は労働契約を前提としており、被告cがハローワークとの関係においても本件契約が労働契約であることを前提とする対応をしていることに照らすと、<span style="text-decoration: underline;">原告は労働者であり、本件契約は労働契約と認められる。</span>」</p> <p>「本件契約は、上記のとおり労働契約と認められるが、原告と被告cとの間では賃金に関して明示の合意をしたとは認められない。しかしながら、本件求人票には賃金が月額25万円~30万円と記載されており、これと抵触するような合意もされたとは認められないことに照らすと、本件契約における原告の賃金は少なくとも月額25万円と黙示に合意されたと認めるのが相当である。」</p> <p>「以上によれば,本件契約は賃金月額25万円とする労働契約と認められるから、被告cの未払賃金は26万4050円(=25万円×2-23万5950円)である。」</p> <p><strong>3.一人請負型偽装請負と派遣元に対する賃金請求</strong></p> <p> 以上のとおり、三者間の法律関係が問題になる局面でも、労働者性の主張は可能です。この場合、この場合、個人事業主は、業務受託者ではなく発注者との関係で指揮監督下に置かれていたことを主張、立証することになります、。</p> <p> 偽装請負というと、派遣先の責任を追及することに目が奪われがちですが、派遣先からの指揮監督を立証することで、派遣元に対して賃金請求が可能になることも、法律構成として意識しておくと良いのではないかと思います。</p> <p> </p> sskdlawyer 懲戒解雇の有効性の判断における解雇理由証明書(普通解雇の場合との違い) hatenablog://entry/6801883189093848876 2024-03-27T01:21:57+09:00 2024-03-27T01:30:41+09:00 1.解雇理由証明書 労働基準法22条1項は、 「労働者が、退職の場合において、使用期間、業務の種類、その事業における地位、賃金又は退職の事由(退職の事由が解雇の場合にあつては、その理由を含む。)について証明書を請求した場合においては、使用者は、遅滞なくこれを交付しなければならない。」 と規定しています。 この条文に基づいて交付される解雇理由に係る証明書を「解雇理由証明書」といいます。 解雇理由証明書に関しては、そこに書かれていない理由を訴訟になった時に追加主張できるのかという論点があります。 学説上、強い異論はあるものの、裁判所は、 「解雇理由証明書に記載がない解雇理由を主張したからといってそ… <p><strong>1.解雇理由証明書</strong></p> <p> 労働基準法22条1項は、</p> <p>「労働者が、退職の場合において、使用期間、業務の種類、その事業における地位、賃金又は退職の事由(退職の事由が解雇の場合にあつては、その理由を含む。)について証明書を請求した場合においては、使用者は、遅滞なくこれを交付しなければならない。」</p> <p>と規定しています。</p> <p> この条文に基づいて交付される解雇理由に係る証明書を「解雇理由証明書」といいます。</p> <p> 解雇理由証明書に関しては、そこに書かれていない理由を訴訟になった時に追加主張できるのかという論点があります。</p> <p> 学説上、強い異論はあるものの、裁判所は、</p> <p>「解雇理由証明書に記載がない解雇理由を主張したからといってその主張が失当となることはない。使用者が、退職時の解雇理由証明書に記載のない事実を解雇理由として主張するのは、使用者が解雇時には当該事由を重視していなかったという場合が多いであろうが、まれには、使用者が労働者とのトラブルを避けるため真実の解雇理由を記載しなかったという場合もある。後者と認められる場合、当該解雇理由についても慎重に審理する必要があろう。」</p> <p>という理解を採用しています(佐々木宗啓ほか編著『類型別 労働関係訴訟の実務Ⅱ』〔青林書院、改訂版、令3〕394頁参照)。</p> <p> それでは、解雇が普通解雇ではなく懲戒解雇であった場合はどうでしょうか。</p> <p> この場合も、力点の強弱の問題はあっても、主張すること自体は可能と理解されるのでしょうか?</p> <p> この問題を考えるにあたり参考になる裁判例が、近時公刊された判例集に掲載されていました。東京地判令5.7.12労働判例ジャーナル144-36 富士通商事件です。</p> <p><strong>2.富士通商事件</strong></p> <p> 本件で被告になったのは、太陽光発電事業等を営む株式会社です。</p> <p> 原告になったのは、被告との間で雇用契約を締結し、労務を提供していた方です。被告から懲戒解雇されたことを受け、その無効を主張し、地位確認等を請求する訴えを提起したのが本件です。</p> <p> 本件では懲戒解雇事由の有無が争点になりましたが、解雇理由証明書に記載されていなかった非違行為について、次のとおり判示しました。</p> <p><strong>(裁判所の判断)</strong></p> <p>「本件においては、被告は原告に対して懲戒解雇の意思表示をしているところ、懲戒処分当時に使用者が認識していなかった非違行為は、特段の事情のない限り、その存在をもって当該懲戒処分の有効性を根拠付けることはできないものというべきである(最高裁判所平成8年(オ)第752号同年9月26日第一小法廷判決・最高裁判所裁判集民事180号473頁参照)。」</p> <p>「<span style="text-decoration: underline;">これを本件について見ると、第2の3(1)(被告の主張)エオキクケに記載した事情は、別紙1、2の解雇理由証明書に記載されておらず、懲戒当時に被告代表者が認識していなかったと認められるから、これらの事情があったとしても、本件懲戒解雇の有効性を根拠づけることはできない(同クに記載した事情は、解雇理由証明書に記載されていると解する余地はあるものの、原告は、令和4年6月及び同年7月も労務を提供した旨供述しており・・・、被告に有利な証拠・・・の内容を踏まえても、当該事情があったとは認められない。</span>)</p> <p><strong>3.五月雨式主張な主張、立証の追加にどのように対抗するか</strong></p> <p> 解雇理由証明書に書かれていない事実を主張することが禁止されていないこともあり、訴訟では解雇理由証明書に書かれていない解雇理由がしばしば登場します。</p> <p> しかし、懲戒解雇の可否を扱った本件において、裁判所は、解雇理由証明書に書かれていない事実が本件懲戒解雇の有効性を根拠付けることを否定しました。本件の裁判所で示された判断は、懲戒解雇の効力を争って地位確認を請求する事件に取り組むにあたり、実務上参考になります。</p> <p> </p> sskdlawyer 部下が48日間連続勤務をしていたら、補助者を配置するか、取引先と協議して納期を伸ばすべきであったとされた例 hatenablog://entry/6801883189093609848 2024-03-26T01:22:15+09:00 2024-03-26T01:22:15+09:00 1.休日・労働時間規制 労働基準法32条は、 「使用者は、労働者に、休憩時間を除き一週間について四十時間を超えて、労働させてはならない。」「② 使用者は、一週間の各日については、労働者に、休憩時間を除き一日について八時間を超えて、労働させてはならない。」 と規定しています。 また、労働基準法35条1項は、 「使用者は、労働者に対して、毎週少くとも一回の休日を与えなければならない。」 と規定しています。 こうした規制によって、1日8時間のフルタイムで働いている労働者は、法定休日と法定外休日を併せ、週2日間の休みを確保することができます。 休みをとることは、健康を維持するうえで極めて重要です。長時… <p><strong>1.休日・労働時間規制</strong></p> <p> 労働基準法32条は、</p> <p>「使用者は、労働者に、休憩時間を除き一週間について四十時間を超えて、労働させてはならない。」<br />「② 使用者は、一週間の各日については、労働者に、休憩時間を除き一日について八時間を超えて、労働させてはならない。」</p> <p>と規定しています。</p> <p> また、労働基準法35条1項は、</p> <p>「使用者は、労働者に対して、毎週少くとも一回の休日を与えなければならない。」</p> <p>と規定しています。</p> <p> こうした規制によって、1日8時間のフルタイムで働いている労働者は、法定休日と法定外休日を併せ、週2日間の休みを確保することができます。</p> <p> 休みをとることは、健康を維持するうえで極めて重要です。長時間労働は、適応障害や鬱病などの精神障害や、脳出血、脳梗塞、心筋梗塞、心停止などの脳血管疾患・虚血性心疾患等の発症の原因になるからです。長時間労働がこうした疾病を発症させることは、労災の認定基準でも触れられています。</p> <p><a href="https://www.mhlw.go.jp/content/001140931.pdf" target="_blank">https://www.mhlw.go.jp/content/001140931.pdf</a></p> <p><a href="https://www.mhlw.go.jp/content/001157873.pdf" target="_blank">https://www.mhlw.go.jp/content/001157873.pdf</a></p> <p> この休みの取り方との関係で、近時公刊された判例集に、48連勤の適否が問題になった裁判例が掲載されていました。一昨日、昨日とご紹介させて頂いている、東京地判令5.6.29労働判例ジャーナル144-42 テレビ東京制作事件です。</p> <p><strong>2.テレビ東京制作事件</strong></p> <p> 本件で被告になったのは、株式会社テレビ東京などで放送されるテレビ番組の企画制作の受託等を事業とする株式会社です。</p> <p> 原告になったのは、被告との間で労働契約を締結し、業務センター総務部兼番組管理部に配置換えされるまでの間、テレビ番組の演出及びプロデュースなどの番組制作業務を主たる業務とする制作センターで勤務していた方です。</p> <p> 原告の請求は多岐に渡りますが、その中の一つに、48日間の連続勤務で適応障害を発症したことを理由とする慰謝料請求がありました。</p> <p> これに対し、被告は、</p> <p>「原告が連続勤務した事実は知らない。そのような勤務を結果として生じさせたのは制作業務に従事することを懇願した原告であり、被告は、長時間労働にならないよう自ら管理すべきことを説明し、原告もこれを納得して制作業務に従事した。」</p> <p>などと反論しましたが、裁判所は、次のとおり述べて、被告の責任を認めました。</p> <p><strong>(裁判所の判断)</strong></p> <p>「<span style="text-decoration: underline;">原告は、平成30年2月4日から同年3月23日まで48日間連続勤務を行ったことが認められる(別紙1-2認定用時間計算書)。なお、原告の法定時間外労働及び法定休日労働の合計は、平成30年2月及び3月はそれぞれ100時間を超えている(別紙1-2認定用時間計算書の当該月の集計結果参照)。使用者が、労働者に対し、このような勤務を余儀なくさせることは、違法というよりほかはない。</span>」</p> <p>「そして、上記・・・事実関係によれば、原告の上司であるP4部長においては、原告から、平成30年3月5日までに、本件システムにより同年2月4日から同月末日まで連続勤務した旨の報告を受けた上、同年2月23日及び同年3月14日に、同年2月23日から同年3月23日まで1日も休まず連続して勤務する内容のスケジュール報告を受けており、少なくとも、同年3月14日の時点においては原告が1箇月以上連続勤務を行っていることを知り得たといえる。<span style="text-decoration: underline;">この時点において、被告としては、原告の補助をさせる者を配置するか、フジテレビと協議して納期を伸ばすといった方法で、原告の負担を軽減すべきであった。</span>」</p> <p>「したがって、被告には、労働時間を適正に把握し管理する義務があるのにこれを怠り、原告に平成30年2月4日から同年3月23日まで48日間連続勤務を行うことを余儀なくさせたものであり、不法行為が成立する。」</p> <p>「担当医師の診断によれば、原告が発病した適応障害は、本件異動1に伴う環境変化及び人間関係による心理的負荷が要因とされるが・・・、上記過重な業務による心理的負荷も発病の基盤となっていることは否定できないというべきである(上記適応障害については、労働基準監督署長が連続勤務との相当因果関係を認め、労働者災害補償保険法による業務上の疾病である旨認定している。・・・)。」</p> <p>「<span style="text-decoration: underline;">慰謝料額については、上記不法行為が適応障害の発病の基盤となったこと、その治療内容、治療期間及び治療頻度を考慮し、不法行為・・・についての原告の請求額どおり、100万円とするのが相当である。</span>」</p> <p><strong>3.人員配置・納期交渉の義務/高額の慰謝料</strong></p> <p> 48連勤させることが違法だというのは当たり前であり、この部分の判示にそれほどの驚きはありません。</p> <p> 個人的に目を引かれたのは、</p> <p>「被告としては、原告の補助をさせる者を配置するか、フジテレビと協議して納期を伸ばすといった方法で、原告の負担を軽減すべきであった。」</p> <p>と判示されている部分です。損害賠償請求の根拠であることを超え、作為請求の根拠となるのかは不分明ですが、人手不足や短納期発注に追われて碌に休みをとることができない労働者が休みをとらせて欲しいと使用者と交渉するにあたり活用できる判示だと思います。</p> <p> また、精神障害を発症している事案であるとはいえ、100万円と比較的高額の慰謝料が認定されていることも特筆に値します。これは48連勤という異様な勤務実態の悪性を重く見たからではないかと思われます。</p> <p> 休みがとれない人の保護・救済を考えて行く上で、本件は実務上参考になります。</p> <p> </p> <p> </p> <p> </p> sskdlawyer 無効な固定残業代を合意に基づいて有効にするためには、労働者に対してどのような説明が必要になるのか? hatenablog://entry/6801883189093366656 2024-03-25T01:25:32+09:00 2024-03-25T01:29:07+09:00 1.固定残業代 固定残業代とは、 「時間外労働、休日および深夜労働に対する各割増賃金(残業代)として支払われる、あらかじめ定められた一定の金額」 をいいます(白石哲編著『労働関係訴訟の実務』〔商事法務、第2版、平30〕115頁参照)。 固定残業代は、一定の要件(判別性、対価性)のもとで残業代の支払としての有効性が認められています。 しかし、固定残業代は使用者にとって損でしかない仕組みです。 残業時間が予定された時間に満たなくても固定残業代部分の賃金を支払わなければならない反面、実労働をもとに計算した残業代が固定残業代を上回っている場合には、その差額を労働者に支払わなければならないからです。労働… <p><strong>1.固定残業代</strong></p> <p> 固定残業代とは、</p> <p>「時間外労働、休日および深夜労働に対する各割増賃金(残業代)として支払われる、あらかじめ定められた一定の金額」</p> <p>をいいます(白石哲編著『労働関係訴訟の実務』〔商事法務、第2版、平30〕115頁参照)。</p> <p> 固定残業代は、一定の要件(判別性、対価性)のもとで残業代の支払としての有効性が認められています。</p> <p> しかし、固定残業代は使用者にとって損でしかない仕組みです。</p> <p> 残業時間が予定された時間に満たなくても固定残業代部分の賃金を支払わなければならない反面、実労働をもとに計算した残業代が固定残業代を上回っている場合には、その差額を労働者に支払わなければならないからです。労働者の労働時間を把握する責務から解放されるわけでもなく、固定残業代の導入には、何のメリットもありません。</p> <p> しかも、固定残業代の有効性が否定されると、固定残業代の支払に残業代の弁済としての効力が認められなくなるほか、使用者は固定残業代部分まで基礎単価に組み込んで計算した割増賃金を改めて支払うことになります。このことが使用者側にもたらすダメージは大きく、一般に「残業代のダブルパンチ」(白石哲ほか編著『労働家計訴訟の実務』〔商事法務、第2版、平30〕118頁)などと呼ばれています。</p> <p> このように使用者側にとって危険な仕組みであることが周知されてきたためか、最近では、</p> <p>固定残業代を廃止したり、</p> <p>ダブルパンチを回避するため、法適合性に欠ける固定残業代の定めを法に適合する形に取り繕ったり</p> <p>する動きが広がりつつあります。</p> <p> それでは、法適合性に欠ける固定残業代の定めについて、労働者の同意を得て法適合性のある形へと定め直そうとした場合、使用者はどのような説明を行う必要があるのでしょうか?</p> <p> この問題を考えるにあたっては、最二小判平28.2.19労働判例1136-6山梨県民信用組合事件が、</p> <p>「使用者が提示した労働条件の変更が賃金や退職金に関するものである場合には、当該変更を受け入れる旨の労働者の行為があるとしても、労働者が使用者に使用されてその指揮命令に服すべき立場に置かれており、自らの意思決定の基礎となる情報を収集する能力にも限界があることに照らせば、当該行為をもって直ちに労働者の同意があったものとみるのは相当でなく、当該変更に対する労働者の同意の有無についての判断は慎重にされるべきである。そうすると、<span style="text-decoration: underline;">就業規則に定められた賃金や退職金に関する労働条件の変更に対する労働者の同意の有無については、当該変更を受け入れる旨の労働者の行為の有無だけでなく、当該変更により労働者にもたらされる不利益の内容及び程度、労働者により当該行為がされるに至った経緯及びその態様、<span style="color: #d32f2f; text-decoration: underline;">当該行為に先立つ労働者への情報提供又は説明の内容</span>等に照らして、当該行為が労働者の自由な意思に基づいてされたものと認めるに足りる合理的な理由が客観的に存在するか否かという観点からも、判断されるべきものと解するのが相当である</span>(最高裁昭和44年(オ)第1073号同48年1月19日第二小法廷判決・民集27巻1号27頁、最高裁昭和63年(オ)第4号平成2年11月26日第二小法廷判決・民集44巻8号1085頁等参照)。」</p> <p>と判示していることとの関係を考える必要があります。</p> <p> 形だけの同意であれば効力を覆すことができるため、形だけでない自由な意思に基づいてなされた同意がなされたといえるためには、どのような情報提供、説明をしなければならないのかが問題になります。</p> <p> この問題を考えるにあたり参考になる裁判例が、近時公刊された判例集に掲載されていました。昨日もご紹介させて頂いた、東京地判令5.6.29労働判例ジャーナル144-42 テレビ東京制作事件です。</p> <p><strong>2.テレビ東京制作事件</strong></p> <p> 本件で被告になったのは、株式会社テレビ東京などで放送されるテレビ番組の企画制作の受託等を事業とする株式会社です。</p> <p> 原告になったのは、被告との間で労働契約を締結し、業務センター総務部兼番組管理部に配置換えされるまでの間、テレビ番組の演出及びプロデュースなどの番組制作業務を主たる業務とする制作センターで勤務していた方です。</p> <p> 本件における原告の請求は多岐に渡りますが、その中に、時間外勤務手当等(いわゆる残業代)の請求がありました。そして、時間外勤務手当等の請求の可否・金額を考えるにあたり、管理者資格手当の固定残業代としての効力が問題になりました。</p> <p> 管理者資格手当は、平成15年資格職位規程上、</p> <p>「会社は管理者資格を得た社員に対し管理者資格手当(時間外手当相当額を含む。)を支給する。」</p> <p>と定められているだけで、時間外手当相当額の具体的金額を示す定めは置かれていませんでした。</p> <p> これが平成20年4月1日から変更されることになり(平成20年資格職位規程)、変更に先立つ平成19年10月23日、原告は被告から</p> <p>「管理者資格手当に固定深夜勤務手当が含まれているとの考え方に同意します。具体的には、管理者資格手当のうち、20%は固定深夜勤務手当分であり、深夜勤務55H分に相当するということです。」</p> <p>との記載のある被告に対する同意書に署名押印し、被告に提出していました。</p> <p> 管理者資格手当の固定残業代としての効力を判断するにあたり、この同意書の効力をどのように考えるのかが争点になりました。</p> <p> 裁判所は、次のとおり述べて、同意書の効力を否定し、管理者資格手当の固定残業代としての効力も消極に解しました。</p> <p><strong>(裁判所の判断)</strong></p> <p>「被告は、平成19年10月15日、同月16日及び同月17日の3回にわたって、社員向け説明会を開催し、本件変更について説明を行ったところ・・・、被告が社員に交付した説明文書では、『現管理者資格手当の20%の額(55時間分相当額)を固定深夜勤務手当とみなし、55時間分を支払うものとする。深夜勤務合計時間が55時間を超えた場合は、超えた分の深夜勤務手当を支払う。その際、表記を「管理者資格手当(現管理者資格手当の80%)」と「固定深夜勤務手当(現管理者資格手当の20%)」とします。実際の支給額は変わりません。』旨記載されていたにとどまり・・・、被告の取締役においても、本件変更が賃金を不利益に変更するものであるという認識はなく・・・、説明文書以上の説明は実施されなかった・・・というのである。」</p> <p>「そして、<span style="text-decoration: underline;">上記の説明によっては、従来、管理者資格手当の支払により割増賃金(深夜割増賃金も含む。)が支払われたといえず全額が所定労働時間の労働に対する賃金となっていたものを、管理者資格手当の約20%である深夜勤務割増相当額とされた金額をもって深夜割増賃金の支払に充てることとなるという本件変更の不利益の内容を、原告において的確に把握できるとはいえない。</span>」</p> <p>「<span style="text-decoration: underline;">そうすると、本件同意書の作成に当たり、本件変更の内容を把握し得る説明がなく、原告において同意の前提となる不利益に対する理解があったとはいえず、本件同意書が原告の自由な意思に基づいて作成されたものと認めるに足りる合理的な理由が客観的に存在するとはいえないから、本件同意書をもって、本件変更に対する同意があると認めることはできない。</span>」</p> <p><strong>3.固定残業代が全部所定労働時間の労働に対する賃金になることを知らないとダメ</strong></p> <p> 上述のとおり、裁判所は、管理者資格手当が割増賃金の支払とはいえず、全額が所定労働時間の労働に対する賃金であること、要するに、ダブルパンチを受けることが的確に分かるような説明がされていないことから、不利益に対する理解があったとはいえないとして、同意の効力を否定しました。。</p> <p> これは同意が有効であるための説明内容のハードルを、かなり高く考えているように思います。ダブルパンチが可能になることを伝えると、少なくない労働者が時間外勤務手当等を請求してくることが予想されるからです。</p> <p> 固定残業代に関しては、裁判例が深化を続けています。こうした動きに合わせて、不適法な固定残業代を、労働者との個別合意などの手法により、適法なものへと修正してする動きがあります。本裁判例は、こうした修正の効力を覆して行くにあたり、実務上参考になります。</p> <p> </p> sskdlawyer 携帯端末で始業・終業時刻を入力でき、社用携帯を所持するよう指示されていたとして、事業場外みなし労働時間制の適用が否定された例 hatenablog://entry/6801883189093098882 2024-03-24T01:19:17+09:00 2024-03-24T01:19:17+09:00 1.事業場外労働のみなし労働時間制(事業場外みなし労働時間制) 労働基準法38条の2第1項は、 「労働者が労働時間の全部又は一部について事業場外で業務に従事した場合において、労働時間を算定し難いときは、所定労働時間労働したものとみなす。ただし、当該業務を遂行するためには通常所定労働時間を超えて労働することが必要となる場合においては、当該業務に関しては、厚生労働省令で定めるところにより、当該業務の遂行に通常必要とされる時間労働したものとみなす。」 と規定しています。これは一般に「事業場外労働のみなし労働時間制」「事業場外みなし労働時間制」などと呼ばれています。 「みなす」というのは反証が許されな… <p><strong>1.事業場外労働のみなし労働時間制(事業場外みなし労働時間制)</strong></p> <p> 労働基準法38条の2第1項は、</p> <p>「労働者が労働時間の全部又は一部について事業場外で業務に従事した場合において、<span style="text-decoration: underline;">労働時間を算定し難いとき</span>は、所定労働時間労働したものとみなす。ただし、当該業務を遂行するためには通常所定労働時間を超えて労働することが必要となる場合においては、当該業務に関しては、厚生労働省令で定めるところにより、当該業務の遂行に通常必要とされる時間労働したものとみなす。」</p> <p>と規定しています。これは一般に「事業場外労働のみなし労働時間制」「事業場外みなし労働時間制」などと呼ばれています。</p> <p> 「みなす」というのは反証が許されないことを意味します。つまり、所定労働時間以上に働いていたことが立証できたとしても、所定労働時間働いたものとして扱われます。但書があるためあまり無茶はできないにしても、こうしたルールは、しばしば残業代(所定労働時間外の労働の対償)を踏み倒すために濫用されます。</p> <p> しかし、携帯電話など、携帯情報端末が普及した現在、事業場外で働いていたとしても、「労働時間を算定し難い」ことなど有り得るのでしょうか?</p> <p> 近時公刊された判例集に、携帯端末で始業・終業時刻を入力できることや、社用携帯を所持するように指示されていたこと等を根拠として、事業場外みなし労働時間制の適用が否定された裁判例が掲載されていました。東京地判令5.6.29労働判例ジャーナル144-42 テレビ東京制作事件です。</p> <p><strong>2.テレビ東京制作事件</strong></p> <p> 本件で被告になったのは、株式会社テレビ東京などで放送されるテレビ番組の企画制作の受託等を事業とする株式会社です。</p> <p> 原告になったのは、被告との間で労働契約を締結し、業務センター総務部兼番組管理部に配置換えされるまでの間、テレビ番組の演出及びプロデュースなどの番組制作業務を主たる業務とする制作センターで勤務していた方です。</p> <p> 本件における原告の請求は多岐に渡りますが、その中に、時間外勤務手当等(いわゆる残業代)の請求がありました。</p> <p> これに対し、被告は、</p> <p>「制作業務は、主として企画、取材、撮影及び編集などで構成されるものであり、企画は、取材先での取材、資料の検討、放送局の担当者との打合せの作業があり、取材は、取材対象者のところへ赴いて話を聞いて撮影をし、現地を確認する作業があり、撮影は、現場での撮影の作業があり、編集は、仮編集、本編集及びMAという3段階の作業を行うところ、本来の所属事業場の労働時間管理組織から離脱した場所的状況の下で、他のいかなる労働時間管理組織からの具体的かつ継続的な指揮命令を受けることなく、原告の裁量的な判断の下で制作業務を行っていた。」</p> <p>「そして、原告は、現場への直行・直帰を認められ、一人で制作業務に従事しており、制作業務は、その性質上、業務内容があらかじめ具体的に確定されているものではないため、原告は、被告からの具体的な指示を受けることなく、原告自身の判断で業務を遂行していた。また、原告は、具体的な業務内容やそれに要した時間等の報告を行っていたものではなかった。被告は、原告に対し、勤務時間管理システム(・・・『キングオブタイム』『KING OF TIME』『勤務時間表』と称されるもの。以下『本件システム』という。)により、始業・終業の都度、始業・終業時刻を申告するよう命じていたが、制作業務については、その正確性を担保する手段又は正確性を確認できる手段がなく、特に原告は、被告の上記命令に従わず、直前の半月分ないし1箇月分の始業・就業時刻をまとめて入力していた。原告は、本件システムの備考欄に、従事した業務の具体的内容は記載されておらず、原告の上司へのメールによる報告も毎日行われたわけではないから、被告が、原告の制作業務の内容・時間を把握することは困難であった。」</p> <p>などと主張して、事業場外みなし労働時間制の適用を主張しました。</p> <p> しかし、裁判所は、次のとおり述べて、事業場外みなし労働時間制の適用を否定しました。</p> <p><strong>(裁判所の判断)</strong></p> <p>「労基法38条の2は、事業場外の労働で、その労働態様のため、使用者が労働時間を十分把握できるほど使用者の具体的な指揮監督を及ぼし得ない場合について、使用者の労働時間の把握が困難で実労働時間の算定に支障が生ずることから、実際の労働時間にできるだけ近づけた便宜的な算定方法を定め、その限りにおいて、労基法上使用者に課されている労働時間の把握・算定義務を免除する制度である。そうすると、労基法38条の2「労働時間を算定し難いとき」とは、事業場外の労働である上、その労働態様のため、使用者が労働時間を十分把握できるほど使用者の具体的な指揮監督を及ぼし得ない場合をいうものと解される。」</p> <p>「番組制作は、企画、取材、撮影及び編集の過程があるところ、企画の段階及び取材の初期の段階では、どのような取材対象者をどの程度取材することになるか、どのような調査を行う必要があるかをあらかじめ決め難い場合があると認められる。また、原告は、制作業務を一人で担当しており、企画、取材及び撮影は、被告の事業場外での労働が中心であり、編集についても事業場外の編集所で行う場合が多く、全体として、おおむね直行・直帰により行われていたものであり、上司などの管理者の目視できる場所で作業が行われることは少なかった。」</p> <p>「他方で、企画及び取材における初期の段階でも、管理者が、原告から、その日行った作業内容の結果を報告させることは可能であったといえる。さらに、一つの番組は2~8箇月といった比較的長い時間をかけて制作されるものであり、一旦企画書が採用された後は、企画書によって、取材及び撮影の対象、内容及び方法が一定範囲に定まるものであると認められるから、企画書が採用された後は、上司において、企画書などに基づき、原告から報告された日々の作業内容に基づいて進捗を確認し、指揮命令を行うことができるといえる。」</p> <p>「<span style="text-decoration: underline;">また、始業・終業時刻については、携帯できる端末でどの場所からでも入力できる勤怠管理のシステム(本件システム)で報告することとされており、同システムには、ボタン操作により即時記録される始業・終業時刻はもちろん、始業・終業時刻を手動で入力編集した時刻も逐一記録されるものであったから、上司において、始業・終業時刻を確認したり、入力状況を確認したりすることができた。</span>」</p> <p>「本件システムの備考欄によって取材先が報告されることがあるほか、首都圏以外は出張届で事前に届出がされ、首都圏内でも交通費の申請がされ、上司において、取材場所の確認が可能であった。また、原告が撮影した全ての映像には、撮影時刻及び撮影対象が逐一記録されていたから、撮影の作業の裏付け確認を行うことも可能であった。放送局及び取材先との会合費は月ごとに領収証とともに報告がされていたから、これにより原告の報告した作業内容の真実性を確認することもできた。また、映像の編集を行う編集所からは、番組ごとの利用日及び時間帯が被告に報告されていたから、これにより、原告の編集作業時間を確認することが可能であった。」</p> <p>「<span style="text-decoration: underline;">さらに、原告は、被告から社用の携帯電話を所持するよう指示されており、被告からいつでも呼出し確認ができる状態となっていた。</span>」</p> <p>「<span style="text-decoration: underline;">以上のことからすれば、原告の制作業務は、おおむね事業場外の労働であったといえるが、原告の上司において、上記・・・の方法で、原告の労働時間を把握するため具体的な指揮監督を及ぼすことが可能なものであったといえる。</span>」</p> <p>「<span style="text-decoration: underline;">したがって、制作業務は、その労働態様が、使用者が労働時間を十分把握できるほど使用者の具体的な指揮監督を及ぼし得ない場合であったとは認められず、労基法38条の2『労働時間を算定し難い場合』とはいえない。</span>」</p> <p>「被告は、原告が、被告が当初指示したとおり・・・、始業・終業の都度、本件システムのボタンを打刻する方法で報告を行わず、半月又は1箇月分をまとめて入力し、その後修正をすることを繰り返しており・・・、入力内容の正確性を担保する手段がなかったため、労働時間を算定し難いといえる旨主張する。」</p> <p>「しかし、証拠・・・によれば、被告においては、本件システムで報告された社員の1箇月間の所定時間外労働が一定の時間数を超過した場合、管理職らが、当該社員に対し、本件システムの入力内容の正確性の確認を求め、当該社員が労働時間を修正して再報告することがあるなど、労働時間を1箇月程度まとめて報告をすることは、許容されていたことが認められる。また、管理職らの上記指示内容からは、被告において、始業・終業の都度のボタン操作で打刻した数値のみが正確であると捉えていたわけではないこともうかがえる。そして、原告が、本件システムに始業・終業の都度打刻をしていないことについて、平成30年5月より前に、被告が、原告に対し、労働時間を把握するため、その都度入力に改めるよう指導した形跡は見当たらない(同月指導した事実は、乙20によって認められる。乙31は、そのような指示を裏付けるものではない。また、乙38のメールも、上司から、原告に対し、平成30年3月2日の時点において、前月である同年2月の始業・終業時刻の報告が全くされていないとして報告を促すものであり、始業・終業時刻をその都度入力するよう指示したものではない。)。そうすると、原告が半月又は1箇月分をまとめて本件システムに入力していたのは、被告が、原告に対し、始業・終業時刻をその都度入力するよう指導を徹底していなかったことに原因の一つがあるといえる。」</p> <p>「以上のことから、原告の上記報告の態様をもって、客観的に、労働時間を把握できるほど具体的な指揮監督を及ぼし得ない労働態様であったと認めることはできない。被告の主張は採用できない。」</p> <p><strong>3.携帯電話を持たせられていれば、事業場外みなし労働時間制は否定できるか?</strong></p> <p> 携帯電話(携帯情報端末)があれば、始業、終業時刻を報告することは可能ですし、上司が必要に応じて随時指揮監督を行うことも可能です。これにより、事業場外みなし労働時間制の適用が否定できるとなると、事業場外みなし労働時間制が適用される場面は極めて限定的に理解されるのではないかと思います。</p> <p> 冒頭で述べたとおり、事業場外みなし労働時間制は、残業代の踏み倒しに利用されやすい仕組みです。本裁判例は、事業場外みなし労働時間制の不適用を主張するにあたり、大いに参考になります。</p> <p> </p> sskdlawyer 更衣時間に労働時間性が認められた例 hatenablog://entry/6801883189092853035 2024-03-23T01:48:08+09:00 2024-03-23T01:48:08+09:00 1.労働時間性 労働基準法上の労働時間とは、 「労働者が使用者の指揮命令下に置かれている時間をいい、右の労働時間に該当するか否かは、労働者の行為が使用者の指揮命令下に置かれたものと評価することができるか否かにより客観的に定まるものであって、労働契約、就業規則、労働協約等の定めのいかんにより決定されるべきものではないと解するのが相当である。そして、・・・労働者が、就業を命じられた業務の準備行為等を事業所内において行うことを使用者から義務付けられ、又はこれを余儀なくされたときは、当該行為を所定労働時間外において行うものとされている場合であっても、当該行為は、特段の事情のない限り、使用者の指揮命令下… <p><strong>1.労働時間性</strong></p> <p> 労働基準法上の労働時間とは、</p> <p>「労働者が使用者の指揮命令下に置かれている時間をいい、右の労働時間に該当するか否かは、労働者の行為が使用者の指揮命令下に置かれたものと評価することができるか否かにより客観的に定まるものであって、労働契約、就業規則、労働協約等の定めのいかんにより決定されるべきものではないと解するのが相当である。そして、・・・<span style="text-decoration: underline;">労働者が、就業を命じられた業務の準備行為等を事業所内において行うことを使用者から義務付けられ、又はこれを余儀なくされたときは、当該行為を所定労働時間外において行うものとされている場合であっても、当該行為は、特段の事情のない限り、使用者の指揮命令下に置かれたものと評価することができ、当該行為に要した時間は、それが社会通念上必要と認められるものである限り、労働基準法上の労働時間に該当する</span>」</p> <p>と理解されています(最一小判平12.3.9労働判例778-11 三菱重工業長崎造船所(一次訴訟・会社側上告)事件)。</p> <p> 更衣時間・着替え時間は、しばしば労働時間に該当するのかが問題になりますが、基本的には、</p> <p>「使用者から義務付けられ、又はこれを余儀なくされた」</p> <p>といえるのかどうかで判断して行くことになります。</p> <p> 「義務付けられ、又はこれを余儀なくされた」といえるのかどうかは、価値判断が含まれることが多く、しばしば裁判でも問題になります。</p> <p> こうした状況のもと、近時公刊された判例集に、更衣時間に労働時間性が認められた裁判例が掲載されていました。昨日もご紹介した、東京地判令5.6.30労働判例ジャーナル144-38 テイケイ事件です。</p> <p><strong>2.テイケイ事件</strong></p> <p> 本件で被告になったのは、事務所、工場、商店、ビル等の警備の請負及びその保障等を目的とする株式会社です。</p> <p> 原告になったのは退職した元労働者で、被告に対し割増賃金等(いわゆる残業代)を請求したのが本件です。</p> <p> 本件の争点の一つに、</p> <p>更衣時間が労働時間に当たるか</p> <p>という問題がありました。</p> <p> 原告が、</p> <p>「原告は、着替えに要する15分及び引継ぎに要する15分のため、交代時間の30分前には出勤し、退勤の際には、着替えのため5分遅れて退勤していた。したがって交代時間の30分前及び退勤時間の5分後は労働時間に含まれる。また、被告の設けた休憩時間及び仮眠時間は、いずれも待機時間に該当し、労働時間に含まれる。さらに、被告の事務所に赴くこととされた実績報告・装備点検時間も、被告の指示に基づいて行っていたものであり、実績報告を行ったことに対して『実績支援手当』が支給され、被告に出社したことが確認できる日時については、30分の労働時間を加算すべきである。」</p> <p>「以上によると、原告の労働時間は、別紙2の『始業時刻』欄記載の時刻から『終業時刻』欄記載の時刻まで及び『実績支援手当分』欄記載の時間のとおりとなる。」</p> <p>(中略)</p> <p>「原告は、被告に雇い入れられた後、経済産業省において、被告から割り当てられた場所の常駐警備を行っていた。警備業務を行うには、被告が支給する警備服を着用して行う必要があり、経済産業省庁舎では、警備服は、更衣室内のロッカーに保管することとされていた。原告は、更衣室内のロッカーに保管されている警備服に更衣するため、私服で早出出勤し、警備服に着替えてから警備業務に従事し、帰宅時には、警備服から私服に着替えて帰宅した。」</p> <p>「また、原告は、被告からズボンと靴以外については制服を着用せずに通勤するよう指示を受けていた。ズボンと靴以外には、制帽、白ベルト、肩部分の吊り紐、白手袋の着用が必要とされていた。これらの着用には、相応に時間を要していた。」</p> <p>と主張したところ、」</p> <p>裁判所は、次のとおり述べて、更衣時間の労働時間性を認めました。</p> <p><strong>(裁判所の判断)</strong></p> <p>「原告は、警備業務の開始に当たって、警備服の着用と交代のため30分を要し、勤務日ごとにシフト上の始業時刻から開始時刻より30分早く労務に従事したと主張する(なお、着替え時間15分と交代時間15分、ただし前日から連続勤務の場合には、これらの着替え時間は考慮していない。)。」</p> <p>「労働者が、就業を命じられた業務の準備行為等を事業所内において行うことを使用者から義務付けられ、又はこれを余儀なくされたときは、当該行為は、特段の事情のない限り、使用者の指揮命令下に置かれたものと評価することができ、当該行為に要した時間は、それが社会通念上必要と認められるものである限り、労基法上の労働時間に該当すると解される(最高裁平成7年(オ)第2029号同12年3月9日第一小法廷判決・民集54巻3号801頁)。」</p> <p>「そこで、検討すると、本件就業規則は、制服のある場合は所定の制服を着用しなければならないと定めており(31条3号)、原告は、被告が貸与した警備服を着用し、割り当てられた経済産業省庁舎の警備業務に従事する必要があったものと認めることができる・・・。また、被告の施設警備事業部は、平成28年4月18日、『告示』、『通勤時の服装』、『私服でも制服でも可』、『※制服で出勤時は上着(機動服)を羽織ること』と記載した書面を作成し、警備員が警備服を着用して通勤することを許容するものの、外観上、稼働中の警備員と区別するため、夏・冬ともに上着(機動服)を着用し、標章が見えないようにすべき旨を指示していたものと認めることができるのであって・・・、仮に警備員が警備服を着用して通勤する場合であっても、警備業務に従事するに先立って、少なくとも現場において上着(機動服)を脱ぎ、白手袋及び帽子を着用することを余儀なくされていたということができる・・・。そうすると、<span style="text-decoration: underline;">最低限、原告がこれら装備の着用に要した時間は、被告の指揮命令下に置かれていたものと評価すべきである。</span>」</p> <p>「そして、交通誘導業務(雑踏や工事現場において夜光チョッキを着用し、赤色の誘導灯を用いて車両の誘導を行う業務)を行う警備員として勤務していたd(以下『d』という。)は、「制服のままの移動はできないけど、ジャンパーとか羽織って、ちゃんと移動する分には問題はないということを聞いております。」と供述するとともに、「ヘルメット、チョッキ、制服、誘導棒、白手、全て現場で使うものを装着」することを前提に、「制服装備自体は、5分もあれば全部そろいます。」とも供述していたものと認めることができるのであって・・・、チョッキ及び誘導棒を要しない原告については、<span style="text-decoration: underline;">警備服への更衣時間として3分の範囲で社会通念上必要なものであったと解することが相当である</span>(ただし、自衛消防研修、緊急通報実践講習等の講習日については警備服の着用の要否が明らかではなく、労働時間として考慮しない。)。</p> <p><strong><em>3.原告主張の一部ではあるが労働時間性が認められた</em></strong></p> <p> 以上のとおり、主張の一部ではあるものの、警備員の警備服の着脱について、労働時間性が認められました。</p> <p> 更衣時間・着替え時間は、開始時刻~終了時刻を特定しなくても「最低限〇分はかかっていたはずだ」という立証の仕方ができるなど、立証の困難さが幾分か緩和されています。そうしたこともあり、議論の対象になることは少なくありません。</p> <p> 本件の判示は、更衣時間・着替え時間の主張、立証を行うにあたり、実務上参考になります。</p> <p> </p> sskdlawyer 1か月単位変形労働時間制-勤務シフトパターンが例示されているだけでは適用できないとされた例 hatenablog://entry/6801883189092612951 2024-03-22T01:08:39+09:00 2024-03-22T01:08:39+09:00 1.1か月単位変形労働時間制 労働基準法32条の2第1項は、 「使用者は、当該事業場に、労働者の過半数で組織する労働組合がある場合においてはその労働組合、労働者の過半数で組織する労働組合がない場合においては労働者の過半数を代表する者との書面による協定により、又は就業規則その他これに準ずるものにより、一箇月以内の一定の期間を平均し一週間当たりの労働時間が前条第一項の労働時間を超えない定めをしたときは、同条の規定にかかわらず、その定めにより、特定された週において同項の労働時間又は特定された日において同条第二項の労働時間を超えて、労働させることができる。」 と規定しています。いわゆる1か月単位の変形… <p><strong>1.1か月単位変形労働時間制</strong></p> <p> 労働基準法32条の2第1項は、</p> <p>「使用者は、当該事業場に、労働者の過半数で組織する労働組合がある場合においてはその労働組合、労働者の過半数で組織する労働組合がない場合においては労働者の過半数を代表する者との書面による協定により、又は就業規則その他これに準ずるものにより、<span style="text-decoration: underline;">一箇月以内の一定の期間を平均し一週間当たりの労働時間が前条第一項の労働時間を超えない定めをしたときは</span>、同条の規定にかかわらず、その定めにより、特定された週において同項の労働時間又は特定された日において同条第二項の労働時間を超えて、労働させることができる。」</p> <p>と規定しています。いわゆる1か月単位の変形労働時間制です。</p> <p> ここに書かれている「一箇月以内の一定の期間を平均し一週間当たりの労働時間が前条第一項の労働時間を超えない定めをした」といえるためには、労働時間が特定されていなければなりません。労働時間の特定とは「変形期日における各日、各週の労働時間を具体的に定めることを要し、変形期間を平均し週四十時間の範囲内であっても、使用者が業務の都合によって任意に労働時間を変更するような制度はこれに該当しない」と理解されています(昭63.1.1基発1号、平9.3.25基発195号、平11.3.31基発168号)。</p> <p> そして、勤務ダイヤにより1か月単位の変形労働時間制を採用する場合、「就業規則において各直勤務の始業終業時刻、各直勤務の組み合わせの考え方、勤務割表の作成手続及びその周知方法等を定めておき、それにしたがって各日ごとの勤務割は、変形期間の開始前までに具体的に特定すること」とされています(昭63.3.14基発150号)。</p> <p> 条文の文言だけを見ていると、こうした解釈例規にまでたどり着きにくいためか、変形労働時間制については、不適正な導入により、その効力が否定されることが少なくありません。近時公刊された判例集に掲載されていた、東京地判令5.6.30労働判例ジャーナル144-38 テイケイ事件も、そうした事案の一つです。</p> <p><strong>2.テイケイ事件</strong></p> <p> 本件で被告になったのは、事務所、工場、商店、ビル等の警備の請負及びその保障等を目的とする株式会社です。</p> <p> 原告になったのは退職した元労働者で、被告に対し割増賃金等(いわゆる残業代)を請求したのが本件です。</p> <p> 本件では変形労働時間制の適否が争点の一つになりました。</p> <p> 裁判所は、次のとおり述べて、変形労働時間制の効力を否定しました。</p> <p><strong>(裁判所の判断)</strong></p> <p>「被告は、原告に対し、平成31年4月3日、『雇用契約書兼労働条件通知書』を交付した。同書面には、従事すべき業務として、『警備業務、駐車監視業務、会社が指定する業務(付随する業務含む)』が掲げられ、『責任者業務、運転業務、断続的監視業務』が除外されており、就労場所として『会社の指定する請負先』、就業時間について午前8時から午後5時までの『日勤』、午後8時から午前5時まで又は午後5時から午前8時までの『夜勤』、午前8時から翌日午前8時までの『当務』等が設定されていたほか、『変形労働時間制(1ケ月)適用あり』、『業務の都合により左記時間を超えて勤務させる事がある。』、『就業時間については契約先によって異なる。』、休憩時間等について『日勤、夜勤1時間』、『当務8時間(内仮眠4時間)』、『休憩時間については契約先によって異なる。』と記載され、その他『上記以外の就業条件は準社員就業規則による。』と記載されていた。・・・」</p> <p>(中略)</p> <p>「被告は、原告に対し、平成31年4月3日、上記『雇用契約書兼労働条件通知書』と併せて『施設警備 勤務形態・賃金支払い承諾書』を交付した。同書面には、日勤について6形態、夜勤について5形態、当務について1形態の勤務シフト等が示され、拘束時間・実働時間に応じて休憩時間1時間又は2時間、仮眠時間4時間が具体的に記載されているとともに、『施設警備の賃金における具体的な算定(深夜割増手当の内訳)は下記の通りとする。但し勤務時間、休憩時間等は契約先、業務の内容によって異なる場合がある。』、『休憩・仮眠時間中に緊急対応を行った場合には勤務時間の報告を行わなければならない。』と記載されていた。・・・」</p> <p>「なお、上記『施設警備 勤務形態・賃金支払い承諾書』に記載された勤務シフトパターンは、実際に原告が従事する勤務シフトそのものではなかった。・・・」</p> <p>「原告と被告は、令和元年5月8日に雇用契約を変更した。被告は、原告に対し、同年6月19日、改めて『雇用契約書兼労働条件通知書』を交付した。同書面には、日勤について1形態、夜勤について2形態、当務について1形態の勤務シフト例が示され、給与体系と勤務体系の組合せによる見込み支給額が示されており、『賃金における具体的な算定(深夜割増手当の内訳)は下記の通りとする。但し勤務時間、休憩時間等は契約先、業務の内容によって異なる場合がある。』と記載されていた。・・・」</p> <p>(中略)</p> <p>「また、上記『雇用契約書兼労働条件通知書』に記載された勤務シフトパターンは、実際に原告が従事する勤務シフトそのものではなかった。(弁論の全趣旨)」</p> <p>(中略)</p> <p>「本件就業規則は、準社員の就業時刻等について、日勤につき始業午前8時・終業午後5時(休憩正午より1時間)、夜勤につき始業午後8時・終業翌日午前5時(休憩午前0時より1時間)、長夜勤につき始業午後5時・終業翌日午前8時(休憩1時間・仮眠4時間)、当務につき始業午前8時・終業翌日午前8時(休憩4時間・仮眠4時間)、短縮勤務につき始終業時刻を別途定める(休憩は日勤又は夜勤に準ずる)と定めるほか、『上記に定める時刻は、業務の都合により変更することがある。』と定めていた(39条、別表1)。・・・」</p> <p>「本件就業規則は、『会社は1カ月を平均して1週間の労働時間が40時間を超えない範囲内で、1日につき8時間または1週間につき40時間を超えて勤務をさせることができる。』(40条1項)と定め、具体的な休日については、『週1日以上または4週間(1月1日起算)に4日以上とし、具体的な日は毎月シフトにより明示する。』と(41条1項)と定めるものの、各勤務の組合せ、勤務割表の具体的な作成手続及び周知方法等について定めるところはなかった。・・・」</p> <p>(中略)</p> <p>「1か月単位の変形労働時間制を就業規則に定める場合には、その就業規則において変形期間及びその起算日、変形期間における各日、各週の労働時間、各日の始業及び終業時刻を定める必要があり(労基法32条の2、89条、同法施行規則12条の2)、業務の実態から、月ごとに勤務割を作成する必要がある場合は、就業規則において各直勤務の始業終業時刻、各直勤務の組合せの考え方、勤務割表の作成手続及び周知方法等を具体的に定め、それに従って各日の勤務割を変形期間の開始前までに具体的に特定すれば足りるものとされている(昭和63年3月14日基発150号)。」</p> <p>「被告が交付した平成31年4月3日作成の『雇用契約書兼労働条件通知書』には、「変形労働時間制(1ケ月)適用あり」と記載され・・・、本件就業規則も、『会社は1カ月を平均して1週間の労働時間が40時間を超えない範囲内で、1日につき8時間または1週間につき40時間を超えて勤務をさせることができる。』(40条1項)と定めていたものと認めることができる・・・。」</p> <p>「しかしながら、<span style="text-decoration: underline;">上記平成31年4月3日作成の『雇用契約書兼労働条件通知書』、令和元年6月19日作成『雇用契約書兼労働条件通知書』には、例示として具体的な勤務シフトパターンが示されていたにすぎず・・・、本件就業規則においても、各勤務の組合せ、勤務割表の具体的な作成手続及び周知方法等について定めるところはなかった・・・。</span>」</p> <p>「そうすると、原告と被告との間の雇用契約において、適法な変形労働時間制を適用することはできない。」</p> <p><strong>3.具体的な勤務シフトパターンが例示されているだけではダメ</strong></p> <p> 上述したとおり、裁判所は、雇用契約書に具体的な勤務シフトパターンが例示されていただけでは法定の要件を満たさないと判示しました。また、勤務割表の具体的な作成手続や周知方法が定まっていることが必要であることも示唆しました。</p> <p> 変形労働時間制は、適正に採用するための要件が分かりにくく、それほど容易には有効になりません。反面、変形労働時間制が否定される事案では、割増賃金等の金額が高額化しやすい傾向にあります。</p> <p>適用要件に疑問をお持ちの方は、一度、弁護士のもとに相談に行ってみても良いのではないかと思います。もちろん、ご相談は、当事務所でもお受けしています。</p> <p> </p> sskdlawyer 新型コロナウイルスの流行する海外から会社代表者が帰国するにあたり、従業員が感染の可能性を指摘することは侮辱なのか? hatenablog://entry/6801883189092361674 2024-03-21T00:46:41+09:00 2024-03-21T00:46:41+09:00 1.感染への不安を抱える従業員 昨日、 新型コロナウイルスの流行する海外から会社代表者が帰国するにあたり、従業員が共同で在宅勤務を求めることは許されるのか? - 弁護士 師子角允彬のブログ という記事を書きました。 この記事の中で紹介した、東京地判令5.11.30労働判例1301-5 オフィス・デヴィ・スカルノ元従業員ら事件は、新型コロナウイルスの流行する海外に行った代表者に対し、感染への不安を解消するため、従業員達が共同して在宅勤務を求めたことについて、不法行為への該当性を否定しました。 これだけでも目を引く裁判例ですが、オフィス・デヴィ・スカルノ元従業員ら事件の判決は、もう一つ、実務的に意… <p><strong>1.感染への不安を抱える従業員</strong></p> <p> 昨日、</p> <p><a href="https://sskdlawyer.hatenablog.com/entry/2024/03/20/000528">新型コロナウイルスの流行する海外から会社代表者が帰国するにあたり、従業員が共同で在宅勤務を求めることは許されるのか? - 弁護士 師子角允彬のブログ</a></p> <p>という記事を書きました。</p> <p> この記事の中で紹介した、東京地判令5.11.30労働判例1301-5 オフィス・デヴィ・スカルノ元従業員ら事件は、新型コロナウイルスの流行する海外に行った代表者に対し、感染への不安を解消するため、従業員達が共同して在宅勤務を求めたことについて、不法行為への該当性を否定しました。</p> <p> これだけでも目を引く裁判例ですが、オフィス・デヴィ・スカルノ元従業員ら事件の判決は、もう一つ、実務的に意義のある判断を示しています。それは、従業員が代表者に対して感染の可能性を指摘したことについて、侮辱(不法行為)にはあたらないと判示したことです。</p> <p><strong>2.オフィス・デヴィ・スカルノ元従業員ら事件</strong></p> <p> 本件で原告になったのは、インドネシア共和国の元大統領夫人であった方です。日本国内を活動拠点としてタレント活動を行うとともに、自身のマネージメント事業等を行うために設立された本件会社(株式会社オフィス・デヴィ・スカルノ)の代表取締役を務めていました。</p> <p> 被告になったのは、本件会社の元従業員2名(被告乙山、被告丙川)です。</p> <p> 被告乙山は原告のブログやSNSの原稿を作成して公開する業務等に従事していた方で、被告丙川は原告のマネージャー業務に従事していた方です。</p> <p> 娘婿の葬儀のためインドネシア共和国に出国し、原告が帰国してくるにあたり、本件会社の従業員である被告らほかA、B、C、D(被告ら従業員6名)は、対応を協議する話合いを行い、原告の帰国後2週間は在宅での勤務を行う方針(本件方針)を決定しました。</p> <p> 帰国した原告に対し、被告らが、向こう2週間在宅での勤務を認めるよう要望したところ、原告は、</p> <p>本件会社の事務所への出勤を拒否するという共同絶交の合意を主導して形成させた、</p> <p>新型コロナウイルスの感染者と決めつけて原告を侮辱した、</p> <p>と主張し、これらが不法行為に該当するとして、被告らに損害賠償を請求する訴えを提起しました。</p> <p> 裁判所は、前者の不法行為該当性を否定したうえ、後者についても、次のとおり述べて、不法行為にはあたらないと判示しました。</p> <p><strong>(裁判所の判断)</strong></p> <p>「原告が本件当日夜本件建物に帰宅したところ、被告乙山は、既に本件建物から退出していたA及びDを除く被告丙川、B及びCの同席の下、原告に対し、本件方針を伝え、向こう 2 週間、在宅での勤務を認めるよう要望した・・・。」</p> <p>「<span style="text-decoration: underline;">原告が、その際、被告乙山に対し、『あなた、何言ってんのよ。私は病原体でもなんでもないわよ』と述べたところ、被告乙山は、『そうでもないですけど』と応答し、原告がその理由を尋ねたところ、被告乙山は『陰性であっても…』と述べた(以下、これらの被告乙山の発言を『本件発言』という。)・・・。</span>」</p> <p>(中略)</p> <p>「原告は、被告らは原告を何の根拠もなく新型コロナウイルスの感染者又はその濃厚接触者と決め付け、原告を侮辱した旨主張する。」</p> <p>「人の名誉感情を損なう行為は、社会通念上許される限度を超える侮辱行為であると認められる場合に、その者の人格的利益を侵害するものとして、不法行為が成立するというべきである。」</p> <p>「これを本件についてみるに、前提事実⑶イ及び前記 1 ⑸のとおり、被告乙山は、被告丙川とともに原告に本件方針を告げるとともに、本件発言をしたものであるところ、これらの言動は、原告の検査結果が陰性であってもなお原告に新型コロナウイルス感染の可能性があることを前提とするもの又は指摘するものといえるが、飽くまで可能性をいうものであって、原告を感染者又はその濃厚接触者と決め付けたものと評価することはできない(本件文書においても、今後陽性になる可能性や空港での移動の際の感染可能性がある旨を指摘するにとどまる。)。したがって、被告らが原告を感染者又はその濃厚接触者であると決め付けた旨の原告の上記主張は、その前提を欠き、理由がない。」</p> <p>「また、前記 ・・・で説示したとおり、<span style="text-decoration: underline;">当時の社会的状況等に照らすと、被告らが、帰国した原告に新型コロナウイルス感染の可能性があると懸念すること自体が直ちに不合理とはいえず、このことに加えて、本件方針の申出や本件発言をした経緯、内容等に照らすと、被告らが原告に当該感染の可能性があることを指摘したことが、社会通念上許される限度を超える侮辱行為として原告の人格的利益を侵害するものとは認められない。したがって、原告の上記主張は理由がない。</span>」</p> <p><strong>3.相手が上長であったとしても、感染の可能性を懸念する程度のことは問題ない</strong></p> <p> 新型コロナウイルスに感染した事実の指摘等をどのように捉えるのかは、かなり微妙な問題です。個人的な感覚としては、感染したとして、だから何だとしか思いませんし、感染した可能性のある人に懸念を表明したところで、それが侮辱になるという感覚はありません。</p> <p> ただ、感染した事実・感染した可能性があるのではないかという懸念を表明された方が、少なくとも良い気分にならないことは理解できます。そういう意味では、どのような形態・文言での懸念表明であったとしても適法とは言いにくいように思われます。</p> <p> 本裁判例は、上長であっても、軽く懸念を表明する程度のことであれば、問題にならないことを示しました。感染のリスクを回避するため労働者が懸念を表明する必要のある場面は日常的に生じ得るものであり、裁判所の判断は実務上参考になります。</p> <p> </p> sskdlawyer 新型コロナウイルスの流行する海外から会社代表者が帰国するにあたり、従業員が共同で在宅勤務を求めることは許されるのか? hatenablog://entry/6801883189092068298 2024-03-20T00:05:28+09:00 2024-03-20T00:05:28+09:00 1.感染への不安を抱える従業員 一昨日、 新型コロナウイルスが蔓延する海外への渡航を阻止するため、有給休暇の時季変更権を行使することができるのか? - 弁護士 師子角允彬のブログ という記事を書きました。 この記事の中で紹介した裁判例(札幌地判令5.12.22労働判例ジャーナル144-1 京王プラザホテル札幌事件)は、有給休暇を取得して海外で行われる娘の結婚式に出席しようとした従業員に対し、新型コロナウイルス感染症の流行状況を踏まえ、会社が時季変更権を行使したことを適法だと判示しました。 それでは、逆に、従業員の側から、新型コロナウイルスの流行する海外に行った代表者に対し、感染への不安を解消す… <p><strong>1.感染への不安を抱える従業員</strong></p> <p> 一昨日、</p> <p><a href="https://sskdlawyer.hatenablog.com/entry/2024/03/18/004443">新型コロナウイルスが蔓延する海外への渡航を阻止するため、有給休暇の時季変更権を行使することができるのか? - 弁護士 師子角允彬のブログ</a></p> <p>という記事を書きました。</p> <p> この記事の中で紹介した裁判例(札幌地判令5.12.22労働判例ジャーナル144-1 京王プラザホテル札幌事件)は、有給休暇を取得して海外で行われる娘の結婚式に出席しようとした従業員に対し、新型コロナウイルス感染症の流行状況を踏まえ、会社が時季変更権を行使したことを適法だと判示しました。</p> <p> それでは、逆に、従業員の側から、新型コロナウイルスの流行する海外に行った代表者に対し、感染への不安を解消するため、何等かの配慮を求めて行くことは許されるのでしょうか?</p> <p> この問題を考えるにあたり参考になる裁判例が、近時公刊された判例集に掲載されていました。東京地判令5.11.30労働判例1301-5 オフィス・デヴィ・スカルノ元従業員ら事件です。</p> <p><strong>2.オフィス・デヴィ・スカルノ元従業員ら事件</strong></p> <p> 本件で原告になったのは、インドネシア共和国の元大統領夫人であった方です。日本国内を活動拠点としてタレント活動を行うとともに、自身のマネージメント事業等を行うために設立された本件会社(株式会社オフィス・デヴィ・スカルノ)の代表取締役を務めていました。</p> <p> 被告になったのは、本件会社の元従業員2名(被告乙山、被告丙川)です。</p> <p> 被告乙山は原告のブログやSNSの原稿を作成して公開する業務等に従事していた方で、被告丙川は原告のマネージャー業務に従事していた方です。</p> <p> 娘婿の葬儀のためインドネシア共和国に出国し、原告が帰国してくるにあたり、本件会社の従業員である被告らほかA、B、C、D(被告ら従業員6名)は、対応を協議する話合いを行い、原告の帰国後2週間は在宅での勤務を行う方針(本件方針)を決定しました。</p> <p> 帰国した原告に対し、被告らが、向こう2週間在宅での勤務を認めるよう要望したところ、原告は、</p> <p>「被告らは、何の根拠もなく原告の娘婿の死因が新型コロナウイルス感染症であると邪推し、娘婿の家族は濃厚接触者又は感染者であり、そのもとに駆け付けた原告も同様であると思い込んだ。そして、被告らは,かかる思い込みを前提に、他の従業員らを招集して、本件話合いの開催を呼びかけ、自らの影響力の強さを利用して、全従業員らの間で、原告の帰国後2週間は原告との接触を拒否する、すなわち本件会社の事務所への出勤を拒否するという、期限付きの共同絶交の合意を主導して形成させた」</p> <p>「本件会社の全従業員を集めて出勤拒否を提案し、これを出席した者に承諾させるという行為は、職場の秩序を乱す行為であるとともに、原告に対する関係でも、広大な邸宅の清掃、愛犬の世話等の原告の日常生活に関連する業務やマネージメント業務を機能不全に陥らせる、極めて違法性が高い行為であり、原告に対する不法行為に当たる」</p> <p>などと主張し、被告らに損害賠償を請求する訴えを提起しました。</p> <p> これに対し、裁判所は、次のとおり述べて、不法行為の成立を否定しました。</p> <p><strong>(裁判所の判断)</strong></p> <p>「原告は、被告らが自らの影響力の強さを利用し、主導して、他の従業員らに違法な共同絶交の合意を形成させ、出勤を拒否させた旨主張する。」</p> <p>「しかし、まず本件話合いに至る経緯についてみるに、前記認定事実のとおり、被告乙山は、Aから本件グループLINEにおいてEの出勤拒否を伝えられるとともに、今後の原告への対応をどうすべきかという相談がされたことを受けて、原告の帰国後の対策について皆で話し合うことを提案したものにすぎず・・・、被告らが、他の従業員らに対して在宅勤務ないし出勤拒否の合意を積極的に持ちかけたものとは認められない。なお、原告をタクシーで迎えに行くという案も被告乙山ではなくBが提案したものであること・・・、Eも当初から原告が直接自宅に戻るのであれば出勤しないとの意向を示していたこと・・・、Aも本件話合い以前から帰国した原告と接するのが嫌である旨Bに述べていたこと・・・からすれば、本件話合いの提案以前から、被告ら以外の従業員らも、原告が帰国した場合の新型コロナウイルスへの感染リスクについての不安を有していたものと認められ、これに関し、被告らが他の従業員らに対して違法、不当な働きかけなどをしたことを認めるに足りる証拠はない。」</p> <p>「そして、本件話合いにおいては、前記認定事実のとおり、被告らだけではなく、Aやその他の従業員も新型コロナウイルスへの感染リスクに対する不安や原告と接触するのが怖い旨の意見を述べ、これを避けるために原告に求める行動について協議されたが、いずれも原告が応じることはないと考えられたため(なお、原告自身、原告本人尋問において、別宅に行ったり、本件建物1階へ降りないという案を承諾することはない旨明言している。)、代替的な案として原告の帰国後2週間は在宅での勤務を行う旨の本件方針が被告ら従業員6名全員の意向により決定されたものであり・・・、本件文書も本件方針を原告に伝える方法として代表して被告乙山が作成したものにすぎず・・・、被告らが本件話合いにおいて他の従業員らの明示又は黙示の意向に反して独断でこれを主導したとは認められない。」</p> <p>「以上によれば、被告乙山が本件文書を作成したことや本件方針を原告に告げたことを考慮しても、被告らが他の従業員らの意向にかかわらず、本件話合いを主導して本件方針を決定させたと認めることはできないから、原告の上記主張は理由がない。」</p> <p>「また、本件方針が原告の主張する違法な共同絶交の合意に当たるかについて検討しても、前記認定事実のとおり、本件当日当時、国内においては新型コロナウイルス感染症が第3波と呼ばれる流行期を迎えており、首都圏では緊急事態宣言が発令され、政府は海外からの入国者に対し、渡航先を問わず、また、空港での検査結果が陰性であるか否かを問わず、一律に入国後14日間の自宅待機等を求めていたものであって・・・、国内において広く新型コロナウイルス感染症のまん延防止策を講ずることが要請されていた社会的状況にあったものと認められる。このような当時の社会的状況や、渡航者に対して渡航先及び検査結果を問わない一律の政府の措置が講じられていたことに加え、インドネシア共和国においては令和3年1月以降、1日の感染者は1万人を越えていたこと・・・、感染していても感染から日数が経っていない場合にはPCR検査が陽性とならない場合があることが当時から指摘されていたこと・・・に照らすと、原告が渡航したバリ島における具体的な感染状況や渡航中の原告の感染者との接触の有無、原告の空港でのPCR検査の結果が陰性であるか否かにかかわらず、海外から帰国した原告が新型コロナウイルスに感染している可能性があることを懸念して、原告の自宅と同じ本件建物内にあって原告が自由に行き来する本件会社の事務所に出勤することとなる被告ら従業員6名が、本件方針を決定し、その旨を原告に申し出たこと自体が、直ちに不合理とはいえず、これをもって、原告との関係で社会通念上許されない違法な行為に当たるともいえない。そうすると、このような本件方針を決定したことが原告の主張する違法な共同絶交の合意に当たると評価することはできず、この点からも原告の上記主張は理由がない。」</p> <p><strong>3.労働者が話しあって経営者に物申しても違法になるわけではない</strong></p> <p> 労働組合法8条は、</p> <p>「使用者は、同盟罷業その他の争議行為であつて正当なものによつて損害を受けたことの故をもつて、労働組合又はその組合員に対し賠償を請求することができない。」</p> <p>と労働組合の争議行為について、損害賠償責任が発生しないことを明記しています。いわゆる民事免責の規定です。</p> <p> 本件は労働組合が行った行為ではありませんし、責任がないというよりも違法性がないという言い方をしていますが、労働組合の団体交渉・団体行動という形式をとらなかったからといって、労働者が話し合って経営者に物申して行くことで不法行為責任を問われるいわれはないということなのだと思われます。</p> <p> 感染症への不安について、労働者は、使用者から一方的にコントロールされるだけの存在ではありません。使用者の側に積極的に要求して行くこともできます。それを実証した事案として、本裁判例は参考になります。</p> <p> </p> sskdlawyer 生徒に対するわいせつ行為を理由とする退職手当支給制限処分(全額不支給)-報道されななったこと、被害届の不提出は有利な事情にならない hatenablog://entry/6801883189091854099 2024-03-19T01:30:05+09:00 2024-03-19T01:30:05+09:00 1.公務員の懲戒免職処分と退職手当支給制限処分 国家公務員退職手当法12条1項は、 「退職をした者が次の各号のいずれかに該当するときは、当該退職に係る退職手当管理機関は、当該退職をした者(当該退職をした者が死亡したときは、当該退職に係る一般の退職手当等の額の支払を受ける権利を承継した者)に対し、当該退職をした者が占めていた職の職務及び責任、当該退職をした者が行つた非違の内容及び程度、当該非違が公務に対する国民の信頼に及ぼす影響その他の政令で定める事情を勘案して、当該一般の退職手当等の全部又は一部を支給しないこととする処分を行うことができる。 一 懲戒免職等処分を受けて退職をした者 ・・・」 と… <p><strong>1.公務員の懲戒免職処分と退職手当支給制限処分</strong></p> <p> 国家公務員退職手当法12条1項は、</p> <p>「退職をした者が次の各号のいずれかに該当するときは、当該退職に係る退職手当管理機関は、当該退職をした者(当該退職をした者が死亡したときは、当該退職に係る一般の退職手当等の額の支払を受ける権利を承継した者)に対し、当該退職をした者が占めていた職の職務及び責任、当該退職をした者が行つた非違の内容及び程度、当該非違が公務に対する国民の信頼に及ぼす影響その他の政令で定める事情を勘案して、当該一般の退職手当等の全部又は一部を支給しないこととする処分を行うことができる。</p> <p>一 懲戒免職等処分を受けて退職をした者</p> <p>・・・」</p> <p>と規定しています。</p> <p> 文言だけを見ると、懲戒免職処分を受けた国家公務員に対しても、退職手当等が一部支給される余地が広く残されているように思われます。</p> <p> しかし、懲戒免職処分を受けた国家公務員に対して退職手当等が支払われることは、実際にはあまりありません。昭和60年4月30日 総人第 261号 国家公務員退職手当法の運用方針 最終改正 令和4年8月3日閣人人第501号により、</p> <p>「非違の発生を抑止するという制度目的に留意し、一般の退職手当等の全部を支給しないこととすることを原則とするものとする」</p> <p>と定められているからです。</p> <p> 上記は国家公務員についてのルールですが、多くの地方公共団体は地方公務員に対して同様のルールを採用しています。</p> <p><strong>2.生徒に対するわいせつ行為を理由とする懲戒免職・退職手当支給制限処分</strong></p> <p> 学校の教師が生徒に対してわいせつな行為を行い、懲戒免職処分を受けることは少なくありません。懲戒免職処分を受けた学校の教師は、ほぼ自動的に退職手当支給制限処分(全額不支給)を受けることにもなります。</p> <p> それでは、退職手当支給制限処分を受けるにあたり、</p> <p>報道されなかったこと、</p> <p>生徒側から被害届が提出されていないこと、</p> <p>は有利に斟酌されるのでしょうか?</p> <p> 報道されなかったことが有利に斟酌されるべきであるという主張に対し、一般の方は違和感を持つかも知れません。しかし、これはそれほど変な主張ではありません。なぜなら、公務員に対する懲戒制度は、公務に対する国民の信頼が毀損されたことを根拠にしているからです。非違行為を起こしたとしても、報道されなければ国民が知ることはないのだから、国民の公務への信頼が毀損されることはないという考え方です。</p> <p> 被害届が出されていないことを有利に斟酌して欲しいという主張は、理解するのにそれほどの困難さはありません。被害を受けた当人が刑事処分を求めるほどの被害感情を持っていないのであるかから、宥恕されて然るべきではないかとする考え方です。しかし、裁判の負担や社会的な注目を浴びたくないといった理由で、刑事責任の追及を断念する方は少なくありません。こうした理由で刑事責任の追及を断念した時にまで、被害届を提出しないことが加害者に有利に働くことには強い批判もあり、本当に被害届が出されていいないことが有利な事情として斟酌されて行くのかには不安も残ります。</p> <p> このような状況のもと、報道されなかったことや被害届が提出されていないことが懲戒免職処分を受けた教師側に有利に作用するのか否かが問題となった裁判例が掲載されていました。山形地判令5.11.7労働判例ジャーナル144-22 山形県・県教委事件です。</p> <p><strong>3.山形県・県教委事件</strong></p> <p> 本件で原告になったのは、山形県の県立高校の教職員であった方です。野球部の顧問を務めていた際の非違行為(本件非違行為)が理由で懲戒免職処分・退職手当支給制限処分(全額不支給)を受けました。本件非違行為は女子マネージャーに対するわいせつ行為で、次のようなものであったと認定されています。</p> <p>「令和4年7月9日、翌日行われる甲子園山形県大会の試合のため、鶴岡市内のホテルに野球部員とともに宿泊した際に、3年生の女子マネージャーを自らの好意を伝える目的で自室に呼び出し、肩を揉ませ、その後同生徒の肩を揉んだ後、後ろから抱き寄せ、振り向かせて、生徒が望んでいることと勝手に解釈して唇に数秒間キスし、さらにその後膝の上に生徒を乗せ、ベッドに横にして、上から覆いかぶさるように約30秒間、再度唇にキスをした。」</p> <p> そして、審査請求の後、懲戒免職処分の効力はそのままにしたうえ、退職手当支給制限処分の取消を求めて出訴したのが本件です。</p> <p> このような事実関係のもと、裁判所は、次のとおり述べて、原告の請求を棄却しました。</p> <p><strong>(裁判所の判断)</strong></p> <p>「本件条例13条1項は、懲戒免職処分を受けた退職者の一般の退職手当等につき、退職手当支給制限処分をするか否か、これをするとした場合にどの程度支給を制限するかの判断を、退職手当監理機関の裁量に委ねているものと解すべきである。したがって、裁判所が退職手当支給制限処分の適否を審査するに当たっては、退職手当管理機関と同一の立場に立って、処分をすべきであったかどうか又はどの程度支給しないこととすべきであったかについて判断し、その結果と実際にされた処分とを比較してその軽重を論ずべきではなく、退職手当支給制限処分が退職手当管理機関の裁量権の行使としてされたことを前提とした上で、当該処分に係る判断が社会観念上著しく妥当性を欠いて裁量権の範囲を逸脱し、又はこれを濫用したと認められる場合に限り、当該退職手当支給制限処分が違法となると解すべきである。」</p> <p>「この点、原告は、退職手当の全部不支給処分は例外的な場合に限られると主張する。しかし、本件条例13条1項は、退職者が懲戒免職等処分を受けて退職をした者であるときに、同条所定の事情を総合的に勘案して、当該一般の退職手当等の全部又は一部を支給しないこととする処分を行うことができると定めるのみであるから、その文言からは、全部不支給処分を例外的な場合に限る趣旨は読み取れない。」</p> <p>「そこで、本件処分における判断が社会観念上著しく妥当性を欠いて裁量権の範囲を逸脱し,又はこれを濫用したといえるか検討すると、本件非違行為は、野球部の顧問であった原告が、野球部の大会期間中であるにもかかわらず、本件生徒に自らの好意を伝えたいと考え、ホテルの自室という閉鎖的空間で、本件生徒を突然抱きしめて好意を伝え、動揺する本件生徒に対してキスをしたうえ、さらに本件生徒をベッドに横にして約30秒もの間キスをするというものであるが、これは身勝手かつ悪質な行為である。本件生徒は、自身の心情について、本件非違行為の最中はショックで頭が真っ白になり、何も考えられなくなった、後から冷静に考えると気持ち悪いし、最低だと思う、原告からの謝罪を受入れる気はない旨述べているように、原告の行為が本件生徒の心身に与えた悪影響は無視できない。」</p> <p>「また、本件非違行為に至る経緯についてみても、原告は、被告委員会の指導に反して、本件生徒とSNSでプライベートなやりとりをしたり、お互いの体をマッサージしたことをきっかけに、本件生徒に一方的に好意を抱くようになって、本件非違行為に至ったものであるから・・・、本件非違行為当時、原告に超過勤務による精神的疲労があったとしても、本件非違行為に至る経緯について原告に有利に斟酌すべき点はない。」</p> <p>「加えて、本件非違行為当時、原告は本件高校の教務主任という重要な職責を担っていたこと・・・や、本件非違行為が、野球部が大会に出場するためにホテルに宿泊した際に行われたものであることからすると、本件非違行為は、高校における公務の遂行に著しい影響を与えるとともに、学校教育に係る公務に対する県民の信頼を著しく損なうものである。」</p> <p>「<span style="text-decoration: underline;">原告は、原告に有利な事情として、本件生徒が被害届を提出していないことや、本件非違行為がマスコミ報道されていないことを挙げる。しかし、本件非違行為が公表されなかったことは、本件生徒の強い希望を受けてのものであるから(甲4)、この点が原告に有利な事情となるものではない。また、本件生徒は適切な時期を選んで本件の相談をし、事情聴取の中で原告を宥恕していないことを明らかにしているのであるから、被害届の不提出が原告に有利な事情となるものでもない。</span>」</p> <p>「被告委員会は、本件条例13条1項の考慮要素へのあてはめについて、・・・のとおり弁明しているが、そのあてはめは、上記と同趣旨であり、前記認定の原告の経歴及び勤務内容、被告委員会による教職員への指導内容、非違行為以前の原告と生徒への関わり方、本件非違行為の内容とその後の経緯といった諸点から見ても、合理的で相当なものといえる。したがって、被告委員会が、これらの判断を総合的に勘案した上で、本件非違行為は全部不支給に相当する重大なものと判断したことに、社会観念上著しく妥当性を欠いた点があるとはいえない。」</p> <p><strong>4.報道されなかったことや被害届の不提出は、有利な事情には斟酌されない</strong></p> <p> 以上のとおり、裁判所は、退職手当支給制限処分(全額不支給)の取消の可否を判断するにあたり、報道されなかったことや被害届の不提出がを公務員側に有利な事情として斟酌しませんでした。</p> <p> わいせつ事案に関する責任追及は年々厳しくなって行く傾向にあり、裁判所の判断は実務上参考になります。</p> <p> </p> sskdlawyer 新型コロナウイルスが蔓延する海外への渡航を阻止するため、有給休暇の時季変更権を行使することができるのか? hatenablog://entry/6801883189091604472 2024-03-18T00:44:43+09:00 2024-03-18T00:48:20+09:00 1.有給休暇の時季変更権 労働基準法39条5項は、 「使用者は、・・・有給休暇を労働者の請求する時季に与えなければならない。ただし、請求された時季に有給休暇を与えることが事業の正常な運営を妨げる場合においては、他の時季にこれを与えることができる。」 と規定しています。 要するに、労働者は、基本的に、好きな時(請求する時季)に有給休暇を取得することができます。しかし、「事業の正常な運営を妨げる場合」、使用者は、その時の有給休暇の取得を認めず、時季の変更を求めることができます。 この「事業の正常な運営を妨げる」かどうかは、 「①当該労働者が属する課・班・係など相当な単位の業務において必要人員を欠く… <p><strong>1.有給休暇の時季変更権</strong></p> <p> 労働基準法39条5項は、</p> <p>「使用者は、・・・有給休暇を労働者の請求する時季に与えなければならない。ただし、請求された時季に有給休暇を与えることが事業の正常な運営を妨げる場合においては、他の時季にこれを与えることができる。」</p> <p>と規定しています。</p> <p> 要するに、労働者は、基本的に、好きな時(請求する時季)に有給休暇を取得することができます。しかし、「事業の正常な運営を妨げる場合」、使用者は、その時の有給休暇の取得を認めず、時季の変更を求めることができます。</p> <p> この「事業の正常な運営を妨げる」かどうかは、</p> <p>「①当該労働者が属する課・班・係など相当な単位の業務において必要人員を欠くなど業務上の支障が生じるおそれがあること(業務上の支障)に加えて、②人員配置の適切さや代替要員確保の努力など労働者が指定した時季に年休が取得できるよう使用者が状況に応じた配慮を行っていること(使用者の状況に応じた配慮)を考慮して、判断される。」</p> <p>と判断されています(水町勇一郎『詳解 労働法』〔東京大学出版会、第2版、令3〕753頁参照)。</p> <p> それでは、新型コロナウイルスが蔓延する海外への渡航を阻止するため、有給休暇の時季変更権を行使することは許容されるのでしょうか?</p> <p> 確かに、感染症を持ち帰られて、事業場で感染症が流行するような事態を防ぎたいという使用者側の事情は理解できます。</p> <p> しかし、当該労働者が休んだとしても、その間の事業の正常な運営は妨げられない場合にまで感染症を持ち帰られるリスクを理由に有給休暇の取得に干渉することが条文の建付け上可能といえるのでしょうか?</p> <p> 近時公刊された判例集に、この問題を考えるにあたり参考になる裁判例が掲載されていました。札幌地判令5.12.22労働判例ジャーナル144-1 京王プラザホテル札幌事件です。</p> <p><strong>2.京王プラザホテル事件</strong></p> <p> 本件で被告になったのは、札幌市内においてホテルを運営する株式会社です。</p> <p> 原告になったのは、被告の宿泊部長として勤務していた方です。</p> <p> 令和2年3月21日にハワイで行われる娘の結婚式に出席するため、令和2年2月25日、被告に対し、令和2年3月18日~同月25日を有給休暇に指定しました。</p> <p> しかし令和2年3月17日、被告は、新型コロナウイルス感染症に関する状況を踏まえ、原告のハワイへの渡航を禁止するため、年次有給休暇の時季変更権を行使しました(本件時季変更権の行使)。これにより娘の結婚式に出席できなくなった原告が、本件時季変更権の行使が違法であったとして、慰謝料等の支払いを求める訴えを提起したのが本件です。</p> <p> 本件の原告は、</p> <p>「使用者は、労働者の請求した時季に年次有給休暇を与えることが事業の正常な運営を妨げる場合には時季変更権の行使をすることができる(労働基準法39条5項ただし書)。事業の正常な運営を妨げるか否かは,当該労働者が属する部署の業務において必要人員を欠くなどの業務上の支障が生じるおそれがあること、人員配置の適切さや代替要員確保の努力等、労働者が指定した時季に年次有給休暇が取得できるよう使用者が状況に応じた配慮を行っていることを考慮して判断すべきである。また、年次有給休暇の利用目的は労基法の関知しないところであり、休暇をどのように利用するかは、使用者の干渉を許さない労働者の自由であるから、代替勤務者を配置することが可能な状況にあるにもかかわらず、休暇の利用目的の如何によってそのための配慮をせずに時季変更権を行使することは、利用目的を考慮して年次休暇を与えないことに等しく許されないものである。」</p> <p>などと主張し、本件時季変更権の行使の違法性を指摘しました。</p> <p> しかし、裁判所は、次のとおり述べて、本件時季変更権の行使は適法だと判示しました。</p> <p><strong>(裁判所の判断)</strong></p> <p>「使用者は、原則として、労働者の請求した時季に年次有給休暇を与えなければならないが、当該時季に年次有給休暇を与えることが事業の正常な運営を妨げる場合においては、他の時季にこれを与えるために時季変更権を行使することができる(労働基準法39条5項)。」</p> <p>「前記・・・の認定事実によれば、1月ないし3月当時、新型コロナウイルス感染症が世界的に急拡大する中で、北海道においても、道内全ての公立小中学校が休校となり、北海道知事が道独自の緊急事態宣言を発表し、北海道大学が卒業式を中止し、ホテルや飲食店で宿泊や宴会のキャンセルが相次ぐなど、新型コロナウイルス感染症の拡大傾向にあり、人生における重要なイベントであっても中止や自粛をすることが感染拡大を防止するために必要であると社会的に受け止められる状況にあったと認められる。」</p> <p>「また、前記・・・の認定事実によれば、札幌市内にある国家公務員共済組合連合会斗南病院、イオンモール札幌発寒、札幌三越と丸井今井札幌本店といった多数の者が出入りする施設において、その従業員等が新型コロナウイルスに感染した場合には、当該感染の事実と共に、施設名や当該従業員の属性等が報道されたことや、被告の関連会社が運営する京王プラザホテル(新宿)では、アルバイト従業員が新型コロナウイルスに感染した事実や当該従業員の担当業務の内容や海外旅行歴が報道されたことが認められ、これらの事実等に照らすと、被告の従業員が新型コロナウイルスに感染した場合には、多数の者が出入りするホテルを運営する被告の社会的な責務として、当該感染の事実、当該従業員の属性、海外旅行歴等を公表して報道されていたものと考えられる。」</p> <p>「そして、前記・・・の認定事実によれば、原告が渡航する予定であったハワイについては、3月17日の本件時季変更権の行使の時点では、感染症危険情報は発出されていなかったものの、これに先立つ同月6日には政府が中華人民共和国と大韓民国からの入国者に対して水際対策としての検疫の強化を発表し、同月11日にはWHOが『パンデミック(世界的大流行)』を表明し,同月13日(現地時間)にはアメリカ合衆国で大統領による国家非常事態宣言を発表したことが認められ、これらの事実等からすれば、同月17日の本件時季変更権の行使の時点でも、近い時期に、アメリカ合衆国からの入国者に対しても水際対策としての検疫の強化がされるなど、一定の行動制限を受け得ることは容易に予想することができたものである。実際、本件時季変更権の行使後において、同月17日(現地時間)にはハワイ州知事がハワイへの渡航と往来を控え、10名以上のイベントの自粛等を要請し、同月21日(現地時間)には同月26日以降にハワイに到着する観光客等全員に対して14日間の隔離を義務付ける措置を実施することを発表している。」</p> <p>「以上のような新型コロナウイルス感染症の状況の下では、仮に原告がハワイに渡航していた場合、一定の感染対策を講じていたとしても新型コロナウイルスに感染していた現実的危険性はあったというべきであり、実際に原告が新型コロナウイルスに感染し、帰国後に症状等が出た場合には、独自の緊急事態宣言が発出されている北海道において宿泊事業を営んでいる被告としては、その社会的責務から、当該感染の事実と共に、ホテル名、感染者が宿泊部部長であること、感染前にハワイに渡航していたこと等を公表せざるを得ず、これが大々的に報道されていたものと考えられ、宿泊部部長の立場にある原告が、大統領により国家非常事態宣言が既に発せられており、ハワイ州知事によりハワイへの渡航と往来を控え、10名以上のイベントの自粛等の要請がされるような状況の中で、あえてハワイに渡航して新型コロナウイルスに感染したという事実は、人生における重要なイベントであっても中止や自粛をすることが感染拡大を防止するために必要であるといった当時の通常人を基準とした社会的な受け止め方を前提とするならば、たとえ娘の結婚式に出席するためであったことが併せて報道されていたとしても、被告に対する社会的評価の低下をもたらすものであったと認められる。そして、2月ないし3月当時の被告の経営状況が危機的な状況であったことからすると、被告に対する社会的評価の低下は、被告の事業継続に影響しかねないものであったといえる。」</p> <p>「そうすると、<span style="text-decoration: underline;">被告が、3月17日の本件時季変更権の行使の時点において、原告に対し、業務命令としてハワイへの渡航を禁じることは、被告の事業の正常な運営を妨げる場合に当たるものとして合理性があったというべきである。その上で、本件期間の年次有給休暇が専らハワイへの渡航であることを明示していた原告に対して、ハワイへの渡航を禁じた結果として本件時季変更権の行使に至ったものであるから、これをもって違法であるということはできない。</span>」</p> <p>「原告は、年次有給休暇の利用目的は労基法の関知しないところであり、休暇をどのように利用するかは、使用者の干渉を許さない労働者の自由であるから、事業の正常な運営を妨げる場合に当たるか否かの判断に際し、原告がハワイに渡航して娘の結婚式に出席するという年次有給休暇の利用目的を考慮することは許されないなどと主張する。」</p> <p>「確かに、上記の事業の正常な運営を妨げる場合に当たるか否かは、客観的に判断すべきであるところ、一般的には、年次有給休暇の利用目的は労働基準法の関知しないところであり、当該利用目的を考慮して年次有給休暇を与えないことは許されないものと解されてきた(最高裁昭和62年7月10日第二小法廷判決・民集41巻5号1229頁参照)。<span style="text-decoration: underline;">しかしながら、当該解釈は、年次有給休暇の利用目的といった主観的な事情が事業の正常な運営に直接影響を及ぼすものではないとの理解を前提としたものであったから、労働者が利用目的を明示して年次有給休暇の時季指定を行っており、専ら当該利用目的を達するために当該年次有給休暇を取得する場合を前提として、当該利用目的自体から現実的に生じ得る事態等を踏まえて、使用者の事業の正常な運営に直接影響を及ぼすこととなるといった特段の事情があるときには、例外的に、使用者において時季変更権の行使に当たり年次有給休暇の利用目的を考慮することも許されるというべきである。</span>」</p> <p>「これを本件についてみると、原告は、本件期間の年次有給休暇の利用目的としてハワイで行われる娘の結婚式に出席することを明示しており、ハワイに渡航できず、同結婚式にも出席できない場合にはおよそ本件期間に年次有給休暇を取得する必要がなかったものと認められることを前提に、前記・・・の認定説示のとおり、当時の新型コロナウイルス感染症の状況の下では、仮に原告がハワイに渡航し、実際に新型コロナウイルスに感染し、帰国後に症状等が出た場合には、当該感染の事実等が大々的に報道され、被告に対する社会的評価の低下をもたらすことで被告の事業継続に影響しかねないものであったと認められ、上記の特段の事情があると認められるから、本件時季変更権の行使に当たり、原告の本件期間の年次有給休暇の利用目的を考慮することも許されるというべきである。」</p> <p><strong>3.例外的とはいいえ利用目的を考慮すること許されるのか?</strong></p> <p> 原告が指摘するとおり、有給休暇の使用方法は労働者の自由です。そのことをとやかく使用者側から非難される理由はありません。しかし、裁判所は、例外的にではあるものの、一定の要件のもと、有給休暇の取得方法に干渉することを許容しました。</p> <p> 本件が従前裁判所で採用されてきた「事業の正常な運営を妨げる」という要件の理解に適合するのかは甚だ疑問ですが、一歩踏み出した裁判例が出現したことは実務上、覚えておく必要があるように思います。</p> <p> </p> sskdlawyer 求人情報に「賞与年2回(7月・12月/昨年度実績:2ケ月分)」「創業以来、毎年欠かさず支給中です!」と書かれていても賞与請求が否定された例 hatenablog://entry/6801883189091328388 2024-03-17T01:02:10+09:00 2024-03-17T01:02:10+09:00 1.賞与を具体的な権利として請求するためには・・・ 「会社の業績等を勘案して定める」といったように具体的な金額が保障されていない賞与は、算定基準の決定や労働者に対する成績査定が行われて具体的な金額が明らかにならない限り請求することができないと理解されています(佐々木宗啓ほか編著『類型別 労働関係訴訟の実務Ⅰ』〔青林書院、改訂版、令3〕44頁参照)。 そのため、解雇された労働者が、バックペイ(賃金)に加えて賞与まで請求する場合、しばしば「具体的な金額が保障」されていたといえるのかどうかが問題になります。 この「具体的な金額が保障」されていたといえるのかどうかとの関係で、近時公刊された判例集に参考… <p><strong>1.賞与を具体的な権利として請求するためには・・・</strong></p> <p> 「会社の業績等を勘案して定める」といったように<span style="text-decoration: underline;">具体的な金額が保障されていない賞与は</span>、算定基準の決定や労働者に対する成績査定が行われて具体的な金額が明らかにならない限り請求することができないと理解されています(佐々木宗啓ほか編著『類型別 労働関係訴訟の実務Ⅰ』〔青林書院、改訂版、令3〕44頁参照)。</p> <p> そのため、解雇された労働者が、バックペイ(賃金)に加えて賞与まで請求する場合、しばしば「具体的な金額が保障」されていたといえるのかどうかが問題になります。</p> <p> この「具体的な金額が保障」されていたといえるのかどうかとの関係で、近時公刊された判例集に参考になる裁判例が掲載されていました。昨日もご紹介した、東京地判令5.7.14労働判例ジャーナル144-34 新日本技術事件です。</p> <p><strong>2.新日本技術事件</strong></p> <p> 本件で被告になったのは、建築意匠の制作、建築構造設計、空調衛生・電気設備、情報通信、機械プラント、機械、土木工事の設計・監理・積算、管理・施工図の作成等を目的とする株式会社です。被告は、技術部に属する100人余りの人員を派遣先企業に在席させ、主として施工管理(監理)、CADオペレーターとしての業務等に従事させて収益を得ており、営業部は、新規の派遣先企業を開拓したり、技術者派遣に関する依頼を受け、条件交渉を行うなどの営業事務を行っていました。</p> <p> 原告になったのは、自動車修理、配送、営業等の職を歴任した後、ケーブルテレビの加入促進業務の受託等を目的とする株式会社の代表取締役を経験し、その後、会社を解散してタクシー運転手として働いていた方です。令和2年12月頃、被告の代表取締役であるBとその妻を乗車させた後、令和3年2月16日に被告との間で期間の定めのない労働契約を締結しました。</p> <p> 被告への入社後、原告は営業職として勤務していましたが、令和3年6月11日、同月15日付けで技術部に配置転換することを命じられました(本件配置転換命令)。</p> <p> その後、配置転換の効力を争い、技術部に勤務する労働契約上の義務がないことの確認を求める訴訟を提起しましたが(本件訴訟)、配置転換命令に従わず欠勤していることや訴訟を提起したことを理由に懲戒解雇を受けました。これを受けて、地位確認等の請求を追加したのが本件です。</p> <p> 本件の原告は、地位確認請求に併合して、賃金請求だけでなく、賞与請求まで行いました。賞与請求まで行ったのは、</p> <p>「インターネット上の求人情報において、『賞与年2回(7月・12月/昨年度実績:2ケ月分)』『創業以来、毎年欠かさず支給中です!』『賞与年2回(7月・12月/昨年度実績:2ヶ月分)』と記載」</p> <p>されていたことなどが根拠とされています。</p> <p> しかし、本件雇用契約において</p> <p>「夏・冬期 年2回支給(本人の業務実績及び会社の業績による)」</p> <p>と定められていたり、就業規則に、</p> <p>「賞与は、原則として年2回、会社の業績と社員の勤務成績を勘案して支給する。但し業績の悪化等の経営状況により支給しないことがある」</p> <p>と書かれていたりしたことなどから、懲戒解雇が無効であったとしても、賃金に加え賞与請求まで可能なのかが問題になりました。</p> <p> 裁判所は、懲戒解雇を無効だと判示し、賃金請求を認めましたが、次のとおり述べて、賞与請求を否定しました。</p> <p><strong>(裁判所の判断)</strong></p> <p>「原告は、本件雇用契約において、毎年7月と12月に給与の2か月分に相当する48万円の賞与を支払う旨を合意したと主張する。そして、原告も、本件雇用契約に先立ち、年収550万円を下回らない水準にしてほしいと伝えた旨を供述する・・・。」</p> <p>「<span style="text-decoration: underline;">被告は、求人情報において、賞与について『賞与年2回(7月・12月/昨年度実績:2ケ月分)』『創業以来、毎年欠かさず支給中です!』等と記載していたものと認めることができるのであり・・・、被告において継続的に賞与を支払っていたことは否定し難い。</span>」</p> <p>「<span style="text-decoration: underline;">しかしながら、本件雇用契約においては、賞与について『夏・冬期年2回支給(本人の業務実績及び会社の業績による)』と定め、就業規則及び賃金規定においても、賞与は、原則として年2回支給するものの、具体的な賞与支給日は都度に定められ、具体的な金額も会社の業績と社員の勤務成績を勘案するものとされるにとどまり、算定基準は定められておらず、業績の悪化等の経営状況により支給しないことがあると定められていたにとどまるものと認めることができる・・・。</span>」</p> <p>「<span style="text-decoration: underline;">以上によると、本件雇用契約における賞与は、上記求人情報にかかわらず、それを支給するか否か、いくら支給するかがもっぱら被告の裁量に委ねられていたといわざるを得ず、具体的な権利として発生することはなく、これを請求することはできない。</span>」</p> <p><strong>3.求人情報はあてにあらない</strong></p> <p> 一般論として「求人ないし募集は申込みの誘引にすぎず、契約申込みではない」(前掲『類型別 労働関係訴訟の実務Ⅰ』30頁参照)と理解されています。</p> <p> そうしたこともあり、雇用契約書や就業規則に不確定的な文言が記載されている場合、求人広告や募集広告に魅力的な言葉が書かれていたとしても、雇用契約書や就業競うの文言と矛盾する関係にある場合、求人や募集時の文言を具体的な労働条件として認めてもらうのは困難です。</p> <p> これこそ求人詐欺の温床になっているとも思うのですが、裁判所の考え方は上述したとおりです。求人や募集はあてにならない-労働者としては、そう考えて自衛しておく必要があります。</p> <p> </p> sskdlawyer 技術者の不足を未経験者で補おうとする配転命令について、必要性が否定された例 hatenablog://entry/6801883189091055521 2024-03-16T00:54:36+09:00 2024-03-16T00:54:36+09:00 1.配転命令権の濫用 配転命令権が権利濫用となる要件について、最高裁判例(最二小判昭61.7.14労働判例477-6 東亜ペイント事件)は、 「使用者は業務上の必要に応じ、その裁量により労働者の勤務場所を決定することができるものというべきであるが、転勤、特に転居を伴う転勤は、一般に、労働者の生活関係に少なからぬ影響を与えずにはおかないから、使用者の転勤命令権は無制約に行使することができるものではなく、これを濫用することの許されないことはいうまでもないところ、当該転勤命令につき業務上の必要性が存しない場合又は業務上の必要性が存する場合であつても、当該転勤命令が他の不当な動機・目的をもつてなされた… <p><strong>1.配転命令権の濫用</strong></p> <p> 配転命令権が権利濫用となる要件について、最高裁判例(最二小判昭61.7.14労働判例477-6 東亜ペイント事件)は、</p> <p>「使用者は業務上の必要に応じ、その裁量により労働者の勤務場所を決定することができるものというべきであるが、転勤、特に転居を伴う転勤は、一般に、労働者の生活関係に少なからぬ影響を与えずにはおかないから、使用者の転勤命令権は無制約に行使することができるものではなく、これを濫用することの許されないことはいうまでもないところ、当該転勤命令につき業務上の必要性が存しない場合又は業務上の必要性が存する場合であつても、当該転勤命令が他の不当な動機・目的をもつてなされたものであるとき若しくは労働者に対し通常甘受すべき程度を著しく超える不利益を負わせるものであるとき等、特段の事情の存する場合でない限りは、当該転勤命令は権利の濫用になるものではないというべきである。<span style="text-decoration: underline;">右の業務上の必要性についても、当該転勤先への異動が余人をもつては容易に替え難いといつた高度の必要性に限定することは相当でなく、労働力の適正配置、業務の能率増進、労働者の能力開発、勤務意欲の高揚、業務運営の円滑化など企業の合理的運営に寄与する点が認められる限りは、業務上の必要性の存在を肯定すべきである。</span>」</p> <p>と判示しています。</p> <p> つまり、労働者は、</p> <p>① 業務上の必要性が認められない場合、</p> <p>②-A 業務上の必要性があっても、不当な動機・目的をもってなされたものである場合、</p> <p>②-B 業務上の必要性があっても、労働者に対し通常甘受すべき程度を著しく超える不利益を負わせるものである場合、</p> <p>のいずれかの類型に該当する場合、法的に無効であるとして、使用者からの配転命令を拒むことができます。</p> <p> このうち、①の業務上の必要性が認められない類型に関しては、それほど容易に認められることはありません。なぜなら、東亜ペイント事件の最高裁判決が「企業の合理的運営に寄与する点が認められる限りは、業務上の必要性の存在を肯定すべきである」と判示しているとおり、必要性が極めて緩やかに理解されているからです。</p> <p> そのため、必要性がないとして配転命令の効力が否定される例は珍しいのですが、近時公刊された判例集に、必要性を否定して配転命令の効力を否定した裁判例が掲載されていました。東京地判令5.7.14労働判例ジャーナル144-34 新日本技術事件です。</p> <p><strong>2.新日本技術事件</strong></p> <p> 本件で被告になったのは、建築意匠の制作、建築構造設計、空調衛生・電気設備、情報通信、機械プラント、機械、土木工事の設計・監理・積算、管理・施工図の作成等を目的とする株式会社です。被告は、技術部に属する100人余りの人員を派遣先企業に在席させ、主として施工管理(監理)、CADオペレーターとしての業務等に従事させて収益を得ており、営業部は、新規の派遣先企業を開拓したり、技術者派遣に関する依頼を受け、条件交渉を行うなどの営業事務を行っていました。</p> <p> 原告になったのは、自動車修理、配送、営業等の職を歴任した後、ケーブルテレビの加入促進業務の受託等を目的とする株式会社の代表取締役を経験し、その後、会社を解散してタクシー運転手として働いていた方です。令和2年12月頃、被告の代表取締役であるBとその妻を乗車させた後、令和3年2月16日に被告との間で期間の定めのない労働契約を締結しました。</p> <p> 被告への入社後、原告は営業職として勤務していましたが、令和3年6月11日、同月15日付けで技術部に配置転換することを命じられました(本件配置転換命令)。</p> <p> その後、配置転換の効力を争い、技術部に勤務する労働契約上の義務がないことの確認を求める訴訟を提起しましたが(本件訴訟)、配置転換命令に従わず欠勤していることや訴訟を提起したことを理由に懲戒解雇を受けました。これを受けて、地位確認等の請求を追加したのが本件です。</p> <p> 懲戒解雇の効力を判断するうえでの先決問題としても、本件訴訟では、本件配置転換命令が無効かどうかが争点になりました。</p> <p> 裁判所は、次のとおり述べて、本件配置転換命令の効力を否定しました。</p> <p><strong>(裁判所の判断)</strong></p> <p>「配置転換命令については、使用者は業務上の必要に応じ、その裁量により決定することができるが、無制約に行使することができるものではなく、これを濫用することは許されず、当該配置転換命令につき業務上の必要性が存しない場合又は業務上の必要性が存する場合であっても、当該配置転換命令が他の不当な動機・目的をもってなされたものであるとき若しくは労働者に対し通常甘受すべき程度を著しく超える不利益を負わせるものであるとき等、特段の事情の存する場合でない限りは、当該配置転換命令は権利の濫用になるものではないというべきである。そして、業務上の必要性についても、余人をもっては容易に替え難いといった高度の必要性に限定することは相当でなく、労働力の適正配置、業務の能率増進、労働者の能力開発、勤務意欲の高揚、業務運営の円滑化など企業の合理的運営に寄与する点が認められる限りは、業務上の必要性の存在を肯定すべきである。(最高裁昭和59年(オ)第1318号同61年7月14日第二小法廷判決・裁集民第148号281頁)」</p> <p>「本件雇用契約においては、『業務都合により異動(配置転換、転勤、派遣、出向)、出張又は担当以外の業務を命じ行わせることがある。』と定められ・・・、就業規則も、『業務の都合により必要がある場合は、社員に異動(配置転換、転勤、出向)を命じ、または担当業務以外の業務を行わせることがある。』と定めていたものと認めることができる・・・。」</p> <p>「原告は、本件雇用契約に先立って提出した履歴書において営業職を希望する旨を明らかにしていたものと認めることができるが・・・、本件全証拠を精査しても、原告と被告が本件雇用契約書及び就業規則の定めにかかわらず、職務を営業部に限定する等の合意をしたと認めるには足りない。」</p> <p>「したがって、被告が原告に対して本件雇用契約及び就業規則に基づいて配置転換等を命ずること自体は、妨げられるものではない。」</p> <p>(中略)</p> <p>「ところで、被告は、本件配置転換命令の理由について、『貴殿の適性を考慮した結果、技術部にて当初は施工管理業務のスキルを取得し、一流の技術者として成長し活躍するのが望ましい』『現在の技術者不足を解消するため』等と説明していたものと認めることができる・・・。」</p> <p>「しかしながら、<span style="text-decoration: underline;">本件雇用契約を締結した後の原告の営業成績、人物評価等を明らかにする証拠は見当たらず、Dも、このような成績等を示す資料はない旨を供述している(証人D)。また、原告は、これまで自動車修理、配送、営業等の職を歴任し、ケーブルテレビの加入促進業務の受託業務、タクシー運転手として勤務した経験を有するものの、施工管理(監理)、CADオペレーターとしての業務経験はなかったものと認めることができるのであって・・・、被告において原告がいかにして技術部に適性があると判断したのか具体的な理由は明らかではない。そして、仮に、被告において技能を有する技術部従業員が少なく、高齢化していたとの背景事情があったとしても・・・、被告に所属する具体的な技術部の技術職の人員数、派遣先企業数、派遣在籍に不足している人員数等を明らかにする証拠もない。そして、<span style="color: #d32f2f; text-decoration: underline;">このような技術者の不足について、未経験者である原告をもって補い得るとする具体的な事情も不明といわざるを得ない。</span></span>」</p> <p>「<span style="text-decoration: underline;">また、被告は、原告に対し、本件配置転換命令を行うとともに、本件自宅待機命令により令和3年6月14日から同月30日まで自宅待機することを指示し、被告の事務所の鍵の返却することを要求した上・・・、その後、<span style="color: #d32f2f; text-decoration: underline;">技術部に所属するはずの原告に対し、具体的な出勤を命ずることもなく、従事すべき業務も指示していない。そして、技術職は、派遣先企業に直行直帰の勤務であったにもかかわらず・・・、被告が原告に対して派遣先企業を具体的に指定したこともない。なお、被告は、未経験者に対しても研修(建築技術全般研修、CAD技術研修、建築施工管理研修、建築資格研修、安全教育、現場でのOJT)を実施している旨を主張するところ、原告に必要とされる上記研修のうち、派遣先企業との調整を要しない研修についても具体的に実施する旨を通知したこともない。</span></span>」</p> <p>「<span style="text-decoration: underline;">むしろ、被告は、原告に対し、令和3年6月11日、『会社に不利益を与える言動や行動』と題する書面を交付し、女性従業員に対する言動、Cに対する言動等を注意したほか、同月13日、上記注意に従わない場合には懲戒解雇事由に当たること、重ねて被告の事務所の鍵の返却を指示し、その後も、同月15日付け及び同月24日付け各『通告書』と題する内容証明郵便により、繰り返し原告の言動等を批判していたに過ぎない・・・。</span>」</p> <p>「<span style="text-decoration: underline;">以上のとおり、被告において技術部に所属する技術職が不足しているなどの必要性は明らかでない一方、原告に対して鍵の返却を指示した上で、具体的な出勤・業務を命ずることもなかったことからすると、被告において、本件配置転換命令に当たり、労働力の適正配置、業務の能率増進、労働者の能力開発、勤務意欲の高揚、業務運営の円滑化などの業務の必要性があったものと認めることはできない。</span>」</p> <p>「したがって、本件配置転換命令は無効であるというべきである。」</p> <p><strong>3.経験したことのない業務への配転</strong></p> <p> 未経験業務への配転について、その適否を争いたいと思う方は少なくありません。</p> <p> 本件は、未経験者を特殊な技能が要求される部署に配転し、仕事をあてがうわけでもなく、研修を実施するわけでもなく自宅待機させたことなどをもって、業務上の必要性があったとは認められないと結論付けられました。</p> <p> 裁判所の判断は、未経験業務への配転の可否を判断するにあたり、実務上参考になります。</p> <p> </p> sskdlawyer 従業員数が10人以上になった時、それまで存在していた就業規則は労働者過半数代表者からの意見聴取をしなくても有効になるのか? hatenablog://entry/6801883189090807489 2024-03-15T01:47:10+09:00 2024-03-15T01:47:10+09:00 1.就業規則の作成・変更にあたっての意見聴取義務 労働基準法89条は、 「常時十人以上の労働者を使用する使用者は、次に掲げる事項について就業規則を作成し、行政官庁に届け出なければならない。次に掲げる事項を変更した場合においても、同様とする(以下略)」 と規定しています。 また、労働基準法90条は、 「使用者は、就業規則の作成又は変更について、当該事業場に、労働者の過半数で組織する労働組合がある場合においてはその労働組合、労働者の過半数で組織する労働組合がない場合においては労働者の過半数を代表する者の意見を聴かなければならない。」(第1項)「使用者は、前条の規定により届出をなすについて、前項の意… <p><strong>1.就業規則の作成・変更にあたっての意見聴取義務</strong></p> <p> 労働基準法89条は、</p> <p>「<span style="text-decoration: underline;">常時十人以上の労働者を使用する使用者は、</span>次に掲げる事項について就業規則を作成し、行政官庁に届け出なければならない。次に掲げる事項を変更した場合においても、同様とする(以下略)」</p> <p>と規定しています。</p> <p> また、労働基準法90条は、</p> <p>「<span style="text-decoration: underline;">使用者は、就業規則の作成又は変更について、当該事業場に、労働者の過半数で組織する労働組合がある場合においてはその労働組合、労働者の過半数で組織する労働組合がない場合においては労働者の過半数を代表する者の意見を聴かなければならない。</span>」(第1項)<br />「使用者は、前条の規定により届出をなすについて、前項の意見を記した書面を添付しなければならない。」(第2項)</p> <p>と規定しています。</p> <p> 労働基準法90条に規定されいてる「就業規則」は、この条文が労働基準法89条を受けた条文であることから「就業規則一般をいうのではなくて、常時10人以上の労働者を使用する事業場における就業規則」(厚生労働省労働基準局編『労働基準法 下』〔労務行政、平成22年版、平23〕906頁参照)であると理解されています。</p> <p> 要するに、常時10人以上の労働者を使用する使用者は、労働者過半数代表者からの意見を聴取したうえで、就業規則を作成する義務があります。</p> <p> 他方、常時10人未満の労働者を使用するにすぎない使用者は、就業規則の作成にあたり、労働者過半数代表者からの意見を聴取する必要もなければ、就業規則を行政官庁に届け出る義務もありません。</p> <p> それでは、常時10人未満の労働者を使用する使用者が労働者過半数代表者から意見を聴取せずに作成した就業規則について、その後、従業員数が常時10人以上に増加したにもかわらず、事後的に労働者過半数代表者からの意見聴取等を行わなかった場合、元々存在していた就業規則の効力は、どのように理解されるのでしょうか?</p> <p> 近時公刊された判例集に、この問題を考えるにあたり参考になる裁判例が掲載されていました。大阪地判令5.10.5労働判例ジャーナル143-34 スマット事件です。</p> <p><strong>2.スマット事件</strong></p> <p> 本件は労働者が申し立てた仮処分事件です。</p> <p> 債務者になったのは、薬局を設置する有限会社です。</p> <p> 債権者になったのは、平成22年6月に債務者との間で期間の定めのない雇用契約を締結し、瓜破あさひ薬局で薬剤師として働いていた方です。令和5年6月2日付けで債権者からスマット薬局への配転命令を受けたものの、当該配転命令は無効であるとして、同薬局での就労義務のない地位を仮に定めることなどを申立てました。</p> <p> 瓜破あさひ薬局の従業員数は元々10名未満でしたが、令和元年6月に10名に達しました。本件の原告は、配転命令権の根拠が就業規則にあることを踏まえ、</p> <p>「瓜破あさひ薬局について、従業員が10名であった期間があることに鑑みると、同薬局について、労働基準法89条1項に基づく届出等(等の中に労働者過半数代表者からの意見聴取が含まれる趣旨だと思われます 括弧内筆者)が必要であるにもかかわらず、同薬局との関係での届出はされておらず、同薬局従業員にとの関係で就業規則は適用されない。」</p> <p>と主張しました。</p> <p> しかし、裁判所は、次のとおり述べて、就業規則の効力に問題はないと判示しました。結論としても、配転命令の有効性を認め、債権者側の申立てを却下しています。</p> <p><strong>(裁判所の判断)</strong></p> <p>「労働基準法89条1項、90条によれば、使用者は、常時10人以上の労働者を使用する事業場につき、その労働者過半数で組織する労働組合がないときは労働者の過半数代表者の意見を聴いたうえで、就業規則を作成し、これを労働基準監督署に届け出る行政上の義務を負っている。また、使用者は、常時10人以上の労働者を使用するとはいえなかった事業場において、常時10人以上の労働者を使用するに至ったときは、遅滞なく、就業規則の届出を所轄する労働基準監督署長にしなければならないものとされている(労働基準法施行規則49条1項)。」</p> <p>「本件についてこれをみるに、瓜破あさひ薬局について令和元年5月までは常時10人以上の労働者を使用する事業場には当たらず、同薬局との関係で債務者は就業規則作成義務、労働者過半数代表からの意見聴取義務及び就業規則届出義務を負わなかったものの、同年6月以降の従業員数の推移に照らすと、<span style="text-decoration: underline;">その頃、同薬局は常時10人以上の労働者を使用する事業場に該当するに至ったというべきであって、債務者は遅滞なく同薬局の労働者過半数代表から本件就業規則について意見を聴いた上で、本件就業規則を大阪南労働基準監督署長に対する就業規則の届出をすべき義務があったもののこれを怠ったといわざるを得ない。</span>」</p> <p>「<span style="text-decoration: underline;">しかしながら、本件就業規則作成時や発効日には瓜破あさひ薬局との関係で労働基準関係法令への抵触があったとは認められないから、本件就業規則の発効により、本件就業規則は債権者・債務者間の労働契約の内容となっている(債権者は就業規則の不利益変更を指摘するが、上記認定事実・・・に照らせば、配転命令の関係で就業規則の不利益変更があったとは認められない。)。そして、<span style="color: #d32f2f; text-decoration: underline;">その後就業規則の過半数代表からの意見聴取義務や労働基準監督署長への届出義務の不履行という後発的な手続的瑕疵により、債権者・債務者間の労働契約の内容から本件就業規則に係る部分が失効すると解すべき法的根拠は見出し難い。</span></span>」</p> <p>「よって、債務者は、本件就業規則に基づき、瓜破あさひ薬局の従業員に対し配転命令を発する権限を有している。」</p> <p><strong>3.「後発的な手続的瑕疵」にすぎないから処分を取消してはダメ</strong></p> <p> 以上のとおり、裁判所は、労働者過半数代表者からの意見聴取をしていないことについて、「後発的な手続的瑕疵」にすぎないとして、本件就業規則は失効しないと判示しました。</p> <p> 意見聴取の手続は労働者が自分達の利益を就業規則に反映させるための機会であり、重要な意味を持っています。「後発的な手続的瑕疵」にすぎないとして就業規則の効力と切り離すことには疑問がありますが、本論点についての裁判例として、参考になります。</p> <p> </p> sskdlawyer 業務委託契約が実は労働契約であった場合、受け取った消費税は返さないといけないか? hatenablog://entry/6801883189090522549 2024-03-13T22:45:31+09:00 2024-03-13T22:47:14+09:00 1.業務委託契約・労働契約と消費税 消費税は 「国内において事業者が行つた資産の譲渡等」 に課税されます(消費税法4条)。 ここで言う 「資産の譲渡等」 とは、 「事業として対価を得て行われる資産の譲渡及び貸付け並びに役務の提供・・・をいう」 とされています(消費税法2条1項8号)。 業務委託契約に基づいて支払われる業務委託料には消費税が発生します。しかし、賃金は「事業として」行う資産の譲渡等の対価には該当しないため、消費税が発生することはありません。 No.6157 課税の対象とならないもの(不課税)の具体例|国税庁 それでは、業務委託契約に基づく業務委託料の消費税部分は、その契約が実は労働… <p><strong>1.業務委託契約・労働契約と消費税</strong></p> <p> 消費税は</p> <p>「国内において事業者が行つた<span style="text-decoration: underline;">資産の譲渡等</span>」</p> <p>に課税されます(消費税法4条)。</p> <p> ここで言う</p> <p>「資産の譲渡等」</p> <p>とは、</p> <p>「<span style="text-decoration: underline;">事業として</span>対価を得て行われる資産の譲渡及び貸付け並びに役務の提供・・・をいう」</p> <p>とされています(消費税法2条1項8号)。</p> <p> 業務委託契約に基づいて支払われる業務委託料には消費税が発生します。しかし、賃金は「事業として」行う資産の譲渡等の対価には該当しないため、消費税が発生することはありません。</p> <p><a href="https://www.nta.go.jp/taxes/shiraberu/taxanswer/shohi/6157.htm">No.6157 課税の対象とならないもの(不課税)の具体例|国税庁</a></p> <p> それでは、業務委託契約に基づく業務委託料の消費税部分は、その契約が実は労働契約であった場合、返金の対象になるのでしょうか?</p> <p> このブログでも何度も触れて来ましたが、労働契約であるのか否か・労働者であるのか否かは、契約形式ではなく実体に基づいて判断されます。業務委託契約や請負契約などの形式が使われていたとしても、労働者と変わらないような働き方をしていれば、その契約は「労働契約」として理解され、働いている人は「労働者」として労働基準法をはじめとする各種労働関係法令で保護されます。</p> <p> 業務委託契約に基づいて業務受託者として働いていた人が、労働者性を主張し、それが認められた時に、委託者からもらっていた消費税相当額を返さなければならなくなるのかが本日のテーマです。</p> <p> 昨日ご紹介した、大阪地判令5.10.26労働判例ジャーナル143-24 ハイスタンダードほか1社事件は、この問題を考えるうえでも参考になる判断を示しています。</p> <p><strong>2.ハイスタンダードほか1社事件</strong></p> <p> 本件で被告になったのは、</p> <p>貨物・荷物の搬入出代行業務等を目的とする株式会社(被告ハイスタンダード)と</p> <p>一般貨物自動車運送事業等を目的とする株式会社(被告Growing up)</p> <p>です。</p> <p> 原告になったのは、貨物・荷物の搬入出代行業務等を目的とする株式会社サンライズ(反訴被告サンライズ)の代表取締役です。</p> <p> 原告の方は、</p> <p>被告ハイスタンダードとの間で期間の定めのない労働契約を締結した</p> <p>と主張して、未払賃金や未払退職金を請求しました。</p> <p> また 被告Grawing upとの間でも期間の定めのない労働契約を締結していたと主張し、賃金が一部しか支払われていないとして、未払賃金を請求しました。</p> <p> これに対し、被告らは、原告及び反訴被告サンライズに対し、従業員への引き抜き行為や競業先への接触、信用毀損行為を行ったと主張し、損害賠償を請求する反訴を提起しました。</p> <p> また、被告らは、</p> <p>「原告と被告ハイスタンダードとの間に労働契約はなく、原告は、経営する反訴被告サンライズの職人から反旗を翻されて被告代表者に助けを求め、被告ハイスタンダードを委託者、反訴被告サンライズを受託者とする営業代行の業務委託契約を締結した」</p> <p>などと述べ、そもそも原告との間では契約が成立していないと主張しましたが、この主張が通らず、原告と被告ハイスタンダードとの間で労働契約の成立が認められた場合に備え、反訴被告サンライズに支払った報酬のうち消費税部分の返還を請求しました。</p> <p> 裁判所は、原告と被告ハイスタンダードとの間に労働契約が成立していると認定したうえ、次のとおり述べて、被告らの行った消費税部分の返還請求を棄却しました。</p> <p><strong>(裁判所の判断)</strong></p> <p>「原告と被告ハイスタンダードとの間の合意・・・は労働契約であるといえる。そして、被告ハイスタンダードは、上記労働契約に係る賃金の支払として、反訴被告サンライズの口座に報酬を支払っているものと解するのが相当である。そして、<span style="text-decoration: underline;">上記報酬の内訳には消費税分が計上されているが、原告と被告ハイスタンダードとの間ではかかる内訳を含む合計額としての賃金を支払う旨の合意が成立していると認められるから、上記消費税部分の支払について法律上の原因に欠けるところはない。</span>」</p> <p>「したがって、原告及び反訴被告サンライズは消費税相当額の支払により法律上の原因なく利得を得たとはいえない。」</p> <p>「なお、原告が本件不当利得返還請求に係る各報酬の受領時に民法704条所定の悪意の受益者であったとは認められない。そうすると、<span style="text-decoration: underline;">仮に上記の法律上の原因を欠くとしても、原告は利益の存する限度において不当利得の返還義務を負うところ(民法703条)、反訴被告サンライズは消費税を納付しており・・・、原告及び反訴被告サンライズに利得は存しない。</span>」</p> <p><strong>3.消費税額含めて賃金の合意/業務受託者として消費税は納税しているはず</strong></p> <p> 裁判所は、大意、</p> <p>消費税額を含めた金額を賃金として支払うことが合意されていた、</p> <p>受託者の側も事業者として受領した消費税の納税を行っているのであるから、返還すべき利得が存在しない、</p> <p>と述べ、被告側の消費税相当額の利得を返せという請求を排斥しました。</p> <p> 業務受託者や請負人が労働者性を主張する事件の処理にあたり、裁判所の判断は参考になります。</p> <p> </p> sskdlawyer 債務の履行が代表者の労務の提供以外に想定し難いとして、法人ではなく代表者との労働契約が認められるとされた例 hatenablog://entry/6801883189090288791 2024-03-13T01:12:33+09:00 2024-03-13T22:26:04+09:00 1.一人会社に対する業務委託 労働法の適用を逃れるために、業務委託契約や請負契約といった、雇用契約以外の法形式が用いられることがあります。 しかし、当然のことながら、このような手法で労働法の適用を免れることはできません。労働者性の判断は、形式的な契約形式のいかんにかかわらず、実質的な使用従属性を勘案して判断されるからです(昭和60年12月19日 労働基準法研究会報告 労働基準法の「労働者」の判断基準について 参照 以下「研究会報告」といいます)。業務委託契約や請負契約といった形式で契約が締結されていたとしても、実質的に考察して労働者性が認められる場合、受託者や請負人は、労働基準法等の労働法で認… <p><strong>1.一人会社に対する業務委託</strong></p> <p> 労働法の適用を逃れるために、業務委託契約や請負契約といった、雇用契約以外の法形式が用いられることがあります。</p> <p> しかし、当然のことながら、このような手法で労働法の適用を免れることはできません。労働者性の判断は、形式的な契約形式のいかんにかかわらず、実質的な使用従属性を勘案して判断されるからです(昭和60年12月19日 労働基準法研究会報告 労働基準法の「労働者」の判断基準について 参照 以下「研究会報告」といいます)。業務委託契約や請負契約といった形式で契約が締結されていたとしても、実質的に考察して労働者性が認められる場合、受託者や請負人は、労働基準法等の労働法で認められた諸権利を主張することができます。</p> <p> それでは、一人会社との間で業務委託契約を交わすなどして、労働者性の問題を解消してしまうことはできないのでしょうか?</p> <p> 法令用語ではないため厳密な定義はありませんが、一人会社とは、発行済株式の全てを一人で保有したうえ、自身を代表者とし、従業員を使用することなく経営している会社をいいます。こうした会社と業務委託契約を交わし、「法人間での契約であるから、労働者性が問題になることはない」という理屈のもと、その代表者に被用者と似たような働き方をさせることはできるのでしょうか?</p> <p> この問題を考えるにあたり参考になる裁判例が、近時公刊された判例集に掲載されていました。大阪地判令5.10.26労働判例ジャーナル143-24 ハイスタンダードほか1社事件です。</p> <p><strong>2.ハイスタンダードほか1社事件</strong></p> <p> 本件で被告になったのは、</p> <p>貨物・荷物の搬入出代行業務等を目的とする株式会社(被告ハイスタンダード)と</p> <p>一般貨物自動車運送事業等を目的とする株式会社(被告Growing up)</p> <p>です。</p> <p> 原告になったのは、貨物・荷物の搬入出代行業務等を目的とする株式会社サンライズ(反訴被告サンライズ)の代表取締役です。</p> <p> 原告の方は、</p> <p>被告ハイスタンダードとの間で期間の定めのない労働契約を締結した</p> <p>と主張して、未払賃金や未払退職金を請求しました。</p> <p> また 被告Grawing upとの間でも期間の定めのない労働契約を締結していたと主張し、賃金が一部しか支払われていないとして、未払賃金を請求しました。</p> <p> これに対し、被告らは、原告及び反訴被告サンライズに対し、従業員への引き抜き行為や競業先への接触、信用毀損行為を行ったと主張し、損害賠償を請求する反訴を提起しました。</p> <p> 本件では、原告と被告Grawing upとの間で労働契約が締結されていたことに争いはなかったのですが、被告ハイスタンダードとの間で労働契約が成立しているのかが争点になりました。</p> <p> 被告らは、</p> <p>「原告と被告ハイスタンダードとの間に労働契約はなく、原告は、経営する反訴被告サンライズの職人から反旗を翻されて被告代表者に助けを求め、被告ハイスタンダードを委託者、反訴被告サンライズを受託者とする営業代行の業務委託契約を締結した」</p> <p>などと主張し、そもそも原告との間では契約が成立していないとの立場を採りました。</p> <p> しかし、裁判所は、次のとおり述べて、原告と被告ハイスタンダードとの間の労働契約の成立を認めました。</p> <p><strong>(裁判所の判断)</strong></p> <p>「上記認定事実・・・のとおり、原告は、平成22年頃、反訴被告サンライズの売上が低下したことから、被告代表者との間で、反訴被告サンライズの従業員及び顧客を被告ハイスタンダードに引き継ぎ、原告は被告ハイスタンダードの営業を行う旨を合意した。以上によれば、<span style="text-decoration: underline;">反訴被告サンライズはその営業資産を被告ハイスタンダードに承継する一方で、その後の反訴被告サンライズによる営業は原告自身の労務の提供以外に存しない。そうすると、上記合意の際、反訴被告サンライズと被告ハイスタンダードとの間で、反訴被告サンライズが被告ハイスタンダードに対して取引先及び従業員を承継する旨の合意が成立するとともに、原告と被告ハイスタンダードとの間で、原告が被告ハイスタンダードの営業を担当する旨の合意が成立したと認められる。」</span></p> <p>「これに対して、被告ハイスタンダードは、被告ハイスタンダードと反訴被告サンライズとの間で被告ハイスタンダードの営業を委託する旨の契約を締結した旨主張する。<br /> しかし、上記・・・で説示したとおり、上記・・・の合意の際、反訴被告サンライズではみるべき営業資産である取引先及び従業員は全て被告ハイスタンダードに承継したのであるから、被告ハイスタンダードの営業を担当するという債務は原告による労務の提供以外に想定し難いのであって、これは被告ハイスタンダードに対する請求書の主体が反訴被告サンライズであることや、同社の口座に対して報酬が支払われ、そこから原告が役員報酬を受領していたこと・・・によって左右されない。したがって、被告ハイスタンダードの上記主張は採用することができない。」</p> <p>「<span style="text-decoration: underline;">したがって、以下では、原告と被告ハイスタンダードとの間に原告が被告ハイスタンダードの営業を担当する旨の合意が成立したことを前提に、同合意が労働契約か否か(原告の労働者性)を検討する。</span>」</p> <p>(中略)</p> <p>「以上のとおり、原告は、被告ハイスタンダードの営業業務について諾否の自由がなく、業務遂行に当たって指揮監督を受けるとともに、勤務場所及び勤務時間に関して相応の拘束を受け、その労務提供に代替性がない一方で・・・。その報酬は労務対償性に欠けるところはなく・・・、専属性の程度が高いという労働者性を補強する要素があること・・・を考慮すると、原告には使用従属性を認めることができる。」</p> <p>「したがって、<span style="text-decoration: underline;">原告と被告ハイスタンダードとの間の合意は労働契約であるといえる。</span>」</p> <p><strong>3.契約当事者は原告になるとされた</strong></p> <p> 上述のとおり、裁判所は、</p> <p>「反訴被告サンライズによる営業は原告自身の労務の提供以外に存しない」</p> <p>として、契約当事者を原告と被告ハイスタンダードだと判示しました。</p> <p> この理屈で行くと、一人会社の殆どは、代表者個人との契約の成立を主張できることになり、相当数の方が労働者としての保護を受けられることになります。</p> <p> いわゆるフリーランス新法(特定受託事業者に係る取引の適正化等に関する法律)では、</p> <p>「法人であって、一の代表者以外に他の役員(理事、取締役、執行役、業務を執行する社員、監事若しくは監査役又はこれらに準ずる者をいう。第六項第二号において同じ。)がなく、かつ、従業員を使用しないもの」</p> <p>も個人であるフリーランスと同様の保護を受けます(フリーランス新法2条1項2号参照)。</p> <p> 裁判所の考え方は、労働者性の問題を、これと並行的に捉えようとするものとも評価でき、実務上参考になります。</p> <p> </p> sskdlawyer 解雇前からの副業収入部分について、中間収入控除が否定された例 hatenablog://entry/6801883189090028793 2024-03-12T00:58:55+09:00 2024-03-12T00:58:55+09:00 1.中間収入控除 民法536条2項は、 「債権者の責めに帰すべき事由によって債務を履行することができなくなったときは、債権者は、反対給付の履行を拒むことができない。この場合において、債務者は、自己の債務を免れたことによって利益を得たときは、これを債権者に償還しなければならない。」 と規定しています。 判決で解雇が違法無効であると確定した場合、解雇された時に遡って賃金を請求できるのは(いわゆるバックペイの請求ができるのは)、民法536条2項前段が根拠とされています。使用者(債権者)が違法無効な解雇をしたこと(責めに帰すべき事由)によって、労働者(債務者)が労務提供義務を履行することができなくなっ… <p><strong>1.中間収入控除</strong></p> <p> 民法536条2項は、</p> <p>「債権者の責めに帰すべき事由によって債務を履行することができなくなったときは、債権者は、反対給付の履行を拒むことができない。この場合において、債務者は、自己の債務を免れたことによって利益を得たときは、これを債権者に償還しなければならない。」</p> <p>と規定しています。</p> <p> 判決で解雇が違法無効であると確定した場合、解雇された時に遡って賃金を請求できるのは(いわゆるバックペイの請求ができるのは)、民法536条2項前段が根拠とされています。使用者(債権者)が違法無効な解雇をしたこと(責めに帰すべき事由)によって、労働者(債務者)が労務提供義務を履行することができなくなったのであるから、使用者は反対給付(賃金支払債務)の陸を拒むことができないという趣旨です。</p> <p> しかし、民法536条2項には続き(後段)があります。この民法536条2項後段があるため、労働者は解雇の効力を争って係争している間に他社就労によって得た賃金を使用者に償還する必要があります。使用者に労務提供義務を履行しなかったことにより、他社就労により利益を得たと理解されるからです。</p> <p> このようにバックペイから他社就労によって得た賃金を控除することを「中間収入控除」といいます。</p> <p> 中間収入控除についての判例の立場は、</p> <p>「①中間収入は、<span style="text-decoration: underline;">それが副業的なものでない限り、</span>債務を免れたことによって得た利益として償還の対象となるが、③最低生活保障という労基法26条の趣旨からすると、平均賃金の6割に達するまでの部分は、控除の対象とすることが禁止されている。そして、②この平均賃金の6割の絶対保障枠を超える部分については、これと時期的に対応する中間収入の額を控除(相殺)することも許される」</p> <p>と理解されています(水町勇一郎『詳解 労働法』〔東京大学出版会、第2版、令3〕644頁、最二小判昭37.7.20民集16-8-1656参照)。</p> <p> 中間収入控除というと、他社就労によって得た利益を平均賃金の4割に達するまで無条件で吐き出さなければならないと見られがちです。しかし、傍線を付した部分からも分かるとおり、判例の立場は、そう単純ではありません。解雇されなかったとしても得られていた副業収入に関しては、解雇されて労務提供義務を免れたことによって得た利益とはいえないため、中間収入控除の対象にはなりません。昨日ご紹介した、大阪地判令5.10.6労働判例ジャーナル143-32 NPO法人関西七福神グループ事件は、このことを明らかにした裁判例でもあります。</p> <p><strong>2.NPO法人関西七福神グループ事件</strong></p> <p> 本件で被告になったのは、障害福祉サービス事業等を行うNPO法人です。</p> <p> 原告になったのは、平成31年1月頃、被告との間で期間の定めのない雇用契約(本件雇用契約)を締結し、被告が運営するグループホームで、管理者ないしサービス管理責任者として働いていた方です。また、被告の理事を務めていたともされています。</p> <p> 被告から解雇されたことを受け、その無効を主張し、バックペイの支払等を求めて提訴したのが本件です。</p> <p> 本件では、</p> <p>令和3年7月29日に解雇の意思表示が行われ、</p> <p>令和4年2月1日に原告が障害福祉サービス事業を目的とする合同会社あおいを設立し、代表社員に就任した、</p> <p>という経過がたどられており、解雇前から就労していた被告以外の勤務先(ニッソー)で得ていた収入の中間収入控除の可否等が争点になりました。</p> <p> 裁判所は、解雇を無効であるとしたうえ、中間収入控除の可否等について、次のとおり判示しました。</p> <p><strong>(裁判所の判断)</strong></p> <p>「原告は、本件解雇後、ニッソーで勤務し、収入を得ていたものであるから、同収入を賃金額から控除できるかどうか、及びその金額が問題となる。」</p> <p>「この点、使用者の責めに帰すべき事由によって解雇された労働者が解雇期間内に他の職について利益を得たときは、その収入が副業的なものであって解雇がなくても当然取得し得るなど特段の事情がない限り、民法536条2項に基づき、これを使用者に償還すべきであり、使用者が、労働者に解雇期間中の賃金を支払うにあたり、右利得金額を賃金額から控除することはできるが、その限度は、平均賃金の4割の範囲内にとどめるべきである(最高裁昭和36年(オ)第190号同37年7月20日第二小法廷判決・民集16巻8号1656頁参照)。」</p> <p>「前提事実・・・によれば、<span style="text-decoration: underline;">原告は、被告で勤務を始めた当初からニッソーで勤務していたところ、本件解雇前は、1か月13日程度勤務し、1か月20万2125円程度(令和3年5月分から同年8月分までの給与の平均額)の収入を得ていた。原告は、本件解雇後もニッソーで勤務を継続していたが、同年9月分から同年12月分(対象勤務期間は同年8月1日から同年11月30日)までの勤務日数は1か月13日程度(ただし、有給休暇の日数を除く。)であり、本件解雇前と変わらず、収入金額も約20万円から21万円(ただし、有給休暇に対応する金額は除く。)であり、本件解雇前と大きく変わるものではなかった。</span>」</p> <p>「<span style="text-decoration: underline;">したがって、ニッソーでの同年9月分から同年12月分までの収入は、本件解雇がなくても当然取得し得る収入であったと認めるのが相当であり、特段の事情が認められるから、賃金から控除することはできない。</span>」</p> <p>「前提事実・・・によれば、令和4年1月分及び同年2月分(対象就労期間は令和3年12月1日から令和4年1月31日)の勤務日数は1か月22日及び23日であり、本件解雇前から10日程度増加しており、収入金額も28万8850円及び31万0400円であり、相当程度増加している。」</p> <p>「以上によれば、<span style="text-decoration: underline;">上記各収入のうち20万2125円を超過する部分は、解雇がなくても当然取得し得る収入であると認めることができないから、上記超過部分に限り、賃金から控除するのが相当である。</span>なお、上記超過部分は、原告の被告における平均賃金の4割の範囲内である。」</p> <p>「したがって、原告のニッソーでの収入のうち、令和4年1月分の8万6725円(28万8850円-20万2125円)及び同年2月分の10万8275円(31万0400円-20万2125円)に限り、賃金額から控除するのが相当である。」</p> <p><strong>3.解雇されなくても得られていた収入ではないか?</strong></p> <p> あまりよくあるケースではないためか、他社就労していると自動的に中間収入控除の対象になってしまうかのように誤解している方がいます。</p> <p> しかし、判決が示しているとおり、他社就労=中間収入控除と考えるのは早計です。労務提供義務を免れたことにより収入が得られているという関係がなければ、中間収入控除の対象にはなりません。</p> <p> 少し前から副業が認められる会社が増えつつあるように思いますが、解雇の効力を争うにあたっては、中間収入控除との関係で注意が必要です。</p> <p> </p> sskdlawyer 古い解雇理由は大したことはない-闇金から金銭を借り入れる際、役員名簿のコピーを交付しても解雇理由にならないとされた例 hatenablog://entry/6801883189089745586 2024-03-10T23:48:51+09:00 2024-03-10T23:48:51+09:00 1.古い解雇理由 これまでも何度か言及してきましたが、一般論として、古い事件を掘り起こしても、勝てることはあまりありません。 主な理由は二点あります。 一点目は、主張、立証が困難になることです。人の記憶は時間の経過と共に薄れて行きます。そのため、時間が経過すると、具体的な主張を行うことが困難になります。また、証拠資料は散逸し、証人となってくれる協力者の記憶も曖昧になって行きます。古い事件で主張、立証責任を果たして行くことは、決して容易ではありません。 二点目は、長期間に渡る問題の放置が、裁判所の心証形成上不利に働くことです。問題が起きても、すぐに事件化していなければ、裁判所は、 黙認する趣旨で… <p><strong>1.古い解雇理由</strong></p> <p> これまでも何度か言及してきましたが、一般論として、古い事件を掘り起こしても、勝てることはあまりありません。</p> <p> 主な理由は二点あります。</p> <p> 一点目は、主張、立証が困難になることです。人の記憶は時間の経過と共に薄れて行きます。そのため、時間が経過すると、具体的な主張を行うことが困難になります。また、証拠資料は散逸し、証人となってくれる協力者の記憶も曖昧になって行きます。古い事件で主張、立証責任を果たして行くことは、決して容易ではありません。</p> <p> 二点目は、長期間に渡る問題の放置が、裁判所の心証形成上不利に働くことです。問題が起きても、すぐに事件化していなければ、裁判所は、</p> <p>黙認する趣旨であった(今更文句は言わせない)、</p> <p>本当はそのような事実はなかった(後付けで創作した話にすぎない)、</p> <p>などと理由をつけ、声を挙げた人の主張を排斥します。</p> <p> 相談を受けていると、消滅時効期間が経過するまでは塩漬けにしていても事件にすることができると誤解している方を散見しますが、こういう発想をする実務家は多分いないと思います。時効が経過していようがいまいが、とにかく古い事件はどうにもならないのが普通です。</p> <p> そして、このことは、何も原告労働者側に不利にのみ働くわけではりません。古い出来事を持ち出してもどうにもならないというのは、被告会社側にとっても同じです。過去、相当にまずいことをしていたとしても、それが解雇から遡って随分前のことで、しかも放置されていた場合には、解雇理由としてのインパクトは大きく減殺されます。</p> <p> 近時公刊された判例集にも、そのことが分かる裁判例が掲載されていました。大阪地判令5.10.6労働判例ジャーナル143-32 NPO法人関西七福神グループ事件です。</p> <p><strong>2.NPO法人関西七福神グループ事件</strong></p> <p> 本件で被告になったのは、障害福祉サービス事業等を行うNPO法人です。</p> <p> 原告になったのは、平成31年1月頃、被告との間で期間の定めのない雇用契約(本件雇用契約)を締結し、被告が運営するグループホームで、管理者ないしサービス管理責任者として働いていた方です。また、被告の理事を務めていたともされています。</p> <p> 被告から解雇されたことを受け、その無効を主張し、バックペイの支払等を求めて提訴したのが本件です。</p> <p> 本件で被告が主張した解雇理由は多岐に渡りますが、その中の一つに、</p> <p>「原告は、いわゆる闇金融業者から借金をした際、被告の役員名簿を見せた」</p> <p>というものがありました。</p> <p> かなりの問題行為だと思われますが、裁判所は、次のとおり述べて、これだけでは解雇の客観的で合理的な理由にはならないと判示しました。結論としても、解雇は無効だとされています。</p> <p><strong>(裁判所の判断)</strong></p> <p>「令和元年秋頃、原告は、いわゆる闇金融業者から金銭を借り入れた際、同金融業者からの求めに応じて被告の役員名簿のコピーを交付した。その後(同年中)、同金融業者から被告に電話があったことから、被告は原告の上記行為を認識した。なお、上記電話に対応したDは、同金融業者から、役員名簿にDの氏名が掲載されていることを告げられた。」</p> <p>(中略)</p> <p>「<span style="text-decoration: underline;">原告は、令和元年秋頃、いわゆる闇金融業者に対して被告の役員名簿のコピーを交付したが・・・、同行為は不適切な行為であったといわざるを得ないし、決して軽視できるものではない。しかしながら、上記行為の内容に加え、同行為の時期及び被告に発覚した時期が本件解雇の1年半以上前であり、その間、原告に対する懲戒処分がされていなかったことからすると、被告はこれを重大視していなかったことがうかがわれるのであり、上記行為のみをもって、本件解雇に客観的で合理的な理由があるとは認められない。</span>」</p> <p>「よって、被告の主張・・・は理由がない。」</p> <p>「以上のとおりであるから、被告の主張する解雇事由は、いずれも事実が認められないか、認められたとしても本件解雇に客観的で合理的な理由があることの根拠になるようなものではない。加えて、被告は、原告に対し、懲戒処分や注意指導を経ることなく、突然本件解雇をしたものであることも考慮すれば、本件解雇は、客観的に合理的な理由を欠くものであり、無効である。」</p> <p><strong>3.闇金への役員名簿の提供は相当に問題だと思われるが・・・</strong></p> <p> 私も債務整理に関係して闇金の相手をしたことはありますが、連中は迷惑な輩です。対応は警察に連絡を入れながら行いますし、法律家に手を出せばどうなるかの想像はつくらしく、さしたる実害はありません。しかし、ある程度継続して下らない電話がかかってきて、業務の妨げになることがあります。</p> <p> 回数や頻度、期間は不明ですが、本件でも被告の元に闇金から電話がかかってきた事実が認定されています。弁護士に対しても迷惑行為に及ぶくらいなので、一般私企業がどれだけの迷惑を受けるのかを想像すると、私としても、闇金への役員名簿の提供は軽視できません。役員名簿を提供したことが発覚した後、すぐに解雇が行われていたとすれば、解雇の効力を争うことは難しかったのではないかと思います。</p> <p> しかし、闇金への役員名簿の提供は、発覚してから1年半以上もの間、懲戒処分が行われることもなく放置されていました。こうなってくると話は別で、解雇の効力を争う芽が出て来ます。</p> <p> この裁判例からも分かるとおり、古い解雇理由(特に、古いうえに放置されていた解雇理由)が強い意味を持ってくることは、それほど多くはありません。結構な問題行動でも、古ければ解雇の効力を争える可能性は随分と高まります。</p> <p> </p> sskdlawyer 「勤まらないのであれば、私物を片付けて。」が「就労を拒絶したこと」と理解された例 hatenablog://entry/6801883189089466892 2024-03-09T22:06:06+09:00 2024-03-09T22:06:06+09:00 1.合意退職事案における使用者の労務提供の受領拒絶 解雇されても、それが裁判所で違法無効であると判断された場合、労働者は解雇時に遡って賃金の請求をすることができます。いわゆるバックペイの請求です。 バックペイの請求ができるのは、民法536条2項本文が、 「債権者の責めに帰すべき事由によって債務を履行することができなくなったときは、債権者は、反対給付の履行を拒むことができない。」 と規定しているからです。 違法無効な解雇(債権者の責めに帰すべき事由)によって、使用者が労務の受領を拒絶したことで、労働者が労務提供義務を履行することができなくなったときは、使用者(労務の提供を命じる権利のある側)は賃… <p><strong>1.合意退職事案における使用者の労務提供の受領拒絶</strong></p> <p> 解雇されても、それが裁判所で違法無効であると判断された場合、労働者は解雇時に遡って賃金の請求をすることができます。いわゆるバックペイの請求です。</p> <p> バックペイの請求ができるのは、民法536条2項本文が、</p> <p>「債権者の責めに帰すべき事由によって債務を履行することができなくなったときは、債権者は、反対給付の履行を拒むことができない。」</p> <p>と規定しているからです。</p> <p> 違法無効な解雇(債権者の責めに帰すべき事由)によって、使用者が労務の受領を拒絶したことで、労働者が労務提供義務を履行することができなくなったときは、使用者(労務の提供を命じる権利のある側)は賃金支払義務の履行を拒むことができないという理屈です。</p> <p> 労務提供の受領拒絶の有無が解雇事案で問題になることは、通常ありません。解雇は当該労働者から提供される労務を受領しないという意思の表れだからです。</p> <p> しかし、合意退職の効力が争われる事案においては、必ずしもそうではありません。合意退職の有効性が問題になる事案では、労働者の側から以降の就労をしないという趣旨の言動がとられていることも多く、使用者の側が労務提供の受領を拒絶したといえるのかが微妙なケースがあるからです。こうした事案では、</p> <p>仮に合意退職が無効であったとしても、使用者側で労務提供を拒絶したわけではないから、バックペイまでは発生しない</p> <p>という言い分を繰り出されることがあります。</p> <p> 昨日ご紹介した東京地判令5.3.28労働経済判例速報2538-29 永信商事事件は、この問題を扱った事件でもあります。</p> <p><strong>2.永信商事事件</strong></p> <p> 本件で被告になったのは、貨物運送業を目的とする株式会社です。</p> <p> 原告になったのは、被告との間で期間の定めのない雇用契約(本件雇用契約)を締結し、貨物自動車の運転手として働いていた方です。</p> <p> 本件では、原告が被告代表者と話合いをしている中で、</p> <p>「もう勤まらない。」</p> <p>と発言したところ(本件発言)、被告代表者から、</p> <p>「勤まらないのであれば、私物を片付けて。」</p> <p>と言われました。</p> <p> その後、原告は貸与された携帯電話や健康保険証を置いて被告の事務所を立ち去り、翌日以降、出勤をしませんでした。</p> <p> 被告は、これを辞職ないし合意退職の申込みとして扱い、本件雇用契約を終了したものと扱いました。</p> <p> これに対し、辞職ないし合意退職の申込みの意思表示をしていないとして、原告が、被告に対し、雇用契約上の権利を有する地位の確認等を請求したのが本件です。</p> <p> 本件では合意退職の効力のほか、原告に賃金請求権が発生するのかが争点になりました。具体的にいうと、被告は、</p> <p>「被告は、原告が本件発言をしたことから、これを受け入れたにすぎず、原告の就労を拒絶した事実もないから、民法536条2項前段の『債権者の責めに帰すべき事由』はない。」</p> <p>と述べ、賃金請求権の発生を否定しました。</p> <p> しかし、裁判所は、次のとおり述べて、賃金請求権の発生を認めました。</p> <p><strong>(裁判所の判断)</strong></p> <p>「原告は、令和3年12月28日以降、本件雇用契約に基づく労務を提供していないが、・・・で認定説示したところによれば、被告は、原告の就労を拒絶したものというべきであるから、被告は、民法536条2項により賃金の支払義務を負う。」</p> <p>「被告は、原告が本件発言をしたことから、これを受け入れたにすぎず、原告の就労を拒絶したことはない旨を主張するが、・・・で認定説示したとおり、原告が本件発言をしたとしても(原告が本件発言をした事実を認定することが困難であることも・・・で説示したとおりである。)、辞職又は退職の意思をもって発言したものとみるのは困難であり、<span style="text-decoration: underline;">被告代表者が原告の真意を確認することもなく『勤まらないのであれば、私物を片付けて。』と返答したことは、原告の退職を求めたものであって就労を拒絶したことに他ならないから、被告の主張は採用することができない。</span>」</p> <p><strong>3.「勤まらないのであれば、私物を片付けて」は「就労を拒絶したこと」</strong></p> <p> 以上のとおり、裁判所は「勤まらないのであれば、私物を片付けて。」という発言を「就労を拒絶したこと」と理解しました。</p> <p> 売り言葉に買い言葉の中での発言の言葉尻を捉えられ、合意退職だと言われたり、就労意思がなくなったと言われたり、労務の提供の受領を拒絶したわけではないと言われたりすることは、決して少なくありません。感覚的に当たり前ではないかと思われるかも知れませんが、最場所が本件における使用者側の言動を就労の拒絶と評価したことは、実務上参考になります。</p> <p> </p> sskdlawyer 「もう勤まらない」と発言し、貸与された携帯電話等を置いて以降出勤しなかったことが辞職ではないとされた例 hatenablog://entry/6801883189089248857 2024-03-09T01:13:35+09:00 2024-03-09T01:18:16+09:00 1.自暴自棄的な発言 労使関係が悪化してくると、労使間で、しばしば、辞める/辞めないといった緊張した会話が交わされます。 こうした会話の中で、使用者から言葉尻を捉えられ、辞職の意思表示を行った/合意退職の申込みをしたなどとして、強引に雇用契約を終了させられることがあります。 しかし、売り言葉に買い言葉が飛び交う中で、自暴自棄的な発言がなされた程度であれば、雇用契約終了の効力を争える可能性は十分に残されています。そのことは、近時公刊された判例集に掲載されていた裁判例、東京地判令5.3.28労働経済判例速報2538-29 永信商事事件からも分かります。 2.永信商事事件 本件で被告になったのは、貨… <p><strong>1.自暴自棄的な発言</strong></p> <p> 労使関係が悪化してくると、労使間で、しばしば、辞める/辞めないといった緊張した会話が交わされます。</p> <p> こうした会話の中で、使用者から言葉尻を捉えられ、辞職の意思表示を行った/合意退職の申込みをしたなどとして、強引に雇用契約を終了させられることがあります。</p> <p> しかし、売り言葉に買い言葉が飛び交う中で、自暴自棄的な発言がなされた程度であれば、雇用契約終了の効力を争える可能性は十分に残されています。そのことは、近時公刊された判例集に掲載されていた裁判例、東京地判令5.3.28労働経済判例速報2538-29 永信商事事件からも分かります。</p> <p><strong>2.永信商事事件</strong></p> <p> 本件で被告になったのは、貨物運送業を目的とする株式会社です。</p> <p> 原告になったのは、被告との間で期間の定めのない雇用契約(本件雇用契約)を締結し、貨物自動車の運転手として働いていた方です。</p> <p> 本件では、原告が被告代表者と話合いをしている中で、</p> <p>「もう勤まらない。」</p> <p>と発言したところ、被告代表者から、</p> <p>「勤まらないのであれば、私物を片付けて。」</p> <p>と言われました。</p> <p> その後、原告は貸与された携帯電話や健康保険証を置いて被告の事務所を立ち去り、翌日以降、出勤をしませんでした。</p> <p> 被告は、これを辞職ないし合意退職の申込みとして扱い、本件雇用契約を終了したものと扱いました。</p> <p> これに対し、辞職ないし合意退職の申込みの意思表示をしていないとして、原告が、被告に対し、雇用契約上の権利を有する地位の確認等を請求したのが本件です。</p> <p> 裁判所は、次のとおり述べて、辞職ないし合意退職の申込みの意思表示をしたということはできないと判示しました。結論としても、地位確認請求を認容しています。</p> <p><strong>(裁判所の判断)</strong></p> <p>「被告は、令和3年12月27日、被告代表者が、原告がC大へフローリング材を搬送した際にガードマンに暴言を吐くなどしたと聞き及んだことから、原告に問い質したところ、原告が『もう勤まらない。』と発言した(本件発言)ため、『勤まらないのであれば、私物を片付けて。』と返答したところ、原告が、貸与された携帯電話及び健康保険証を置いて被告の事務所を立ち去り、翌日以降出勤しなかったことを指摘して、原告が辞職又は退職合意申込みの意思表示をした旨を主張する。」</p> <p>「しかし、<span style="text-decoration: underline;">被告が主張する原告が本件発言をするに至った経緯を前提としても、原告が被告における就労意思を喪失したことを窺わせる事情は見当たらず、本件発言は、被告代表者からC大の案件について問い質されたことに憤慨した原告が、自暴自棄になって発言したものとみるのが自然であり、これを辞職又は退職の意思をもって発言したものとみるのは困難である。</span>」</p> <p>「また、<span style="text-decoration: underline;">原告が本件発言をした後、健康保険証等を置いて被告の事務所を去り、翌日から出勤しなかったとする点も、被告代表者の『勤まらないのであれば、私物を片付けて。』との返答を受けての行動であって、かかる発言は、社会通念上、原告の退職を求める発言とみるのが自然であること(当該発言について、被告代表者は、文字どおり原告が使用していた私物を整理することを求めたにすぎない旨を供述するが、採用できない。)からすると、これを解雇と捉えた原告がとった行動とみて何ら不自然ではなく、その約3週間後(年末年始を挟んでいるため、近接した時期といえる。)である令和4年1月15日に、原告が被告に対し解雇予告手当の支払などを求める書面を被告に送付していること・・・もこれを裏付けるものといえる。</span>」</p> <p>「そうすると、<span style="text-decoration: underline;">被告主張の事実から原告が辞職又は退職合意申込みの意思表示をしたということはできない。</span>」</p> <p>「また、この点を措いても、原告が本件発言をした事実を認めるべき証拠は、被告代表者の供述のみであって、これを裏付ける証拠は提出されていない。」</p> <p>「被告は、本件発言を否定する原告本人の供述に対する弾劾証拠・・・を提出するが、本件発言がなされたとする原告と被告代表者のやり取りに先立つ原告の就労状況について客観的事実と異なる点があったとしても、当該やり取りに関する原告本人の供述が弾劾されるとはいい難く、かつ原告本人の供述(反対証拠)が弾劾されたからといって、直ちに裏付けを欠く被告代表者の供述の信用性が増強されるともいい難いのであって、結局のところ、原告が本件発言をした事実を認定することは困難である。」</p> <p>「したがって、原告が辞職又は退職合意申込みの意思表示をしたとは認められず、本件雇用契約は現在(本件口頭弁論終結時)も存続している。」</p> <p><strong>3.多少言い過ぎても問題ない</strong></p> <p> 辞職や合意退職の意思表示など、重要な意向の表明は、慎重に認定される傾向にあります。売り言葉に買い言葉が飛び交う中で、多少の言いすぎがあっても回復できることが少なくありません。貸与品を置いて帰ったり、出勤を控えるようになったりしたことも同様です。</p> <p> 早計に辞めると言ってしまった-そうしたお悩みをお抱えのかあは、一度、弁護士のもとに相談に行って診ても良いかも知れません。もちろん、当事務所でも相談はお受付しています。</p> <p> </p> sskdlawyer 同僚の女性従業員に嫌がられているのに好意を示し続けたことで雇止めとされた例 hatenablog://entry/6801883189089002138 2024-03-08T01:22:22+09:00 2024-03-08T01:23:06+09:00 1.嫌よ嫌よも好きのうち? 「嫌よ嫌よも好きのうち」という日本語表現があります。 これは、 「主に女性が男性に誘いを掛けられた際などに、口先では嫌がっていても実は好意が無いわけではないと解釈する語。」 として使われる言葉です。 「嫌よ嫌よも好きのうち(いやよいやよもすきのうち)」の意味や使い方 わかりやすく解説 Weblio辞書 この言葉が生まれたのが何時で、当時の社会情勢がどうだったのかは分かりません。しかし、現代の職場では、到底許容される考え方ではありません。こうした感覚で異性の同僚と接していれば、普通に職場から排除(解雇・雇止め)されます。近時公刊された判例集にも、そのことが分かる裁判例… <p><strong>1.嫌よ嫌よも好きのうち?</strong></p> <p> 「嫌よ嫌よも好きのうち」という日本語表現があります。</p> <p> これは、</p> <p>「主に女性が男性に誘いを掛けられた際などに、口先では嫌がっていても実は好意が無いわけではないと解釈する語。」</p> <p>として使われる言葉です。</p> <p><a href="https://www.weblio.jp/content/%E5%AB%8C%E3%82%88%E5%AB%8C%E3%82%88%E3%82%82%E5%A5%BD%E3%81%8D%E3%81%AE%E3%81%86%E3%81%A1" target="_blank">「嫌よ嫌よも好きのうち(いやよいやよもすきのうち)」の意味や使い方 わかりやすく解説 Weblio辞書</a></p> <p> この言葉が生まれたのが何時で、当時の社会情勢がどうだったのかは分かりません。しかし、現代の職場では、到底許容される考え方ではありません。こうした感覚で異性の同僚と接していれば、普通に職場から排除(解雇・雇止め)されます。近時公刊された判例集にも、そのことが分かる裁判例が掲載されていました。東京地判令5.6.14労働判例ジャーナル143-48 ゲオストア事件です。</p> <p><strong>2.ゲオストア事件</strong></p> <p> 本件で被告になったのは、メディアショップ「GEO」の運営等を行う株式会社です。</p> <p> 原告になったのは、昭和61年生まれの男性で、平成30年3月18日に被告との間でアルバイトとして有期雇用契約を締結し、同年4月1日以降、7回に渡って期間半年の雇用契約を更新してきた方です。</p> <p> しかし、勤務する店舗(本件店舗)で働いていた女性従業員e氏やf氏に対して不適切な言動を繰り返していたとして、令和3年9月30日付けで雇止めを受けました。これに対し、雇止めの無効を主張して、地位確認等を求める訴えを提起したのが本件です。</p> <p> 原告のe氏やf氏に対する言動は多岐に渡りますが、裁判所で認定された事実の中から一例を挙げると、次のようなものがあります。</p> <p><strong>・eに対する言動の例</strong></p> <p>「原告は、平成31年1、2月頃、e氏に対し、恋愛感情を抱くようになり、かわいいですねと述べるなどそれを隠すことなく伝えるようにしていた・・・。」</p> <p>「原告は、平成31年2月2日、e氏に対し、『さっきの話ですけど、来週の水曜か土曜の昼当たりってどうですか?』、『ほかの日でも俺のシフト前でも全然あわせます。予定ついたら返信お願いしますね、』とのメッセージをLINEで送った。」</p> <p>「e氏は、平成31年2月2日、原告に対し、『何の話か良くわからなかったんですけど...休みの日は予定があるんで...それに...彼氏が居るんでゲオ以外で会ったりするのはもうし訳ないですけど、ちょっと無理ですね。』などと記載したメッセージをLINEで送った。」</p> <p>「原告は、平成31年2月2日、e氏に対し、『ゲオでg君のこと、つまり他の職場の人のことで色々話すのもどうかなと思って、今度どこかで話出来ませんかって意味だったんです。ごめんなさい彼氏のことも聞かないで急に...失礼でしたね。この話は忘れてください...今日はお疲れさまでした!』とのメッセージをLINEで送った。」</p> <p>「e氏は、平成31年2月2日、原告に対し、『そおだったんですね。なんか申し訳ないです...お疲れ様でした-』などと記載したメッセージをLINEで送った。」</p> <p>「原告は、平成31年2月2日、e氏に対し、『大丈夫です気にしないでくださーい』と記載したメッセージをLINEで送った。」</p> <p>「原告は、平成31年2月13日、e氏に対し、『ゴメンやっぱり大丈夫じゃありませんでした。少しでいいから気にしてくださーい』などと記載したメッセージをLINEで送ったが、e氏からの返信はなかった。」</p> <p><strong>・fに対する言動の例</strong></p> <p>「原告は、令和元年5月から6月頃、f氏に対し、本件店舗の外に設置されていたトイレの清掃を男性従業員で行うことになったことになった際、『気にしないでください。変質者が出るそうですから』などと述べた。f氏は、原告に対し、『なにがおかしいんですか、どうせ私は狙われるような女性じゃないと言いたいのですか。』と述べたところ、原告は、『そんなつもりで言ったのではなく、あなたはそういうのに狙われかねないかわいい女性です。』、『お姫様を守るナイトになったつもりで掃除しているので気にしないでください』などと述べた。」</p> <p>「原告は、令和元年7月頃、f氏に対し、『かわいいですね』などと述べたところ、f氏は、原告に対し、『ああそうですか。あなたは馬鹿なんじゃないですか』などと述べた。」</p> <p> こうした感じのエピソードが雇止めの時に向けて積み重ねられて行きましたが、裁判所は、次のとおり述べて、雇止めを有効だと判示しました。</p> <p><strong>(裁判所の判断)</strong></p> <p>「f氏は、原告の自身に対する言動を不快に思っており、i前店長に相談するなどしていたこと・・・、原告は、i前店長から、f氏が嫌がっていることなどを伝えられ、接し方などについて指導を受けていた・・・にもかかわらず、f氏に対する接し方について改善が見られなかったこと・・・が認められる。」</p> <p>「このような状況において、原告は、令和2年11月9日、f氏がトイレ掃除をしているトイレのドアをノックし,トイレから出てきたf氏を追いかけて話しかけた上、わざわざf氏と話をするために再度来店し、f氏がh氏に立ち会いを求めるなど、原告と話すことを嫌がっていることは明らかであったにもかかわらず、本件店舗から出ようとしたf氏にさらに話かけており・・・、上記行為は、従前から原告の言動に不快感を抱いていたf氏に対し、恐怖や不快感を強く感じさせ、多大な精神的苦痛を与えるものであったといえる。」</p> <p>「それにもかかわらず、さらに、原告は、令和3年4月2日、トイレ掃除をしていた、f氏が入っているトイレのドアをノックし、f氏が一切話さず嫌がっていることは明らかでありながら、ドア越しに一方的に話かけた上、トイレから出てきたf氏を追いかけて、同人に話かけ、30分程度話をしたあげく、話足りないと考え、本件店舗に再度来店してf氏と話をしようとしており・・・、原告は、わずか5か月弱で、f氏に対し、同様の行為を行っており、f氏が泣きながらi前店長に電話していることからも、f氏に対して与えた精神的苦痛は極めて大きいものであった。また、閉店時間である深夜に、わざわざr店長やk氏が原告を待っていたことからも、本件店舗に与えた影響も小さくはなかった。 」</p> <p>「そして、令和3年4月2日の後、r店長から、f氏と話をしていたことも、自力で対処する行為にあたるため、今後はそういったことはしないようにと伝え、e氏及びf氏に対して業務に関係のない接触しないように注意を受けていたにもかかわらず、同年6月14日、休日であったにもかかわらず、わざわざ本件店舗を訪れ、f氏に話かけており、度重なる指導にもかかわらず、改善が見られなかったといえる。(なお、原告は、シフトに関する話であるから、業務に関するものであり、上記指導に反しないと主張するが、原告がf氏のシフトについて話しをする業務上の必要性はなく、その内容からしても指導に違反していることは明らかである。)」</p> <p>「以上に加え、その他にも、前記認定事実のとおり、e氏やj氏などの女性従業員に対する不快感を与える行動が度々あったこと・・・や、原告とf氏及びe氏のシフトが重ならないように配慮していたにもかかわらず、原告が勤務終了後に、f氏が勤務している際に再度来店したり、原告が勤務日でない(シフトが入っていない)日にわざわざ本件店舗を訪れてf氏などに話かけていること・・・なども合わせ考慮すると、本件雇止めが客観的に合理的な理由を欠き、社会通念上相当であるとは認められないとはいえない。」</p> <p>「原告は、原告の労働時間からすれば、雇止めをしなくても、シフトが重ならないなどの方法によって対処することが可能である旨主張する。」</p> <p>「しかしながら、前記・・・で説示したとおり、原告が退勤後に再度来店したり、シフトが入っていない日に来店するなどして、接触していることからすれば、シフトの調整による対処することはできないといえるので、原告の主張は採用することができない。」</p> <p>「その他、原告は、縷々主張するが、上記認定を左右するものではない。」</p> <p><strong>3.嫌がっている相手に好意を示し続けるのもダメ</strong></p> <p> 「デブ」「ブス」などの身体や容姿を揶揄する言動は論外ですが、「かわいいですね」などの好意を示す言葉も、相手が嫌がっていれば普通に問題になります。</p> <p> セクシュアルハラスメントは「職場において行われる性的な言動に対するその雇用する労働者の対応により当該労働者がその労働条件につき不利益を受け、又は当該性的な言動により当該労働者の就業環境が害されること」と定義されており、褒め言葉や行為を示す言葉であれば問題ないという概念構成にはなっていません(事業主が職場における性的な言動に起因する問題に関して雇用管理上講ずべき措置等についての指針(平成18年厚生労働省告示第615号)【令和2年6月1日適用】参照)。</p> <p>  法律相談や事件処理をしていると、「褒め言葉や好意を示す言葉なら問題ないだろう」と軽く考えている人を見かけることがありますが、これは決して軽く考えない方がいいです。解雇や雇止めに発展しかねない重大な問題です。</p> <p> 大多数の人がそうしているとは思いますが、不快感を示されたら、そうした意思も尊重することが大切です。</p> <p> </p> sskdlawyer 執行役に就任しても、従業員(労働者)としての地位は失われないと判断された例 hatenablog://entry/6801883189088736773 2024-03-07T00:25:46+09:00 2024-03-07T00:25:46+09:00 1.執行役と労働者 株式会社の一種に「指名委員会等設置会社」という会社があります。 これは「指名委員会、監査委員会及び報酬委員会・・・を置く株式会社をいう」と定義されています(会社法2条12号)。 指名委員会等設置会社には、1人又は2人以上の執行役を置くものとされ(会社法402条1項)、執行役は取締役会の決議によって選任されます(会社法402条2項)。 執行役は取締役会決議によって委任を受けた会社の業務執行の決定をしたり、業務執行を行ったりする機関です(会社法418条)。そして、執行役と会社との関係は、取締役と会社との関係と同様、委任に関する規定に従うとされています(会社法402条3項)。 そ… <p><strong>1.執行役と労働者</strong></p> <p> 株式会社の一種に「指名委員会等設置会社」という会社があります。</p> <p> これは「指名委員会、監査委員会及び報酬委員会・・・を置く株式会社をいう」と定義されています(会社法2条12号)。</p> <p> 指名委員会等設置会社には、1人又は2人以上の執行役を置くものとされ(会社法402条1項)、執行役は取締役会の決議によって選任されます(会社法402条2項)。</p> <p> 執行役は取締役会決議によって委任を受けた会社の業務執行の決定をしたり、業務執行を行ったりする機関です(会社法418条)。そして、執行役と会社との関係は、取締役と会社との関係と同様、委任に関する規定に従うとされています(会社法402条3項)。</p> <p> それでは、この執行役の地位と従業員(労働者)としての地位は両立するのでしょうか? 昨日紹介した東京地判令5.6.29労働判例ジャーナル143-46 学究社事件は、この問題を考えるうえでも参考になる判断を示しています。</p> <p><strong>2.学究社事件</strong></p> <p> 本件で被告になったのは、学習塾の経営等を業とする株式会社(指名委員会等設置会社)です。</p> <p> 原告になったのは、昭和59年3月1日に、株式会社進研社と労働契約を締結し、学習塾(本件学習塾)の塾講師として勤務していた方です。その後、本件学習塾の経営を承継した株式会社進学舎での就労を経て、進学舎を吸収合併した被告で働くことになりました。時系列的に言うと、原告は、</p> <p>平成16年11月13日には進研社の取締役としての登記を経由し、</p> <p>平成19年2月28日に進学舎が設立された時には、設立時取締役として登記されました。</p> <p> そして、</p> <p>平成20年1月、被告は進研社の所有する進学舎の全株式を取得し、</p> <p>平成21年7月、原告は被告の総務本部長としての勤務を開始しました。</p> <p>平成22年1月1日、原告は被告の執行役に就任し、執行役兼管理本部長、常務執行役兼管理本部長と昇進を重ねました。</p> <p>平成24年4月1日、被告は進学舎を吸収合併しました。</p> <p> 結局、原告は被告の専務執行役にまでなりましたが、辞任した後、退職金を請求したのが本件です。</p> <p> 被告の退職金規程上、役員が適用除外とされていたうえ、従業員の退職金の金額が在職期間と連動していたことから、本件では、取締役や執行役への就任により労働者(従業員)としての地位が失われたのかが争点の一つになりました。</p> <p> 裁判所は、次のとおり述べて、執行役就任によっても従業員としての地位は失われないと判示しました。</p> <p><strong>(裁判所の判断)</strong></p> <p>「原告は、平成21年7月、進学舎から被告に移籍し、被告の総務本部長に就任したこと、被告が経営権を取得した本件学習塾について、進研社及び進学舎時代と同様の総務業務に従事していたこと、平成22年1月1日に被告の執行役に就任したことが認められる。」</p> <p>「これらの事実によれば、原告は、平成21年7月から平成22年1月1日までの間について、進学舎において有していた従業員の地位が清算されておらず連続性があること、被告において総務本部長といった従業員としての役職にのみ就任していることから、被告の従業員として勤務していたということができる。」</p> <p>「<span style="text-decoration: underline;">原告は、その後、被告の執行役に就任し執行役としての業務に従事したものの、管理本部長等の従業員としての職制上の地位を併有しており、執行役に就任した際、被告に対し退職届を提出したり、雇用保険の資格喪失手続をしたり、被告から退職金の支払を受けたりするなどして従業員としての地位を清算することはなかったことから、従前有していた被告の従業員としての地位に変化はなかったということができる(なお、被告退職金規程3条1号のとおり、被告においては退職金規程上も使用人兼務役員の存在が認められているところである。)。また、原告の業務内容についてみても、塾講師としての業務を続けるなど、実務的で使用者からの指揮監督を受けて行うことが想定される業務にも従事している。さらに、被告は、原告について進学舎退職金規定に則って計算した金額を退職給付引当金として計上したり、進学舎の規定に従って退職金の手続をとることを通知したりするなど、原告のことを従業員であると認識していたと推認できる事情もある。なお、被告は、原告以外の執行役についても、原告と同様に退職給付引当金を計上したり、従業員のみが対象となる企業型確定拠出年金の拠出をしたりするなどしており、執行役についても退職金について従業員と同様の取扱いをしているし、被告においては、執行役に就任した後、従業員の地位に戻る者もいたことなどから、執行役は、従業員と明確に区別されていなかったということができる。</span>」</p> <p>「<span style="text-decoration: underline;">したがって、原告は、被告において、執行役就任に伴い従業員としての地位を喪失したということはできないから、被告の従業員であったということができる。</span>」</p> <p>(中略)</p> <p>「被告は、原告が被告の職務権限規程上、業務執行権限を有していた旨主張する。」</p> <p>「前記認定事実・・・によれば、被告の職務権限規程上、執行役は、分担した特定業務を執行し所管部門を概括的に管理することとされていることが認められる。しかしながら、総務等の原告の具体的な所管部門については、管理本部長の所管として定まっていることが認められるから、原告は、従業員兼務執行役として所管部門を概括的に管理する業務に従事していたとみることも十分に可能であり、当該業務についても被告から従業員としての指揮監督を受ける立場にあったということができる。」</p> <p>「したがって、被告の上記主張は理由がない。」</p> <p><strong>3.執行役に就任しても当然に従業員としての地位が失われるわけではない</strong></p> <p> 執行役への就任も、当然に従業員としての地位を失わせるわけではありません。</p> <p> 執行役に就任したことを理由に労働者としての権利が奪われそうになった時には、引き続き労働者としての地位を有し続けているという主張の可否を検討してみてよいかも知れません。</p> <p> </p> sskdlawyer 取締役に就任しても、従業員(労働者)としての地位は失われないと判断された例 hatenablog://entry/6801883189088507499 2024-03-06T01:32:07+09:00 2024-03-06T01:32:07+09:00 1.取締役と労働者 取締役と労働者とでは大分立場が違います。 例えば、取締役と会社との関係は、委任の規定に従います(会社法330条)。会社は株主総会決議によって、いつでも自由に取締役を解任できます(会社法339条1項)。これに対し、取締役は、正当な理由がない場合にのみ、損害賠償を請求することができるだけです(会社法339条2項)。 他方、労働者と会社との関係は、雇用契約・労働契約として規律されます。会社は、客観的合理的理由・社会通念上の相当性が認められる場合にしか、労働者を解雇することができません(労働契約法16条)。 これは飽くまでも一例であり、取締役と労働者としての地位は、他にも色々と異な… <p><strong>1.取締役と労働者</strong></p> <p> 取締役と労働者とでは大分立場が違います。</p> <p> 例えば、取締役と会社との関係は、委任の規定に従います(会社法330条)。会社は株主総会決議によって、いつでも自由に取締役を解任できます(会社法339条1項)。これに対し、取締役は、正当な理由がない場合にのみ、損害賠償を請求することができるだけです(会社法339条2項)。</p> <p> 他方、労働者と会社との関係は、雇用契約・労働契約として規律されます。会社は、客観的合理的理由・社会通念上の相当性が認められる場合にしか、労働者を解雇することができません(労働契約法16条)。</p> <p> これは飽くまでも一例であり、取締役と労働者としての地位は、他にも色々と異なっています。大雑把に言うと、労働者は労働関係法令で手厚く保護されていますが、取締役にそうした保護は与えられていません。そのため、取締役に昇進することで、却って不安定・不利益な立場に置かれることになってしまうという現象が、実務上、多々生じることになります。</p> <p> この取締役としての地位の不安定さが紛争として顕在化すると、しばしば、</p> <p>取締役の就任により、労働者としての地位が失われたといえるのかどうか?</p> <p>が争いの対象となります。近時公刊された判例集に掲載されていた、東京地判令5.6.29労働判例ジャーナル143-46 学究社事件も、そうした事例の一つです。</p> <p><strong>2.学究社事件</strong></p> <p> 本件で被告になったのは、学習塾の経営等を業とする株式会社です。</p> <p> 原告になったのは、昭和59年3月1日に、株式会社進研社と労働契約を締結し、学習塾(本件学習塾)の塾講師として勤務していた方です。その後、本件学習塾の経営を承継した株式会社進学舎での就労を経て、進学舎を吸収合併した被告で働くことになりました。時系列的に言うと、原告は、</p> <p>平成16年11月13日には進研社の取締役としての登記を経由し、</p> <p>平成19年2月28日に進学舎が設立された時には、設立時取締役として登記されました。</p> <p> そして、</p> <p>平成20年1月、被告は進研社の所有する進学舎の全株式を取得し、</p> <p>平成21年7月、原告は被告の総務本部長としての勤務を開始しました。</p> <p>平成22年1月1日、原告は被告の執行役に就任し、執行役兼管理本部長、常務執行役兼管理本部長と昇進を重ねました。</p> <p>平成24年4月1日、被告は進学舎を吸収合併しました。</p> <p> 結局、原告は被告の専務執行役にまでなりましたが、辞任した後、退職金を請求したのが本件です。</p> <p> 被告の退職金規程上、役員が適用除外とされていたうえ、従業員の退職金の金額が在職期間と連動していたことから、本件では、取締役や執行役への就任により労働者(従業員)としての地位が失われたのかが争点の一つになりました。</p> <p> 裁判所は、次のとおり述べて、取締役就任によっても従業員としての地位は失われないと判示しました。</p> <p><strong>(裁判所の判断)</strong></p> <p>「前記前提事実・・・のとおり、被告退職金規程及び進学舎退職金規定によれば、被告において進学舎時代の年数から通算して退職金の支払対象となる者は、進学舎の従業員(進学舎退職金規定2条)であり、かつ、被告に雇用されている者(被告退職金規程10条)であることが認められる。また、進学舎は、進研社が本件学習塾の経営権を被告に譲渡するために設立された会社であること、進研社から進学舎への移籍時に従業員に対し退職金が支払われたといった事情がうかがわれないこと、進学舎を退職した際に進研社時代の勤務年数を通算して退職金を支払われた者がいること・・・によれば、進学舎退職金規定5条は、進研社に在籍していた者については進研社時代も含めて勤続年数を計算する趣旨の規定と解釈するのが相当である。」</p> <p>「したがって、以下では、原告が、進研社、進学舎及び被告の従業員であったか否かについて検討する。」</p> <p>(中略)</p> <p>「前記認定事実・・・によれば、原告は、昭和59年3月1日に進研社に入社したこと、その後、一貫して本件学習塾において塾講師として勤務していたこと、平成8年頃、進研社本社の総務部長に就任し総務業務全般に従事したこと、<span style="text-decoration: underline;">平成16年11月13日に取締役に就任した旨登記されたものの取締役会に出席したことはなく特段取締役としての業務を行っていなかったこと、取締役就任に当たり従業員としての地位を清算しなかったことが認められる。</span>また、<span style="text-decoration: underline;">原告は、進学舎に移籍した後も、基本的な業務内容に変更はなく進研社在籍時と同様の塾講師業務及び総務業務に従事していたこと、進学舎の取締役として登記されていたものの取締役会が開催されておらず特段取締役としての業務を行っていなかったこと、取締役就任に当たり従業員としての地位を清算しなかったことが認められる。</span>」</p> <p>「これらの事実によれば、原告は、進研社及び進学舎において、塾講師業務及び総務業務といった実務的で使用者から指揮監督を受けて行うことが想定される業務に従事するとともに、<span style="text-decoration: underline;">取締役に就任した旨登記された後も、業務内容及び地位について変更されていないということができるから、進研社及び進学舎の従業員であったということができる。</span>」</p> <p>(中略)</p> <p>「被告は、原告が進研社及び進学舎の取締役であったことから、この頃から、従業員ではなかった旨主張する。」</p> <p>「しかしながら、<span style="text-decoration: underline;">原告は、進研社及び進学舎において特段取締役としての業務を行っていない旨供述しているところ、これを覆すに足りる証拠はない。この点に関して、被告は、原告が進学舎の取締役会に取締役として出席していた旨主張し、証人jはこれに沿う供述をするが・・・、同証人自身が認めているとおり、取締役会議事録は作成されていないから・・・、法が定める正式な会議体としての取締役会が行われていたとも、原告がこれに参加していたともいうことはできない。また、原告は、進学舎において、経営会議に参加していたことが認められるものの、これについては地区長として担当地区の生徒数や売上げについて話し合う程度の実務的なものであり、取締役として経営に参画したというような事実と評価することもできない。</span>」</p> <p>「したがって、前記認定事実・・・のとおり、原告は、進研社及び進学舎において、特段取締役としての業務を行っていなかったと認定するのが相当である。被告の上記主張は、理由がない。」</p> <p><strong>3.仕事が変わっているか? 従業員としての地位が清算されているか?</strong></p> <p> 以上のとおり、裁判所は、仕事内容に変化があるのか、従業員としての地位の清算がなされているか、といったことを判断要素として、従業員としての地位は失われていないと判示しました。</p> <p> 取締役(役員)就任に伴って労働者性が失われるのか否かは、実務上、それなりの頻度で直面する問題です。職場から排除するための便法として、役員に昇進させるという方法が使われることもあります。</p> <p> 取締役に就任したとしても、必ずしも労働者性が失われるとは限りません。取締役になってしまった以上、諦めるしかない-何事も、そのように早合点しないことが大切です。</p> <p> </p> sskdlawyer 問題行動があっても、就労に支障があったとは認められず、就労と両立するとして、自宅待機命令が業務命令権の濫用とされた例 hatenablog://entry/6801883189088242393 2024-03-05T00:49:16+09:00 2024-03-05T00:49:16+09:00 1.自宅待機命令 使用者は、労働者に対し、自宅で待機することを業務として命じることができます。これを自宅待機命令といいます。 この意味での自宅待機命令が発令された場合、自宅で待機すること自体が業務になるため、労働者は自宅で待機しているだけでも賃金の全額の支払を受けることができます。 しかし、賃金の全額の支払を受けられるからといって、労働者が喜んで自宅で待機しているかといえば、そういうことはありません。想像がつくのではないかと思いますが、自宅待機命令が発令されるような事態は普通ではありません。大体、労使関係が抜き差しならないレベルにまで悪化・緊張して、発令に至ります。そのため、自宅待機命令は、 … <p><strong>1.自宅待機命令</strong></p> <p> 使用者は、労働者に対し、自宅で待機することを業務として命じることができます。これを自宅待機命令といいます。</p> <p> この意味での自宅待機命令が発令された場合、自宅で待機すること自体が業務になるため、労働者は自宅で待機しているだけでも賃金の全額の支払を受けることができます。</p> <p> しかし、賃金の全額の支払を受けられるからといって、労働者が喜んで自宅で待機しているかといえば、そういうことはありません。想像がつくのではないかと思いますが、自宅待機命令が発令されるような事態は普通ではありません。大体、労使関係が抜き差しならないレベルにまで悪化・緊張して、発令に至ります。そのため、自宅待機命令は、</p> <p>職場から労働者を不当に排除するものである</p> <p>として、しばしば業務命令権の濫用にあたるのではないのかが争われています。</p> <p> この自宅待機命令が業務命令権の濫用にあたるのではないかという論点との関係で、近時公刊された判例集に参考になる裁判例が掲載されていました。昨日もご紹介させて頂いた、大阪地判令5.10.12労働判例ジャーナル143-30 カウカウフードシステム事件です。</p> <p><strong>2.カウカウフードシステム事件</strong></p> <p> 本件で被告になったのは、菓子の製造及び販売等を目的とする株式会社です。</p> <p> 原告になったのは、被告との間で期間の定めのない労働契約を締結して就労していた方です。賃金の一部が未払である、自宅待機期間(令和4年4月6日~同月20日)の賃金が支払われていない、時間外勤務手当等が未払であるなどと主張し、被告を訴えたのが本件です。</p> <p> 本件の原告は、</p> <p>「原告が令和4年4月6日以降就労しなかったのは、被告が自宅待機命令をし、その後も同命令を解除しなかったからである。そして、原告が同月7日に被告本社を訪問しなかったのは就業時間外であり、別の用事に間に合わないおそれがあったからであって、同日の後も被告本社を訪問しなかったのは、被告側で別の候補日を調整するなどしなかったからである。<span style="text-decoration: underline;">このように被告による自宅待機命令は合理的な理由や根拠に基づかないものであり、原告が労務を提供できなかったのも被告の責めに帰すべき事由に基づくものであるから、被告が賃金支払債務を免れる理由もない。</span>」</p> <p>などと述べ、自宅待機命令期間中の賃金の支払を求めました。</p> <p> その可否を判断するにあたり、裁判所は、次のとおり述べて、自宅待機命令が業務命令権の濫用に該当すると判示しました。</p> <p><strong>(裁判所の判断)</strong></p> <p>「原告は、令和4年4月4日、豊中工場の休憩室において、Dに対し、本件労働契約の賃金額が月額35万円である旨の誓約書を書くよう求め、Dがこの求めを拒否したところ、原告はその場にあったDの社用携帯電話を持ち帰った。Dは、同日夕方に原告の自宅に電話をかけるなどして連絡をとった上で、同日夜にファーストフード店で原告と待ち合わせたところ、原告は誓約書を書くよう要求して携帯電話の返却に応じず、いったんは同店から出たものの、後に同店内に戻り、同月5日未明にDに対して携帯電話を返還した。」</p> <p>「Dは、令和4年4月5日朝に被告本社に上記・・・の経緯を報告したところ、原告に対して自宅待機命令を伝えるとともに、同月7日午後5時に本社に来るように伝えるよう言われた。Dは、同月5日夕方、原告に対し、明日は自宅で待機するよう伝えるとともに、同月7日午後5時に本社に来るように電話で伝えたところ、原告は用事があるとして拒否した。Dは、その際、同月7日以降の就労について何も言わなかった。」</p> <p>(中略)</p> <p>「被告は、令和4年4月5日に原告に対して同月6日の自宅待機を指示しているところ・・・、豊中工場では周知性のある就業規則が当時存在しなかったこと・・・からすると、上記自宅待機の指示は業務命令権によるものと認められる。そして、上記指示は、原告が同月4日にDの携帯電話を無断で持ち帰ったという出来事によることがうかがわれるものの、<span style="text-decoration: underline;">原告の同月5日の豊中工場での就労に支障があったとは認められないことからすると、この出来事に係る事実経過の確認等は原告の豊中工場の就労と両立し、他に原告の就労を許容することができない事情は認められない。</span>」</p> <p>「<span style="text-decoration: underline;">したがって、被告がした自宅待機の指示は業務命令権の濫用であり、原告が同月6日に労務の提供をしなかったことについては、被告に民法536条2項所定の帰責事由が認められる。</span>」</p> <p>「これに対して、被告は、原告は令和4年4月5日に同月6日の自宅待機と同月7日の被告本社での面談を告げられた際に、被告本社に行くことを拒否したのであるから、被告に帰責事由はない旨主張する。」</p> <p>「しかし、<span style="text-decoration: underline;">被告においては、原告が本社に行くことを拒否したとしても、豊中工場での就労を指示することはできたのであるから、被告の指摘する事情をもって被告に帰責事由がないとはいえない。被告の上記主張は採用することができない。</span>」</p> <p><strong>3.就労と両立するなら、自宅待機命令は業務命令権の濫用</strong></p> <p> 使用者は、労働者に対し、広範な指揮命令権を有しています。そのため、業務命令権の行使が権利の濫用であるといえる範囲は、決して広くはありません。 </p> <p> このような状況の中、裁判所は、原告への自宅待機命令が他の従業員の携帯電話を無断で持ち去ったこと(問題行動)を契機としている事実を認定しつつ、</p> <p>「原告の同月5日の豊中工場での就労に支障があったとは認められないことからすると、この出来事に係る事実経過の確認等は原告の豊中工場の就労と両立し、他に原告の就労を許容することができない事情は認められない。」</p> <p>などと述べて、自宅待機命令を業務命令権の濫用だと評価しました。</p> <p> この「就労に支障はない」「就労と両立する」(なら問題行動があったとしても自宅待機命令は出せない)といった考え方は、業務命令権が有効になる場面を相当程度限定するものです。業務命令権の権利濫用性を論証するにあたり活用の余地があり、実務上、参考になります。</p> <p> </p> sskdlawyer 終期が不明確な自宅待機命令後の不就労はどのように評価すべきか? hatenablog://entry/6801883189087969458 2024-03-04T00:42:12+09:00 2024-03-04T00:48:17+09:00 1.自宅待機命令 使用者は、労働者に対し、自宅で待機することを業務として命じることができます。これを自宅待機命令といいます。 この意味での自宅待機命令が発令された場合、自宅で待機すること自体が業務になるため、労働者は自宅で待機しているだけでも賃金の全額の支払を受けることができます。 自宅待機命令に関しては、実務上、それなりの頻度で、 いつまで効力を持つのか? という論点を目にします。 想像がつくのではないかと思いますが、自宅待機命令が発令されるような事態は普通ではありません。大体、労使関係が抜き差しならないレベルにまで悪化・緊張して、発令に至ります。そのため、自宅待機命令を契機として、その日以… <p><strong>1.自宅待機命令</strong></p> <p> 使用者は、労働者に対し、自宅で待機することを業務として命じることができます。これを自宅待機命令といいます。</p> <p> この意味での自宅待機命令が発令された場合、自宅で待機すること自体が業務になるため、労働者は自宅で待機しているだけでも賃金の全額の支払を受けることができます。</p> <p> 自宅待機命令に関しては、実務上、それなりの頻度で、</p> <p>いつまで効力を持つのか?</p> <p>という論点を目にします。</p> <p> 想像がつくのではないかと思いますが、自宅待機命令が発令されるような事態は普通ではありません。大体、労使関係が抜き差しならないレベルにまで悪化・緊張して、発令に至ります。そのため、自宅待機命令を契機として、その日以降、労働者が出社しなくなることは少なくありません。</p> <p> 出社しないでいると、使用者側は、自宅待機を指示した日以降の賃金を支払わなくなります。これは自宅待機を命じたのは飽くまでも特定の日であって、その日以降の不就労にはノーワーク・ノーペイが適用されるという考えに基づいています。</p> <p> しかし、労働者の側は、「その日以降も出社していないのは自宅待機命令が継続しているからだ」という捉え方をします。そして、自宅待機命令を履行し続けているのだからという理屈で賃金の支払を請求します。</p> <p> それでは、どちらの言い分に理由があるのでしょうか?</p> <p> 事案によって結論が変わることは勿論ですが、近時公刊された判例集に、この問題を考えるにあたり参考になる裁判例が掲載されていました。大阪地判令5.10.12労働判例ジャーナル143-30 カウカウフードシステム事件です。</p> <p><strong>2.カウカウフードシステム事件</strong></p> <p> 本件で被告になったのは、菓子の製造及び販売等を目的とする株式会社です。</p> <p> 原告になったのは、被告との間で期間の定めのない労働契約を締結して就労していた方です。賃金の一部が未払である、自宅待機期間(令和4年4月6日~同月20日)の賃金が支払われていない、時間外勤務手当等が未払であるなどと主張し、被告を訴えたのが本件です。</p> <p> 自宅待機命令の効力が問題になったのは、二番目の主張、令和4年4月6日~同月20日の不就労との関係です。</p> <p> 本件における当事者双方の主張は、次のとおりです。</p> <p><strong>(原告の主張)</strong></p> <p>「原告が令和4年4月6日以降就労しなかったのは、被告が自宅待機命令をし、その後も同命令を解除しなかったからである。そして、原告が同月7日に被告本社を訪問しなかったのは就業時間外であり、別の用事に間に合わないおそれがあったからであって、同日の後も被告本社を訪問しなかったのは、被告側で別の候補日を調整するなどしなかったからである。このように被告による自宅待機命令は合理的な理由や根拠に基づかないものであり、原告が労務を提供できなかったのも被告の責めに帰すべき事由に基づくものであるから、被告が賃金支払債務を免れる理由もない。」<br /><strong>(被告の主張)</strong></p> <p>「被告は、原告に対し、令和4年4月5日の夕方に6日の自宅待機命令を伝え、同日、翌7日午後5時から本社での面談実施を伝えたが・・・、原告は正当な理由もなく面談実施を拒否した。原告は、その後もDが連絡した際には『自分から本社に行く』と言いつつも本社に来ることもなく・・・、原告は、同月8日から20日まで無断欠勤した。したがって、被告が労務の提供を拒否したのではないから、被告は賃金の支払義務を負わないい・・・)。」</p> <p> こうした当事者双方の主張を踏まえたうえ、裁判所は、次のとおり述べて、被告に対し、不就労期間中の賃金を支払うよう命じました。</p> <p><strong>(裁判所の判断)</strong></p> <p><strong>・(1)令和4年4月6日について」</strong></p> <p>「被告は、令和4年4月5日に原告に対して同月6日の自宅待機を指示しているところ・・・、豊中工場では周知性のある就業規則が当時存在しなかったこと・・・からすると、上記自宅待機の指示は業務命令権によるものと認められる。そして、<span style="text-decoration: underline;">上記指示は、原告が同月4日にDの携帯電話を無断で持ち帰ったという出来事によることがうかがわれるものの、原告の同月5日の豊中工場での就労に支障があったとは認められないことからすると、この出来事に係る事実経過の確認等は原告の豊中工場の就労と両立し、他に原告の就労を許容することができない事情は認められない。</span>」</p> <p>「<span style="text-decoration: underline;">したがって、被告がした自宅待機の指示は業務命令権の濫用であり、原告が同月6日に労務の提供をしなかったことについては、被告に民法536条2項所定の帰責事由が認められる。</span>」</p> <p>「これに対して、被告は、原告は令和4年4月5日に同月6日の自宅待機と同月7日の被告本社での面談を告げられた際に、被告本社に行くことを拒否したのであるから、被告に帰責事由はない旨主張する。」</p> <p>「しかし、被告においては、原告が本社に行くことを拒否したとしても、豊中工場での就労を指示することはできたのであるから、被告の指摘する事情をもって被告に帰責事由がないとはいえない。被告の上記主張は採用することができない。」</p> <p><strong>・(2)令和4年4月7日から同月20日まで</strong></p> <p>「<span style="text-decoration: underline;">上記・・・で説示したとおり、被告が令和4年4月5日に原告に対してした自宅待機の指示は業務命令権を濫用したものである。そして、被告は、同月6日以降も原告に対して業務上の指示として豊中工場での就労を指示することができたし、出勤しない原告に対して就労意思の有無を確認したり出勤を命じることができたところ、これをしていない。そうすると、原告が同月7日から同月20日までの間労務の提供をしなかったことについては、被告に民法536条2項所定の帰責事由が認められる。</span>」</p> <p>「<span style="text-decoration: underline;">これに対して、被告は、被告が原告に対してした自宅待機命令は令和4年4月6日のみである旨主張し、自宅待機命令通知書(甲7)にはこれに沿う記載がある。</span>」</p> <p>「<span style="text-decoration: underline;">しかし、上記通知書は自宅待機指示の終わった同月21日頃に送付されたものであるから・・・、これに依拠して自宅待機指示の内容を認定することはできない。また、Dは自宅待機命令を告げた際にはその終期について具体的に発言しておらず、同月7日以降の就労についても何も言っていないこと・・・からすると、同月6日のみを対象とする自宅待機の指示があったとも認められない。したがって、被告の上記主張は、前提となる事実が認められないから、採用することができない。</span>」</p> <p>「また、被告は、原告は令和4年4月7日の面談を拒否し、その後も自ら本社に行く旨を伝えつつも本社に行くことがなかったのであるから、原告は無断欠勤をしたものであって、被告に民法536条2項所定の帰責事由はない旨主張し、原告とDとのメッセージのやり取り・・・にはこれに沿う内容がある。」</p> <p>「しかし、上記・・・で説示したとおり、<span style="text-decoration: underline;">被告は、原告に対して豊中工場での就労を指示したり、就労意思の有無を確認したりすることができたところ、これをしていない。</span>また、上記のやり取りを見ても、原告は本社での面談について積極的に対応していないことはうかがわれるものの、豊中工場での就労を拒む内容はうかがわれない。以上によれば、原告とDとのやり取りから、原告が無断欠勤をしたと評価することはできない。被告の上記主張は採用することができない。」</p> <p><strong>3.当初自宅待機命令に権利濫用性が認定されている事案ではあるが・・・</strong></p> <p> 本件は当初自宅待機命令が業務命令権の濫用であると認定されており、念頭におかれていた特定の日以降の不就労について、使用者側の責任を認めやすい素地があったことは確かだと思います。</p> <p> ただ、それを措くとしても、以降の不出勤との関係でも使用者側に賃金を支払えという判断がなされていることは注目に値します。裁判所は、終期が明確に画されていなかったことや、改めて就労意思の有無の確認をしていないことなどを指摘し、以降の不就労期間の賃金も払うよう命じました。</p> <p> 効果が曖昧なまま発令される自発待機命令の終期を考えるにあたり、本裁判例は実務上参考になります。</p> <p> </p> sskdlawyer 中途採用者であっても、事前の指導の欠如が重視されて解雇が無効とされた例 hatenablog://entry/6801883189087687014 2024-03-03T00:12:42+09:00 2024-03-03T00:12:42+09:00 1.事前の注意・指導、改善の機会の付与 勤務態度の不良を理由とする解雇の可否を判断するにあたり、 事前に注意・指導がなされているのか、 改善の機会が付与されていたのか、 が重視されるという言説があります。 これは一面において正しいのですが、必ずしも全ての場合にあてはまるわけではありません。例えば、佐々木宗啓ほか『類型別 労働関係訴訟の実務Ⅱ』〔青林書院、改訂版、令3〕395-396頁には、次のように記載されています。 「長期雇用システムの下の正規従業員については、一般的に、労働契約上、職務経験や知識の乏しい労働者を若年のうちに雇用し、多様な部署で教育しながら職務を果たさせることが前提とされるか… <p><strong>1.事前の注意・指導、改善の機会の付与</strong></p> <p> 勤務態度の不良を理由とする解雇の可否を判断するにあたり、</p> <p>事前に注意・指導がなされているのか、</p> <p>改善の機会が付与されていたのか、</p> <p>が重視されるという言説があります。</p> <p> これは一面において正しいのですが、必ずしも全ての場合にあてはまるわけではありません。例えば、佐々木宗啓ほか『類型別 労働関係訴訟の実務Ⅱ』〔青林書院、改訂版、令3〕395-396頁には、次のように記載されています。</p> <p>「長期雇用システムの下の正規従業員については、一般的に、労働契約上、職務経験や知識の乏しい労働者を若年のうちに雇用し、多様な部署で教育しながら職務を果たさせることが前提とされるから、教育・指導による改善・向上が期待できる限りは、解雇を回避すべきであるということになり、勤務成績・態度不良の該当性や、解雇の相当性は、比較的厳格に判断されることになる。<span style="text-decoration: underline;">他方、高度の技術能力を評価され、特定の職位、職務のために即戦力として高水準の給与で中途採用されたが、その期待された技術能力を有しなかったといえる場合には、労働契約上、労働者には給与に見合った良好な技術能力を示すことが期待されているといえるため、教育・指導が十分であったといえない場合であっても、比較的容易に勤務成績・態度不良に該当し、解雇の相当性が肯定されることになると考えられる。</span>」</p> <p> このように勤務態度不良を理由とする中途採用者の解雇の場面では、事前の注意・指導の持つ意味合いは相対的に弱くなると理解されています。</p> <p> しかし、近時公刊された判例集に、中途採用者に対する解雇でありながら、事前の指導の欠如が重視されて解雇の効力が否定された裁判例が掲載されていました。岐阜地多治見支判令5.10.25労働判例ジャーナル143-26 サラダコスモ事件です。</p> <p><strong>2.サラダコスモ事件</strong></p> <p> 本件で被告になったのは、野菜の小売業を営む株式会社です。</p> <p> 原告になったのは、被告との間で、令和2年7月21日、雇用期間の定めなく、年俸600万円で雇用された方です。</p> <p> この方が、令和2年7月21日に雇用された経緯は、次のとおり認定されてます。</p> <p>「原告は、大学卒業後、平成4年4月に香川銀行に入社し、企画部秘書室に配属され、約20年間勤務し、その後、平成24年11月からハウステンボス株式会社に入社し、経営企画室社長秘書に就任し、平成28年12月からラグーナテンボス株式会社に出向していた・・・。」</p> <p>「被告代表者は、令和2年3月、ハウステンボス株式会社の会長と面談する際に知り合った同人の秘書であった原告を面接し、被告で採用することした・・・。」</p> <p>「原告は、令和2年7月20日、ハウステンボス株式会社を退社し・・・、翌21日、被告に入社し、従事すべき業務を生産管理として、被告本社で勤務を開始した・・・。」</p> <p> しかし、令和3年3月1日付けで、次のような事由があるとして普通解雇されました。</p> <p>「ア 原告は、令和2年10月、養老生産センターの責任者であるC・・・に対し、同施設稼働前に見学を求めた・・・。」 </p> <p>「イ 原告は、令和2年12月1日、養老生産センターの稼働のための引越作業の最中に、遅刻して出勤し、挨拶もせずにCに自己の席を尋ねた・・・。」</p> <p>ウ 原告は、養老生産センターにおいて、従業員一人当たり1個のロッカーが与えられる中、無断で2個のロッカーを使用し、また、被告が使用を義務付けて配布していたサンダルを使用しなかった・・・。」</p> <p>「エ 原告は、養老生産センターのパート従業員からのあいさつを無視した・・・。」</p> <p>「オ 原告は、昼休み前に食事をし、勤務時間中に職務をせずに被告の携帯電話で電話をしていた・・・。」</p> <p>「カ 原告は、被告の人事担当者を叱責した・・・。」</p> <p>「キ 原告は、養老生産センターのD課長に車で自宅まで迎えに来させた・・・。」</p> <p>「ク 原告は、養老生産センターの工場長である被告執行役員E・・・の指示を無視し、同人が指定した工事業者ではなく、原告の知古の工事業者を利用しようとした・・・。」</p> <p>「ケ 原告は、被告代表者には媚びるが、被告の他の社員を見下し、同社員の話を聞かず、高圧的な態度をとった・・・。」</p> <p>「コ 原告は、令和2年11月3日には被告支配人のFから指導を受け、令和3年1月26日は被告代表者から指導を受け、同年2月5日は被告総務部長G・・・から改善指導書・・・に基づく指導を受けたが、各指導を受入れなかった・・・。」</p> <p> これを受けて、原告の方は、解雇の効力を争い、被告を相手取って、労働契約上の地位の確認と呻吟の支払を求める訴えを提起しました。</p> <p> 裁判所は、ア、イ、エ、カ、キ、クの事由が認められないとしたうえ、次のとおり述べて、解雇の効力を否定しました。</p> <p><strong>(裁判所の判断)</strong></p> <p>「原告には、解雇事由ウの養老生産センターにおいて2個のロッカーを使用したこと及び従業員用のサンダルを使用しなかったこと、解雇事由オの昼休み前に食事をし、勤務時間中に被告の携帯電話で電話していたこと、解雇事由キの原告がD課長に自宅まで車で送迎されたこと、解雇事由ケの被告代表者に媚びるが、他の被告の社員を見下し、同社員の話を聞かず、高圧的な態度をとったこと、解雇事由コの被告支配人Fから被告代表者への上申の仕方について指導を受け、Gから本件指導書を読み上げられたことが認められる。」</p> <p>「上記解雇事由キについて上記・・・のとおり、原告がD課長に送迎を命じたと認められないことからすれば、そもそも被告の主張するような就業規則上の解雇事由に該当するとはいえない。上記解雇事由ウ及びオについては、<span style="text-decoration: underline;">本件証拠上、被告から原告に対する指導があったと認められない。</span>また、上記解雇事由コについても、Gが原告に対して本件指導書を読み上げたにとどまり、<span style="text-decoration: underline;">被告から原告に対して直接具体的な指導が行われたとは認められない。</span>」</p> <p>「以上によれば、上記解雇事由ケを考慮したとしても、その余の認められる解雇事由について<span style="text-decoration: underline;">被告から原告に対して改善のための指導が行われたと評価できない</span>中、認定事実・・・のとおり、原告は被告代表者から退職勧奨を受け、その後本件解雇に至っていることからすれば、本件解雇は、客観的に合理的な理由を欠いているといえるのであり、社会通念上相当であると認められないので、その権利を濫用したものとして、無効である(労働契約法16条)。」</p> <p><strong>3.中途であっても、事前の指導もなく短期間で解雇することは難しいのではないか</strong></p> <p> 雇用契約の締結に至る経緯をみると、本件の原告は、一定の能力を前提に高水準の給与で中途採用された方と言っても良いように思います。</p> <p> しかし、裁判所は、事前の指導の欠如を再三に渡って指摘し、解雇の効力を否定しました。裁判所の考え方は想像するよりほかありませんが、やはり中途とはいえ、</p> <p>事前の注意・指導もなく短期間(令和2年7月21日雇用~令和3年3月1日解雇)で見切りをつけるのはあまりにも酷ではないか、</p> <p>指導してから改善したかどうかを判断するまでは、もう少し時間をかけても良いのではないか、</p> <p>といった考慮があったのではないかと思います。</p> <p> 事前の指導の欠如が持つ意味合いは事案毎に異なります。必ずしも全ての中途事案で重視されていないわけではありません。解雇に納得できない場合、あまり悲観的になることなく、取り敢えず、弁護士のもとに相談に行ってみてはどうかと思います。もちろん、当事務所で相談をお受けすることも可能です。悲観/楽観の判断をするのは、法専門家のもとに相談にった後からでも、決して遅くはありません。</p> <p> </p> sskdlawyer 代償措置がなくても有効となり得る競業避止義務の類型-在職中に知り得た顧客と離職後1年間は取引をしてはならない hatenablog://entry/6801883189087405729 2024-03-01T22:32:00+09:00 2024-03-01T22:32:00+09:00 1.競業禁止 一般論として、使用者と労働者との間で交わされる競業禁止契約(同業他社に転職したり、同業を自ら営まないとする契約)は、そう簡単には有効になりません。 東京地裁労働部の裁判官らによる著作にも、「多くの裁判例は、①退職時の労働者の地位・役職、②禁止される競業行為の内容、③競業禁止の期間の長さ・場所的範囲の大小、④競業禁止に対する代償措置の有無・内容等を考慮し、合理的な範囲でのみ競業禁止の効力を認めている・・・。なお、最近の裁判例は、制限の期間、範囲を必要最小限にとどめることや、一定の代償措置を求めるなど、厳しい態度をとる傾向にある」と記述されています。(佐々木宗啓ほか編著『類型別 労働… <p><strong>1.競業禁止</strong></p> <p> 一般論として、使用者と労働者との間で交わされる競業禁止契約(同業他社に転職したり、同業を自ら営まないとする契約)は、そう簡単には有効になりません。</p> <p> 東京地裁労働部の裁判官らによる著作にも、「多くの裁判例は、①退職時の労働者の地位・役職、②禁止される競業行為の内容、③競業禁止の期間の長さ・場所的範囲の大小、④競業禁止に対する代償措置の有無・内容等を考慮し、合理的な範囲でのみ競業禁止の効力を認めている・・・。なお、最近の裁判例は、制限の期間、範囲を必要最小限にとどめることや、<span style="text-decoration: underline;">一定の代償措置を求めるなど</span>、厳しい態度をとる傾向にある」と記述されています。(佐々木宗啓ほか編著『類型別 労働関係訴訟の実務Ⅱ』〔青林書院、改訂版、令3〕595頁参照)。</p> <p> しかし、近時公刊された判例集に、代償措置がないにもかかわらず、一定の範囲で競業を禁止することを許容した裁判例が掲載されていました。昨日もご紹介させて頂いた、東京地判令5.6.16労働判例ジャーナル143-48 創育事件です。</p> <p><strong>2.創育事件</strong></p> <p> 本件で原告になったのは、教育関係の出版事業等を目的とする株式会社です。元従業員であるB、C、Dを被告として、競業避止義務違反を理由とする損害賠償や、在職中に知り得た顧客との取引の差止め等を請求する訴えを提起しました。</p> <p> 原告が請求の根拠にしたのは、</p> <p>被告Cが署名した誓約書に記載されている「私は、会社退職後6ヶ月間は、日本国内において会社と競業する業務を行わず、会社に在職中に知り得た機密情報又は業務遂行上知り得た特別の技術的機密を利用して、会社と競合的あるいは競業的行為を行いません。」との定め(本件誓約事項)、</p> <p>「従業員のうち役職者、又は企画の職務に従事していた者が退職し、又は解雇された場合は、会社の承認を得ずに離職後6ヵ月間は日本国内において会社と競業する業務を行ってはならない」とする就業規則の定め(本件規定1)、</p> <p>「<span style="text-decoration: underline;">会社在職中に知り得た顧客と離職後1年間は取引をしてはならない」とする就業規則の定め(本件規定2)</span></p> <p>の三つです。</p> <p> 本件誓約事項、本件各規定(本件規定1及び本件規定2)の効力は、当然、被告らによって争われましたが、この問題について、裁判所は、次のとおり判示しました。昨日は、本件誓約事項、本件規定1に焦点を当てましたが、今日、注目して頂きたいのは、本件規定2に関する判示部分です。</p> <p><strong>(裁判所の判断)</strong></p> <p>「本件規定1は、原告の従業員のうち役職者等が原告退職後に原告と競業する業務を行ってはならないという内容、本件誓約事項は、被告Cが原告退職後に原告と競業する業務を行わず、在職中に知り得た機密情報又は業務遂行上知り得た特別の技術的機密を利用して原告と競業的又は競合的行為を行わないことを誓約する内容、<span style="text-decoration: underline;">本件規定2は、役職者等が原告退職後に会社在職中に知り得た顧客と取引をしてはならないという内容になっている。</span>」</p> <p>「労働者は、職業選択の自由や営業の自由を保障されているから、退職後の転職や営業を一定の範囲で禁止する本件各規定及び本件誓約事項は、その目的、在職中の職位、職務内容、制限の範囲、代償措置の有無等に照らし、競業や取引を禁止することに合理性があると認められないときは、公序良俗に反するものとして無効であると解される。」</p> <p>「本件各規定の目的について、原告は、顧客情報やノウハウ等の秘密情報並びに顧客との取引関係及び人的関係である旨主張する(本件誓約事項も同じ目的を主張する趣旨と解される。)。」</p> <p>「原告が平成17年の設立時から学力テスト事業を行っており、主に神奈川県下の公立中学校と継続的な取引を行い、顧客の開拓や維持に相応の労力等をかけていると考えられること、学力テスト事業の顧客である公立中学校の数に限りがあることからすれば、原告の顧客との取引関係を維持する必要性が認められ、<span style="text-decoration: underline;">原告の顧客との取引関係を維持するため、従業員に対し、原告在職中に知り得た原告の顧客と取引(原告と競業する学力テスト事業の取引)を行うことを禁止する必要性があると認められる。</span>」</p> <p>「また、原告の顧客を維持するため、原告の顧客である公立中学校がいずれであるかなどの顧客情報は原告にとって保護すべき理由が一定程度あるほか、原告の学力テスト事業には、学力テストの内容や統計データ等の一定のノウハウがあると考えられ、原告のノウハウ等を保護すべき一定の正当性があると認められる。もっとも、公立中学校の名称等は一般に明らかになっており、顧客情報自体が秘密情報として高い価値を有するとまでは認められず、また、原告のノウハウが入手困難で高い独創性や価値を有することを認めるに足りる的確な証拠はない(なお、原告のF支店の営業担当者であったGは、原告の他社と違うノウハウがどのような点にあるか分からない旨述べている。・・・)。原告は、シンクアンドクエストが原告の学力テストの個人成績表、成績処理システムを利用している旨主張し、その旨の証拠・・・を提出するが、これらをもって原告に独創性や価値の高いノウハウがあるとまでは直ちに認められない。そうすると、原告の顧客との取引の禁止に加え、競業を禁止する義務を課す利益が大きいとまでは直ちに認められない。」</p> <p>「<span style="text-decoration: underline;">被告らはいずれもF支店の営業担当者であり、営業担当者として、原告の従業員としての勤務を通じ、原告の顧客と信頼関係を形成することが想定されていたといえるから、顧客との取引関係を維持するため、原告在職中に知り得た顧客との取引を禁止する必要性は高いといえる。</span>」</p> <p>「他方、被告らは、神奈川県内の顧客情報や、営業担当者として学力テストの内容等のノウハウに関して一定の認識を有していたと認められるものの、被告らの職位は高くなく、また、係長や課長の役職の付された被告C及び被告Dについて役職に応じた権限を有していたとまでは認められず、被告らが高度なノウハウ等を認識していたとまでは認められない。この点、本件各規定は対象者を役職者等としているものの、『役職者』の文言、本件就業規則に『役職者』の定義が置かれておらず、係長以上の者に役職手当の支払がされていたこと(本件賃金規程8条)などからすれば、本件各規定の『役職者』とは、原告において係長以上の役職を有する者と認めるのが相当であり、本件各規定の対象者の範囲が狭いとまではいえない(上記のとおり、係長や課長の役職であっても高度なノウハウ等を認識していたとまでは認められないことからすれば、係長以上の役職にある『役職者』に該当することをもって、競業する業務を行うことを禁止する必要性が高いとは直ちにいえない。)。」</p> <p>「<span style="text-decoration: underline;">本件規定2の顧客との取引禁止期間は1年間と本件規定1及び本件誓約事項より長いものの、長期とまではいえず、原告在職中に知り得た原告の顧客と競業する取引を行うことを禁止するものであるから、従業員に対する制約が大きいとまではいえない。</span>他方、本件規定1及び本件誓約事項における競業禁止の期間は6か月と比較的短いといえるが禁止の範囲が日本国内と特に制限されておらず、競業する業務を行うことができない点で、従業員に対する制約が大きいといえる。」</p> <p>「被告らは、原告から競業避止義務を負うことの代償措置を受けたと認められない上(被告らが受給していた手当が競業避止義務を負うことの代償措置であるとは認められない。)、賃金が特に高額であるとはいえず、令和元年5月以降、それまで支給されていた会場出勤の手当の支給を受けなくなり、令和元年夏及び令和2年夏は賞与を支給されないなどの状況にあった。」</p> <p>「<span style="text-decoration: underline;">このように、本件規定2について、営業担当者である被告らについて原告の顧客との取引を禁止する必要性が大きい上、従業員に対する制約が大きいとまではいえないことからすれば、被告らが代償措置を受けていないことを考慮しても、原告在職中に知り得た原告の顧客との取引を禁止することに合理性があると認められないとはいえず、本件規定2が公序良俗に反し無効であるとまではいえない。</span>」</p> <p>「他方、原告において顧客との取引やノウハウ等を保護する観点から従業員に競業を禁止する義務を課すことの正当性があるとはいえるものの、ノウハウ等が高度であったことまでは認められず、競業禁止による制約が大きく、被告らが代償措置を受けていないことなどからすれば、被告らが原告と競業する業務を行うことを禁止する旨の本件規定1及び被告Cが原告と競業する業務を行うことを禁止する旨の本件誓約事項は、合理性があると認められず、公序良俗に反し無効というべきである。また、本件誓約事項は、〔ア〕会社と競業する業務を行わないほか、〔イ〕原告在職中に知り得た機密情報又は業務遂行上知り得た特別の技術的機密を利用して、競合的あるいは競業的行為を行わない旨が定められているところ、〔イ〕は、機密情報や技術的機密を利用する場合との限定があるものの、その文言や、〔ア〕と〔イ〕を別に規定していることからすれば、〔イ〕の『競合的あるいは競業的行為』とは、〔ア〕の『競業する業務』より広い意味を指すものと解される上、その内容も明確であるとはいえないこと、上記で検討した事情からすれば、〔イ〕の部分についても、合理性があると認められず、公序良俗に反し無効というべきである。」</p> <p><strong>3.競業禁止はダメでも顧客との取引不可は有効になることがある</strong></p> <p> 以上のとおり、裁判所は、特段の代償措置が設けられていなかったにもかかわらず、</p> <p>「会社在職中に知り得た顧客と離職後1年間は取引をしてはならない」</p> <p>とする就業規則の有効性を認めました。</p> <p> 代償措置のない競業避止義務はそう簡単に有効になるものではありませんが、中には例外もあります。代償措置がないからといって何をしても大丈夫だと高を括っていると足元を掬われかねないので注意が必要です。</p> <p> </p> sskdlawyer 期間が短くても代償措置のない広範囲な競業禁止が無効になるとされた例 hatenablog://entry/6801883189087180585 2024-03-01T01:15:07+09:00 2024-03-01T01:16:56+09:00 1.競業禁止 一般論として、使用者と労働者との間で交わされる競業禁止契約(同業他社に転職したり、同業を自ら営まないとする契約)は、そう簡単には有効になりません。 東京地裁労働部の裁判官らによる著作にも、「多くの裁判例は、①退職時の労働者の地位・役職、②禁止される競業行為の内容、③競業禁止の期間の長さ・場所的範囲の大小、④競業禁止に対する代償措置の有無・内容等を考慮し、合理的な範囲でのみ競業禁止の効力を認めている・・・。なお、最近の裁判例は、制限の期間、範囲を必要最小限にとどめることや、一定の代償措置を求めるなど、厳しい態度をとる傾向にある」と記述されています。(佐々木宗啓ほか編著『類型別 労働… <p><strong>1.競業禁止</strong></p> <p> 一般論として、使用者と労働者との間で交わされる競業禁止契約(同業他社に転職したり、同業を自ら営まないとする契約)は、そう簡単には有効になりません。</p> <p> 東京地裁労働部の裁判官らによる著作にも、「多くの裁判例は、①退職時の労働者の地位・役職、②禁止される競業行為の内容、③競業禁止の期間の長さ・場所的範囲の大小、④競業禁止に対する代償措置の有無・内容等を考慮し、合理的な範囲でのみ競業禁止の効力を認めている・・・。なお、<span style="text-decoration: underline;">最近の裁判例は、制限の期間、範囲を必要最小限にとどめることや、一定の代償措置を求めるなど、厳しい態度をとる傾向にある</span>」と記述されています。(佐々木宗啓ほか編著『類型別 労働関係訴訟の実務Ⅱ』〔青林書院、改訂版、令3〕595頁参照)。</p> <p> このような状況の中、一部企業の間で、誓約の範囲を抑え込むことにより、代償措置を講じないまま競業を禁止しようとする試みがなされています。例えば、競業禁止の期間を6か月と比較的短期間に留めるといったようにです。</p> <p> それでは、こうしたアプローチによる代償措置のない競業禁止の効力は、裁判上、どのように理解されるのでしょうか? この問題を考えるにあたり参考になる裁判例が、近時公刊された判例集に掲載されていました。東京地判令5.6.16労働判例ジャーナル143-48 創育事件です。</p> <p><strong>2.創育事件</strong></p> <p> 本件で原告になったのは、教育関係の出版事業等を目的とする株式会社です。元従業員であるB、C、Dを被告として、競業避止義務違反を理由とする損害賠償や、在職中に知り得た顧客との取引の差止め等を請求する訴えを提起しました。</p> <p> 原告が請求の根拠にしたのは、</p> <p>被告Cが署名した誓約書に記載されている「私は、会社退職後6ヶ月間は、日本国内において会社と競業する業務を行わず、会社に在職中に知り得た機密情報又は業務遂行上知り得た特別の技術的機密を利用して、会社と競合的あるいは競業的行為を行いません。」との定め(本件誓約事項)、</p> <p>「従業員のうち役職者、又は企画の職務に従事していた者が退職し、又は解雇された場合は、会社の承認を得ずに離職後6ヵ月間は日本国内において会社と競業する業務を行ってはならない」とする就業規則の定め(本件規定1)、</p> <p>「会社在職中に知り得た顧客と離職後1年間は取引をしてはならない」とする就業規則の定め(本件規定2)</p> <p>の三つです。</p> <p> 本件誓約事項、本件各規定(本件規定1及び本件規定2)の効力は、当然、被告らによって争われましたが、この問題について、裁判所は、次のとおり判示しました。</p> <p><strong>(裁判所の判断)</strong></p> <p>「本件規定1は、原告の従業員のうち役職者等が原告退職後に原告と競業する業務を行ってはならないという内容、本件誓約事項は、被告Cが原告退職後に原告と競業する業務を行わず、在職中に知り得た機密情報又は業務遂行上知り得た特別の技術的機密を利用して原告と競業的又は競合的行為を行わないことを誓約する内容、本件規定2は、役職者等が原告退職後に会社在職中に知り得た顧客と取引をしてはならないという内容になっている。」</p> <p>「労働者は、職業選択の自由や営業の自由を保障されているから、退職後の転職や営業を一定の範囲で禁止する本件各規定及び本件誓約事項は、その目的、在職中の職位、職務内容、制限の範囲、代償措置の有無等に照らし、競業や取引を禁止することに合理性があると認められないときは、公序良俗に反するものとして無効であると解される。」</p> <p>「本件各規定の目的について、原告は、顧客情報やノウハウ等の秘密情報並びに顧客との取引関係及び人的関係である旨主張する(本件誓約事項も同じ目的を主張する趣旨と解される。)。」</p> <p>「原告が平成17年の設立時から学力テスト事業を行っており、主に神奈川県下の公立中学校と継続的な取引を行い、顧客の開拓や維持に相応の労力等をかけていると考えられること、学力テスト事業の顧客である公立中学校の数に限りがあることからすれば、原告の顧客との取引関係を維持する必要性が認められ、原告の顧客との取引関係を維持するため、従業員に対し、原告在職中に知り得た原告の顧客と取引(原告と競業する学力テスト事業の取引)を行うことを禁止する必要性があると認められる。」</p> <p>「また、原告の顧客を維持するため、原告の顧客である公立中学校がいずれであるかなどの顧客情報は原告にとって保護すべき理由が一定程度あるほか、原告の学力テスト事業には、学力テストの内容や統計データ等の一定のノウハウがあると考えられ、原告のノウハウ等を保護すべき一定の正当性があると認められる。もっとも、公立中学校の名称等は一般に明らかになっており、顧客情報自体が秘密情報として高い価値を有するとまでは認められず、また、原告のノウハウが入手困難で高い独創性や価値を有することを認めるに足りる的確な証拠はない(なお、原告のF支店の営業担当者であったGは、原告の他社と違うノウハウがどのような点にあるか分からない旨述べている。・・・)。原告は、シンクアンドクエストが原告の学力テストの個人成績表、成績処理システムを利用している旨主張し、その旨の証拠・・・を提出するが、これらをもって原告に独創性や価値の高いノウハウがあるとまでは直ちに認められない。そうすると、<span style="text-decoration: underline;">原告の顧客との取引の禁止に加え、競業を禁止する義務を課す利益が大きいとまでは直ちに認められない。</span>」</p> <p>「被告らはいずれもF支店の営業担当者であり、営業担当者として、原告の従業員としての勤務を通じ、原告の顧客と信頼関係を形成することが想定されていたといえるから、顧客との取引関係を維持するため、原告在職中に知り得た顧客との取引を禁止する必要性は高いといえる。」</p> <p>「他方、被告らは、神奈川県内の顧客情報や、営業担当者として学力テストの内容等のノウハウに関して一定の認識を有していたと認められるものの、被告らの職位は高くなく、また、係長や課長の役職の付された被告C及び被告Dについて役職に応じた権限を有していたとまでは認められず、被告らが高度なノウハウ等を認識していたとまでは認められない。この点、本件各規定は対象者を役職者等としているものの、『役職者』の文言、本件就業規則に『役職者』の定義が置かれておらず、係長以上の者に役職手当の支払がされていたこと(本件賃金規程8条)などからすれば、本件各規定の『役職者』とは、原告において係長以上の役職を有する者と認めるのが相当であり、本件各規定の対象者の範囲が狭いとまではいえない(上記のとおり、係長や課長の役職であっても高度なノウハウ等を認識していたとまでは認められないことからすれば、係長以上の役職にある『役職者』に該当することをもって、競業する業務を行うことを禁止する必要性が高いとは直ちにいえない。)。」</p> <p>「本件規定2の顧客との取引禁止期間は1年間と本件規定1及び本件誓約事項より長いものの、長期とまではいえず、原告在職中に知り得た原告の顧客と競業する取引を行うことを禁止するものであるから、従業員に対する制約が大きいとまではいえない。<span style="text-decoration: underline;">他方、本件規定1及び本件誓約事項における競業禁止の期間は6か月と比較的短いといえるが禁止の範囲が日本国内と特に制限されておらず、競業する業務を行うことができない点で、従業員に対する制約が大きいといえる。</span>」</p> <p>「<span style="text-decoration: underline;">被告らは、原告から競業避止義務を負うことの代償措置を受けたと認められない上(被告らが受給していた手当が競業避止義務を負うことの代償措置であるとは認められない。)、賃金が特に高額であるとはいえず、令和元年5月以降、それまで支給されていた会場出勤の手当の支給を受けなくなり、令和元年夏及び令和2年夏は賞与を支給されないなどの状況にあった。</span>」</p> <p>「このように、本件規定2について、営業担当者である被告らについて原告の顧客との取引を禁止する必要性が大きい上、従業員に対する制約が大きいとまではいえないことからすれば、被告らが代償措置を受けていないことを考慮しても、原告在職中に知り得た原告の顧客との取引を禁止することに合理性があると認められないとはいえず、本件規定2が公序良俗に反し無効であるとまではいえない。」</p> <p>「<span style="text-decoration: underline;">他方、原告において顧客との取引やノウハウ等を保護する観点から従業員に競業を禁止する義務を課すことの正当性があるとはいえるものの、ノウハウ等が高度であったことまでは認められず、競業禁止による制約が大きく、被告らが代償措置を受けていないことなどからすれば、被告らが原告と競業する業務を行うことを禁止する旨の本件規定1及び被告Cが原告と競業する業務を行うことを禁止する旨の本件誓約事項は、合理性があると認められず、公序良俗に反し無効というべきである。また、本件誓約事項は、〔ア〕会社と競業する業務を行わないほか、〔イ〕原告在職中に知り得た機密情報又は業務遂行上知り得た特別の技術的機密を利用して、競合的あるいは競業的行為を行わない旨が定められているところ、〔イ〕は、機密情報や技術的機密を利用する場合との限定があるものの、その文言や、〔ア〕と〔イ〕を別に規定していることからすれば、〔イ〕の『競合的あるいは競業的行為』とは、〔ア〕の『競業する業務』より広い意味を指すものと解される上、その内容も明確であるとはいえないこと、上記で検討した事情からすれば、〔イ〕の部分についても、合理性があると認められず、公序良俗に反し無効というべきである。</span>」</p> <p><strong>3.比較的短期間(6か月)でも広範な競業の禁止はダメ</strong></p> <p> 以上のとおり、裁判所は、比較的短期間(6か月)であっても、それほど高い必要性もないのに広範に競業を禁止することは許されないと判示しました。</p> <p> 禁止期間を狭めることで、代償措置なしの広範な競業禁止の効力を維持しようとするアプローチが否定された例として、実務上参考になります。</p> <p> </p> sskdlawyer 審査委員会の答申に基づく違法な懲戒処分-誰のどのような行為が「過失」になるのか? hatenablog://entry/6801883189086919793 2024-02-29T00:47:15+09:00 2024-02-29T00:47:15+09:00 1.違法な懲戒処分に対する救済 違法な懲戒処分への対抗手段としては、 懲戒処分の効力を争うことのほか、 慰謝料などの損害の賠償を請求すること、 が考えられます。 このうち慰謝料などの損害賠償請求は、懲戒処分の効力だけを争う場合よりも、ハードルが高いのが通常です。違法でありさえすれば懲戒処分の効力は否定できますが、損害賠償請求を行うにあたっては、加害者の故意・過失や、懲戒処分の効力を否定するだけでは回復されない損害の発生を立証する必要があるからです。 この加害者の故意・過失に関係する論点の一つに、 審査委員会の答申に基づいて行われた懲戒処分の故意・過失をどのように捉えるのか、 という問題がありま… <p><strong>1.違法な懲戒処分に対する救済</strong></p> <p> 違法な懲戒処分への対抗手段としては、</p> <p>懲戒処分の効力を争うことのほか、</p> <p>慰謝料などの損害の賠償を請求すること、</p> <p>が考えられます。</p> <p> このうち慰謝料などの損害賠償請求は、懲戒処分の効力だけを争う場合よりも、ハードルが高いのが通常です。違法でありさえすれば懲戒処分の効力は否定できますが、損害賠償請求を行うにあたっては、加害者の故意・過失や、懲戒処分の効力を否定するだけでは回復されない損害の発生を立証する必要があるからです。</p> <p> この加害者の故意・過失に関係する論点の一つに、</p> <p>審査委員会の答申に基づいて行われた懲戒処分の故意・過失をどのように捉えるのか、</p> <p>という問題があります。</p> <p> 大規模な法人や公共団体では、審議体の議決や答申に基づいて懲戒処分が行われることがあります。こうした法人・団体に違法な懲戒処分を行ったことを理由とする損害賠償請求を行うと、しばしば</p> <p>「懲戒の可否や処分量定は、審議体の答申に基づいて慎重に決定しており、過失はない。」</p> <p>という反論が返ってきます。</p> <p> 確かに、自分で判断せず、審議体の議論に委ねていることは、一見すると恣意を排した慎重な仕組みであるようにも思えます。それでは、こうした仕組みがとられている場合、故意や過失を問題にする余地はなくなってしまうのでしょうか?</p> <p> この問題を考えるにあたり参考になる裁判例が、近時公刊された判例集に掲載されていました。昨日もご紹介した、甲府地判令5.10.3労働判例ジャーナル143-38 富士吉田市事件です。</p> <p><strong>2.富士吉田市事件</strong></p> <p> 本件で被告になったのは、富士吉田市です。</p> <p> 原告になったのは、被告が運営する市立病院の院長と看護専門学校の校長とを兼職していた方です。</p> <p>C歯科医師の患者への不適切な対応やパワーハラスメントに適切な指導を行わなかったことなどを理由に6か月間減給10分の1とする懲戒処分(本件懲戒処分)を受けるとともに(本件懲戒処分)、</p> <p>市立病院長から解任され、看護専門学校長の専任とする配置転換処分(本件配置転換処分)を受けました。</p> <p> 原告が訴訟提起して本件懲戒処分と本件配置転換処分の効力を争ったところ、裁判所は、懲戒理由はいずれも存在しないとしたうえ、本件懲戒処分、本件配置転換処分の効力を否定しました(前訴)。</p> <p> その後、本件各処分(本件懲戒処分、本件配置転換命令)が違法であることを理由として、改めて損害賠償を請求する訴えを提起したのが本件です。</p> <p> 本件懲戒処分は、富士吉田市職員の懲戒の手続及び結果に関する条例及び富士吉田市職員分限懲戒等審査委員会規則に基づく富士吉田市職員分限懲戒等審査委員会の答申に基づいてされたものでした。</p> <p> 裁判所は原告の損害賠償請求を金400万円の限度で認めましたが、本件懲戒処分の故意・過失の存否について、次のとおり判示しました。</p> <p><strong>(裁判所の判断)</strong></p> <p>「前訴において、原告の懲戒理由・・・について、いずれも存在しないと認定され、被告市長の本件懲戒処分は裁量権の逸脱又は濫用であるとして、取り消されている。」</p> <p>「したがって、本件懲戒処分は違法であると言わざるを得ないところ、被告は、本件懲戒処分の根拠となる調査態様及び内容等に照らせば、その報告に従って判断した被告市長に過失は存在しないと主張し、認定事実・・・のとおり、本件報告書及び本件答申では前記懲戒理由の存在が認められ、懲戒処分が相当である旨報告がされている事実が認められる。」</p> <p>「しかし、原告に対する本件懲戒処分の懲戒理由〔2〕及び〔3〕に関して、C歯科医師による診療拒否を原告が放置又は擁護したことが問題とされていることから、その前提となるC歯科医師による診療拒否の事実の有無が重要な検討事項であるところ、その有無を判断するに当たっては、『正当な理由』(歯科医師法19条1項)を十分に検討する必要があったところ、そもそも、認定事実・・・のとおり、本件答申の前提となる審査委員会の事情聴取においても、紹介状を持参した患者につき、C歯科医師が最終的に診療を行わなかった事例は1件のみであった。また、認定事実・・・のとおり、審査委員会の事情聴取からうかがわれるC歯科医師による診療拒否問題とされるものの具体的内容は、主として、市立病院との信頼関係のない特定の歯科医師から市立病院への紹介がなされない状態となっていたことと、患者が持参した紹介状の形式的・実質的な内容が不十分な紹介状については、再取得を求められることとなった結果、即時に診療が開始されなかったことを指すものと考えられるところ、前者については、市立病院との信頼関係の欠如を理由に、地域の歯科医師の判断において市立病院へ紹介することを避けていたに過ぎないものとも考えられ、審査委員会の事情聴取において、少なくとも、C歯科医師が特定の歯科医師に対し、およそ紹介状を持参したとしても診療しない旨を表明していた事実などが明らかになっているとは言えない。さらに、後者の紹介状の不備の点についても、審査委員会の事情聴取からは、紹介状の形式的・実質的内容に関するC歯科医師の要求度が高い結果、即時に診療が開始されなかったに過ぎず、かえって、最終的にはいずれの患者についても診療はなされたことがうかがわれる。このように、審査委員会における事情聴取の内容に照らせば、C歯科医師の対応は、『正当な理由』に基づくものであるとの評価も十分可能であったというべきところ、この点を斟酌することなく、C歯科医師の対応が不当な診療拒否であると認めた本件答申は、特段の根拠もなく、歯科医師会との関係悪化の原因をC歯科医師又は市立病院側にあることを前提にした、恣意的なものであると言わざるを得ない。」</p> <p>「また、懲戒理由〔3〕に関し、確かに審査委員会において、C歯科医師からパワーハラスメントを受けたとする看護師や歯科衛生士が事情聴取を受け,C歯科医師からのパワーハラスメントの具体的なエピソードを証言しており、本件答申がC歯科医師によるパワーハラスメントの事実があったことを前提とすること自体、不適切とは言い難い。しかし、原告に対する本件懲戒処分の懲戒理由〔3〕は、かかるC歯科医師によるパワーハラスメントにつき、原告が適切に指導しなかったというものであるところ、審査委員会の原告に対する事情聴取においては、このC歯科医師によるパワーハラスメントに関する指摘が一切なされていないところ、そもそも原告においてパワーハラスメントの事実を知る端緒があったかどうか、原告が当該事実を知っていたかどうか、知っていたとしてC歯科医師に指導したか否かなど、指導したとした場合のその内容など、本件答申において懲戒を相当とする理由に指摘するのであれば、原告にそのことに関する弁解の機会を与えるべきである。それにもかかわらず、そのような弁解の機会が設けられず、原告から具体的な弁解内容を聴取しないまま、C歯科医師のパワーハラスメントについて適切な指導等を行わなかったとする本件答申は、十分な検討がなされた上でなされたものとは言えない。」</p> <p>「本件懲戒処分は、本件答申の内容を重視し、これを前提になされているところ、認定事実・・・のとおり、本件答申の前提となる本件報告書は、E会長による要望書をきっかけとして、被告市長が事実関係の調査を命じ、これを受けて作成されたものである。そして、上記・・・のとおり、本件答申自体、重要な点において恣意的であったり、懲戒処分を受ける者の弁解を十分に検討したりすることなくなされていることなどからすると、不十分な内容のものであったというべきである。そうすると、<span style="text-decoration: underline;">かかる不十分な答申の内容を特段吟味することなく、答申に沿う形で原告に対する違法な本件懲戒処分を行った被告市長には少なくとも過失が認められるというべきである。</span>」</p> <p><strong>3.答申の内容を吟味すべき注意義務</strong></p> <p> 上述のとおり、裁判所は、過失の対象を、答申の内容を特段吟味検討することなく懲戒処分を行った懲戒権者市長の行為として捉えました。審議体による答申に基づいているからといって、直ちに過失が否定されることにならないとした点は重要な判示だと思います。</p> <p> また、審議体の答申に基づいて懲戒処分が行われる類型の懲戒処分について、誰の・どのような行為を過失として捕捉すれば良いのかを考えるにあたっても、裁判所の判断は実務上参考になります。</p> <p> </p> sskdlawyer