弁護士 師子角允彬のブログ

師子角総合法律事務所(東京:水道橋駅徒歩5分・御茶ノ水駅徒歩7分)の所長弁護士のブログです

受診命令への対応-自分の選んだ医師の診断書で代用できるか/受診だけではなく検査や治療まで必要か

1.受診命令

 メンタルヘルスに問題があるのではないかと疑われ、医師の診断を受けるように命令されることがあります。

 もし病気だと診断されたら不利なレッテルを貼られてしまうのではないかという思いから、受診命令に応じて医療機関を受診することに抵抗を覚える方は少なくありません。

 受診命令を受けた場合の対応について言うと、何か余程特殊な事情でもない限り、従っておいた方がいいように思われます。病気であった場合、診断が行われることは、心身の不調から回復する契機となります。また、病気でないことが分かれば、その結果を使用者に提出し、大手を振って従前通り働くことができます。しかし、受診命令を拒否していると、病的な行動記録とあいまって、健康状態の改善に取り組む意思がないものとして解雇されてしまう可能性があります。このように、予想される展開を考えると、受診命令には逆らわず、受けておいた方が無難なのです。

 それでも、会社側の指定した医師は信用できないと思う方がいるかも知れません。また、受診するのはいいとしても、検査や治療といった本格的な医療行為を受けることに抵抗を覚える方も、いるのではないかと思います。

 それでは、会社側から指定された医療機関、医師に代えて、自分で信頼できる医療機関、医師を探すことはできないのでしょうか? 労働安全衛生法上の健康診断の受診義務に関しては、

「労働者は、前各項の規定により事業者が行なう健康診断を受けなければならない。た事業者の指定した医師又は歯科医師が行なう健康診断を受けることを希望しない場合において、他の医師又は歯科医師の行なうこれらの規定による健康診断に相当する健康診断を受け、その結果を証明する書面を事業者に提出したときは、この限りでない。」労働安全衛生法66条5項)

と他の医師による健康診断の受診が認められています。労働安全衛生法とは異なる根拠に基づく健康診断の受診命令に対しても、同様の措置がとれないのかという問題です。

 また、会社指定の医療機関、医師を受診するものの、検査や治療を行うことまでは拒めないのでしょうか?

 昨日ご紹介した、東京地判令3.12.22労働判例ジャーナル124-62 TO事件は、この問題を考えるうえでも参考になります。

2.TO事件

 本件で原告になったのは、解散決議に基づいて清算中の株式会社です。元々は、株式・社債等有価証券の取得、保有、投資、管理、売買等を目的として営業していました。

 被告になったのは、原告との間で期間の定めのない労働契約を締結していた弁護士有資格者の方です。内部監査部門において、監査計画・立案書の作成等の行うに従事していました。

 職場内で奇声・大声を上げる、突然泣き出す、独り言をい何時受ける、同僚を怒鳴りつけるなどの言動が繰り返され、「身体、精神の障害により、業務に耐えられないとき」に該当するなどとして、原告は被告を解雇しました。しかし、被告が解雇の効力を承認しなかったことから、原告は被告を相手取って労働契約上の債務が存在しないことの確認を求める訴えを提起しました。

 この事案では、解雇に先立って受診命令が出されており、その時系列は、次のとおりと認定されています。

(裁判所の事実認定)

・6月30日における精神科の受診

被告は、6月30日、精神科を受診し、『傷病名該当なし』『現状で就労に問題となる点は認められない』と診断された。被告は、7月3日頃、同診断に係る診断書を原告に提出した。

・7月21日及び7月24日の面談の概要

「被告は、7月21日、d常務と面談した。」

被告は、d常務から、7月24日午後3時から産業医面談を受けるよう指示されると、『嫌です。』と述べ、興奮した様子で立ち上がり、d常務に詰め寄りながら、『理由はなんですか。』と述べた。

d常務は、中会議室やセミナー室で周りに聞こえるくらい泣いていたように、精神的に疲れていることが見て取れる旨を述べたところ、被告は、立ち上がり、声を張り上げながら、『誰も何もしてくれないじゃないですか。何も対応してくれないじゃないですか。』などと述べ、産業医面談を受けることを拒否した。

「d常務は、産業医面談は原告による指示であり、被告の言動が原告の風紀を乱している旨を指摘したところ、被告は、指示に従わなかったらどうなりますか、などと述べた。d常務が、会社の指示に従わない場合、解雇、退職勧奨、休職、継続勤務などがあり得ると述べると、被告は、d常務に詰め寄り、大声で、『解雇ってことですか。』『解雇はやめてください。』などと述べ、産業医面談を受けることを拒否し、面談を終了した。

「被告は、7月24日、d常務と面談した。」

「d常務は、被告に対し、被告が奇声をあげたり産業医の面談も拒否したりするようでは一緒に仕事をやっていけない旨を述べると、被告は、『弁護士業務も会社の法務部も栄養士としても、営業も事務も法律事務所も全部だめ。どこにいってもだめ。できることない。誰にも対応してもらえない。どこにも行くところがない。生きる価値もない。』などと述べた。」

「d常務は、被告に対し、このまま指示・命令に従わない場合には懲戒処分や解雇もあり得る旨を告げると、被告は、机を叩き、大声で、『解雇はやめてください。するのであれば退職勧奨してください。解雇されたら行くところがなくなる。』などと述べた。被告は、d常務から、退職勧奨すれば指示に応じるかと問われても、『応じません。』と答え、第三者の立合いや原告に提出済みの診断書の返還がされない限り、産業医の面談には応じられない旨主張したが、最終的には、産業医の面談を受けることとなった。

・7月27日における被告の言動

「被告は、7月27日、午後3時過ぎ頃、原告の旧本店所在地であるeビルのオープンスペースにおいて、内部監査担当者と口論した。これを目撃したd常務が、被告をcビルの中会議室に移動させた上で、事情を聞いていたところ、被告は、同日午後5時50分頃、d常務に対し、『お前なんて何もしてないじゃないかー』と大声を出して言い寄り、左肩を押して、シャツを引っ張り、その後、大声で床に泣き崩れた。被告は、その後も、会議室において、d常務に対し、『議事録のことを社長に死ぬほど説明しているけれど、何もしてくれない。』『寝ずに死ぬほど書いたのに、何もしてくれない。』などと述べ、ファイルを床に叩きつけた。」

・8月4日における産業医との面談

被告は、8月4日、産業医と面談した。

「産業医が、被告に対し、産業医面談の日程を変更した理由を問うと、被告は、産業医面談に応じれば退職に追い込まれると思った、前職でもそのようにして退職させられ、転々と職を変えたなどと述べた。」

「産業医は、被告に対し、検査を受ければ、自身では気付かない体調不良の原因が分かる旨を説明したが、被告は、体調が悪いとは感じておらず、提出済みの診断書にもその旨が記載されていると述べた。」

「産業医は、被告に対し、そのような言動をすること自体が普通ではない、現に目が赤い、泣いているようだなどと述べ、脳神経の検査が必要である旨を伝えた。産業医は、被告の症状について、脳が過緊張になっており、脳神経系の疲労が疑われると診断し、被告に対し、銀座メンタルクリニックで検査を受けるよう指示した。」

・8月7日におけるメンタルクリニックの受診

被告は、8月7日、銀座メンタルクリニックを受診した。原告は、同クリニックにおいて、適応障害や人格障害等の可能性がある旨の指摘を受け、検査して治療するのが通常であるとの説明を受けたものの、精神疾患の治療を受けていることはその後の就職活動にとってマイナスであり、通院や治療は望まないとの考えから、検査や治療を受けなかった。

 その後、被告は解雇されることになりますが、裁判所は、次のとおり述べて、解雇は有効だと判示しました。

(裁判所の判断)

「被告は、3月から7月までの間、職場内で奇声、大声を上げる、突然泣き出す、物に当たる、独り言を言い続ける、大声を出したり肩を押したりして同僚に詰め寄る、などの言動を繰り返しており、産業医から、脳が過緊張になっており、脳神経系の疲労が疑われると診断された。これらの言動の態様や頻度、産業医の診断に照らせば、被告が精神面での不調を抱え、業務に従事することができる状況になかったことや、周囲の従業員に不安を与え、職場の風紀、秩序を乱していたことは明らかであるから、被告には、就業規則43条1項1号及び同項8号、29条4号〔2〕所定の解雇事由が認められる。」

なお、前記・・・のとおり、被告は、6月30日、精神科において、『傷病名該当なし』などとする診断を受けたものの、同診断は、職場における被告の言動を踏まえた上でされたものであるかは明らかでないから、前記・・・の判断を左右するものとはいえない。

「また、被告は、原告からたびたび産業医の面談を指示されながら、これを繰り返し拒否していた・・・。さらに、被告は、産業医から、銀座メンタルクリニックで検査を受けるよう指示され、同クリニックで適応障害や人格障害等の可能性がある旨の指摘を受け、検査して治療するのが通常であるとの説明を受けたにもかかわらず、精神疾患の治療を受けていることはマイナスであり、通院や治療は望まないとの考えから、検査や治療を受けなかったものである・・・。そうすると、被告には自身の精神面での不調に真摯に取り組む姿勢が見られなかったといわざるを得ず、休職等の方法によりこれを改善させる見込みも乏しかったと認められる。加えて、原告は、被告に対し、合意退職を打診したものの、被告が退職日を1年後とする内容を提示したため、合意に至らなかったこと・・・にも照らせば、本件解雇をしたことはやむを得ないというべきである。

したがって、本件解雇には客観的に合理的な理由があり、社会通念上も相当であるから、有効である。

3.やはり基本的には会社所定の医療機関・医師のもと検査や治療までした方がいい

 裁判所は上述のとおり述べて、自分で見つけてきた医師から「傷病名該当なし」と書かれた診断書を取り付けるだけではダメだと判示しました。

 また、検査・治療を拒否したことは、解雇の正当性を基礎づける事情として評価しました。

 労働安全衛生法の趣旨、同法上の健康診断との均衡を考えると、やや硬直的ではないかという感もありますし、この裁判例の射程を考えるうえでは労働者の側の行動傾向がやや特異であったことも加味する必要はありますが、やはり受診命令には、医療機関や医師の指定や、検査・治療を受けたりすることまで含め、従っておいた方が無難であるように思われます。