弁護士 師子角允彬のブログ

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標準例に掲げられていない非違行為(ハラスメント加害者による関係者に対する圧力)の処分量定Ⅲ

1.一審・二審で判断が分かれた氷見市・氷見市消防長事件

 以前、「標準例に掲げられていない非違行為(ハラスメント加害者による関係者に対する圧力)の処分量定」という記事を書きました。

標準例に掲げられていない非違行為(ハラスメント加害者による関係者に対する圧力)の処分量定 - 弁護士 師子角允彬のブログ

標準例に掲げられていない非違行為(ハラスメント加害者による関係者に対する圧力)の処分量定Ⅱ - 弁護士 師子角允彬のブログ

 ここで採り上げた氷見市消防職員事件で問題になったのは、ハラスメントの加害者が被害者を威迫したことを理由とする懲戒処分(停職6か月)の処分量定です。

 一審富山地判令2.5.27労働判例ジャーナル104-42は、懲戒処分を適法だと判示しました。しかし、二審名古屋高金沢支判令3.2.24労働判例ジャーナル111-26は、これを重きに失するとして違法だと判示しました。

 このように、一審と二審とで判断が分かれていた事件として注目していたのですが、近時公刊された判例集に、この事件の最高裁判決が掲載されていました。最三小判令4.6.14労働判例ジャーナル126-1 氷見市消防職員事件です。最高裁は二審の判断を是認することが圧倒的に多いのですが、この事件では二審の判断を変更し、停職6か月の懲戒処分は懲戒権者に与えられた裁量権の範囲を逸脱・濫用するものではないと判示しました。

2.氷見市消防職員事件(最高裁判決)

 本件で被告(被控訴人・上告人)になったのは、氷見市です。

 原告(控訴人・被上告人)になったのは、氷見市の消防職員として勤務していた方です。上司や部下に対する暴行等を理由に停職2月の懲戒処分を受けたところ(第1処分)、停職期間中に正当な理由なく暴行の被害者である部下に対して面会を求めたこと等を理由に改めて停職6月の懲戒処分を受けました(第2処分)。

 第1処分、第2処分の原因になったのは、それぞれ次の行為です。

(第1処分の原因-最高裁の判決文より引用)

「ア 被上告人は、平成23年7月22日、関係者の会合において、消防長であるAに対し、『お前みたいなやつ、早く消防長辞めてしまえ。』と怒鳴った。」

「イ 被上告人は、平成25年5月又は6月頃の勤務終了時、消防署庁舎内において、上司であるBに対し、『お前、上の者のところへ行って俺の悪口を言っとるやろう。』などと大声で一方的に怒鳴り、胸倉をつかんで移動させ、壁に押し付けた。」

ウ 被上告人は、平成25年6月10日頃の救助訓練の準備行為中、部下であるCを注意し、これに対してふてくされた態度をとった同人を蹴ろうとした。そして、これを避けようとした同人の左手に被上告人の足が当たり、Cの左手小指が腫れた。

「エ 被上告人は、平成26年1月、消防署庁舎内において、部下であるDに対し、『何や、お前その手は、反抗的やの。』などと威圧的に述べ、平手で頬を殴打した。同人は、同年頃から被上告人に連日怒鳴られていたところ、被上告人による暴行及び暴言が一因となり、心的外傷後ストレス障害(PTSD)にり患した。」

オ 被上告人は、平成26年6月頃、消防署庁舎内において、上司であるEに対し、胸倉をつかみ、『殴ってやろうか。』などと大声で怒鳴った。

「カ 被上告人は、平成28年3月末頃、消防長であるFに対し、『お前みたいなやつ、早く辞めてしまえ。』と怒鳴った。」

「キ 被上告人は、平成28年10月頃、消防署庁舎内において、上司であるGに対し、大声で一方的に怒鳴りつけて詰め寄った。Eが、被上告人とGを連れて別室に移動したが、被上告人は、その後もE及びGに対し、約10分間にわたって一方的に『バカ』、『アホ』などと怒鳴り続けた。」

(第2処分の原因-最高裁の判決文より引用)

「ア 被上告人は、平成29年3月6日、Eに対する暴行及び暴言・・・についての事情を知っていた同僚であるHに対し、電話で、同人が訓練において不適切に電動式心肺人工蘇生器を作動させた事案につき、被上告人においてHに対する処分を軽くするための行動をとることを提案した上で、同人が第1処分に係る調査で事実関係を話したのかについて問い詰め、同人が裏切るような行為をしたために第1処分がされたのであれば許さないなどと述べた。」

「イ 被上告人は、平成29年3月3日から同月23日までの間、Cに対し、数次にわたる電話で、当時消防職員の給与計算を担当していた同人による時間外勤務手当の処理に問題があることに言及した上で、第1処分に対する審査請求手続において同人への暴行が争点となること等についての話をし,処分をより軽くする目的で、同人と面会する約束をした。その後、被上告人は、Cとの間でメールのやり取りをしたところ、被上告人が送信したメールには、被上告人の運転する自動車にCが同乗して氷見市外の面会場所に行くことを提案する旨の記載や、『この不服に邪魔が入りもしうまくいかなかったら辞表出して(中略)消防長とDを刑事告訴する それに加担したものも含むつもり リークしたものも同罪やろ』との記載があった。
 Cは、被上告人と面会したくないと考えたため、消防長であるFに相談したところ、被上告人と面会することを禁止されるなどしたことから、同月29日朝、被上告人に対し、面会を取りやめる旨のメールを送信した。これに対し、被上告人は、間もなく、Cに対し、連続して3回にわたりメールを送信した。そのメールには、『Dと一緒にならないように』、『お前も加担してるとは思わなかったわ』との記載があった。」 

 一審、二審とも、第1処分は適法だと判示しました。しかし、第2処分に関して、一審が適法だと判示する一方、二審はこれを違法だと判示しました。これに対し、氷見市側が上告したのが本件です。

 最高裁は、次のとおり述べて、第2処分の量定をした消防庁の判断に裁量の逸脱・濫用はないと判示しました。

(裁判所の判断)

「公務員に対する懲戒処分について、懲戒権者は、諸般の事情を考慮して、懲戒処分をするか否か、また、懲戒処分をする場合にいかなる処分を選択するかを決定する裁量権を有しており、その判断は、それが社会観念上著しく妥当を欠いて裁量権の範囲を逸脱し、又はこれを濫用したと認められる場合に、違法となるものと解される(最高裁昭和47年(行ツ)第52号同52年12月20日第三小法廷判決・民集31巻7号1101頁、最高裁平成23年(行ツ)第263号、同年(行ヒ)第294号同24年1月16日第一小法廷判決・裁判集民事239号253頁等参照)。」

「前記・・アの被上告人によるHへの働き掛けは、被上告人がそれまで上司及び部下に対する暴行及び暴言を繰り返していたことを背景として、同僚であるHの弱みを指摘した上で、第1処分に係る調査に当たって同人が被上告人に不利益となる行動をとっていたならば何らかの報復があることを示唆することにより、Hを不安に陥れ、又は困惑させるものと評価することができる。」

「また、前記・・・イの被上告人によるCへの働き掛けは、同人が部下であり暴行の被害者の立場にあったこと等を背景として、同人の弱みを指摘するなどした上で、第1処分に対する審査請求手続を被上告人にとって有利に進めることを目的として面会を求め、これを断ったCに対し、告訴をするなどの報復があることを示唆することにより、同人を威迫するとともに、同人を不安に陥れ、又は困惑させるものと評価することができる。」

「そうすると、上記各働き掛けは、いずれも、懲戒の制度の適正な運用を妨げ、審査請求手続の公正を害する行為というほかなく、全体の奉仕者たるにふさわしくない非行に明らかに該当することはもとより、その非難の程度が相当に高いと評価することが不合理であるとはいえない。また、上記各働き掛けは、上司及び部下に対する暴行等を背景としたものとして、第1処分の対象となった非違行為と同質性があるということができる。加えて、上記各働き掛けが第1処分の停職期間中にされたものであり、被上告人が上記非違行為について何ら反省していないことがうかがわれることにも照らせば、被上告人が業務に復帰した後に、上記非違行為と同種の行為が反復される危険性があると評価することも不合理であるとはいえない。

「以上の事情を総合考慮すると、停職6月という第2処分の量定をした消防長の判断は、懲戒の種類についてはもとより、停職期間の長さについても社会観念上著しく妥当を欠くものであるとはいえず、懲戒権者に与えられた裁量権の範囲を逸脱し、又はこれを濫用したものということはできない。

3.関係者、被害者を不安に陥れたり困惑させたりすることに厳しい態度がとられた

 ハラスメントの被害者からの相談を受けていると、報復を怖れて会社への申告を躊躇している方を目にすることが少なくありません。報復のリスクから被害者を守って行くことは、労働事件における重要なテーマの一つを構成しています。

 本件の最高裁は二審の判断を取消してまで、関係者に圧力を加えたり、被害者を困惑させたりする行為に厳しい評価を下しました。これは被害者保護を推し進めるもので、今後、各事業者は、報復的行為を行う加害者に対し、より積極的に懲戒処分を行うようになることが予想されます。

 また、ハラスメントの加害者とされた方は、報復的行為と指弾されるようなことがないよう、これまで以上に言動に注意することが必要です。