弁護士 師子角允彬のブログ

師子角総合法律事務所(東京:水道橋駅徒歩5分・御茶ノ水駅徒歩7分)の所長弁護士のブログです

顧客奪取を防ぐための使用者側の過剰反応が藪蛇となった例

1.使用者側による必要以上に厳しい対応

 労働者の方から法律相談を受けていると、使用者側が労働者側に対して必要以上に厳しい対応をとっている場面を目にすることがあります。

 しかし、自社の従業員を殊更に貶めることは、往々にして良い結果には繋がっていないように思われます。近時公刊された判例集に掲載されていた、東京地判令3.3.30労働判例ジャーナル114-48 ユフ精器事件も、そうした事例の一つです。

2.ユフ精器事件

 本件で被告になったのは、心臓、血管カテーテル関連、手術用器具、機械等の医療機器の輸入、製造、販売等を業とする株式会社です。

 原告になったのは、被告の元従業員の方です。在職中は事業部門の課長の地位にありました。退職して同業他社に移籍した後、被告に対して、退職金規程に基づく退職金の支払を請求したのが本件です。

 これに対し、被告は、原告が取引先奪取行為に及んだことなどが退職金の不支給事由に該当すると反論したうえ、逆に、原告に対し、4618万6424円にも及ぶ損害賠償金を支払うよう反訴を提起しました。

 原告が取引先奪取行為に及んだことを否認したところ、裁判所は、次のとおり述べて、取引先奪取行為の存在を否定しました。

(裁判所の判断)

「(被告は、原告が)本件4病院に対し、取引先を変更するよう社会通念上自由競争の範囲を逸脱した方法で働きかけた旨主張する。」

「しかし、森山記念病院に関しては、上記・・・のとおり、被告の主張を採用することはできず、他に原告が森山記念病院に対し、取引先を変更するよう社会通念上自由競争の範囲を逸脱した方法で働きかけたことを認めるに足りる証拠はない。そして、森山記念病院以外の東京警察病院、東京北医療センター及び東京脳神経センターについては、原告が取引先を変更するよう働きかけたことを認めるに足りる証拠はない。」

「したがって、被告の前記主張を認めることはできない。」

「被告は、原告が、本件搬出行為、本件販売行為及び本件取引先奪取行為という一連の行為を行ったことにより、本件4病院は、被告との取引を終了させたと主張する。」

「しかし、原告は、前記・・・のとおり、本件取引先奪取行為をしたと認めることができない。そして、被告は、前記・・・のとおり、営業担当の社員が不足しており、原告とCの後任者も、営業を外されていたFや精神的不調に陥っていたGを充てざるを得ないような状況にあった。そして、被告の方で、原告が退職することとなった後に本件4病院に対して積極的な営業活動を行ったことは認められず、かえって被告は、前記・・・のとおり、東京警察病院に対して原告と連絡を取らないように求める書面を差入れるなどして被告の社内に紛争を抱えていることをあえて同病院に知らせてその印象を悪化させる行動にすら及んでいる。これらの状況に照らせば、本件4病院が被告との取引を終了したことは、かえって専ら被告のフォロー不足が原因であると推認することができ、本件搬出行為及び本件販売行為と本件4病院が被告との取引を終了させたこととの因果関係を認めることはできない。」

「したがって、被告の前記主張を認めることはできない。」

「以上によれば、被告の反訴に係る損害賠償請求は、その余の点について判断するまでもなく理由がない。」

3.従業員に対する過酷な扱いは取引先にも良い印象を与えない

 被告がした取引先の「印象を悪化させる行動」は、次のとおりです。

E(取締役 括弧内筆者)、経営企画室のK、F及びインターベンション事業部のGは、平成30年8月15日、東京警察病院を訪問し、被告の担当者がFとGに変更する旨、原告及びCについては就業規則違反の有無について確認中であるため連絡を取らないよう求める旨を記載した書面を同病院の担当者に交付した・・・。被告のこの対応によって東京警察病院の被告に対する印象は悪化した

 裁判所も指摘しているとおり、従業員と揉め事を抱えていることを、敢えて、取引先に伝えることに合理性を見出すのは困難です。それでも被告会社が所掲のような行為に及んだのは、原告が退職することに対し、過剰反応したからではないかと思われます。

 使用者と労働者とでは立場が違うため、利害が鋭く対立する場合があるのは、仕方ないことです。しかし、使用者が、感情的になって、必要以上に労働者に辛く当たるのは、見ていて気持ちのいいものではありません。それは時として、取引先の印象をも悪化させます。

 使用者側から苛烈な対応を受けた労働者の方の中には、不安を口にする方も少なくありません。しかし、過剰な対応は失点に繋がりやすいため、恐れなければならない場面は、そう多くないように思われます。