弁護士 師子角允彬のブログ

師子角総合法律事務所(東京:水道橋駅徒歩5分・御茶ノ水駅徒歩7分)の所長弁護士のブログです

内部部局に提出される調査研究報告書は「発表された研究成果」か?

1.研究不正ガイドライン

 研究活動の不正行為に対応するため、平成26年8月26日、文部科学省は「研究活動における不正行為への対応等に関するガイドライン」(研究不正ガイドライン)という文書を作成しました。

https://www.mext.go.jp/b_menu/houdou/26/08/__icsFiles/afieldfile/2014/08/26/1351568_02_1.pdf

 大学や研究機関の多くは、この研究不正ガイドラインに基づいて研究活動の不正行為を認定し、不正行為に及んだ職員(労働者)に厳しい対応をとっています。

 研究不正ガイドラインでは、対象とする不正行為を、

「故意又は研究者としてわきまえるべき基本的な注意義務を著しく怠ったことによる、投稿論文など発表された研究成果の中に示されたデータや調査結果等の捏造、改ざん及び盗用である」

と定義しています。

 それでは、ここでいう「発表された研究成果」とは、どのようなものを言うのでしょうか? より具体的に言うと、内部部局に提出されるに留まる調査研究報告書は、「発表された研究成果」に該当するのでしょうか?

 この問題を考えるうえで参考になる判断を示した裁判例に、東京地判令2.10.20判例タイムズ1486-53 国・防衛省防衛研究所事件があります。

2.国・防衛省防衛研究所事件

 本件で原告になったのは、防衛省防衛研究所の政策研究部の社会・経済研究室において研究に従事する事務官の方です。

 防衛省研究所は「防衛研究所における研究活動に係る不成行為の防止等に関する達」(本件達)という規則を定めており、ここには、

「『研究活動に係る不正行為』とは、発表された研究成果の中の捏造、改ざん又は盗用をいう。ただし、故意によるものでないことが根拠をもって明らかにされた場合は、不正行為にはあたらない。

一『捏造』存在しないデータ又は研究結果等を作成することをいう。

二『改ざん』既存のデータ又は研究結果等を真正でないものに加工することをいう。

三『盗用』他の研究者等の既に発表した発想、分析・解析方法、データ、研究結果又は用語を適切な表示をせずに使用することをいう。」

との規定がありました(2条)。

 原告の方は、平成27年度の特別研究の成果報告書(特研報告書)に、平成25年度特研報告書の他の研究者が執筆した箇所について、適切な表示がなく使用されている箇所があるとして(盗用)、防衛研究所の公式ホームページで公表されるとともに、訓戒処分を受けました。これに対し、

「特研報告書は、特別研究の要請をした内部部局に提出する内部資料であり、体外的に公表することが予定されていない防衛省の内部文書である」

ため、

平成27年度特研報告書は「発表された研究成果」に該当しない、

平成25年度特研報告書は「既に発表した・・・研究結果」に該当しない、

などと主張し、国に対して名誉毀損を理由とする損害賠償等を請求する訴えを提起したのが本件です。

 本件の裁判所は、次のとおり述べて、平成27年度特研報告書は「発表された研究成果」に該当しないと判示しました。結論としても、原告の行為は研究活動に係る不正行為にはあたないとして、110万円(慰謝料100万円、弁護士費用10万円)の限度で国家賠償請求を認めました。

(裁判所の判断)

「『発表された研究成果』(本件達2条2号柱書)の意義を解釈する際には、規定の文言、本件達が制定された目的、経緯及び本件達に関連する規定などを考慮するべきである。」

「本件達は、防衛研究所が実施する研究活動における不正行為を防止するため、文部科学省のガイドラインをよりどころとして制定されたものであるところ、ガイドラインは、研究活動のうち、対外的に公表された研究成果における不正を対象としている。これは、研究活動が当該研究者のみが認識し得る範囲にとどまっている限り、不正が研究活動に対する信頼を失わせる危険があるとはいえず、当該研究成果が公表され、他の研究者等の目に触れる状態に至って初めて、研究活動に対する信頼を失わせる危険が生じることによるものと解される。ガイドラインが、不正行為と認定された行為を公表すべきものとしているのも、その表れであると考えられる。」

「本件達が、ガイドラインをよりどころとして制定され、不正行為に対しては、内部的な懲戒処分の対象とするのみならず、これを対外的に公表すべきものとしていることに照らせば、本件達2条2号柱書の規定も、上記ガイドラインと基本的に同様の趣旨に出たものと解される。したがって、研究成果が『発表された』といえるためには、少なくとも、当該研究者の研究成果が、他の研究者において広く閲覧可能な状態になったことが必要であると解すべきである。もっとも、本件達は、不正行為を、研究成果が防衛省ないし防衛研究所の外部へ発表された場合に限定していないことからすれば、防衛省ないし防衛研究所の内外にかかわらず、研究成果が他の研究者が広く閲覧可能な状態になり、不正行為がいわゆる科学コミュニティーにおける研究活動に対する信頼を失わせるに至ったものと評価し得る状況になることで足りると解すべきである。

「この見地からみると、特別研究は、内部部局の要請を受け、防衛政策の立案及び遂行に寄与することを目的に実施される調査研究であり、研究者が調査研究を完了したときは、防衛研究所長に対して速やかに文書による成果報告をする義務があるとされていること(調査研究に関する達12条1項、同条2項)からすれば、特別研究は、第一次的には、防衛省内の政策立案のために職務上作成される内部資料であり、防衛研究所長に対する報告も、職務上の成果を上司に提出・報告するという性質を有するものであると解される。そして、調査研究に関する達が、調査研究の成果の発表の手段として、本件システムへの掲載(13条)、研究成果発表会の実施(14条)、ホームページの掲載その他の軽易な手段による公表(15条)を規定していること(前提事実(2))、原告が執筆した平成27年度特研報告書を除く他の平成27年度の特別研究に係る実施報告書及び成果報告書が本件システムに掲載されていること・・・に照らすと、『発表された』とは、『研究成果』が、他の研究者に対して研究成果発表会で報告されるか、本件システム(防衛省が設置する機関が閲覧することができるイントラネット 括弧内筆者)に掲載されるなどして、他の多数の研究者が批判・吟味の対象として『研究成果』の内容を認識することができる状態になることをいうと解するのが相当である。

「この点、被告は、『発表された研究成果』とは、所長に対して成果報告(決裁の合議)がされた研究成果をいうと主張する。そして、防衛研究所の企画部企画調整課が、本件達の制定過程における意見照会において、防衛研究所紀要への掲載はされなかったが、年次研究として提出された原稿が『研究活動に係る不正行為』の対象となるかという質問に対し、所長に対して成果報告(決裁の合議)を行う時点で対象となると回答したことは、前記認定のとおりである・・・。しかしながら、本件達の規定が、『防衛研究所長に対して成果報告(決裁の合議)を行った研究成果』などと修正されることはなく、最終的に『発表された研究成果』と規定していること、『発表された」』と「『防衛研究所長に報告した』との間には意味として大きな乖離があること、防衛研究所長に対する報告は、職務上の成果を上司に提出・報告する行為にすぎず、これにより研究成果が他の研究者が閲覧可能となるものではないこと、調査研究の成果が防衛研究所長に報告された時点で本件達の対象となることにつき、防衛研究所内の職員に周知されたことを認めるに足りる証拠がないことを考慮すると、前記回答は、あくまで本件達の制定過程における中間的な検討結果にとどまるというべきであり、前記説示を覆すものではない。」

「これを本件について見ると、前提事実・・・のとおり、平成27年度特研報告書は、平成28年1月、防衛研究所所長に成果報告され、要請元の内部部局に対してデータが提供されたが、平成27年度特研報告書が研究成果発表会で報告された事実及び本件システムに掲載された事実はなかったというのであり、他の多数の研究者が批判・吟味の対象として『研究成果』の内容を認識することができる状態になったということはできないから、平成27年度特研報告書は、『発表された研究成果』(本件達2条2号柱書)に当たるということはできない。」

「なお、

(ア)内部部局に平成27年度特研報告書のデータが提供されたこと・・・は、防衛省における政策立案のために作成された資料の提供という性質を有するものにすぎないと考えられること、

(イ)平成27年度特研報告書のデータが防衛研究所のサーバの共有フォルダ(端末共有データフォルダ)に保存されたこと・・・は、データの管理のために共有フォルダに保存されていたものにすぎず、研究者がその内容を閲覧することを直接の目的とするものではないことに加え、実際に他の多数の研究者が閲覧することができた事実を認めるに足りる的確な証拠はないこと、

(ウ)本件公表までに原告が執筆した部分を含む平成27年度特研報告書の冊子合計46部が内部部局の各部の部長等の一部の者に配布されていたこと・・・

は、内部資料の回覧ないし提供にとどまり、他の多数の研究者が批判・吟味の対象としてその内容を認識することができたとまではいえないと考えられることからすると、いずれも上記認定を左右するものとはいえない。」

3.イントラネット掲載まではセーフ

 上述のとおり、裁判所は、イントラネットに掲載されたものは「発表された研究成果」には該当するものの、まだそこに至っていなければ「発表された研究成果」にはあたらないと判示しました。

 この裁判例は、

内部部局に提出される調査研究報告書でも「発表された研究成果」に該当し得ること、

「発表された」といえるのは、イントラネットに掲載された時点が基準になること、

を示した点に先例的な価値があります。

 内部部局でのみ使うことが予定されている文書であるからといって、引用はラフにしないことが重要です。また、仮に、引用がラフで盗用を疑われた場合には、イントラネット掲載より以前に報告の撤回等、所要の措置をとる必要があります。