弁護士 師子角允彬のブログ

師子角総合法律事務所(東京:水道橋駅徒歩5分・御茶ノ水駅徒歩7分)の所長弁護士のブログです

安全配慮義務違反を問題にするうえでの労働時間性-在校時間を要素として労働時間をカウントした例

1.労働時間概念の相対性

 行政解釈上、労災認定の可否を判断するうえでの労働時間は、労働基準法上の労働時間と同義であるとされています(令和3年3月30日 基補発 0330 第1号 労働時間の認定に係る質疑応答・参考事例集の活用について参照)。

 しかし、裁判例が必ずしも労働者災害補償保険法上の労働時間と労働基準法上の労働時間とを同義として理解していないことは、このブログで折に触れてお伝えしてきたとおりです。

 それでは、長時間労働を理由に安全配慮義務違反を問題にする脈絡での労働時間と労働基準法上の労働時間の概念上の異同は、どのように理解されるのでしょうか?

 安全配慮義務違反を問題にするうえでの労働時間は、どちらかというと労働者災害補償保険法上の労働時間の概念と親和性があるように思われますが、やはり、労働基準法上の労働時間とは異なる概念として理解されるのでしょうか?

 この問題を考えるうえで参考になる裁判例が、近時公刊された判例集に掲載されていました。昨日もご紹介させて頂いた、大阪地判令4.6.28労働経済判例速報2500-3 大阪府事件です。

2.大阪府事件

 本件で被告になったのは、A1高校(本件高校)を設置する地方公共団体です。

 原告になったのは、B1大学外国語学部を卒業した後、社会人経験を経て、本件高校の教諭として勤務していた方です。

 過重な業務により長時間労働を余儀なくされ適応障害を発症したとして、被告に対して損害賠償を求める訴えを提起したのが本件です。

 この事件の裁判所は、業務の量的過重性(労働時間のカウントの仕方)について、次のとおり判示しました。

(裁判所の判断)

・本件発症前6か月における本件時間外勤務時間

「前記前提事実・・・によれば、被告においては、常勤教育職員の勤務時間の適正な把握のための手続等として適正把握要綱が定められ、同要綱によれば、校長が勤務時間管理者とされ(3条)、常勤教育職員の時間外等実績(常勤職員が勤務公署において、正規の勤務時間以外の時間帯に行った業務の時間)については、OTR(Online Time Recorder 括弧内筆者)の打刻時間を基礎として把握することが予定され(6条)、勤務時間管理者は、1月当たりの時間外等実績が80時間を超える常勤教育職員に対し、ヒアリング等を実施し、当該時間外等実績に係る主な業務内容等について把握するものとされている(8条1項)。そうすると、本件高校の校長は、OTRの打刻時間を基礎として教育職員の時間外等実績を把握し、1月当たりの時間外等実績が80時間を超える場合には、その業務の遂行に伴う疲労や心理的負荷等について注意を要するものとされていたということができる。」

「そして、前記認定事実・・・のとおり、原告の本件発症前6か月における在校時間及び休日校外で部活動指導等の業務に従事した時間から法定労働時間(週40時間)を差し引いた時間(本件時間外勤務時間)は、本件発症前1か月が約112時間、発症前2か月が約144時間と、本件発症前2か月間が概ね1か月当たり120時間程度であり、本件発症前6か月間の本件時間外勤務時間の平均が1か月当たり約98時間と概ね100時間程度となるものであったことが認められる。

「そして、前記・・・の事実認定の補足説明のとおり、本件時間外勤務時間の算定においては、OTRの出勤打刻時間から退勤打刻時間までの時間から、所定の休憩時間(45分)及び原告が業務外の活動を行っていたと認められる時間を控除したものであるところ、他に原告が在校中に、自己研さんその他の業務外の活動を行っていた事実を具体的に窺わせる証拠はないことからすると、原告は、本件時間外勤務時間については、業務に従事していたものと認めるのが相当である。」

「そうすると、本件時間外勤務時間は、本件発症前2か月間が概ね1か月当たり120時間程度であり、本件発症前6か月間の本件時間外勤務時間の平均が1か月当たり概ね100時間程度となるような長時間に及んでいたことは、原告の心身健康を害する程度の強度の心理的負荷であったと評価するのが相当である。」

・被告の主張について

「被告は、教育職員の勤務は、本質的には『自主性、自発性、創造性』を有しており、特に公立学校の教育職員については、時間外勤務を命じることができる場合は、『公立の義務教育諸学校等の教育職員を正規の勤務時間を超えて勤務させる場合等の基準を定める政令』により規定される『超勤4項目』に限られるところ、原告の時間外勤務は、少なくともL1校長からの時間外勤務命令に基づくものではなく、労働基準法上の労働時間と同視することはできないから、本件時間外勤務時間をもって業務の量的過重性を評価するのは相当でない旨主張する。」

「しかし、前記前提事実・・・のとおり、適正把握要綱は、常勤教育職員の『時間外等実績』を把握するにあたって、超勤4項目に限らず、OTRの打刻による出退勤の記録等を基礎とし、1月当たりの時間外等実績が80時間を超える常勤教育職員に対してヒアリング等を実施することとしている。そして、前記認定事実・・・によれば、本件発症後に発出されたものではあるものの、本件ガイドラインは、『超勤4項目』以外の業務を行う時間を含めて『勤務時間』を適切に把握するためのものと位置付けられた上で、教育職員の勤務時間の上限の目安時間については、在校等時間から休憩時間及び自己研さんその他の業務外の活動を行っていた時間を差し引いた時間を基本として把握するものとされ、特別の事情に基づく特例的な扱いの場合であっても、1か月の在校等時間の総時間から条例等で定められた勤務時間の総時間を減じた時間が100時間未満であるとともに、連続する複数月(2か月、4か月、5か月、6か月)のそれぞれの期間について、各月の在校等時間の総時間から条例等で定められた各月の勤務時間の総時間を減じた時間の1か月当たりの平均が、80時間を超えないようにすることとされている。上記適正把握要綱の内容に加えて、本件ガイドラインが発出された趣旨や、その背景にある考え方をみても、本件高校において、勤務時間管理者である校長が、教育職員の業務の遂行に伴う疲労や心理的負荷等が過度に蓄積してその心身の健康を損なうことがないよう注意する義務(安全配慮義務)の履行の判断に際しては、本件時間外勤務時間をもって業務の量的過重性を評価するのが相当であり、本件時間外勤務時間が、校長による時間外勤務命令に基づくものではなく、労働基準法上の労働時間と同視することができないことをもって、左右されるものではないというべきである。

「したがって、被告の上記主張を採用することはできない。」

3.労働基準法上の労働時間よりも広く理解された

 適正把握要綱とは、大阪府が定めた「勤務時間の適正な把握のための手続等に関する要綱」をいいます。本件では「時間外等実績」のカウントの仕方が要綱により定められていたから、独自の方法で労働時間がカウントされたという見方もできるかも知れません。

 とはいえ、安全配慮義務違反を問題にするうえでの労働時間の概念を、労働基準法上の労働時間よりも広く捉えたことは(校長の時間外勤務命令により指揮命令下に置かれていたとはいえなくてもカウントの対象になり得ると捉えたこと)、注目に値します。

 公立学校の教員の方は、しばしば労働条件の過酷さが問題になっています。本裁判例を機に長時間労働の是正が進むことが期待されます。