1.ハラスメントを理由とする損害賠償請求
ハラスメントが問題となる事案では、一つ一つのエピソードとしては大したインパクトを持たないものの、全体としてみると被害者に強い精神的苦痛を生じさせているといったことが少なくありません。こうした事案では、個々のエピソードを、一つ一つ切り離すのではなく、総体として不法行為と認定・評価して欲しいという思いに駆られます。
しかし、個人的な経験の範疇で言うと、そうした主張が受け入れられることは、必ずしも多くはありません。裁判所は、ハラスメントを構成する個々のエピソードについて、各別に不法行為の成立要件への該当性を検討する傾向にあります。こうした個別的・分析的なアプローチをとると、不法行為該当性が否定されたエピソードは、訴訟上意味のある事実として、カウントされないことになります。このことは、ハラスメント事案における慰謝料が伸びにくい原因となっています。
現行実務にこうした問題意識を持っていたところ、近時公刊された判例集に、単独では不法行為にならない事実であっても、継続・累積すれば不法行為になるという理屈に触れた裁判例が掲載されていました。福岡高判令3.7.12労働判例ジャーナル115-52 損害賠償等請求(中学生らのいじめ)事件です。これは学校でのいじめ事件であり労働事件ではありませんが、採用されている考え方は、ハラスメントに関わる労働事件でも引用できるように思われるため、ご紹介させて頂きます。
2.損害賠償請求(中学生らのいじめ)事件
本件は市立中学校の生徒であった一審原告P1が提起した訴訟事件です。同じ学校の生徒であった一審被告P2~P9らからいじめ行為を受けたことを理由に、いじめを行った生徒(一審被告生徒ら)、その親権者(一審被告保護者ら)、学校の設置者である市を相手取って、損害賠償を請求しました。
この事件で、裁判所は、いじめの不法行為該当性について、次のとおり判示しました。
(裁判所の判断)
「平成24年当時において文部科学省が調査等において用いていた『いじめ』の定義は『当該児童生徒が、一定の人間関係のある者から、心理的、物理的な攻撃を受けたことにより、精神的な苦痛を感じているもの。なお、起こった場所は学校の内外を問わない。』というものである。また、同年当時はいじめ防止対策推進法の施行前であるが、同法2条1項で定義されている『いじめ』は、児童等に対して、当該児童等が在籍する学校に在籍している等当該児童等と一定の人間関係にある他の児童等が行う心理的又は物理的な影響を与える行為であって、当該行為の対象となった児童等が心身の苦痛を感じているものをいうとされている。これらのいずれの『いじめ』の定義に照らしても、一審原告P1は、上記の期間において、他の生徒からいじめを継続的に受けていたと認めることができる。」
「この点、一審被告生徒らは、一審被告生徒ら全ての者について一審原告P1に対する不法行為があったと認められない、あるいは、少なくとも自らの一審原告P1に対する不法行為は認められないと主張する。」
「しかし、認定事実・・・及び別紙4金銭交付等一覧表のとおり、一審原告P1は、一審被告生徒らから、長期間にわたって頻繁に金銭の交付を要求され、自らの意に反して金銭を交付せざるを得ない状況に追い込まれ、金銭をたびたび交付しており、交付した金銭の合計額は高額なものとなったことが認められる。このような事実がありながら、これと同時期に一審原告P1に対して加えられた有形力の行使等が、悪ふざけ、ちょっかいに当たる軽微なものしかなかったとは考え難い。」
「また、一審原告P1が他の生徒からされた個々の行為について、それだけが行われたとすれば不法行為とならないとしても、そのような行為が継続的に一審原告P1に加えられれば、それは全体として一審原告P1に対する不法行為(いじめ)となり得るといえる。」
「有形力の行使が『プロレスごっこ』の名目でされたものであるとしても、そのことによって、一審原告P1に加えられた当該有形力の行使が、全て悪ふざけ、いたずら、遊びのたぐいの行為であることとなって、社会通念上許されるとか、不法行為が成立しないことになるとは解されない。」
3.確かに、いじめとハラスメントの定義は異なるが・・・
学校内の「いじめ」とは、
「児童等に対して、当該児童等が在籍する学校に在籍している等当該児童等と一定の人的関係にある他の児童等が行う心理的又は物理的な影響を与える行為(インターネットを通じて行われるものを含む。)であって、当該行為の対象となった児童等が心身の苦痛を感じているもの」
をいうとされています(いじめ防止対策推進法2条1項)。
これに対し、パワーハラスメントは、
「職場において行われる優越的な関係を背景とした言動であつて、業務上必要かつ相当な範囲を超えたものによりその雇用する労働者の就業環境が害されること」
をいいます(労働施策総合推進法30条の2第1項)。
「いじめ」は優越的な関係が背景にあることを必要としませんし、何等かの苦痛がありさえすれば成立する点で、パワーハラスメントよりも広範に成立します。公法的な意味での違法性と、不法行為法上の違法性は異なるとはいえ、法的に消極的な評価が与えられている範囲が広いことから、学校内の「いじめ」の方が、パワーハラスメントよりも、多くの行為を捕捉しやすいのは、確かだと思います。
とはいえ、それ自体が不法行為に該当しないものでも、継続・累積することにより不法行為になり得ると判示されている点は、ハラスメントをめぐる裁判においても先例として引用できる可能性があり、重要な指摘であるように思われます。