弁護士 師子角允彬のブログ

師子角総合法律事務所(東京:水道橋駅徒歩5分・御茶ノ水駅徒歩7分)の所長弁護士のブログです

行政措置要求申立書を起案する上での留意点-断定調で書くこと

1.行政措置要求

 公務員特有の制度として「行政措置要求」という仕組みがあります。

 これは、

「職員は、俸給、給料その他あらゆる勤務条件に関し、人事院に対して、人事院若しくは内閣総理大臣又はその職員の所轄庁の長により、適当な行政上の措置が行われることを要求することができる」

とする制度です(国家公務員法86条)。同様の仕組みは地方公務員にも設けられています(地方公務員法46条)。

 行政措置要求には色々な使い方がありますが、その中の一つにハラスメントの是正があります。ハラスメントを是正するために行政措置要求制度を活用できることは、人事院に設置された「公務職場におけるパワー・ハラスメント防止対策検討会」の第4回資料に記載されているとおりです。

https://www.jinji.go.jp/kenkyukai/pawahara-kentoukai/pawahara-kentoukai.html

https://www.jinji.go.jp/kenkyukai/pawahara-kentoukai/pawahara4shiryou.pdf

 ただ、行政措置要求でハラスメントの是正を求めるにあたっては、幾つかの留意点があります。その中の一つに、申立書の中でハラスメントが成立すると明確に言い切らなければならないことがあります。この点に気を付けなければならないのは、主観的な疑義を呈するに留まるとして不適法却下されてしまう可能性があるからです。そのことは、近時公刊された判例集に掲載されていた、東京高判令4.6.14労働判例ジャーナル128-10 国・人事院事件からも窺うことができます。

2.国・人事院事件

 本件で原告になったのは、刑務所職員の方です。夜間勤務の担当から外されたことから、夜間勤務を担当させることを求めて行政措置要求を行いました。

 しかし、人事院から不適法却下されてしまったため、その取消を求めるとともに、誤った決定を受けたことによる精神的苦痛の慰謝を求めて国家賠償を請求する訴えを提起しました。

 原審は、

不適法却下決定の取消請求に対しては既に夜間勤務の担当に復帰していることを理由に却下判決を、

国家賠償請求に対しては不適法却下決定に違法性はないとして棄却判決を

言い渡しました。

 これに対し、原告側が控訴したのが本件です。

 原決定(行政措置要求)の中で、本件の原告(控訴人)は、夜間勤務の担当から外されたことについて、

パワーハラスメントの防止等(人事院規則10-16)、

平等取扱の原則(国家公務員法27条)

人事管理の原則(国家公務員法27条の2)

との関係で適法性に問題があると指摘していました。

 これに対し、本件控訴審判決は、次のとおり述べて、主観的疑義を呈するにとどまるものであることを理由に、処分行政庁に実体審理を行うべき職務上の法的義務を生じさせる根拠になるものではないと判示し、原告の控訴を棄却しました。

(裁判所の判断)

「控訴人は、本件措置要求申立書に、控訴人に夜間勤務を担当させないことはパワー・ハラスメント(以下『パワハラ』という。)の防止や平等原則及び人事管理の原則との関係で問題がある旨の記載があることを捉えて、本件措置要求は、控訴人の勤務条件におけるパワハラの是正、平等取扱い及び人事管理の各原則に準拠した取扱いを求めるものであったと主張する。」

「確かに、措置要求の対象は、勤務条件に附帯する社交的又は厚生的活動まで含む広範なものであるから・・・、管理運営事項に係る裁量においてパワハラや平等原則・人事管理の原則に違背する取扱いを受けた職員が、これを勤務条件という側面から捉えて是正を求めることまでが許されないとは解されない。しかし、証拠・・・によれば、本件措置要求申立書における要求の理由の要旨は、本判決別紙記載のとおりであって、本件措置の理由は不明であるとした上で、その理由を自身が同僚に不適切な対応をしたことにあると控訴人なりに推測し、そのような対応はしていないから、パワハラの防止等との関係で問題があると指摘するにとどまるものである。本件措置要求申立書を通読しても、本件措置要求は、本件措置がパワハラ等の原則に違背する取扱いであるとして、これを勤務条件の側面から捉えて是正を求めたものということはできず、具体的な根拠を欠いたまま、勤務条件の側面から捉えられるのではないかとの控訴人の主観的な疑義を呈するにとどまるものというべきである。

「控訴人は、処分行政庁は控訴人の主張の補正を命ずべきであったと主張するが、本件措置がパワハラ等であったか否かを明らかにすることは当局において調査するよりほかはないから、控訴人による補正命令の範疇を超えるというべきである。そうすると、控訴人は、本件措置を勤務条件の側面から捉えられるのではないかとの自らの主観的な疑義について、処分行政庁において実体審理を行って解明すべき職務上の法的義務があることを主張するものといわざるを得ないが、このような法的義務が人事院に生じると解する根拠は、関係法令上見当たらない。加えて、措置要求制度は、本来は職員の勤務条件の適正を保障する趣旨の制度であるところ、本件措置自体は、控訴人を通常勤務とさして変わらない勤務条件に置いたにすぎず、かつ、控訴人に夜間勤務を求める地位等が付与されているものではないから・・・、控訴人が、夜間勤務から外されたのはパワハラ等ではないかとの主観的な疑義を抱いたからといって、直ちに処分行政庁が、実体審理を行ってその疑義を解明しなければならない職務上の法的義務を負うと解することは困難である。

したがって、本件措置要求申立書におけるパワハラ等の記載は、処分行政庁に実体審理を行うべき職務上の法的義務を生じさせる根拠になるものではない。

3.主張は盛らないのが基本であるが・・・

 行政庁や裁判所に提出する主張は盛らないのが基本です。誇張した表現などがあり、主張と実体とが乖離してしまうと、主張全体が胡散臭く見えてしまうからです。第三者を説得する書面には、厳密な表現を用いることに留意しなければなりません。

 しかし、行政措置要求の場面で厳密さに意を用いすぎると、文面上主観的な疑義を呈しているにすぎないとして、実体審理に行き着く前に不適法却下されてしまう可能性があります。行政に措置(作為)を求めるものとはいえ、措置要求の場面においては、疑義を呈するだけでは足りず、断定調で主張を構成しておくことに留意する必要があります。