弁護士 師子角允彬のブログ

師子角総合法律事務所(東京:水道橋駅徒歩5分・御茶ノ水駅徒歩7分)の所長弁護士のブログです

自衛隊内での常軌を逸したハラスメント-レモンの汁を目に入れさせるのは職務関連性あり、性器でかき混ぜた焼酎を飲ませたり、小便をかけるのは職務関連性なし

1.パワハラ上司個人を訴えられるか?(公務員の場合)

 このブログでは、過去、何回か、パワハラ被害を受けた公務員の方が、上司個人を訴えることができるのか? というテーマを扱ったことがあります。

パワハラ上司個人を訴えられるか?(公務員の場合) - 弁護士 師子角允彬のブログ

パワハラ上司個人を訴えられるか?(公務員の場合)Ⅱ-私的制裁に対しては責任追及の余地はあるかもしれない - 弁護士 師子角允彬のブログ

 結論から申し上げると、上司である公務員個人を訴えるのは、現行の裁判実務上、極めて困難であると言わざるを得ません。国家賠償法という法律の解釈として、公務員の個人責任を問うことはできないとされているからです(最三小判昭30.4.19民集9-5-534、最二小判昭53.10.20民集32-7-1367等参照)。

 ただ、いかなる場合にも個人責任の追及はできないとする解釈には有力な反対説もあり、責任追及の壁に挑んだ裁判例は定期的に出され続けています。

 二つ目のリンク先で紹介している、さいたま地判令元.6.26労働判例ジャーナル91-26埼玉県事件は、そうした裁判例の一つです。この裁判例では、プールでの訓練中「もうだめです。」と発言していた埼玉県警察機動隊第4中隊(水難救助部隊)に所属の警察官(亡P10)を水中に沈め続け、脳の低酸素状態等によって死亡させたことの職務関連性が問題になりました。こんなものは最早訓練(公務)でも何でもなく、個人責任を免れさせる必要はないだろうという議論です。

 個人的には遺族側の主張はもっともだと思ったのですが、裁判所は

「訓練とは無関係の私的制裁であると断定することは困難である。」

と述べ、職務関連性を認め、公務員の個人責任を否定しました。ただ、その一方で、

「公務員の行為が、職務と無関係に行われ、外形的にも職務行為とは評価できない場合においては、別異に解される。」

との一般論を述べていて、ハラスメントを理由とする公務員個人への責任追及の余地が開かれるかも知れないと注目していました。

 このような状況の中、近時公刊された判例集に、ハラスメントで公務員の個人責任が認められた裁判例が掲載されていました。熊本地判令6.1.19労働判例ジャーナル148-30 国・陸上自衛隊事件です。

2.国・陸上自衛隊事件

 本件で原告になったのは、陸上自衛隊の自衛官であった方です。被告上官である被告Dら(被告D、被告E、被告F、被告G、被告H)から暴行等を受け、心身に支障を来し、退職を余儀なくされたとして、被告らとその使用者である国に損害賠償を請求したのが本件です。

 他の公務員事案の類例に漏れず、本件でも被告Dらの個人責任を問うことの可否との関係で、暴行等の職務関連性が問題になりました。

 裁判所は、次のとおり述べて、一部行為の職務関連性を否定しました。全てを引用すると長くなるため、特徴的な判断を引用します。

(裁判所の判断)

・本件行為〔2〕について

本件行為〔2〕は、上記・・・のとおり、被告Dが、自身の営内居室で、原告に対し、生レモンを『食べろ』と言ってこれを食べさせ、その後、『レモンの汁を目に入れろ』と言い、レモンの汁を原告の右目に入れさせたというものである。そして、上記のとおり、被告Dは、自身より下位の階級にある者に対し、営内生活における指導を行うことが容認されていたところ、被告Dは、同居室で、原告を含む5人の隊員に対し、生活態度等に関する指導をし、その5分後に同営内居室で上記行為に及んでおり、生活態度等に関する指導とレモンを食べさせる等した行為は時間的にも場所的にも近接している。このような事情からすると、生活態度等に関する指導とレモンを食べさせる等した行為の境界は明確でなく、外形的に見れば、レモンを食べさせる等した行為は、その直前に行われた営内生活における指導が不穏当、不適当な態様に発展した行為であるといえる。以上によれば、本件行為〔2〕は、客観的、外形的に見て、社会通念上職務の範囲に属するといえ、『職務を行うについて」に当たると認められる。なお、被告Dは、本件行為〔2』に及んだ動機として、場の雰囲気を盛り上げようとした旨を供述し、これに沿う供述調書の記載・・・もあるが、動機がそのようなものであったとしても、上記のとおり、『職務を行うについて』に当たるかどうかは、外形的、客観的に判断するべきであるから、このような被告Dの動機は上記判断を左右しない。」

(中略)

・本件行為〔5〕について

本件行為〔5〕は、上記・・・のとおり、被告Dが、原告に対し、身だしなみに関する指導を行う際、暴行に及んだというものであり、上記のとおり、被告Dが、下級者である原告に対し、営内生活における指導を行うことが容認されており、自衛隊員は、身だしなみに注意しなければならないとされていること(自衛隊法58条、服務規則6条〔乙イ7〕参照)に照らすと、外形的、客観的に見て、社会通念上職務に属する職務の範囲に属する行為であり、『職務を行うについて』に当たると認められる。」

(中略)

・本件行為〔7〕について

本件行為〔7〕は、上記・・・のとおり、被告Gが自身の性器でかき混ぜた焼酎を被告Hに手渡し、被告Hにおいて原告にこれを交付して飲ませたというものであるが、本件行為〔7〕の前後に、その場にいた被告Dらが、原告に対し、営内生活に関連する指導を行ったなどの事情は見当たらないことからすると、被告Dらと原告の上下関係の存在を考慮しても、本件行為〔7〕が、外形的、客観的に見て、社会通念上職務の範囲に属する行為であるとはいえず、『職務を行うについて』に当たるとは認められない。」

※ 本件隊舎の営内居室の出来事

・本件行為〔8〕について

本件行為〔8〕は、上記・・・のとおり、被告Eが、原告に対し、本件駐屯地内において、小便をかけたというものであるが、本件行為〔8〕の前後に、その場にいた被告E及び被告Gが、原告に対し、営内生活に関連する指導を行ったなどの事情は見当たらないから、被告E及び被告Gと原告の上下関係の存在を考慮しても、本件行為〔8〕が、外形的、客観的に見て、社会通念上職務の範囲に属する行為であるとはいえず、『職務を行うについて』に当たるとは認められない。

(後略)

3.暴行が職務扱いされるのは定番であるが・・・

 裁判所が暴行を職務扱いするのは定番であり、本件行為〔5〕の職務関連性が肯定されたことには特に意外性はありません。

 問題はレモン汁を目に入れさせる行為がどのように評価されるかです。

 普通に考えて、レモン汁を目に入れさせることに指導としての合理性を認めることは不可能だと思います。そのようなことをさせて、一体何の意味があるのかと理解に苦しみます。しかし、裁判所は、本件行為〔2〕の職務関連性は、まだ維持されるとの判断をしました。

 しかし、性器でかき混ぜた焼酎を飲ませたり、小便をかけた行為に関しては、流石に職務関連性を否定しました。常軌を逸しているとしか言いようがありませんが、ここまで突き抜けていると、裁判所も職務関連性を維持できないと判断したのではないかと思います。

 ハラスメントを扱った公表裁判例はたくさんあります。これを一つ一つ読み込んでいると、ハラスメントの生じやすい業界や業種、また、当該業界や当該業種でどのようなハラスメントが行われているのかについて、ある程度の傾向を掴むことができます。

 自衛隊との関係で言うと、時々、民間企業では凡そ見ることのない、常軌を逸しているとしか思えないような事案を目にすることがあります。こうした事案を根絶しようと思うと、職務関連性が認められる範囲を広く理解する(個人責任が発生する場面を狭く理解する)裁判所の考え方には、再考の余地があるように思います。