1.1か月単位の変形労働時間制
労働基準法32条の2第1項は、
「使用者は、当該事業場に、労働者の過半数で組織する労働組合がある場合においてはその労働組合、労働者の過半数で組織する労働組合がない場合においては労働者の過半数を代表する者との書面による協定により、又は就業規則その他これに準ずるものにより、一箇月以内の一定の期間を平均し一週間当たりの労働時間が前条第一項の労働時間を超えない定めをしたときは、同条の規定にかかわらず、その定めにより、特定された週において同項の労働時間又は特定された日において同条第二項の労働時間を超えて、労働させることができる」
と規定しています。これを「1か月単位の変形労働時間制」といいます。
(参考 前条第一項の労働時間)
「使用者は、労働者に、休憩時間を除き一週間について四十時間を超えて、労働させてはならない。」
変形労働時間制は、労働者に歪な働き方を強いる側面を有しており、残業代請求と絡めて、その効力が争われることが少なくありません。
変形労働時間制の攻め方には様々なパターンがあるのですが、近時公刊された判例集に、
「一箇月以内の一定の期間を平均し一週間当たりの労働時間が前条第一項の労働時間を超えない定めをしたとき」
という要件の充足性が問題になった事案が掲載されていました。一昨日、昨日とご紹介している、東京地判令3.3.4労働判例1314-99 月光フーズ事件です。
2.月光フーズ事件
本件は、いわゆる残業代請求訴訟です。
被告になったのは、広島風お好み焼き等の飲食店等の各種店舗の経営等の事業を行う株式会社です。
原告になったのは、被告の広島風お好み焼き等を提供する店舗で働いていた方2名です。
本件の争点は多岐に渡りますが、その中の一つに1か月単位の変形労働時間制の効力がありました。
裁判所は、次のとおり述べて、変形労働時間制の効力を否定しました。
(裁判所の判断)
「前記前提事実・・・のとおり本件就業規則及び本件給与規程の施行日の月日は空欄となっており,また,原告X1及び原告X2ともに本件就業規則等を見たことがなくその説明を受けたこともないと述べていること・・・からすると,本件終業規則及び本件給与規程がいつから施行されたものであるのか,現に施行されているのか,周知がなされているのか,明らかでないと言わざるをえない。そして,仮に本件就業規則が有効であるとしても,前記前提事実・・・のとおり,本件就業規則においては毎月1日を起算日とし,所定労働時間を1か月を平均して週40時間以内とする1か月単位の変形労働時間制による労働をさせることがある旨規定されているが,各日,各週の労働時間は前月末日までに勤務表を作成して従業員に周知することとされており,それ以上の詳細な定めはないため,各日の勤務時間やその組み合わせ等が勤務表においてどのように定められるのか就業規則から推認することができない。また,前記前提事実・・・のとおり,本件雇用契約書及び本件労働条件通知書にも1か月単位の変形労働時間制に関する記載があるが,本件就業規則以上の詳細な規定はない。さらに,実際に作成されているシフト表を見ると,証拠・・・によれば,各従業員の各日について記号が付されているものの各記号の示す始業時間及び終業時間並びに休憩時間がシフト表上一義的に明らかでなく,各日の勤務時間がシフト表上明らかにされているとはいいがたい上,仮にシフト表上『○』と記載されている部分の一日の勤務時間を8時間と解したとしても,例えば平成29年10月分のシフト表では原告X1につき『○』が27日あり合計216時間,原告X2につき『○』が24日あり合計192時間となり,1か月の変形労働時間制における労働時間の総枠(1か月31日の月では177.1時間)を超えたシフト表が組まれている。」
「これらの点からすれば,被告の主張する変形労働時間制が有効であるとは認められない。」
3.注目すべきはシフトパターンだけではない
近時、就業規則に記載されていないシフトパターンが用いられている事案等で、変形労働時間制の効力が否定される裁判例が相次いで出されています。
就業規則にない勤務時間区分を使って1か月単位変形労働時間制の効力が否定された例 - 弁護士 師子角允彬のブログ
1か月単位変形労働時間制-業態、規模、職員数等からして就業規則において予め始業終業時間を決め手おくことが困難との主張が排斥された例 - 弁護士 師子角允彬のブログ
1か月単位の変形労働時間制-就業規則上に完全なシフトを記載することは困難・シフトパターンを変更する都度就業規則を変更するのは非現実的との主張が排斥された例 - 弁護士 師子角允彬のブログ
就業規則に記載されていない勤務シフトを用いている変形労働時間制は有効か? - 弁護士 師子角允彬のブログ
本件も、類例に漏れず、
「各日の勤務時間やその組み合わせ等が勤務表においてどのように定められるのか就業規則から推認することができない。」
と勤務シフトの考え方の不備が指摘されています。
しかし、それだけではなく、
「1か月の変形労働時間制における労働時間の総枠(1か月31日の月では177.1時間)を超えたシフト表が組まれている。」
という指摘がされていることも重要です。
これは、労働基準法32条の2第1項の
「一箇月以内の一定の期間を平均し一週間当たりの労働時間が前条第一項の労働時間を超えない定めをしたとき」
という要件を言い換えたものです。この要件は、日本語としての意味が非常に分かりにくいですが、要するに、変形期間における所定労働時間の合計を、
1か月30日の月は171.4時間、
1か月31日の月は177.1時間
にしなければならないという意味です(厚生労働省労働基準局編『労働基準法上』〔労務行政、令和3年版、令4〕428頁参照)。
勤務シフトについての考え方が場当たり的だと、変形期間における労働時間の総枠が法所定の限度を超過していることも少なくありません。変形労働時間制の効力を争っていくにあたっては、こうした観点からの検討も忘れずにしておく必要があります。
変形労働時間制は導入、運用が難しい仕組みで、精査検討して行けば、何らかの粗が出ることが少なくありません。その効力に疑問を持った方は、一度、弁護士のもとに相談に行っても良いのではないかと思います。もちろん、当事務所にご相談頂いても大丈夫です。