1.合理的配慮の提供義務
障害者雇用促進法36条の3は、
「事業主は、障害者である労働者について、障害者でない労働者との均等な待遇の確保又は障害者である労働者の有する能力の有効な発揮の支障となつている事情を改善するため、その雇用する障害者である労働者の障害の特性に配慮した職務の円滑な遂行に必要な施設の整備、援助を行う者の配置その他の必要な措置を講じなければならない。ただし、事業主に対して過重な負担を及ぼすこととなるときは、この限りでない。」
と規定しています。
この本文に規定されている措置を講じる義務は、一般に「合理的配慮の提供義務」と呼ばれています。
2.復職の可否の判断との関係性
私傷病休職から復職するにあたっては、
「原則として従前の職務を支障なく行うことができる状態に回復したこと」
が必要と理解されています。
https://www.jil.go.jp/hanrei/conts/06/55.html
ただ、上記は飽くまでも原則であって、常に従前の職務を支障なく行うことができる状態に回復していなければならないかというと、そういうわけでもありません。
例えば、最一小判平19.4.9労働判例736-15 片山組事件は、
「労働者が職種や業務内容を特定せずに労働契約を締結した場合においては、現に就業を命じられた特定の業務について労務の提供が十全にはできないとしても、その能力、経験、地位、当該企業の規模、業種、当該企業における労働者の配置・異動の実情及び難易等に照らして当該労働者が配置される現実的可能性があると認められる他の業務について労務の提供をすることができ、かつ、その提供を申し出ているならば、なお債務の本旨に従った履行の提供があると解するのが相当である。」
と判示し、従前の職務に復帰できる状態でなかったとしても、債務の本旨に従った労務提供が認められる場合があると判示しています。
それでは、障害者に対する合理的配慮の提供義務は、復職にあたって「原則として従前の職務を支障なく行うことができる状態に回復したこと」が必要だとするルールの修正要因にはならないのでしょうか?
私傷病休職する労働者には、心身に何等かの後遺障害が残遺することも珍しくありません。こうした場合に、そのままでは従前の職務を支障なく行えはしないものの、一定の配慮をしてくれれば相当のパフォーマンスをあげられるとして、復職を求めることはできないのでしょうか?
昨日ご紹介した、大阪地判令3.1.27労働判例ジャーナル110-20 日東電工事件は、この問題を考えるうえでも参考になる判断を示しています。
3.日東電工事件
本件は私傷病休職からの復職の可否が争われた事件です。
被告になったのは、包装材料、半導体関連材料、光学フィルム等の製造を事業内容とする株式会社です。
原告(昭和49年生まれ)になったのは、被告と平成11年に職種限定のない雇用契約(本件雇用契約)を締結した方です。平成26年5月3日、趣味であるオフロードバイク競技の練習中に対向車と衝突する事故(本件事故)に遭遇し、頚髄損傷、頸椎骨折の傷害を負いました。
本件事故当時、原告は被告のP3事業所内の「全社製造技術部門生産技術統括部基盤プロセス開発部第2グループ」(本件グループ)に所属し、人事制度「I-S」というコース・等級に位置付けられていました。
「I(Innovation)-S」というのは「経営・事業の成長をリードする人財(42歳まで)将来のマネージメント(M)職、専門職(S)職候補」を意味しています。
本件事故の翌日から有給休暇・休職に入り、リハビリテーションに取り組みましたが、平成27年9月30日を症状固定日として、下肢完全麻痺、上肢不全麻痺、神経因性膀胱及び直腸神経障害の後遺障害が残存しました。
平成28年8月頃から、原告は被告に対して復職の意向を示しました。
そして、平成29年1月23日には、被告に対し、
「私が合理的配慮として求める復職後の労働条件を、記載致します。私が復職した後の、貴社の私に対する安全配慮義務も考慮の上、私が求める復職後の労働条件を認めるのか否か、文書でご回答下さい。
・在宅勤務。週1回を限度に必要な時だけP3事業所へ出勤。
・裁量労働を適用し、在宅勤務をできるようにすること。
・新幹線、介護タクシー等、全ての通勤費用は貴社負担。
・障害者職業生活相談員の選任。
・復職時期が2017年2月3日以降に遅延、復職準備(2016年12月7日の電子メールに記載した訪問看護、ヘルパー、介護タクシー、新幹線)が間に合わない場合、職場環境整備(机の高さなど)の不備で業務に従事できない場合には、通常勤務したものとして、基本給、扶養手当、裁量労働、その他の手当、賞与を支給。」
などと記載された書面(休職期間の延長等申入れ及び質問事項書)を提出しました。
しかし、被告は「復職可能とは判断できない」との産業医意見を踏まえ、平成29年2月3日、休職期間満了によって本件雇用契約を終了させました。
この扱いが違法であるとして、原告は、被告を相手取り、地位確認等を求める訴えを提起しました。
本件の争点は幾つかに渡りますが、その中の一つに、復職の可否の判断における合理的配慮の提供義務の位置付けがあります。
原告は、
「休職期間満了時において、休職中の労働者につき、休職前の担当業務を通常程度行うことができる健康状態の回復があるといえる場合には、その休職事由は消滅したものと認められる。」
「そして、この検討に際しては、改正障害者雇用促進法が事業主の義務として合理的配慮の提供を定めている趣旨を考慮すべきであり、合理的配慮の提供があれば、休職前の担当業務を通常程度行うことができる健康状態の回復があるといえる場合には、休職事由は消滅したと判断されなければならない。」
「さらに、休職前の担当業務を通常程度行うことができるとは、休職前と完全に同一の労務の提供ができるという意味ではなく、休職前の担当業務のうちの重要な業務の遂行に支障を来さない、あるいは、休職前の担当業務の本質的機能を遂行することができる、という意味に解すべきである。」
などと主張し、休職事由の消滅を主張しました。
しかし、裁判所は、次のとおり判示し、原告の主張を排斥しました。
(裁判所の判断)
「確かに、改正障害者雇用促進法36条の3は、事業主はその雇用する障害者である労働者の障害の特性に配慮した職務の円滑な遂行に必要な施設の整備、援助を行う者の配置その他の必要な措置を講じなければならない旨定めており、厚生労働大臣が同法36条の5に基づいて策定した事業主が講ずべき措置に関しての『合理的配慮指針』は、労働者が雇入れ時に障害者ではなかった場合を含む採用後における合理的配慮の提供についても言及がされている・・・。」
「しかしながら、改正障害者雇用促進法36条の3は、ただし書において、『事業主に過重な負担を及ぼすこととなるときは、この限りでない。』と定め、事業主に過重な負担を及ぼす場合、同条に定める措置を講じないことを是認している。」
「そして、前記認定にかかる原告の業務内容、後遺障害の内容、程度、身体能力及び健康状態、原告の業務内容や就労に伴う危険性(クリーンルームで就業することの危険性を含む。)等を勘案すると、合理的配慮指針に例示される程度の事業主に過重な負担とならない措置をもってしては、原告の業務の遂行は到底困難と解される。このことは、被告が資本金267億円、従業員数5000人を超える大企業であること・・・を考慮しても、本件の事情の下では左右されるものではない。」
「また、原告は、休職前の担当業務を通常程度行うことができるとは、休職前と完全に同一の労務の提供ができるという意味ではなく、休職前の担当業務のうちの重要な業務の遂行に支障を来さない、あるいは、休職前の担当業務の本質的機能を遂行することができる程度に健康が回復していたといえる場合をいう旨主張するところ、仮に、そのような前提に立ったとしても、既に認定説示した休職前の担当職務の内容、原告の後遺障害の内容、程度、身体能力、健康状態等に照らすと、事業主に過重な負担とならない措置をもってしては、原告が休職前の担当業務のうち、重要な業務の遂行に支障があり、あるいは担当業務の本質的機能を遂行することができる程度に健康が回復していたとはいえないというべきであるから、原告の主張は採用できない。」
「なお、原告は、P3事業所には他に車椅子を使用する従業員が在籍している旨指摘するなどしているが、本件証拠・・・及び弁論の全趣旨によれば、当該従業員は原告とは担当業務の種類を異にする者であって、クリーンルームへの立入りを必要としているとは認められないから、上記指摘は、前記結論を左右するものではない。」
「さらに、原告は、合理的配慮の提供に関連して、合理的配慮の内容を確定させるための『建設的対話』がなかったなどと主張するが、前記認定にかかる原告と被告間の復職に関する交渉経過等に照らすと、原告主張の評価ができるものではないから、原告の主張は採用できない。」
4.合理的配慮指針に例示される程度が一つの目安か
障害者雇用促進法36条の5第1項は、合理的配慮の提供義務について、
「その適切かつ有効な実施を図るために必要な指針・・・を定めるものとする。」
と規定しています。
これに基づく「指針」として、厚生労働省は「合理的配慮指針」と呼ばれる告示を出しています。
改正障害者雇用促進法に基づく「障害者差別禁止指針」と「合理的配慮指針」を策定しました |報道発表資料|厚生労働省
本件は労働者側敗訴事案ではありますが、合理的配慮として要求できることの可否の基準として、合理的配慮指針に言及している点に特徴があります。
裁判所の書きぶりからすると、行政解釈として合理的配慮であると認められている限度のことであれば、司法判断上も合理的配慮として認められる可能性が高そうに思われます。そして、合理的配慮指針で認められている程度の配慮すら行わず、機械的に従前の職務を支障なく行うことができる状態に回復しているかどうかを判断し、復職の可否を決めることは、法的にも消極的に位置づけられそうです。
合理的配慮指針には、それほど強力な措置は書かれていません。指針の範疇に収まる措置で復職の可否の判断が分かれるケースは、ある程度限定されるとは思います。それでも、今後、復職の可否を争う裁判においては、この指針を積極的に引用・参照して行くことが考えられます。