弁護士 師子角允彬のブログ

師子角総合法律事務所(東京:水道橋駅徒歩5分・御茶ノ水駅徒歩7分)の所長弁護士のブログです

職場による警察への協力要請に消極的な意見を表明したことは解雇理由理由になるのか?

1.不正調査への不協力の許容性

 労働事件の特性の一つに、似たようなテーマの問題であっても、異なった方向の裁判例が散在していることがあります。

 それは、会社によって行われる不正調査に非協力的な態度をとることが許されるのかというテーマでも例外ではありません。

 以前、会社が不正調査に用いる資料を税務署から入手するため労働者に税務代理権限証明書への署名押印等を求めることについて、正当な業務命令又は業務指示であると認定された裁判例を紹介しました(東京地判令2.6.25労働判例ジャーナル105-46 まるやま事件)。

会社から不正行為の調査を受ける時、どのように対応すべきか - 弁護士 師子角允彬のブログ

 しかし、非協力的な態度をとることについて、これを許容する方向を示した裁判例も存在しています。近時公刊された判例集に掲載されていた東京地判令3.2.26労働判例ジャーナル112-64 清流出版事件も、そうした裁判例の一つです。

2.清流出版事件

 本件は服務規律違反等を理由とする解雇の可否が問題となった事件です。

 被告になったのは、雑誌、書籍その他印刷物の制作及び販売等を目的とする株式会社です。

 原告になったのは、被告との間で期限の定めのない雇用契約を締結していた方です。

 平成30年4月ころ、当時の被告の代表者であるCによるパワーハラスメントの存在等を指定する匿名の文書(本件匿名文書)が被告の主要取引先等に送付されるという事件が発生しました。

 被告は本件匿名文書について警察署への相談を行いました。同警察署は、被告に対し、指紋及び唾液の任意提出を求める捜査(本件捜査)への協力を要請しました。

 これを受けて被告は、平成30年8月20日、従業員に対し、本件捜査への協力を求めました。

 しかし、原告は「〇〇警察署の件につきまして/Aです。」という件名で、

「皆さま、お疲れさまでございます。」

「今朝の会議につきまして、法的にいかがなものかと思い、複数のところへ問合せをしました。」

「労務の専門家、法律の専門家、人権の専門家などです。」

「どの方も一様に驚いていました。『基本的人権の侵害である』と。」

(中略)

「警察に指紋と唾液を提出したいと希望される人は、どうぞそのようになさってくださいませ。わたくしAは、専門家の皆さんのおっしゃっていることが至極まっとうなことだと思いました。神田警察へは参りません。」

「専門家の皆々様がおっしゃるよう、現在、労働者としての人権が踏みにじられていることをご自覚くださいますように。」

などと書いたメールを被告の従業員宛てに送付しました。

 被告は、これを解雇理由の一つとして構成したうえ、

「他の従業員が本件捜査に協力するか否かの意思決定に関与したり、本件捜査に協力しようとしている従業員を揶揄したりする権限は原告にはなく、原告による本件捜査メールの送信は、就業規則30条(服務の基本原則)及び31条2号(服務心得〔専断的行為の禁止〕)に違反する。」

などと主張しました。

 しかし、裁判所は、次のとおり述べて、原告によるメールの送付が解雇理由になることを否定しました。被告が掲げた解雇理由は、これ以外にも複数ありましたが、裁判所は、結論としても、解雇を無効であると判示しています。

(裁判所の判断)

「被告は、原告が本件捜査メールを送信したことが、本件捜査に協力しようとする他の従業員を揶揄し、職場の秩序を乱すものであり、また、自己の業務上の権限を超えて専断的な行為を行ったものであるとして、解雇理由に当たると主張する。」

しかしながら、被告が原告を含む従業員に対して本件捜査への協力を求めたのは、飽くまで業務外の事項について任意の協力を求めたものにすぎない・・・。そして、本件捜査メールの内容・・・は、任意捜査として行われる本件捜査について相談機関に相談した結果を紹介しつつ、原告が本件捜査に応じないことを明らかにした上で、他の従業員に対しても本件捜査に応じることについていささか棘のある表現を用いて疑問を呈したものといえ、受け取る者によっては不快に感じ得るものであることは否定し難いものの、上記のとおり本件捜査についての要請自体が業務外の事項について任意の協力を求めるものであることや現実には本件捜査メールが送信されたことにより本件捜査への協力を止めた者はいなかったこと・・・も考えると、職場の秩序を乱すものとまではいい難い。

また、そもそも上記のとおり本件捜査への協力の求め自体が業務外の事項について任意の協力を求めるにすぎないものであることも考えると、以上のような内容の本件捜査メールを送信したことが業務上の権限を超えた専断的な行為に当たるともいい難い

「加えて、被告自身、原告が本件捜査メールを送信してから本件嘆願書が提出されるまで、本件捜査メールの送信を問題視していなかった・・・。」

「したがって、原告が本件捜査メールを送信したことが本件主位的解雇の解雇理由に当たるとはいえない。

3.命令ではなかった等の種々の相違はあるが・・・

 まるやま事件の労働者は業務命令に従わなかったのに対し、本件の原告労働者は任意の協力要請に対し、非協力的な意見を表明したにすぎません。その他、種々の前提事実に相違があることから、まるやま事件と本件との結論の相違を矛盾なく説明することは、理論上可能であるとは思います。その意味で、まるやま事件とは、方向が違うというよりも、事案が違うという見方もできるとは思います。

 ただ、そうであるにしても、会社側からの協力要請に対し、自らが従わないだけではなく、他の従業員に対して消極的な意見表明をしたことが問題なしとされたことは、注目に値します。

 不正調査の際には、往々にして任意の仮面を被りながら強圧的な措置がとられるという事象が生じがちです。そうした場合に活用できる裁判例として、本件は銘記しておくべき裁判例であるように思われます。