弁護士 師子角允彬のブログ

師子角総合法律事務所(東京:水道橋駅徒歩5分・御茶ノ水駅徒歩7分)の所長弁護士のブログです

TV局の視聴者コールセンターは大変?-視聴者からの不適切発言に反撃して失職した例

1.コールセンターは大変?

 「感情労働」という言葉があります。

 これは、

「顧客などの満足を得るために自身の感情をコントロールし、常に模範的で適切な言葉・表情・態度で応対することを求められる労働」

を言い、

「旅客機の客室乗務員をはじめとする接客業、営業職、医療職、介護職、カウンセラー、オペレーター、教職など」

が典型例であるとされています。

感情労働とは - コトバンク

 「感情労働」とされている職種は、その精神的な負荷の高さから、敬遠されることが少なくありません。特に、顧客等からの不適切な発言に対しても、怒りや不快感をあらわにすることが禁止されているコールセンターは、特に大変だとされている職種の一つです。

 個人的に見聞きする範囲で言うと、コールセンターで働く人たちは、感情をコントロールすることを相当強く意識しています。法律事務所には、しばしばコールセンターで処理できなくなった苦情の処理が依頼されますが、資料の引継ぎを受けていると「よくここまで言われて、言い返さないでいられるな。」と驚嘆することが少なくありません。

 とはいえ、コールセンターの職員も人間です。反撃したくなることもあるはずです。それでは、実際に反撃してしまった場合、どのような責任を問われることになるのでしょうか?

 この問題を考えるにあたり参考になる裁判例が、近時公刊された判例集に掲載されていました。横浜地川崎支判令3.11.30労働判例ジャーナル120-28 NHKサービスセンター事件です。

2.NHKサービスセンター事件

 本件で被告になったのは、NHKの放送の普及と番組周知の促進活動(広報)を行う一般財団法人です。

 原告になったのは、被告の運営するコールセンターのコミュニケーターとして期間1年の有期労働契約を17回に渡って更新してきた女性です(昭和34年生)。

 労働契約法18条による無期転換権を行使したため、無期雇用労働者になっていたのですが、60歳定年に達した後の再雇用を拒否されたことを受け、地位確認等を求める訴えを提起したのが本件です。

 高年齢者雇用安定法9条が65歳までの雇用確保措置を義務付けていることから(高年齢者雇用安定法9条)、そのようなことが可能なのかと疑問を持つ方がいるかも知れません。しかし、高年齢者雇用確保措置の実施及び運用に関する指針 平成24年11月9日厚生労働省告示第560号は、

「心身の故障のため業務に堪えられないと認められること、勤務状況が著しく不良で引き続き従業員としての職責を果たし得ないこと等就業規則に定める解雇事由又は退職事由(年齢に係るものを除く。以下同じ。)に該当する場合には、継続雇用しないことができる。

と規定しています。これは、クビになるような事情があれば、継続雇用制度の流れに乗せなくても構わないということです。本件の被告も、こうした行政解釈に基づいて原告の定年再雇用を拒否しました。

 ここで被告が再雇用拒否事由として持ち出したのは、マニュアルやルールを逸脱して視聴者に対応していたこと等でした。要するに、複数回に渡り電話をかけてきた視聴者と言い合いになっっていたことが問題だというものです。

 これに対し、裁判所は、次のとおり述べて、再雇用拒否に違法性はないと判示しました。

(裁判所の判断)

「原告は視聴者との電話対応で度々トラブルになっている。」

「これらのうち、・・・の原告が平成30年5月8日に放送済みの番組の再放送に係る高知県の視聴者からの問合せに対し、高知県内はローカル放送で別番組を放送するという情報を見落として、再放送予定を案内したことについては、必ずしもあらゆる情報を把握しているわけでないコミュニケーターの対応として、ある程度やむを得なかったものと認められる。また、カの原告が同年6月1日に視聴者からラジオの歌謡番組で放送予定の曲と曲の長さについての問合せを受け、これに対し、『楽曲の長さはセンターの決まりとして回答できない。』と言って回答を拒否したことについては、原告は、ラジオの歌謡番組の曲の長さは答えない旨のルールが本件コールセンター内にあったことからそのように対応したものであるが、同ルールは明文化されておらず、その周知も徹底されていなかったために、コミュニケーターの中には違う対応をしていた者もおり、結局その後同ルールは変更されたことが認められ・・・、その変更された時期が明らかでないことや周知の状況も不明であることなどに照らすと、原告の上記対応を直ちに非難することは適当でない。さらに、・・・原告が同月4日、映像画面に出ていたファッション誌名について視聴者から問合せを受けた際、原告が雑誌名を特定できないことを伝えて回答しなかったが、実際には雑誌名が放送映像に映っていたことについては、調べた上で改めて回答することも可能であったとは考えられるものの・・・、雑誌名が特定されていなかった以上、原告の対応にはやむを得ない面があったと認められる。」

「しかし、その余の原告の視聴者との対応をみてみると、被告の作成したルールを遵守せず、ひいてはそこから逸脱して、感情的にいわゆる売り言葉に買い言葉となって口論に発展した場面が少なくない。」

すなわち、原告は、視聴者に対し、言葉遣いは丁寧ではあるものの、例えば、『お客様も非常に失礼でございますね、私に対して』、『抗議申し上げます。抗議いたします。』などと述べ、『謝りなさい。』と言われると、『必要ございませんので。私、こちらの組合の責任者として、お客様に逆に抗議いたします。』などと述べたり、原告が視聴者のわいせつな発言に対して転送をせずに、『いい加減にしろ。てめえ。ふざけんな。』、『警察に言うとあなたは捕まりますよ。』、『犯罪です、犯罪です。警察に訴えます。』、『こちら逆探知できるんですよ。』、『もうあなたは犯罪者ですね。』などと述べたりしたことは、原告の怒りから発した感情的発言であり、『どのようなご意見に対しても感情的にならずに、冷静で穏やかな対応に努めてください。』とのルールを大きく逸脱し、コミュニケーターの対応として許容される限度を超えていると評価せざるを得ない。もとより、コミュニケーターも人格を持つ個人として尊重されることは当然であるが、接客業にある者が視聴者と口論をすることは、コミュニケーターとして求められる姿勢に明らかに反する。

「また、前記認定事実・・・のとおり、原告が視聴者に対し、客観的な根拠もなく、具体的な政党名を挙げてその議席数に言及するような発言をしたことは、NHKの選挙報道の信頼性の根幹にも関わる重大な問題で、公平・公正、自主・自律、不偏不党を旨とするNHKの業務を受託する被告のコミュニケーターとしては極めて不適切なものであったというほかはない・・・。」

「これらの原告の視聴者対応は、中にはそれ1つを取り上げれば比較的些細なものとみ得る余地があるとしても、それが度々繰り返されるものであった以上、原告の電話対応の問題や不適切さを示すものにほかならず、全体を総合してみれば被告が策定したルール及び就業規則に反するといわざるを得ない。」

(中略)

原告が平成30年10月24日に視聴者のわいせつな発言に対してSVに転送をせず、『それはセクハラですね。警察に言いますよ。』、『警察が調べればすぐに分かるんですよ。』、『いい加減にしろ。てめえ。ふざけんな。』、『警察に言うとあなたは捕まりますよ。』、『犯罪です、犯罪です。警察に訴えます。』、『こちら逆探知できるんですよ。』、『もうあなたは犯罪者ですね。』という発言をしたことについて、わいせつ発言に対する被告の不十分な対応に耐えかねて、やむにやまれず発言したものである旨主張する。

しかしながら、被告のルールに従えば、視聴者がわいせつな発言に至った場合にはコミュニケーターは直ちにSVに電話を転送し得るのであり、仮にすぐに転送ができない場合であったとしても、電話を保留やミュートにしてそのまま席を離れ、直接、SVやCCに転送の依頼をすればよく、そのまま電話を聞き続ける必要はないのであり、原告は、転送せずに、視聴者に罵声を浴びせ、犯罪者であることを告げるなどして、反撃を加えたことが認められるのであり、不適切な対応であったことは明らかである。

3.わいせつな電話に対して言い返した程度のことでも、適格性欠如の理由になる?

 裁判所は、視聴者からのわいせつな言動に反撃したことも、対応として不適切だったと判断しました。

 本件の被告は「猥褻電話の対応手順(再確認)」という文書を作成し、コミュニケーターらに周知していました。

 これに関しては、裁判所で、

「わいせつ発言をするような視聴者は、聴き手が感情的になっている反応を面白がることもあるため、相手にしないことが最良の対応であり、また、視聴者が通話を録音して、コミュニケーターの暴言部分等のみを取り出して公にするなどしてNHKの対応に対する悪評を拡散させることもあり得るので、徒に視聴者の挑発に乗ったりして口論や論争に及んではならないこととされていることには理由があり、上記『猥褻電話の対応手順(再確認)』は、わいせつ電話の対策として、コミュニケーターがわいせつ電話と判断した場合には、転送指示を待たずに直ちにミュートにして、SVに転送することを認め、さらにその日における同一人物からの2回目以降のわいせつ電話に対しては,コミュニケーターの判断により即切断可能としているものである」

と認定されています。こうした判示からすると、原告の方には、必ずしもわいせつな電話に対応することが義務付けられているというわけではなかったようです。

 とはいえ、わいせつな電話に対して多少強い言葉を使ったことを、失職に繋がるほどの理由として捉えることには、やや違和感を覚えます。

 再雇用拒否を基礎付けた理由はこれだけではありませんが、こうした厳しい処分を正当化する判断をみると、やはりコールセンターの仕事は過酷・大変なものだなと思います。