弁護士 師子角允彬のブログ

師子角総合法律事務所(東京:水道橋駅徒歩5分・御茶ノ水駅徒歩7分)の所長弁護士のブログです

「これが最後の練習です」では、能力が向上しなければ解雇する旨の注意や警告とは認められないとされた例

1.能力不足、職務適格性の欠如を理由とする普通解雇

 勤務成績・態度が不良で、職務を行う能力や適格性を欠いていることを理由とする普通解雇の可否は、「①使用者と当該労働者との労働契約上、その労働者に要求される職務の能力・勤務態度がどの程度のものか、②勤務成績、勤務態度の不良はどの程度か、③指導による改善の余地があるか、④他の労働者との取扱いに不均衡はないか等について、総合的に検討する」ものとされています(佐々木宗啓ほか編著『類型別 労働関係訴訟の実務Ⅱ』〔青林書院、改訂版、令3〕395頁)。

 この「③指導による改善の余地があるか」を判断するにあたり、しばしば能力が向上しなければ解雇することが事前に告知されていたのかどうかが問題になります。これは、改善の機会が与えられていのかどうかを判断するにあたっての事情となるほか、当該能力を使用者の側がどれだけ重視していたのかという尺度にもなります。

 近時公刊された判例集に、この「③指導による改善の余地があるか」という要素との関係で、興味深い判断を示した裁判例が掲載されていました。大阪地判令6.2.8労働判例ジャーナル146-32 岡崎機械工業事件です。何が興味深いのかというと、雇用契約の継続の可否を左右する練習作業について、具体的にどのような結果となれば解雇されることになるのかが伝わるような説明を要求している点です。

2.岡崎機械工業事件

 本件で被告になったのは、紙工機械の製作及び販売等を業とする株式会社です。

 原告になったのは、被告との間で期間の定めのない雇用契約(本件雇用契約)を締結した方です。当初、営業部に配属され、機械の販売等の営業に従事していましたが、後に製造部製造課への配置転換を命じられました(本件配転)。被告から「勤務成績または業務能率が著しく不良で、社員として不都合な行為があったとき」という解雇事由に該当することを理由に普通解雇されたことを受け、その無効を主張し、地位確認等を求める訴えを提起したのが本件です。

 裁判所は、次のとおり述べて、解雇を無効だと判示しました。

(裁判所の判断)

「前記認定事実・・・によれば、原告は、本件配転から1年3か月程度が経過した令和3年12月、通常の業務から外れて本件練習を受けたが、実際上重要な表面精度において被告が設定した基準(中心から0.5mm以内)を達成した施行数は71回中15回にとどまったことが認められる。本件作業は、製品の組立てや据付けといった工程で必要となるものであり・・・、原告は、製造課の業務上、基本的な作業に必要となる本件作業の正確性や迅速性が低かったことがうかがわれる。」

「もっとも、前記認定事実・・・によれば、原告は、本件配転から本件解雇まで約1年9か月にわたり、本件作業を伴う業務に従事していたところ、原告が製品の製造過程において、顧客や被告従業員との間で具体的なトラブルを生じさせたことを認めるに足りる証拠はない。原告は、本件作業のほかに、研磨、塗装や、部品取付けの補助作業等にも従事していたことが認められるが・・・、原告が、これらの作業を行う能力を欠くことを認めるに足りる的確な証拠もない。」

「また、前記・・・のとおり、原告の本件作業の正確性等が低いものであったことはうかがわれるとしても、これが、業務に求められる水準と比べて客観的にどのように不足しているかは明らかでない。前記認定事実のとおり、原告は、本件練習において被告の設定した基準を満たさなかったにもかかわらず、その後も本件作業を伴う製品の製造業務に従事し、令和4年4月及び5月には時間外労働を伴う業務を行っていたこと・・・が認められるのであって、本件練習において基準を満たさなかったことから、直ちに原告が製造課において労務を提供する能力を欠いていたと評価することはできない。本件練習の合否の基準(例えば表面精度が中心から0.5mm以内であること)は、一般的な機械の仕様、図面の精度及び許容される誤差等から導かれたものとは認められないから・・・、これが技術や経験のある従業員からみて、本件作業に従事する者に望まれる水準であることはうかがわれるものの、これを満たさなければ労務の提供を行うことができないものということもできない。」

「そして、被告は、原告に対し、本件練習を行うに当たり、あらかじめその結果が悪ければ解雇する旨を事前に伝えたとは認められず(認定理由は後述する。)、原告は、本件練習の成果が本件雇用契約の継続を左右するとの明示的な意識を有することなく、これに取り組んでいたことが認められる。また、被告は、本件練習後、一度、退職勧奨をしたことはあったものの・・・、その後、本件解雇まで約5か月の間、原告に対し、能力が向上しなければ解雇する旨の注意や警告をしたとは認められない。

「本件練習において、指導者は、原告に対し、10個穴を開けるたびにその結果を伝えていたことが認められるから・・・、その際、正しい作業方法を伝えるといったアドバイスを行っていたことは推認できるが、本件練習の過程についての詳しい記録は残されておらず、71回にわたる施行ごとに、原告の作業ぶりや結果を踏まえ、原告の本件作業の正確性が低い原因や、原告の作業姿勢や作業方法の改善点を具体的に指摘するといった指導が行われたことを認めるに足りる的確な証拠はない。そして、原告に対しては、各回の結果が口頭で伝えられるのみであり、本件練習の終了後、原告に対し、その全体の結果が伝えられたとも認められない・・・。」

以上のような原告の製造課における業務の状況・・・、本件練習の結果等に対する評価・・・及び原告に対する指導や注意の状況・・・に照らせば、原告の『勤務成績または業務能率』が不良であることはある程度うかがわれるとしても、その程度が著しく、『社員として不都合』であるとまでは認められないから、原告に、本件規定に該当する事由があるとは認められない。そして、このことを踏まえれば、本件解雇に客観的に合理的な理由があるということはできず、本件解雇は無効であると解される(労働契約法16条)。

(中略)

「被告は、本件練習に入る前、このまま穴開けすら習得しなければ会社に残れない旨をあらかじめ伝えた旨を主張し、P3もこれに沿う証言をする・・・。」

「しかし、原告はこれを否定しており・・・、客観的な裏付けがないP3の前記証言を直ちに採用することはできない。そして、P3の証言によっても、具体的な文言としては、原告に対し、これが『最後の練習です。』と述べたというにとどまるのであって・・・、原告に対し、本件練習が具体的にどのような結果となれば解雇されることとなるのかが伝わるような説明がされたかには疑問が残る。

以上によれば、被告が、原告に対し、本件練習を行うに当たり、あらかじめその結果が悪ければ解雇する旨を事前に伝えたとは認められず・・・、被告の前記主張は採用できない。

3.本件雇用契約の継続を左右するテストでの合否の基準の後出しはダメ

 本件の裁判所は、

「原告に対し、本件練習が具体的にどのような結果となれば解雇されることとなるのかが伝わるような説明がされたかには疑問が残る」

として、事前の注意、指導に消極的な評価を下しました。

 これは、結局、雇用契約の継続を左右するようなテストをするにあたり、基準を後出しにするようなことはダメだという判断をしているように読めます。

 事前に合否のラインが明示されないテスト、後出し的なテストによって、能力不足、職務適格性の欠如が主張されることは、実務上少なくありません。こうした事案に取り組むにあたり、本件裁判所の判示は参考になります。