弁護士 師子角允彬のブログ

師子角総合法律事務所(東京:水道橋駅徒歩5分・御茶ノ水駅徒歩7分)の所長弁護士のブログです

休職から復職を求める時の留意点-原職復帰にどこまでこだわるか?

1.復職要件

 私傷病休職から復職するためには、傷病が「治癒」すること、すなわち、

原則として従前の職務を支障なく行うことができる状態に回復したこと」

が必要と理解されています。

https://www.jil.go.jp/hanrei/conts/06/55.html

 しかし、これは飽くまでも原則であって、例外もあります。

 その典型は、職種限定のない正社員が復職する場面です。

 最一小判平19.4.9労働判例736-15 片山組事件は、

「労働者が職種や業務内容を特定せずに労働契約を締結した場合においては、現に就業を命じられた特定の業務について労務の提供が十全にはできないとしても、その能力、経験、地位、当該企業の規模、業種、当該企業における労働者の配置・異動の実情及び難易等に照らして当該労働者が配置される現実的可能性があると認められる他の業務について労務の提供をすることができ、かつ、その提供を申し出ているならば、なお債務の本旨に従った履行の提供があると解するのが相当である。」

と判示し、従前の職務ではなく、他の業務の労務提供であったとしても、債務の本旨に従った労務提供が認められる場合があると判示しています。

2.復職にあたって、どのような労務提供の意思を表示すべきか?

 復職に当たっては、上述のとおり、

基本的には従前の職務についての労務提供が必要、

ただし、例外として、一定の要件を満たす他の業務について労務提供を申し出ている場合には、それも債務の本旨に基づいた労務提供と認められる、

というルール設定がされています。

 ここで問題になるのは、どこまで原職復帰にこだわるのかです。

 確かに、原職復帰一本を主張すれば、復職が認められた場合に、不本意な部署で働かなければならないリスクは低減します。しかし、その反面、傷病が治癒したと認められなければ、自然退職など、労働契約上の地位を喪失してしまうことになります。

 他業務についての労務提供も併せて行うことは、それと表裏の関係に立ちます。復職は認められやすくなりますが、必ずしも原職に戻れるわけではありません。

 例外ルートでの復職を求めるにあたっては、他の業務についての労務提供の申出が必要であるため、この選択は慎重に行わなければなりません。

 近時公刊された判例集にも、復職にあたっての方針選択が慎重に行われたのか、疑義のある裁判例が掲載されていました。一昨日、昨日とご紹介させて頂いている、大阪地判令3.1.27労働判例ジャーナル110-20 日東電工事件です。

3.日東電工事件

 本件は私傷病休職からの復職の可否が争われた事件です。

 被告になったのは、包装材料、半導体関連材料、光学フィルム等の製造を事業内容とする株式会社です。

 原告(昭和49年生まれ)になったのは、被告と平成11年に職種限定のない雇用契約(本件雇用契約)を締結した方です。平成26年5月3日、趣味であるオフロードバイク競技の練習中に対向車と衝突する事故(本件事故)に遭遇し、頚髄損傷、頸椎骨折の傷害を負いました。

 本件事故当時、原告は被告のP3事業所内の「全社製造技術部門生産技術統括部基盤プロセス開発部第2グループ」(本件グループ)に所属し、人事制度「I-S」というコース・等級に位置付けられていました。

 「I(Innovation)-S」というのは「経営・事業の成長をリードする人財(42歳まで)将来のマネージメント(M)職、専門職(S)職候補」を意味しています。

 本件事故の翌日から有給休暇・休職に入り、リハビリテーションに取り組みましたが、平成27年9月30日を症状固定日として、下肢完全麻痺、上肢不全麻痺、神経因性膀胱及び直腸神経障害の後遺障害が残存しました。

 平成28年8月頃から、原告は被告に対して復職の意向を示しました。

 その後、被告との間で復職に向けた協議が行われてゆきますが、ここで原告の方針にブレが生じました。

 原告は、協議の初期段階では「勤務形態や勤務地等は状況に応じて相談したい等の記載をしたメールを送信」するなど比較的柔軟な姿勢を示していました。

 しかし、被告との間でP4事業所やP4事業所の特例子会社での勤務可能性が議論された後、原告は、

「面談時にP4のお話がありましたが、未検証のルートがありましたので、本日行ってきました。通勤安全面でNGと考えます。これでP3のみとなり調査、調整工数が減りましたので今年中に復職判定お願いできないでしょうか?」

と記載したメールを送信するなど、P3事業所への復職を求めました。

 しかし、被告は「復職可能とは判断できない」との産業医意見を踏まえ、平成29年2月3日、休職期間満了によって本件雇用契約を終了させました。

 この扱いが違法であるとして、原告は、被告を相手取り、地位確認等を求める訴えを提起しました。

 本件の争点は幾つかに渡りますが、その中の一つに、他の業務についての労務の提供の申出があったと認められるかがありました。

 原告は、

「P3の事業所の本件グループでの復職のみに固執してはいなかった」

などと主張し、他の業務についての労務提供もしていたと主張しました。

 しかし、裁判所は、次のとおり述べて、原告の主張を排斥しました。

(裁判所の判断)

「原告は、平成28年9月13日、被告担当者に対し、P3事業所での勤務を前提とした『在宅勤務が第一希望である』としつつも、『復職を最優先に考えているので、勤務形態や勤務地等は状況に応じて相談したい』等として、P3事業所とは異なる事業所での就労の可能性に言及する旨のメールを送信していた・・・。また、平成28年11月28日の面談の際も、被告担当者から本件グループ以外の仕事について水を向けられた際、同グループの仕事以外も想定しているかのような回答をしていた・・・。」

しかし、原告は、平成28年9月20日の面談時に、被告担当者から、障害者雇用を行う子会社(いわゆる特例子会社)での就労について水を向けられた際、『僕が持っているスキルとですね、多分、全然合わないと思うんですね、業務内容が。なんで、ひまわりはちょっとないなあ。』『メリットがなさそうですね。』等と否定的に述べていた。また、同日の面談において、原告は、被告との間で労働条件を変更して契約を締結することについても言及したが、労働条件の低下について聞かれた際は、低下の程度によるとした上で、『元々の契約で、在宅勤務で潜り込めへんかなあ、そういうのはやっぱりどないかならんかなあという。』と述べて、従前の契約にこだわりを示していた。さらに、原告は、同日の面談において、P3事業所での就労にこだわりを捨てないといけないかとも思っていると述べた後、(生産技術開発部のない)本社において一人で生産技術開発部の仕事ができるなら本社がいいと述べたものの、その後、本社勤務については話題にしていない・・・。」

「また、原告は、同年11月28日の面談時において、被告担当者から、『勤務の話で、こう、労働契約ちょっと見直しでどうかなていう話ありましたけど。』、『P1さんの中で、こう、イメージどんなんかあるんですかね。その見直していう話で言うと。』と尋ねられた際、原告は、『まああの~、在宅ですね。で、まああの、週に2日くらいは行くけどもぐらい、のイメージですね。』と答え、さらに、被告担当者が『その在宅での勤務の仕事、まあまあ、通勤の仕事もそうですけど、通勤した時のね。ここで言う仕事、どんな仕事、今は生技開のイメージですか?』と尋ねたところ、原告は、『まあ、基本は、生技開ですね。』と答えている。続けて、被告担当者が、『もし、生技開(本件グループ)でなかったら?』『構わない?』等と問い掛けたところ、原告は、『それはまあ、別に、特に』『はい。』等といったように、被告での復職を前提としたP3事業所における本件グループ以外の業務や他の事業所における就労の可能性を否定しないまでも、積極的にそれを求める姿勢を示さなかった。

「同日の面談において、被告担当者は、原告の体調面が心配であるなどとして、P4での勤務について考えられないか水を向けたが、原告は、『通勤する際の。僕の感じやと、P4の方が全然危ないですね。』等とP4事業所での就労に消極的な発言を続けていた。また、同日の面談において、被告担当者から、P4にある特例子会社についても話題にされたが、原告はこれに言及しなかった・・・。」

以上のような経過を経た後の平成28年12月1日、原告は、被告担当者(P15課長)に対し、『面談時にP4のお話がありましたが、未検証のルートがありましたので、本日行ってきました。通勤安全面でNGと考えます。これでP3のみとなり調査、調整工数が減りましたので今年中に復職判定お願いできないでしょうか?』と記載したメールを送信し・・・、その文言上からも、明らかにP3事業所での就労のみを希望する旨の意向を示した(なお、同メールには、平成28年中での復職審査会の実施を求めること、その実施が遅延する場合には休職期間が経過して退職に追い込まれると認識し、しかるべき対応をとること、弁護士との相談を開始したこと等について記載されており、原告において十分検討した上での意向表明と認められる。)。」

「さらに、原告は、平成29年1月23日、被告に対し、『休職期間の延長等申入れ及び質問事項書』と題し、復職後の労働条件の申入れとして、『私が合理的配慮として求める復職後の労働条件を、記載致します。私が復職した後の、貴社の私に対する安全配慮義務も考慮の上、私が求める復職後の労働条件を認めるのか否か、文書でご回答下さい。在宅勤務。週1回を限度に必要な時だけP3事業所へ出勤。裁量労働を適用し、在宅勤務をできるようにすること。新幹線、介護タクシー等、全ての通勤費用は貴社負担。障害者職業生活相談員の選任。復職時期が2017年2月3日以降に遅延、復職準備(2016年12月7日の電子メールに記載した訪問看護、ヘルパー、介護タクシー、新幹線)が間に合わない場合、職場環境整備(机の高さなど)の不備で業務に従事できない場合には、通常勤務したものとして、基本給、扶養手当、裁量労働、その他の手当、賞与を支給』とP3事業所における復職に際しての労働条件を明示した申入れをしている・・・が、このことは、原告がP3事業所における本件グループへの復職を強く主張しているものと解される。

「加えて、原告は、平成29年1月27日に実施された復職審査会に先立つ面談・・・では、本件グループ以外での就労の可能性やその希望等について言及することはなかった。」

「以上のような、復職に関する原告の言動の内容及びその経過等に照らせば、原告は、当初こそ、休職前の配属先以外での復職も想定していたと解されるものの、平成28年11月28日の面談の頃には、休職前の業務への復職のみを強く希望するようになってきており、平成28年12月1日以降は、明確にP3事業所における休職前の業務への復職についてのみ労務提供を申し出ていたものと認められる。」

「したがって、原告は、休職期間満了時において、休職前の配属先での従前の業務について就労の申出をしていたと認められるものの、他方で、配置転換等を前提とした他の業務について労務の提供の申出をしていたとは認められない。」

「これに対し、原告は、P3事業所の本件グループでの復職のみに固執してはいなかった、平成28年12月1日のメール・・・や平成29年1月23日付け書面による申入れの内容(前提事実(8)オ)は、本件グループでの復職に限定したり、復職に際しての労働条件を限定する趣旨のものではなく、原告は、希望する労働条件が認められないとしても、それ以外の条件での復職について検討することを想定していたなどと主張する。」

「しかし、平成28年12月1日のメールの内容や平成29年1月23日付け書面による申入れの内容、その前後の原告がした一連の言動の内容及びその経過に照らすと、休職前の配属先での就労の申出をしたと認められるものの、配置転換等を前提とした他の業務について労務の提供の申出をしていたとは認められないことは上述したとおりであり、原告の主張は、採用できない。」

4.職場復帰を優先させる場合には、明示的な他業務の受け入れを

 上述のとおり、裁判所は、原告の交渉態度を指摘し、他の業務についての労務提供の申出を認めませんでした。

 初期段階で柔軟な説明がなされていたことから、このままでは自然退職にならざるを得ないとの意思確認もせずに、他業務についての労務提供の申出がないと取扱ったことに、若干の違和感はありますが、

「他の業務・・・の提供を申し出」

たと認められるためのハードルが、比較的高いものとして設定されたことには留意しておく必要があるだろうと思います。

 復職に向けた交渉・調整作業には、事件の帰趨を左右する重要な問題が埋まっていることもあります。他の業務についての労務提供を申し出るにあたって対象となる「他の業務」をどの程度具体的に記述するのか、原職復にどこまでの力点を置くのかなど、高度な判断を要する場面が少なくありません。

 この種の事件を進めるにあたっては、余程会社が復職に前向きな姿勢を示しているあ合を除き、復職拒否された後ではなく、復職に関する協議を開始する段階から、弁護士を関与させた方が良さそうに思います。気になる方がおられましたら、ぜひ、当事務所までご相談をお寄せください。