1.能率が悪いから残業をしていた
残業代を請求する訴訟の中で、使用者側から「能率が悪いから残業をしていたのだから、残業代は払わない」と主張されることがあります。
残業代(時間外勤務手当)を請求するために必要なのは、時間外労働を行った具体的事実です(佐々木宗啓ほか編著『類型別 労働関係訴訟の実務Ⅰ』〔青林書院、改訂版、令3〕107頁参照)。要するに、所定労働時間外にまで労働時間が伸びていたことが要証事実になります。労働時間とは
「使用者の指揮命令下におかれている時間をいい、この時間に該当するか否かは、労働者の行為が使用者の指揮命令下に置かれたものと評価することができるのか否かにより、客観的に定まる」
とされています(前掲『類型別 労働関係訴訟の実務Ⅱ』149-150頁)。
こうした訴訟の構造、労働時間の意義を参照すれば明らかであるとおり、能率という概念は残業代請求の可否を判断するにあたり関係がありません。能率が良かろうが悪かろうが、労働者の行為が客観的に使用者の指揮命令下に置かれたものと評価できれば労働時間としてカウントされ、残業代の請求に繋げて行くことができます。
それでも、能率が悪いから残業をしていただけだ、類似の仕事をしている労働者は残業をしていない、後任者は残業をしていないなどと、執拗に能率の悪さが主張されることがあります。中には、原告労働者に任せていた仕事を一つ一つピックアップし、各作業に何分かかるのかを独自に計測して所定労働時間に怠業していたなどと言い始める会社もあります。
このような主張には凡そ意味がなく、本来であれば裁判所が制止して然るべきだと思います。しかし、裁判体によっては、使用者側の主張を制止せず、結果、大部に渡る主張が延々と提出され続けることがあります。労働事件に詳しい読者の中には、本当かと不審に思う方がいるかも知れませんが、個人的に複数件経験しており、残念ながら本当のことです。
それでは、このように能率性に関する議論が使用者側から延々と展開され出した時、労働者側としては、どのように、また、どの程度反論しておけばよいのでしょうか。
ケースバイケースであり一概に言うことはできませんが、一昨日、昨日と紹介している大阪地判令4.7.8労働判例ジャーナル129-36 ヨツバ117事件は、この問題を考えるうえでも参考になる判断を示しています。
2.ヨツバ117事件
本件で被告になったのは、防災機器、防災器具、防災用品の仕入れ並びに販売事業等を行う株式会社です。
原告になったのは、被告との間で雇用契約を締結し、営業職の正社員として勤務していた方です。退職後、時間外勤務手当等(残業代)を請求する訴訟を提起したのが本件です。
本件では幾つかの争点がありましたが、その中に例の能率性に関する議論がありました。被告は、
「原告は、ほかの従業員と比較しても売上額が極めて低かった。原告は、q3部長と比較しても4分の1ないし5分の1にすぎないし、q4と比べても約3分の1にとどまっており、業務を怠っていたと考えるのが自然である。かかる能率が悪い者からの割増賃金の請求については、権利濫用として認められるべきではない。」
と主張し、請求の棄却を求めました。
しかし、裁判所は、次のとおり述べて、被告の主張を排斥しました。
(裁判所の判断)
「被告は、原告の売上額がほかの従業員と比較した場合に極めて低額であったとの前提に立った上で、そのような能率が悪い者からの割増賃金の請求は権利濫用となる旨主張する。」
「しかし、労働者が時間外労働を行った場合には、当然に割増賃金が発生するものであり、能率と割増賃金は無関係である。使用者は、労働者の能率が悪いと認識したのであれば、能率が改善されるよう指導・教育する、あるいは適正な人事評価・査定を行うなどの方法によるべきであり、能率の悪さを理由に割増賃金の支払を免れることはできない。被告の主張は独自の見解にすぎず、その余の点について検討するまでもなく、採用の限りでない。」
3.裁判例は準備書面に使えるフレーズの宝庫
能率が悪いから残業代請求が認められないとの主張は、認められる可能性に乏しい泡沫主張であることが殆どです。ただ、大量に主張を提出されるという異様な応訴態度に出られると、どこまでまともに取り合ったらよいのかを考える必要が生じます。
対応の仕方ですが、裁判所が用いた上記のフレーズを参考にすることが考えられるように思います。裁判所が被告の主張を「独自の見解」と切り捨てていることからも、おそらく、反論は、この程度の分量の反論で必要十分なのではないかと思われます。
裁判例は準備書面に活用できそうなフレーズの宝庫でもあります。自分の準備書面に使えそうな言い回しはないか-裁判例は、そうした観点から眺めてみても、面白いのではないかと思います。