1.深夜割増賃金
労働基準法37条4項は、
「使用者が、午後十時から午前五時まで(厚生労働大臣が必要であると認める場合においては、その定める地域又は期間については午後十一時から午前六時まで)の間において労働させた場合においては、その時間の労働については、通常の労働時間の賃金の計算額の二割五分以上の率で計算した割増賃金を支払わなければならない。」
と規定しています。いわゆる深夜割増賃金を定めた規定です。
この条文の解釈については通達があり、
「労働協約、就業規則その他によって深夜の割増賃金を含めて所定賃金が定められていることが明らかな場合には別に深夜業の割増賃金を支払う必要はない」
と理解されています(昭和23.10.14基発1506号)。
それでは、
そもそも所定労働時間が深夜時間帯を含む形で規定されており、
昼勤帯よりも高額の賃金が定められていた場合、
それは「深夜の割増賃金を含めて所定賃金が定められていることが明らかな場合」に該当しないのでしょうか?
この問題を考えるにあたり参考になる裁判例が、近時公刊された判例集に掲載されていました。東京地判令6.7.3労働判例ジャーナル155-54 インペリアル・コミュニティ事件です。
2.インペリアル・コミュニティ事件
本件は割増賃金請求事件です。
本件で被告になったのは、不動産の売買、交換、賃貸、仲介及び管理等を目的とする株式会社です。
原告になったのは、被告が管理するマンション(本件マンション)の管理業務に従事していた方です。基本的な労働条件は、
期間1年
勤務時間 午後8時~午前8時(休憩時間適宜90分)
賃金月額19万円
でした。本件マンションの管理員には昼勤帯と夜勤帯がありましたが、原告の方は夜勤帯の管理員でした。時間外労働、深夜労働に対する割増賃金が支払われていないとして訴訟提起したのが本件です。
この事件の被告は、深夜割増賃金との関係で、
「労働協約等によって深夜割増賃金を含めて所定賃金が定められていることが明らかな場合には、別に深夜割増賃金を支払う必要はない(昭和23年10月14日基発1506号)。」
「本件雇用契約では、深夜の時間帯を含む午後8時から午前8時までが所定労働時間と定められており、また、昼勤帯の管理員の賃金を時間給に換算すると1158円となるのに対し、原告を含む夜勤帯の管理員の賃金を時間給に換算すると1217円から1346円となり、昼勤帯の管理員よりも高額となる。」
「以上によれば、原告の所定賃金である月額19万円には、深夜割増賃金が含まれていることは明らかである。」
と主張しました。
しかし、裁判所は、次のとおり述べて、被告の主張を排斥しました。
(裁判所の判断)
「本件雇用契約の契約書(甲1。以下『本件雇用契約書』という。)には、『時間外勤務を命じた場合は、次の算式による時間外勤務手当を支給する。』、『報酬月額×1.25/160=1時間あたりの時間給』、『ただし、午後10時から翌日午前5時は、報酬月額×1.50/160とする。』との定めがある(7条3項)。」
(中略)
「被告は、労働協約等によって深夜割増賃金を含めて所定賃金が定められていることが明らかな場合には、別に深夜割増賃金を支払う必要はないところ、本件雇用契約の所定労働時間は深夜労働時間帯を含んでいること、原告を含む夜勤帯の管理員の賃金を時間給に換算すると、昼勤帯の管理員より高額となることから、原告の所定賃金に深夜割増賃金が含まれていることは明らかである旨主張する。」
「しかし、被告において、夜勤帯の管理員の所定賃金に深夜割増賃金を含める旨定めた労働協約や夜勤帯の管理員に適用される就業規則は存在しない・・・。かえって、本件雇用契約書は、深夜割増賃金の算定方法についての定めを置いており・・・、その記載を形式的に読むと、所定賃金のほかに深夜割増賃金が発生すると解釈できる内容となっている。また、所定賃金に深夜割増賃金を含めて定めるためには、通常の労働時間の賃金に当たる部分と深夜割増賃金に当たる部分とが判別できなければならないと解されるところ、本件においては、各月の勤務日数、ひいては深夜労働時間数が異なるため・・・、支給対象となる深夜労働時間数が一定せず、原告の所定賃金のうち通常の労働時間の賃金に当たる部分と深夜割増賃金に当たる部分とを判別することができない。」
「以上によれば、原告を含む夜勤帯の管理員の賃金を時間給に換算すると、昼勤帯の管理員より多少高額になるとしても・・・、原告の所定賃金に深夜割増賃金が含まれていることが明らかであるとは認められない。」
3.ただ単に同じ業務でも昼勤帯より高額というだけではダメ
以上のとおり、裁判所は、時給換算すると昼勤帯の管理員よりも多少高額になるとしても、所定賃金に深夜割増賃金が含まれていることが明らかとはいえないと判示しました。
同じ業務でも夜勤帯の方が高額の賃金が設定されている例は少なくありませんが、それだけでは「深夜割増賃金は織り込み済みである」とは言えないということです。
裁判所の判断は残業代請求訴訟・割増賃金請求訴訟を遂行するにあたり、実務上参考になります。