弁護士 師子角允彬のブログ

師子角総合法律事務所(東京:水道橋駅徒歩5分・御茶ノ水駅徒歩7分)の所長弁護士のブログです

独り言に注意-意外と使用者は記録化している

1.案外問題になる独り言

 仕事中に独り言をつぶやく方がいます。

 物理的に他人に害を与える行為ではないためか、甘く見ている方は少なくない印象がありますが、裁判例でもしばしば問題になります。

 どのような形で問題になることが多いのかというと、精神疾患・メンタルヘルスとの関係です。独り言をブツブツと言いながら仕事をしていると、言っている本人の認識はともかく、周囲からは奇異に思われます。結果、職場で浮いてコミュニケーション能力不足を理由に退職勧奨を受けたり、精神科への受診命令を出されたりします。実際に病気が背景にあることも少なくないため、受診命令の適否に関しては一概に判断できませんが、大抵の労働者はこの段階で事態の深刻さに気付くと共に、それほどの頻度・態様ではなかったと反論を試みます。

 しかし、独り言が深刻な事態にまで発展している時には、使用者側によって既に詳細な記録が作成されていることが少なくありません。こうした記録の信用性を弾劾することは一般的に困難でもあります。そのことは近時公刊された判例集に掲載されていた裁判例からも推知することができます。東京地判令3.12.22労働判例ジャーナル124-62 TO事件です。

2.TO事件

 本件で原告になったのは、解散決議に基づいて清算中の株式会社です。元々は、株式・社債等有価証券の取得、保有、投資、管理、売買等を目的として営業していました。

 被告になったのは、原告との間で期間の定めのない労働契約を締結していた弁護士有資格者の方です。内部監査部門において、監査計画・立案書の作成等の行うに従事していました。

 職場内で奇声・大声を上げる、突然泣き出す、独り言をい何時受ける、同僚を怒鳴りつけるなどの言動が繰り返され、「身体、精神の障害により、業務に耐えられないとき」に該当するなどとして、原告は被告を解雇しました。しかし、被告が解雇の効力を承認しなかったことから、原告は被告を相手取って労働契約上の債務が存在しないことの確認を求める訴えを提起しました。

 本件では被告の言動として、次のような事実が認められています。

(裁判所の事実認定)

ア 被告は、3月31日午後2時4分頃、大声で『やだやだやだー。』と突然独り言を言い始めた。

イ 被告は、4月4日午後0時47分頃、大声で『やだやだやだー。』と突然独り言を言い始め、机をどんどんと叩き、『休みも何にもないし。』などとつぶやいた。被告と同じフロアで勤務する原告の従業員は、原告の取締役に対し、被告と同じ部屋で仕事をするのに不安がある旨を相談した。

 被告は、同日午後2時47分頃、午後2時52分頃及び午後3時33分頃にも、大声で、『やだやだやだー。』と突然独り言を言い始めた。

 被告は、同日午後3時47分頃、大声で、『やめたい。』などと独り言を言い始め、『部署じゃない仕事ばかりやってくるし。』『誰にも助けてもらえないし、やだやだやだ、回らなかったら全部責任回ってくるし。』と大声で独り言を言いながら、書類を乱暴に扱った。被告は、さらに、『もう一人の人は何もしないし、足はひっぱってくれても。』『他には何も教えてもらえないし。』『我慢するしかしょうがない。』などとつぶやいた。

 被告は、同日午後4時4分頃、泣き出し、同日午後5時頃には、トイレで『ギャー。』という奇声を上げ、その後『ごめんなさい。』と突然叫んだ。

 被告は、同日午後5時19分頃、『やりたくない、やりたくない。』と大声で独り言を言いながら泣き出し、午後7時頃には、突然、セミナールームで『ギャー。』という奇声を連続して発していた。この際の奇声は、セミナールームと同じフロアにある最も離れたデスクに座っていた従業員にも聞こえていた。

 被告は、同日午後7時30分頃、セミナールームで泣きながら仕事を続けており、原告の従業員が声を掛けたところ、大声で『ほっといてください。』と言い、『これで帰ったら次がないんです。もうそのまま退職ですよね。後ろに引けないんです。』と切羽詰まった様子で述べた。

ウ 被告は、4月5日午後3時44分頃、独り言を言いながら、鼻をすすり、泣いており、同日午後4時20分頃、『くびになるのかな。』とつぶやいた。

 被告は、同日午後7時19分頃、『人並みの生活も。』などと不満をこぼした後、『やだやだやだー』と大声で独り言を言いながら、机をバンと叩き、席に着いた。 

 被告は、同日午後7時25分頃、『嫌だ嫌だ嫌だ。』と大声で独り言を言いながら、机をたたき出し、『やめたい。』とつぶやいた。

 被告は、同日午後7時45分頃、『人並みの生活も送れやしない。』『生きるのやめたい。』などと、独り言を繰り返した。

エ 被告は、4月7日午後5時3分頃、深くため息をついた後、『あーやだやだ。』と独り言を述べ、その後も独り言を続けた。原告は、同日午後5時5分頃にも、大声で独り言を言い、同日午後5時10分頃も、ため息をつきながら文句を言い続けていた。被告は、午後5時31分頃、『はーあ。』とやや大きなため息をつき、午後7時28分頃及び午後7時51分頃には、『やだぁー。』などと言いながら、泣いていた。

オ 被告は、4月21日午後0時25分頃、経を唱えるように、ぶつぶつと文句を言い始め、午後0時29分頃には泣き出した。

カ 被告は、4月26日午後3時40分頃、同室の役職者が別室の取締役に呼ばれた際、『くびになるんだー。またどこにも行くところがない、どうしよう。』などと言って泣き出し、トイレに向かった。原告の役職者は、被告に対し、『他人の迷惑になるような行動はやめて、ちゃんと仕事をしてください。』と伝えた。

キ 被告は、5月1日午後0時25分頃、同室の役職者が席を立った直後、『やだやだやだ。』とつぶやき、この少し前にも、『やりたくない。』と言いながら部屋を出て行った。被告は、同日午後5時40分頃、何か言いつつ、泣きながら部屋を出て行った。

ク 被告は、5月11日午前10時頃及び午前10時17分頃、突然何かを言い出し、トイレに出て行った。被告は、同日午前10時19分頃、何かをつぶやきながら席に着いたが、同日10時22分頃にも泣いていた。

ケ 被告は、5月15日午後4時40分頃、役職者が役員室に入った直後、ファイル等を席の横のガラスの壁や床に叩きつけ始めた。原告の従業員が『隣の人に当たらないように注意してくださいね。』と伝えると、被告は、『隣の人には当たってません。ものには当たっていますけど。』と述べた。同従業員がこの様子を取締役に報告し、自席に戻ったところ、被告は、依然として書類やファイルを床に叩きつけていた。同従業員がなだめようとしたところ、被告は『大丈夫だからいいんです。』『他の部屋に行きますからいいんです。』などと述べた。同従業員が、他の部屋は埋まっている旨を伝えると、被告は、『じゃあ外に行けばいいんですよね、外に行きますから。』と述べて、部屋を出て行った。被告は、同日午後5時40分頃、隣のビル1階にあるコンビニにいたところを取締役に発見され、cビルに戻った。

コ 被告は、5月16日午前9時30分頃、労務担当者から、産業医の面談のため、『5月29日の午後3時にお時間ありますか。』と問われると、『ありますが、内容は何ですか。』『労務の仕事なら受けられません。』などと言った。被告は、会議室への移動を促されたが、『何の用ですか。』と述べ、動こうとしなかった。被告は、労務担当者から、産業医の面談の件であることをメモで伝えられると、『辞退します。』と言い、興奮した様子で『今までずっとそうでしたから。』『産業医面談なんて休職で解雇じゃないですか、今までずっとそうでしたから。』『前にもお伝えした通り、私、次がないんです。』『どこにも行くところが無いんです。』『今後も絶対拒否します。』と述べた。

サ 被告は、6月19日午後0時頃、セミナールームにおいて、原告の従業員に対し、トイレの中まで聞こえるほどの声量で怒鳴っていた。

シ 被告は、7月4日午後9時6分頃、取締役が帰った後、『あーやりたくない。何もできやしない。』『回答が出るまで2か月かかるのかな、3か月かかるのかな。』と言いながら、物に当たっていた。

 被告は、同日午後9時29分頃、唸り声を上げた後、『こんなにやったってどうにもなんないし。』『あー、やだやだ。』と言いながら、紙やペンを投げつけた。被告は、続けて、『やだやだやだ。』『何にもなんないし、あーやだやだ。』『頭にくるよ。』『回答すらもらえない。』『どうせどこ行っても一緒だしー。どこにも雇ってもらえないから、あーしなきゃ。』などと発言し、物に当たった。被告は、しばらくした後も、机の引き出しをわざと音を鳴らすようにして開け閉めし、ペンを投げつけるなどした後、『くびにならずに給与もらえるだけでいいんだよ。』『くびにならないだけましだよ。』などと立て続けに独り言を述べた。

ス 被告は、7月18日午前8時45分頃、朝礼時に『もういやだ。』とつぶやきながら突然泣き出し、労務担当者から朝礼から外れるように促されたが、その場を動かなかった。
セ 被告は、7月20日午前11時20分頃、中会議室において、隣の部屋まで聞こえるほどの声量で、『うおー。』と奇声を発した。被告は、中会議室前に移動しても大きな声を発していたため、原告の取締役と労務担当者が話を聞いたところ、『くびになるんですか。』などと述べた。

 原告の方は、

「6月30日、精神科を受診し、『傷病名該当なし』『現状で就労に問題となる点は認められない』と診断された。被告は、7月3日頃、同診断に係る診断書を原告に提出した。」

事実などを活用して、非行が保有していた行動記録や基礎資料の信用性を争いました。

 しかし、裁判所は、次のとおり述べて、行動記録や基礎資料の信用性を認めました。結論としても解雇の効力は認められています。

(裁判所の判断)

「被告は、本件行動記録及びその基礎資料は信用できないと主張する。しかしながら、証拠(甲8資料3、甲17~20)及び弁論の全趣旨によれば、

〔1〕原告においては、3月以前から、被告による業務中の態度に対するクレームと不安が多く寄せられていたものの、その内容について記録化されていなかったこと、

〔2〕同月以降、労務担当者と被告とが同室で勤務することとなり、女性従業員からも不安の声が寄せられたため、原告の当時の代表取締役の指示により、被告と同じフロアで勤務していた社会保険労務士及び労務担当者が、被告の言動の記録化を始めたこと、

〔3〕被告の言動については、被告の社会保険労務士及び労務担当者が、直接見聞きし、又は、他の役員及び従業員から聴取した被告の言動が記録化され、記録化の都度、その翌日までには全ての取締役に報告されていたこと、

〔4〕被告の言動に関する取締役への報告は、約4か月の間に21回以上されたこと

が認められる。」

「また、本件行動記録の基礎資料は、被告の言動について、日時、場所、内容が具体的かつ詳細に記載されており、これを取りまとめた本件行動記録についても同様に評価することができる。」

「そして、被告は、

〔1〕6月19日の前後、原告の従業員との間で、室外に声が漏れるほど激しく口論をした(被告本人7、8頁)、

〔2〕6月28日に自宅待機を命じられた際、鬱の症状を疑われ、メンタルクリニックを受診するよう求められ、診断書を提出することになった(同10、30、33、34頁)、

〔3〕7月10日に2度目の自宅待機を命じられた際、うるさく騒いだことを指摘された(同13、30頁)、

〔4〕7月27日、内部監査担当者との間で度を越えた激しい口論になり、d常務に対しても詰め寄った(同16、17、36、37頁)、

〔5〕産業医面談において、脳神経系の疲れがある旨を指摘され、メンタルクリニックを受診するように指示された(同21、32頁)、

〔6〕銀座メンタルクリニックを受診した際、適応障害や人格障害等の可能性がある旨の指摘を受け、検査して治療するのが通常であるとの説明を受けた(同22頁)などと述べているところ、これらの供述は本件行動記録及びその基礎資料に沿うものである。
 したがって、本件行動記録及びその基礎資料には信用性が認められる。」

3.詳細な行動記録等の信用性を否定するのは結構大変

 上述のとおり、裁判所は、被告を対象とした行動観察記録やその基礎資料の信用性を認めました。

 一旦詳細に記録化された資料の信用性を弾劾することは必ずしも容易ではありません。被告の方が本当に病気であったのかは知る由もありませんが、いずれにせよ、独り言等の挙動が出ないように気を付けていれば、本件はまた違った結果になっていたのかも知れません。

 職場で独り言をつぶやくこと等は、リターンがない反面、リスクだけはしっかりとあります。病気でない場合に余計な独り言をつぶやかないのは当然として、病気である場合も医師に相談しながら独り言等をする機会等は減らして行った方がよいように思われます。