弁護士 師子角允彬のブログ

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死亡逸失利益の基礎収入の認定にあたり、将来の昇給が考慮された例

1.基礎収入の認定

 現行法上、死亡逸失利益は、次のとおり計算されます。

基礎収入 ✖ (1-生活費控除率) ✖ 就労可能年数のライプニッツ係数

 ここで言う基礎収入については、後遺症逸失利益の基礎収入と同じように理解されます。具体的には、

「実収入額によるのが原則であるが、休業損害とは異なって、将来の長期間にわたる所得の問題であるため、必ずしも事故当時の収入額によるのが相当ではない場合もある」

と理解されています(大島眞一『交通事故事件の実務-裁判官の視点-』〔新日本法規出版、初版、令2〕68頁、86頁)。

 要するに、

事故当時の実収入額が原則

何か例外的な事情がある場合には、事故(被災)当時の収入額とは別の額を用いる

ということです。

 実収入以外の金額が基礎収入に認定されることはあまりないのですが、近時公刊された判例集に、将来の昇給が考慮されたうえで基礎収入が認定された裁判例が掲載されていました。札幌地裁令6.4.15労働経済判例速報2556-17 国(陸上自衛隊)事件です。

2.国(陸上自衛隊)事件

 本件は、いわゆる労災(公務災害)民訴の事案です。

 原告になったのは、陸上自衛隊員であったBの父母です。パワーハラスメントを受けたことによりBが自死を余儀なくされたとして、国を相手取って、損害賠償を請求したのが本件です。原告らは遺族補償一時金(国家公務員災害補償法17条の4)を受給していますが、これはパワーハラスメントと自死との間に公務起因性が認められたからだと思われます。

 本件ではBの死亡逸失利益の基礎収入をどのように認定するのかが争点の一つになりましたが、裁判所は、次のとおり判示しました。

(裁判所の判断)

本件自死前年である令和元年度のBの給与収入は694万3892円であること、Bは、死亡時27歳の防衛大学校を卒業した幹部自衛官候補であり、少なくとも2等陸佐又は3等陸佐まで昇進する見込みがあったことは、当事者間に争いがない。加えて、公務員の年収は、一般に勤務年数に応じて上昇するものであるところ、Bの年収も本件自死に至るまで年々増加していたこと・・・、賃金センサス令和2年第1巻第1表におれば、男性労働者大学卒の25歳ないし29歳の平均年収は440万4900円であるのに対し、その全年齢の平均年収は637万9300円(25歳ないし29歳の平均年収の約1.45倍)であること、自衛隊鳥取地方協力本部のホームページには、年々着実に昇給し、40代に入る頃には幹部自衛官(大卒程度)であれば900万円程度には昇給する旨及び給与例として、幹部自衛官の年収を35歳で約730万円、40歳で約870万円、45歳で約900万円、50歳で約980万円とする旨の記載があり・・・、これらの記載は自衛隊内部の実情を反映したものであるとみられることを併せて考慮すれば、Bは、2佐及び3佐の現在の定年年齢である56歳・・・までは、原告らの主張する870万円の年収を得られた蓋然性があると認められる。

「他方、Bが1等陸佐まで昇進した蓋然性があったことを認めるに足りる証拠はなく、令和3年度再就職後の平均年収が2佐について578万円であること・・・に照らせば、57歳以降については、原告らの主張する870万円の年収を得られたと認めることはできず、令和3年度再就職後の2佐の平均年収578万円を基礎収入として逸失利益を算定するのが相当である。」

3.再び札幌地裁

 札幌地裁では、今年2月にも、昇給を考慮に入れて死亡逸失利益の基礎収入を認定した判決が言い渡されています。

労災民訴(公務災害民訴)で死亡逸失利益の基礎収入が死亡者と同等又は上位にあった行政職員の給与平均額とされた例 - 弁護士 師子角允彬のブログ

 本裁判例は、これに続く事案であり、今後、被害者が公務員(遺族)である場合の損害賠償請求について一定の流れが作り出されて行くのか、裁判例の動向が注目されます。