1.サービス残業(無賃労働)の隠れ蓑としての「休憩時間」
労働基準法34条1項は、
「労働時間が六時間を超える場合においては少くとも四十五分、八時間を超える場合においては少くとも一時間の休憩時間を労働時間の途中に与えなければならない。」
と規定しています。
そのため、1日8時間労働制を採用している会社の多くは、労働者に1時間の休憩時間を付与しています。
しかし、中には1日1時間の休憩時間を超える休憩時間を付与している会社も一定数みられます。
昼休憩とは別に午前30分、午後30分の休憩時間を設ける、
裁量的に1時間程度休憩することを許容する、
といったようにです。
以前、残業時間帯の休憩時間が設けられていた例をご紹介したことがありますが、これも、そうした実例の一つとして位置づけられます。
「残業時の休憩時間」なる時間の労働時間性 - 弁護士 師子角允彬のブログ
読者の方の中には、法定の休日時間を超える休憩時間が付与されていると聞くと、福利厚生に厚い会社だという印象を受ける方がいるかもしれません。
確かに、そのような会社もあるでしょうが、法定の休憩時間を超えた休憩時間の付与は、必ずしも労働者に優しい形では使われていません。それは、多くの会社では1日8時間労働制という建前を動かさないからです。法定の1時間の休憩時間とは別に、午前30分、午後30分休憩時間が設けられていたとしても、1日8時間労働制が動かなければ、労働者は会社に10時間拘束されることになります。休憩時間が1時間であれば、9時間拘束で済むのにです。
そして、この法定の休憩時間を超える休憩時間は、しばしば休憩時間としては機能していません。仕事の途中に中途半端な時間、休憩してもよいとされていても、仕事のペースを乱せないなどの理由で、実際に休憩できないことは少なくありません。
このような場合、法定休憩時間を超えて設けられている「休憩時間」は、単なる無賃労働時間(サービス残業時間)としてカウントされます。上記リンク先で紹介している東京地判令5.2.17労働判例ジャーナル141-38 大洋建設事件も、こうした法潜脱的な休憩時間の設定が問題視された事例です。
近時公刊された判例集にも、こうした「休憩時間」の問題が顕在化した裁判例が掲載されていました。昨日もご紹介した、福岡地判令6.7.5労働判例ジャーナル151-28 国・熊本労基署長事件です。
2.国・熊本労基署長事件
本件は、いわゆる労災の不支給処分に対する取消訴訟です。
戸建て住宅等の建築請負・販売等を行とする株式会社(本件会社)に正社員として勤めていた方(亡d)が24歳で自殺したことを受け、父親が遺族補償給付や葬祭料の支給を請求しました。
これに対し、熊本労働基準監督署長(処分行政庁)が不支給処分をしたことを受け、その取消を求め、父親が国を訴えたのが本件です。
本件では精神障害や自殺との業務起因性の存否との関係で、亡dの労働時間をどのようにカウントするのかが争点の一つとなりました。
その絡みで、被告は、原告の休憩時間について、
「本件会社では所定休憩時間が合計2時間(昼休憩1時間及び裁量休憩1時間)と定められており、実際にも亡dは1日2時間の休憩を取れていたことから、上記労働時間の認定に当たり控除した休憩時間は原則1日2時間(例外として、拘束時間が5時間未満の場合は0分、9時間15分未満の場合は1時間)である。」
と主張しました。
しかし、裁判所は、次のとおり述べて、被告の主張を排斥しました。
(裁判所の判断)
「本件事業場では、午後9時には事務所内のパソコンが強制的にシャットダウンされ、職員は原則として午後10時までに退勤することとされ、それ以降残業する場合には、勤怠管理システム上で上司に申請し、上司の承認を受けることとされていたが、日によって異なる休憩時間を勤怠管理システムに入力することは基本的に想定されておらず、所定休憩時間に従って実労働時間が算定される仕組みとなっていた・・・。」
「また、本件事業場の営業職は、その仕事の性質上、顧客等の都合により流動的に休憩を取らざるを得ない場合も少なくなく、平成29年4月以降追加裁量休憩が廃止されたことすら明確に認識していなかったこと・・・からすれば、亡dの在籍当時、本件事業場内の営業職に1日1時間の裁量休憩を確実に取得しなければならないという意識は希薄であったことが推認される。」
「さらに、亡dがj主任ら先輩職員から指導を受ける研修中の新入社員という立場にあり、先輩職員との外勤中や、先輩職員らの目の届く座席での内勤中に、自らの裁量で休憩を取ることには心理的な抵抗感があったと考えられることからすれば、亡dが1日1時間の裁量休憩を十分とれる状況にあったとは考え難い。」
「他方、1日1時間の昼休憩については、内勤中であれば先輩職員らとともに外食に出掛けることで最低でも1時間の休憩が確保され、それを超える休憩を取ることもあったこと・・・に照らすと、亡dが昼休憩の時間帯にも業務用端末の操作や業務用携帯電話での通話を行うことがあったこと・・・を踏まえても、亡dは、本件事業場在籍中に平均して1日当たり1時間の昼休憩を確保できていたものと認められる。」
(中略)
「被告は、亡dの休憩時間について、
〔1〕本件事業場の上司・同僚であるk統括、j主任、m主任及びnがいずれも追加裁量休憩を含め十分な休憩を取ることができていた旨一致して陳述・・・供述・・・していること、
〔2〕内勤時や外部展示場勤務時には容易に利用可能な場所に休憩室や喫煙所があった上、勤怠管理が緩やかな外勤時にも適宜の場所で休憩を取ることが可能であり、特に外部展示場勤務は、平日であれば来場者が少なく、休日であれば複数の営業職が配置されていたため、先輩職員らの商談の仕方を学ぶことが役割とされていたにすぎない亡dは比較的自由に休憩を取ることができたと考えられること、
〔3〕亡dがnやm主任らと外食や飲み会のために頻繁に退勤時刻を示し合わせる余裕があったことから、亡dが1日2時間の休憩を日常的に取ることができていたと認められる旨主張する。」
「しかし、
〔1〕については、本件会社の新入社員という亡dと同じ立場で同社のx支店に勤務していた証人w・・・が反対趣旨の供述・・・をしているし、亡dが先輩職員から指導を受ける営業職の新入社員であり、j主任から繰り返し指導を受けながら業績目標も未達成であったこと(後記4)からすれば、亡dに自らの裁量で十分な休憩を取れるような時間的・精神的余裕があったとは考え難い。」
「また、
〔2〕については、亡dの営業活動日報や業務用手帳の記載等・・・によれば、亡dが比較的休憩が取りやすかったと考えられる外部展示場に勤務する頻度は1週間に1~2回程度に限られ(平成27年12月中に亡dが外部展示場勤務を割り当てられた合計8日・・・のうち、亡dが外部展示場で終日勤務していたのは2日のみである。)、外部展示場勤務時であっても時間帯にかかわらず業務用端末を操作したり業務用携帯電話で顧客と通話したりするなどしていたことが認められるから、内勤等も含めた本件事業場における勤務全体を通じて見れば、亡dの労働密度が低かったとはいえない。」
「さらに、
〔3〕については、亡d、m主任及びnらの退勤時刻は午後10時前後であることも多く、そのような遅い時間帯から飲み会や外食を頻繁にしていたとは考え難い上、亡dと他の職員らの終業時刻が近接していたこと・・・をもって直ちに亡dらが残業の有無と無関係に事務所内で待機し、退勤時刻を示し合わせていたことが推認されるわけでもない。
よって、被告の上記主張を採用することはできない。」
3.本件は労災取消訴訟の事案ではあるが・・・
労災における労働時間のカウントの仕方は、裁判例を厳密に分析すると、残業時間の労働時間性とは認定の仕方に違いがみられます。
しかし、行政解釈上、労災認定の可否を判断するうえでの労働時間は、労働基準法上の労働時間と同義であるとされていますし(令和3年3月30日 基補発 0330 第1号 労働時間の認定に係る質疑応答・参考事例集の活用について参照)、労働基準法上の労働時間と重なる部分が大きいのは確かです。
本件は労災取消訴訟における労働時間のカウントが問題になった事例ですが、裁判所の判断は残業代請求の場面でも活かせるのではないかと思います。
休憩時間が濫用されているケースは、それなりの頻度で目にします。労災事件や残業代請求事件に取り組むにあたり、裁判所の判断は実務上、参考になります。