弁護士 師子角允彬のブログ

師子角総合法律事務所(東京:水道橋駅徒歩5分・御茶ノ水駅徒歩7分)の所長弁護士のブログです

即戦力中途採用の場合でも、能力不足解雇にあたり指導改善の機会付与を要するとされた例

1.能力不足を理由とする解雇

 労働契約法16条は、

「解雇は、客観的に合理的な理由を欠き、社会通念上相当であると認められない場合は、その権利を濫用したものとして、無効とする。」

と規定しています。

 能力不足(勤務成績不良)を理由とする解雇について、どのような場合に客観的合理的理由・社会通念上の相当性が認められるのかに関しては、新規卒業者と即戦力中途採用者とを分けて考えるのが一般的です。

 具体的に言うと、

「長期雇用システムの下の正規従業員については、一般的に、労働契約上、職務経験や知識の乏しい労働者を若年のうちに雇用し、多様な部署で教育しながら職務を果たさせることが前提とされるから、教育・指導による改善・向上が期待できる限りは、解雇を回避すべきであるということにな」る

「他方、高度の技術能力を評価され、特定の職位、職務のために即戦力として高水準の給与で採用されたが、その期待された技術能力を有しなかったという場合には、労小津契約上、労働者には給与に見合った良好な技術能力を示すことが期待されているといえるため、教育・指導が十分であったといえない場合であっても、比較的容易に勤務成績・態度不良に該当し、解雇の相当性が肯定されることになる」

と理解されています(佐々木宗啓ほか編著『類型別 労働関係訴訟の実務Ⅱ』〔青林書院、改訂版、令3〕395-396頁参照)。

 このように、即戦力中途採用者への解雇の効力を争う事案において、指導改善の機会が付与されていないという観点からの主張は、有効打になりにくい傾向にあります。

 しかし、近時公刊された判例集に、即戦力中途採用者に対する解雇であっても、指導改善の機会を付与すべきであることを明示した裁判例が掲載されていました。東京地判令3.7.12労働判例ジャーナル116-1 Zemax Japan事件です。

2.Zemax Japan事件

 本件で被告になったのは、世界各国に子会社を持つ米国所在のゼマックス合同会社(米国ゼマックス社)の子会社として、物理系ソフトウェア(光学設計解析ソフトウェア等)の販売及び顧客に対する技術的サポート(テクニカルサポート)等を業務としていた株式会社です。

 原告になったのは、被告との間でエンジニアリングサービスを主な職務として、労働契約(本件労働契約)を交わしていた年俸850万円の労働者です。具体的な業務内容としては、顧客からの技術的な質問に対してメールで回答するというエンジニアリングサーピスを担当していました。令和2年3月8日付けで被告から、

「労働能力もしくは能率が甚だしく低く、または甚だしく職務怠慢であり勤務に耐えないと認められたとき」

に該当するとの解雇通知書を交付されました。これを受けて、解雇無効を原因とすして、地位確認等を求める訴えを提起位したのが本件です。

 本件では原告の方が即戦力として中途採用された方であったため、指導改善の機会付与の点が解雇の可否との関係で、どのように評価されるのかが問題になりました。

 この問題について、裁判所は、次のとおり述べて、指導改善の機会を付与する必要があると判示しました。

(裁判所の判断)

「原告は被告の製品を含む光学を扱う業務について相当の知識と経験を有している旨の経歴を登録しており、被告はこれを受け、原告にテクニカルサポート業務等を行う相当の能力があると期待して原告を採用したものと認められ、原告が被告においてテクニカルサポート業務等を担当することは本件労働契約締結時に原告にとっても明らかにされていたといえるから、本件労働契約上、原告には、顧客からの相当数の質問について,少なくとも顧客から不満が出ない程度の内容の回答をする能力を有することが求められていたと認めるのが相当である。」

(中略)

このように能力不足を理由として解雇する場合,まずは使用者から労働者に対して,使用者が労働者に対して求めている能力と労働者の業務遂行状況からみた労働者の能力にどのような差異があるのかを説明し,改善すべき点の指摘及び改善のための指導をし,一定期間の猶予を与えて,当該能力不足を改善することができるか否か様子をみた上で,それでもなお能力不足の改善が難しい場合に解雇をするのが相当であると考えられる。

3.結論として解雇の効力は肯定されているが・・・

 本件では、上述のような規範が打ち立てられながらも、結論として、労働者への解雇の効力は肯定されています。労働者敗訴の事案ではありますが、即戦力中途採用者に能力不足を理由とする解雇を告知する場合であっても指導改善の機会付与を要すると判断されている部分は、汎用性の高い重要な判示で、同種事案の処理に参考になります。