弁護士 師子角允彬のブログ

師子角総合法律事務所(東京:水道橋駅徒歩5分・御茶ノ水駅徒歩7分)の所長弁護士のブログです

雇用調整助成金を利用せずに行われた整理解雇の効力(解雇回避努力との関係)

1.解雇回避努力

 整理解雇=経営上の理由による人員削減のための解雇の効力は、①人員削減を行う経営上の必要性、②使用者による十分な解雇回避努力、③被解雇者の選定基準およびその適用の合理性、④被解雇者や労働組合との間の十分な協議等の適正な手続、という4つの観点から判断されると理解されています。

(90)【解雇】整理解雇|雇用関係紛争判例集|労働政策研究・研修機構(JILPT)

 新型コロナウイルスが流行し始め、企業への深刻なダメージが懸念されたころ、整理解雇の効力と雇用調整助成金との関係が議論されました。この時は、助成金を申請しなくても整理解雇は許容されるとする見解と、助成金を申請しないで行われた整理解雇は解雇回避努力との関係で効力に疑義があるとする見解と、大雑把に言って二つの見解の対立があったように記憶しています。

 しかし、雇用調整助成金などの諸般の支援策が効を奏したのか、極端かつ大規模な整理解雇が行われたという話はあまり聞かれず、長らくの間、整理解雇の効力と雇用調整助成金との関係については、公表裁判例に乏しい状態が続いていました。

 そうした状態の中、近時公刊された判例集に、雇用調整助成金と整理解雇の効力との関係性について、かなり踏み込んだ判断をした裁判例が掲載されていました。仙台地決令2.8.21労働判例1236-63 センバ流通(仮処分)事件です。

 センバ流通(仮処分)事件では、幾つもの興味深い判断が示されていますが、本項では解雇回避努力との関係について紹介します。

2.センバ流通(仮処分)事件

 本件は、労働契約上の地位の保全や、賃金の仮払の可否がテーマになった労働仮処分事件です。

 本件で債務者になったのは、タクシーによる一般乗用旅客自動車運送業等を目的とする有限会社です。

 債権者になったのは、債務者との間で有期労働契約を締結し、タクシー乗務員として働いていた方です。債務者から整理解雇されたことを受け、その無効を主張し、労働契約上の地位の保全や、賃金の仮払を求める仮処分の申し立てを行いました。

 本件の事案としての特徴は、雇用調整助成金の申請を行うことなく、整理解雇に踏み切られていたことです。

 これが解雇回避努力との関係でどのように評価されるのかが注目されたところ、裁判所は、次のとおり述べて、解雇回避措置の相当性について「相当に低い」と評価しました。事案の結論としても、整理解雇の効力を否定しています。

(裁判所の判断)

「債務者は、本件解雇に先立つ解雇回避措置として、令和2年4月17日以降、それまで、概ね16人から10人程度稼働していた従業員のうち4人程度を除いて休業させ、稼働する乗務員に残業や夜勤を禁止するなどして、賃金や残業代、深夜割増手当の削減をしたこと、取引先に対し値引き交渉を行ったことは疎明がある。」

「しかし、債務者は、本件解雇に先立ち、雇用調整助成金の申請や臨時休車措置の活用はしていない。

令和2年3月から4月中旬にかけて、厚生労働省や労働基準監督署、宮城県タクシー協会がホームページや説明会を利用して雇用調整助成金を利用した雇用の確保を推奨していたこと・・・、東北運輸局がホームページを利用して臨時休車措置の利用を推奨していたこと・・・、債務者自身が、令和2年4月20日から同月27日までの間、雇用調整助成金の利用を検討する旨の説明を債権者らや他の従業員にしていたこと・・・に照らすと、債務者は、本件解雇に先立ち、これらの措置を利用することが強く要請されていたというべきである。債務者の解雇回避措置の相当性は相当に低い。

「この点、債務者は、①緊急かつ高度の人員削減の必要性があり、時間をかけて解雇回避措置を実施する時間的余裕がなかった、②雇用調整助成金の受給を受けるまでの間休業手当の支払を継続するだけの財政的基盤がなかった旨を主張するが、当面の間は保有している現預金や融資を活用して資金繰りが可能であったことは上記のとおりである。債務者の主張は上記結論を左右しない。」

3.やはり整理解雇には、最低限、雇用調整助成金の申請が前置されるべきだろう

 整理解雇にあたり、雇用調整助成金の利用を強制するべきではないとする見解は、大体、本件の債務者のように、「そんな暇はない。」「いつ支給されるのかも分からない雇用調整助成金をあてにした資金繰りはできない。」といったことを指摘します。

 しかし、センバ流通(仮処分)事件の裁判所は、そうした論理を否定しました。

 雇用調整助成金は、厚生労働省のFAQによると、書類が整っている場合、申請から2週間程度で支給/不支給決定が行われるとされています。

雇用調整助成金(新型コロナ特例)|厚生労働省

https://www.mhlw.go.jp/content/11600000/000645247.pdf

 最初の緊急事態宣言の最中で支給までのスケジュールが不透明であったセンバ流通(仮処分)事件においてさえ、雇用調整助成金の申請を先行すべきことが強く意識されていることを考えると、スケジュールがある程度見通せるようになっている現在時点においては整理解雇を行うには、猶更、雇用調整助成金の申請を先行して行うべきことが求められることになると思われます。

 冒頭で、極端かつ大規模な整理解雇は、あまり耳にしないと申し上げましたが、小規模な整理解雇もどきの解雇は、日常相談業務に携わっているだけでも、一定数目にします。

 雇用調整助成金の申請すら行わない勤務先から、安易に整理解雇された方は、本件のような裁判例を根拠に、その効力を争うことを検討してみても良いのではないかと思います。