1.些細な揚げ足とりばかりの指導
令和2年厚生労働省告示第5号「事業主が職場における優越的な関係を背景とした言動に起因する問題に関して雇用管理上講ずべき措置等についての指針」は、パワーハラスメントの一類型である「精神的な攻撃」について、次のとおり規定しています。
・該当すると考えられる例
①人格を否定するような言動を行うこと。相手の性的指向・性自認に関する侮辱的な言動を行うことを含む。
②業務の遂行に関する必要以上に長時間にわたる厳しい叱責を繰り返し行うこと。
③他の労働者の面前における大声での威圧的な叱責を繰り返し行うこと。
④相手の能力を否定し、罵倒するような内容の電子メール等を当該相手を含む複数の労働者宛てに送信すること。
・該当しないと考えられる例
①遅刻など社会的ルールを欠いた言動が見られ、再三注意してもそれが改善されない労働者に対して一定程度強く注意をすること。
②その企業の業務の内容や性質等に照らして重大な問題行動を行った労働者に対して、一定程度強く注意をすること。
https://www.mhlw.go.jp/content/11900000/000584512.pdf
この該当例、非該当例が独り歩きして、
人格を否定するような言動が伴わなければパワハラではない、
長時間に渡らなければ叱責しても問題ない、
他の労働者の目に触れるところでなければ、叱責・能力否定を行ってもいい、
一定程度強く注意することも、問題行動が改善なければ正当化される、
という受け止め方をされる例が実務上散見されます。
しかし、該当例・非該当例を上述のように理解することは、多分に誤解を含むものです。人格を否定しなくても問題になることはあるし、長時間に渡らなければどのような方法で叱責しても良いということにはなりません。他の労働者の晒しものにしなければ問題ないわけではありませんし、強い注意の名のもとで労働者の自尊心を損なわせて無抵抗な状態に追い込むような指導が正当化されることもありません。
一昨日、昨日と紹介を続けている福岡地判令6.7.5労働判例ジャーナル151-28 国・熊本労基署長事件は、適切な指導の在り方を考えるうえでも参考になります。
2.国・熊本労基署長事件
本件は、いわゆる労災の不支給処分に対する取消訴訟です。
戸建て住宅等の建築請負・販売等を行とする株式会社(本件会社)に正社員として勤めていた方(亡d)が24歳で自殺したことを受け、父親が遺族補償給付や葬祭料の支給を請求しました。
これに対し、熊本労働基準監督署長(処分行政庁)が不支給処分をしたことを受け、その取消を求め、父親が国を訴えたのが本件です。
本件では精神障害や自殺との業務起因性の存否との関係で、亡dに対する指導がハラスメントに該当するのではないかも問題になりました。
この問題について、裁判所は、次のとおり述べて、会社の指導は不相当かつ適切性を欠くものであったと判示しました。
(裁判所の判断)
「亡dは、平成27年4月に本件事業場に配属された後、事務所併設の展示場での来場者の接客や、午後8時30分頃まで許容されていた顧客への電話営業(いわゆるTEL打ち)に従事していたほか、j主任が策定した研修計画に従って各種研修や勉強会に参加したり、実地研修の一環として住宅展示場での商談や外勤に同行したりしていた。」
「j主任は、亡dの指導担当として同人の営業活動日報にコメントを記入する業務を行っていたが、顧客への電話営業に関し、平成27年5月1日の日報に『1日最低10件以上』、同月9日の日報に『AP(アポイントメント)がとれる動きをお願いします』、同月11日の日報に『1日60件以上を目指し』、同月21日の日報に『日々TEL打ちのくせを身に付け、APの習慣をあたりまえにする事』、同月31日及び同年6月5日の日報に亡dの営業件数について『少ない』と記入した・・・。」
「亡dは、平成27年7月25日、j主任の敷地調査(調査の時間は約2時間)に同行した。同日の天候が晴れで、最高気温は35℃、湿度がおおむね50~60%あり、j主任は亡dに飲料代を渡して水分補給を勧めた。」
「亡dは、平成27年9月の研修期間終了に伴い毎月の受注及び申込みに関する業績目標を設定されるようになってから、午前8時30分頃に出勤してタイムカードの打刻前に業務を開始したり、午後10時過ぎに退勤したりするようになった・・・。」
「亡dは、平成27年9月頃の飲み会でm主任からインターネット上の簡易性格診断でアスペルガー症候群であったと指摘されたことを母親に電話で報告し、母親は『でもムカつくね!』、『何も教えんで、障害者に仕立てられたって労基署行くから。』とメールで返信した・・・。」
「j主任は、平成27年9月27日頃、亡dに対し、同人が暴力団関係者ではないかと考えたタトゥのある住宅展示場来場者への対応に責任を負う旨の念書に署名することを求めたが、亡dから拒否された・・・。」
「j主任は、亡dが営業活動日報の記載に誤字脱字を繰り返すなどして順調な成長が感じられず、受注の成約や申込みもとれていなかったことから、平成27年10月の亡dの営業活動日報の『月間目標・実績』欄に『11月は必ず申込契約を取得する事を1番に考えた行動をする事。必ず受注する』と記入し、同年10月18日の日報に『漢字のまちがいや言葉・文字は誰が見ても理解できる様にして下さい。この冊子は誰の為にしているのか?誰が確認をしているのかを考えると、文字の指摘はないかと思います。真剣にしないと打合せ記録もお客様に出せないですよ。』、同月25日の日報に『漢字の間違いを訂正願います。人財開発の方々から学んだと思いますが3秒、3分、30分の法則を見直してみては?』、同年11月1日の日報に『もう少し考えた行動をする様に!!』と記入した・・・。」
「j主任は、亡dを『お前』や『○○』と呼び捨てにしており、亡dに対し、『もっとノリ良くしよう』、『真面目なだけじゃ駄目だ』、『もっと明るくなれよ』といった趣旨の発言や、『気合が足りない』といった趣旨の発言をしていた・・・。」
「亡dは、平成27年11月8日頃以降、毎日提出すべき営業活動日報の提出を半月近く遅滞することもあった・・・上、同年12月の営業活動日報には反省の言葉が多くなる一方、j主任からのコメントは誤字脱字を指摘するものばかりが見られ、同月12日の日報には亡dの『TEL打ち3週間オーバーをなくしました』との実績報告に対し、『根本的に3週間オーバーをなくすことが仕事ではありません』と否定的なコメントが記入された。亡dは、同月24日に体調不良で欠勤した際、j主任に『忙しい時期に休んでしまう事になり、またご迷惑をかけてしまい、本当に申し訳ございません。自宅にて、出来る仕事は全てしておきます。』とのメールを送信した・・・。」
「亡dは、平成27年12月27日、前日夜に一緒にテレビゲームで遊んでいたk統括から許可を受けて始業時刻よりも遅く出勤した。j主任は、当該許可を知らなかったことから遅刻であると誤解し、出勤前の亡dに電話を架け叱責した。亡dは、その際弁明をすることなく、j主任に対し『気合いが足りてないと何時も言われており、色々な事を指導して頂いても素直に認められずにいたと思います。大変、申し訳ございません。確かにj主任のおっしゃる通り、情報や指導をもらってばかりで、何も返せておらず、謙虚な気持ちが足りていませんでした。』とのメールを送信した・・・。」
「亡dは、平成27年12月30日の夜に自死行為に用いる練炭を準備していたことを母親に見つかり諫められたが、その2日後の平成28年1月1日に遺書等も残さず実家を出ていき、自動車内で練炭を燃焼させて自死した・・・。」
・指導担当からのパワーハラスメントについて
・不適切な態様での指示、叱責について
「前記・・・のとおり、j主任は、平成27年4月に入社したばかりの亡dの指導担当として、毎日亡dと直接顔を合わせ指導する中で、k統括ら上司が閲読する亡dの営業活動日報に、研修期間中の新入社員でありながら営業活動の量を増やすことや、相応の結果を出すことを求めるプレッシャーを与えるようなコメントを付していた・・・ほか、同年9月以降時間外労働が増えていた亡dの状況・・・に十分留意しないまま、同年10月以降は営業活動日報において誤字脱字の指摘や否定的なコメントばかり記入するようになっていき、同年11月以降亡dが毎日の営業活動日報の提出すらままならなくなっていたことを把握した後も同様であったこと・・・、亡dを『お前』や『○○』と呼び捨てにし、同僚等の面前で叱責したり、気合いが足りないなどと前時代的な体育会系の指導をすることもあったこと・・・に照らすと、特に亡dが本件事業場に配属された初期の時期における営業活動日報のコメントにはj主任が亡dの成長のために緻密な指導をしようと努力していた姿勢が見受けられる記載があり・・・、同年10月以降も一応、丁寧な言葉遣いで指導の理由や狙いを亡dに理解させようと意識していたように見受けられる記載もあること・・・、顧客との信頼関係の醸成が重要である住宅販売の営業職にとって誤字脱字による業務への支障は軽視できない場合もあること等を踏まえても、その指導は新人の営業職であった亡dを萎縮させていき、自尊心を損なわせて無抵抗な状態に追い込み・・・、自死という最悪の結果・・・につながりかねない、不相当かつ適切性を欠くものであったといわざるを得ない。」
3.自尊心を失って無抵抗な状態に追い込んで何の意味があるのか
日報による日常的な叱責に精神的に追い込まれている労働者の方は多く、私自身も結構な数の相談を受けています。上司の方は無自覚なのかもしれませんが、部下、特に職務経験の浅い新人はネガティブな言葉をかなり重く受け止めています。
職場に一定の指導が必要なことは否定できません。
しかし、日報の提出がままならなくなっていくだとか、弁明の気力さえ失っていることが看取されるだとか、不穏な徴候が確認された場合には、やはり指導の在り方を見直す必要があったのだと思います。明らかに指導方法と指導目的が噛み合っていないからです。
日報で新人を詰め続けることは、自尊心を失わせ、無抵抗な状態に追い込み、時として自殺の一因にもなります。裁判所の判示が、今後の適切な労務管理に活かされることが強く望まれます。