弁護士 師子角允彬のブログ

師子角総合法律事務所(東京:水道橋駅徒歩5分・御茶ノ水駅徒歩7分)の所長弁護士のブログです

ターゲットを選んでいたことがパワハラ成立の根拠とされた例

1.相手を選ぶパワハラ

 パワーハラスメント(パワハラ)の加害者の中には、誰に対しても一様に加害的である方もいます。

 しかし、個人的な経験の範疇でいうと、そのような方は多数派ではありません。多くの加害者は、反抗してきそうにない相手・反抗できない相手を選んでハラスメント行為に及んでいます。同じことをしている人がいたとしても、特定の相手に対してのみ、苛烈な指導・叱責に及ぶといったようにです。

 それでは、このようにターゲットを選んでいることは、不法行為法上、どのように位置づけられるのでしょうか?

 この問題を考えるうえで参考になる裁判例が、近時公刊された判例集に掲載されていました。昨日もご紹介した、神戸地判令4.6.22労働経済判例速報2493-3 兵庫県警察事件です。

2.兵庫県警察事件

 本件で原告になったのは、兵庫県警察本部警備部機動隊で警察官として勤務していた方(A)の両親です。Aが機動隊内の上司や先輩から指導の域を超えたパワーハラスメント行為等(パワハラ行為等)を受け、鬱病を発症して自殺したとして、兵庫県に損害賠償を求める訴えを提起したのが本件です(パワハラ行為等の一部に違法性が認められたものの、結論としては、Aの自殺との間に相当因果関係がないとして請求の大部分が棄却)。

 この事件で原告らは幾つかの行為を「パワハラ行為等」として問題視しましたが、その中の一つに「簿冊の記載ミス等に対する叱責」がありました。これは加害者DがAに対してのみ怒鳴って叱責するなどの行為に出ていたことを問題視するものでした。

 裁判所は、次のとおり述べて、Dの行為はハラスメントに該当すると判示いしました。

(裁判所の判断)

「平成26年3月以降、運転日誌等の記載ミスをしたAに対し、月に2~3回程度の頻度で、怒鳴って叱責していたほか、『運転辞めてまえ」』と怒鳴ったり・・・、平成27年4月以降には、数回程度、Aが記載ミスをした個所に、『ボケA』と記載した付箋を貼ったり・・・、同年9月以降には、Aが鍵の払い出しに行った際に、『お前は運転員じゃない』として、これに応じなかったりした・・・ことが認められる(なお、被告は、DがAの鍵の払い出しに応じなかった事実はない旨を主張するが、BN巡査長は同事実があった旨を述べていること・・・、AD巡査も同年8月頃にDから鍵の払い出しを受けられなかった旨を述べている・・・ことから、前記・・・)の事実を認定できる。)。」

「Aのミスの内容は、運転日誌等の記載漏れや計算ミスといった不注意による単純なミスであり、しかも、指導を受けても同じようなミスを繰り返していたのであるから、これに対し強く叱責する程度のことは社会通念上相当な指導として許容されるというべきである。しかし、その叱責に際し、大声で怒鳴ることが常に必要であったとはいえないし、むしろ、何度も叱責してもミスが減らないのであれば、指導方法を変えたり、ミスをしないようにする仕組み作りを検討したりすべきであったといえる。」

「それにもかかわらず、Dは、Aがミスをした際に平成26年3月以降、月2~3回程度の頻度で怒鳴って叱責した上、『運転辞めてまえ』と怒鳴ったり、『ボケA』と記載した付箋を貼ったり、Aの鍵の払い出しに応じなかったりしており、その態様は、暴言や嫌がらせと評価されるような不適切なものであったといえる。」

「そして、Dは、誰に対してもそのような態様で叱責していたわけではない・・・ことも踏まえると、Dはミスの多い後輩であるAに目をつけて、殊更、同人に厳しく対応していたとみるのが相当である。

そうすると、上記のような態様による叱責が、指導として社会通念上相当性を有するものとは認め難く、これがAに対し精神的苦痛を与えるものであることは明らかであるから、上記・・・の行為は、違法なパワハラ行為等に該当すると認められる。

3.パワハラであることを基礎づける一事情になった

 上述のとおり、特定の後輩に目を付け、殊更、厳しく対応することは、言動がパワハラに該当することを基礎づける一事情として位置付けられました。

 パワハラというと自分が受けている言動の証拠化に目を奪われがちですが、加害者が他の同僚に対してどのように接しているのかも証拠化し、それと対照してみると、裁判所に対し、より不当性を伝えやすくなるかもしれません。