弁護士 師子角允彬のブログ

師子角総合法律事務所(東京:水道橋駅徒歩5分・御茶ノ水駅徒歩7分)の所長弁護士のブログです

使用者が文書提出命令に従わなかったことを受け、残業代の推計が認められた例

1.真実擬制

 民事訴訟法224条は、次のとおり規定しています。

第二百二十四条 当事者が文書提出命令に従わないときは、裁判所は、当該文書の記載に関する相手方の主張を真実と認めることができる。

2 当事者が相手方の使用を妨げる目的で提出の義務がある文書を滅失させ、その他これを使用することができないようにしたときも、前項と同様とする。

3 前二項に規定する場合において、相手方が、当該文書の記載に関して具体的な主張をすること及び当該文書により証明すべき事実を他の証拠により証明することが著しく困難であるときは、裁判所は、その事実に関する相手方の主張を真実と認めることができる。

 これは、裁判所が発令する文書提出命令に当事者が従わない場合に、ペナルティとして文書の記載内容に関する相手方の主張や、文書の記載により立証しようとしている相手方の主張を真実であるとみなしてしまうという仕組みです。

 しかし、裁判所が文書提出命令の発令に消極的であること、文書提出命令に従わない当事者が殆どいないこと、裁判所が真実擬制に消極的であることから、実務上、この仕組みは、それほど活用されているわけではありません。

 こうした状況の中、近時公刊された判例集に、タイムカードを提出しない使用者との関係で、民事訴訟法224条3項の真実擬制が認められた裁判例が掲載されていました。ここ数日ご紹介している、東京地立川支判令6.2.9労働判例ジャーナル150-26JYU-KEN事件です。

2.JYU-KEN事件

 本件で被告になったのは、不動産の売買、賃貸、管理及び受託不動産の活用企画業務等を目的とする株式会社です。

 原告になったのは、被告で不動産営業職として働いていた方です。被告を退職した後、未払の時間外勤務手当の支払い等を求めて提訴したのが本件です。

 本件では一部期間のタイムカードがなかったことから、原告側が文書提出命令を申立て、これが裁判所で認められました。しかし、被告側は、タイムカードを保有・保管していないとして、裁判所の命令に従いませんでした。

 このような事実関係のもと、裁判所は、次のとおり述べて、タイムカードがない期間の残業代を、他の期間の残業代の平均額を基に推計して認定しました。

(裁判所の判断)

前記前提事実・・・記載のとおり、原告は、その立証等のため、上記期間のタイムカードについて文書提出命令を申し立て、これを認める決定が確定したが、被告は、上記期間のタイムカードは保有又は保管していないとして、これを提出せず、当該期間の業務日報メールを提出したことが認められる。そして、原告は、平成31年2月から令和2年6月15日までの間に行った時間外勤務等に対応する1月あたりの時間外勤務手当等の平均額を基に、民事訴訟法224条に基づき、合計29万0982円を下らない旨主張している。

そこで、真実擬制の可否について検討するに、前記のとおり、タイムカードにより出退勤時刻の管理が行われている本件において、上記期間のタイムカードは、原則として原告の実際の出退勤時刻が記録されているものであるから、タイムカードの記載に関し、原告が具体的な主張をすることは著しく困難である。また、業務日報メールで業務内容についてある程度の記憶喚起ができたとしても、具体的な出退勤時刻まで導き出すことは容易ではなく、原告が、タイムカードにより立証すべき事実(上記期間の実労働時間)を他の証拠により立証することも著しく困難である。

そうすると、少なくとも令和2年6月16日から同年7月21日までの間の時間外労働手当については、民事訴訟法224条3項により、原告の主張を基に算出すべきである。

「もっとも、その金額は、前記のとおり、平成31年2月4日から令和2年6月15日までの時間外手当の平均額は、月額15万3611円と認められるから(261万1392÷17、小数点以下四捨五入)、上記金額を基とすべきである。また、同年7月22日から同月31日までの10日間については、原告は有給休暇を取得しているのであるから、上記事情を考慮しても、真実擬制を認める必要性は見出せない。」

「以上によれば、令和2年6月16日から同年7月31日までの間の時間外労働手当は、18万4333円と認められる。

(計算式)

153,611+153,611×6/30=184,333」

3.残業代立証と文書提出命令

 労働基準法109条は、

「使用者は、労働者名簿、賃金台帳及び雇入れ、解雇、災害補償、賃金その他労働関係に関する重要な書類を五年間保存しなければならない。」
と規定しています。

 タイムカードや出勤簿は、ここで言われている

「その他労働関係に関する重要な書類」

の中に含まれます(厚生労働省労働基準局『労働基準法 下』〔労務行政、令和3年版、令4〕1123頁参照。ただし、附則143条1項により上記「五年間」は当面の間「三年間」とされています)。

 法令上持っていなければおかしい文書を「ない」と強弁し、裁判所の文書提出命令にも従わない相手方に対し、推計計算・真実擬制が認められたことは、労働者が残業代請求を行うにあたっての励みになるもので、実務上参考になります。

 なお、

この事件で問題となった文書提出命令に関する裁判は、以前、このブログでも取り上げたことがあります。

タイムカードの文書提出命令-信用性の欠如は必要性を否定するか? - 弁護士 師子角允彬のブログ

タイムカードが「ない」という主張が排斥され、文書提出命令が発令された例 - 弁護士 師子角允彬のブログ

 ご興味のある方は、参考にして頂ければと思います。