弁護士 師子角允彬のブログ

師子角総合法律事務所(東京:水道橋駅徒歩5分・御茶ノ水駅徒歩7分)の所長弁護士のブログです

公立学校の教育職員(教員)は、どのような業務で残業をしても時間外勤務手当の支給を受けられないのか?

1.公立学校の教師・教諭に残業代が支給されない問題

 メディアで採り上げられるようになり、既に多くの人に知られるようになっていますが、公立学校の教師・教諭には残業代が支給されません。

 給与月額の4%を基準とする教職調整額を支給される代わりに、法律で、

「教育職員については、時間外勤務手当及び休日勤務手当は、支給しない。」

と定められているからです(公立の義務教育諸学校等の教育職員の給与等に関する特別措置法(給特法)3条1項2項参照)。

 しかし、どのような業務で残業をしても、教員の方に時間外勤務手当等が支給されることはないのでしょうか?

 教員の方に時間外勤務を命令できる場面は、政令によって限定されています。具体的に言うと、「平成15年政令第484号 公立の義務教育諸学校等の教育職員を正規の勤務時間を超えて勤務させる場合等の基準を定める政令」は、

校外実習その他生徒の実習に関する業務

修学旅行その他学校の行事に関する業務

職員会議(設置者の定めるところにより学校に置かれるものをいう。)に関する業務

非常災害の場合、児童又は生徒の指導に関し緊急の措置を必要とする場合その他やむを得ない場合に必要な業務

いずれかの業務に従事する場合であって、臨時又は緊急のやむを得ない必要があるときでなければ時間外勤務を命じることができないと規定しています。

 しかし、教員の仕事は多岐に渡っており、上記4項目(超勤4項目)に限定されているわけではありません。上記4項目(超勤4項目)以外の業務に従事するために残業をした場合にも、やはり時間外勤務手当等は支給されないのでしょうか?

 この論点について判断を示した裁判例が、近時公刊された判例集に掲載されていました。さいたま地判令3.10.1労働経済判例速報2468-3 埼玉県事件です。

2.埼玉県事件

 本件は、埼玉県の市立小学校の教員の方が原告となって、

主位的には時間外割増賃金の、

予備的には時間外割増賃金相当額の損害賠償金の

支払いを求め、公立学校教育職員の給与・手当等の負担者である被告埼玉県を提訴した事件です。

 主位的請求が認められるべき理由として、原告は、大意、

時間外勤務を命じることができる場面は、超勤4項目に従事する場合に限定されている、

教職調整額は超勤4項目の時間外勤務に対する代償措置である、

超勤4項目以外の残業については、労働基準法37条に基づいて時間外勤務手当等が発生する、

という論理を展開しました。

 しかし、裁判所は、次のとおり述べて、労働基準法37条の適用が排除される業務は、超勤4項目に限られないと判示し、主位的請求を棄却しました。

(裁判所の判断)

「教員については、給特法3条2項において、時間外勤務手当及び休日勤務手当を支給しないものとし、地公法58条3項により、労基法37条の適用が除外されているところ、原告は、超勤4項目以外の時間外勤務を行った場合には、同条が適用されると主張するので、検討する。」

「すなわち、教員の職務は、使用者の包括的指揮命令の下で労働に従事する一般労働者とは異なり、児童・生徒への教育的見地から、教員の自律的な判断による自主的、自発的な業務への取組みが期待されるという職務の特殊性があるほか、夏休み等の長期の学校休業期間があり、その間は、主要業務である授業にほとんど従事することがないという勤務形態の特殊性があることから、これらの職務の特質上、一般労働者と同じような実労働時間を基準とした厳密な労働管理にはなじまないものである。例えば、授業の準備や教材研究、児童及び保護者への対応等については、個々の教員が、教育的見地や学級運営の観点から、これらの業務を行うか否か、行うものとした場合、どのような内容をもって、どの程度の準備をして、どの程度の時間をかけてこれらの業務を行うかを自主的かつ自律的に判断して遂行することが求められている。このような業務は、上司の指揮命令に基づいて行われる業務とは、明らかにその性質を異にするものであって、正規の勤務時間外にこのような業務に従事したとしても、それが直ちに上司の指揮命令に基づく業務に従事したと判断することができない。このように教員の業務は、教員の自主的で自律的な判断に基づく業務と校長の指揮命令に基づく業務とが日常的に渾然一体となって行われているため、これを正確に峻別することは困難であって、管理者たる校長において、その指揮命令に基づく業務に従事した時間だけを特定して厳密に時間管理し、それに応じた給与を支給することは現行制度下では事実上不可能である(文部科学省の令和2年1月17日付け『公立学校の教育職員の業務量の適切な管理その他教育職員の服務を監督する教育委員会が教育職員の健康及び福祉の確保を図るために講ずべき措置に関する指針』〔文部科学省告示第1号〕においても、教育職員の業務に従事した時間を把握する方法として、『在校等時間』という概念を用いており、厳密な労働時間の管理は求めていない。甲82)。このような教員の職務の特殊性に鑑みれば、教員には、一般労働者と同様の定量的な時間管理を前提とした割増賃金制度はなじまないといわざるを得ない。

そこで、給特法は、このような見地から、教員に対し、労働時間を基準として一定の割増賃金の支払を使用者に義務付ける労基法37条の適用を排除し、その代わりに、前記のような教育的見地からの自主的で自律的な判断に基づく業務に従事することで、その勤務が正規の勤務時間外に行われることもあり得ることを想定して、その労働の対価という趣旨を含め、時間外での職務活動を包括的に評価した結果として、俸給相当の性格を有する給与として、教職調整額を支給するものと定めたものということができる。

「ところで、労基法37条は、使用者に時間外労働への割増賃金の支払を義務付けて、時間外労働に従事する労働者への補償を行うとともに、使用者に経済的な負担を課すことで、時間外労働を抑制することを目的とした規定であるが、この規定の適用が排除されることによって、教員に無定量な時間外勤務が課され、教員の超過勤務の抑制という給特法の制定趣旨に反する結果を招来しかねないことになる。そこで、給特法は、教育職員に対して正規の時間勤務を超える勤務を命じることができる場合を、政令の基準に従って条例で定める場合に限定し(同法6条1項)、これを受けた平成15年政令及び埼玉県の給特条例は、前記の場合を超勤4項目に該当しかつ臨時又は緊急のやむを得ない必要があるときに限る旨を定めて、これにより、教育職員へ無定量な時間外勤務が課されることを防止しようとしている。」

「このように、給特法は、教員の職務の特殊性を踏まえ、一般労働者と同じ定量的な労働時間の管理にはなじまないとの判断を基礎として、労基法37条の適用を排除した上で、時間外で行われるその職務を包括的に評価した結果として、教職調整額を支払うとともに、時間外勤務命令を発することのできる場合を超勤4項目に限定することで、同条の適用排除に伴う教員の勤務時間の長期化を防止しようとしたものである。このような給特法の構造からすると、同法の下では、超勤4項目に限らず、教員のあらゆる時間外での業務に関し、労基法37条の適用を排除していると解することができる。

(中略)

「原告は、給特法制定当時と比較して教員の勤務時間が増加しており、もはや同法制定当時の制定趣旨を維持することはできないと主張する。」

「確かに、前記・・・によれば、小中学校教諭の1週間あたりの学内総勤務時間(ただし、昭和41年度については服務時間及び服務時間外の勤務時間の合計値)を見ると、給特法制定当時である昭和41年度では、小学校教員で50時間15分、中学校教員で51時間41分であったのに比べ、平成18年度には小学校教諭が53時間16分、中学校教諭が58時間06分、平成28年度には小学校教諭が57時間29分、中学校教諭が63時間20分といずれも増加傾向にあり、現在も数多くの教員が正規の勤務時間を超えて在校し、その業務に従事している様子がうかがわれる。そして、これらの在校時間の増加が、すべて自発的・自主的な業務の増加によるとはいえない面があり(実際に、B校長も、近年教員の在校時間が増加していることについて、保護者や地域社会が学校に求めるものが増加した結果、学校が組織として対応しなければならない場面が増加し、教員が自由な裁量を発揮できる場面が減少していることを原因の一つとして挙げている。・・・)、文部科学省も、社会の変化に伴い児童生徒が多様化する中で、語彙、知識、概念が異なる児童生徒各人の発達段階に応じて、指導の内容を理解させ、考えさせ、表現させるために、言語や指導方法をその場面ごとに選択しながら、適切なコミュニケーションをとって授業の実施等の教育活動に当たることが教員に期待されているとして、児童生徒各人の特性に応じたきめ細やかな教育活動を求めている・・・。このように、教員が行うべき業務が増加し、これに伴い総勤務時間が増加している現状を鑑みると、現時点においては、昭和41年当時の教員の勤務状況を基準として定められた給料月額の4パーセントの割合による教職調整額の支給をもってしては、現在における時間外勤務を行う教員の職務のすべてを正当に評価していないとする原告の問題点の指摘は、正鵠を射ている。

しかしながら、給特法が労基法37条を適用除外した趣旨は、教員の業務には自主的で自律的な判断に委ねられ、自発的に行うものが多分に含まれており、その日常業務には自主的な部分と指揮命令に基づく部分が渾然一体となっていて、これを峻別することが極めて困難なため、定量的な労働時間による管理になじまないとする点にあることは前示したとおりであり、このような教員の業務の本質は、現在でも変わるところがなく、労基法37条を適用除外して、教職調整額の支給制度を設けた根拠は全く失われていないから、現時点における教員の勤務の実情に照らしても、上記解釈を放擲することはできず、原告の主張は、立法論や制度論としてはともかく、給特法の解釈論としてはこれを採用することができない。

3.時代にそぐわないとされながらも残業代不支給の結論が維持された例

 現在、給特法による残業代不支給のルールは、時代に合っていないと強く批判されています。この批判が正鵠を射ていることは、裁判所も認めざるを得ませんでした。

 それでも、現行法上の解釈論としては、残業代は支給されないとの結論が維持されました。

 ルールとして不合理であることは誰の目にも明らかであり、速やかに立法的措置により是正されることが期待されます。