弁護士 師子角允彬のブログ

師子角総合法律事務所(東京:水道橋駅徒歩5分・御茶ノ水駅徒歩7分)の所長弁護士のブログです

事前承認制度のもとでの残業代請求-使用者側の意味のない反論

1.勝手に残業をしていた

 残業代を請求したとき、使用者側から、命じていないのに勝手に残業をしていただけだと反論されることがあります。

 しかし、このような反論は殆ど意味がありません。明確に残業を禁止していたのであればともかく、単に残業を命じなかっただけでは、黙認していたと認定される可能性が高いとされています(第二東京弁護士会 労働問題検討委員会『2018年 労働事件ハンドブック』〔労働開発研究会、初版、平30〕110頁参照)。

 こうした裁判実務を意識してか、近時は、残業を事前承認制にしている使用者も少なくありません。事前承認制のもとでは、建前上、残業は一般に禁止され、承認された場合にのみ許容されることになります。

 それでは、事前承認制のもと承認のないまま働いていた労働者は、使用者が労務を受領していたとしても、勝手に残業しただけだと取り扱われてしまうのでしょうか?

 結論から申し上げると、そのようなことはありません。残業代請求対策として、形式上、事前承認制が採用されていたとしても、制度として機能しておらず、残業が放任されていたような場合、残業代請求は普通に認容されます。昨日ご紹介した東京地判令2.10.15労働判例ジャーナル108-28 アクレス事件も、事前承認制のもとで勝手に労働者が残業していただけだとする使用者側の抗弁が排斥され、労働者側の残業代請求が認められた事案の一つです。

2.アクレス事件

 本件はいわゆる残業代請求訴訟です。

 被告になったのは、不動産の仲介、建築工事等を業とする株式会社です。

 原告になったのは、被告の元従業員です。退職後、残業代等の支払いを求めて被告を提訴しました。

 しかし、被告では残業に事前承認制が採用されていたため、終業時刻を過ぎての原告の労務の提供が時間外労働として認められるか否かが争点になりました。

 この争点について、被告は、

「原告が事前承認を得たことはないので、被告は原告に対して残業代を支払う義務を負わない。」

と主張しました。

 しかし、裁判所は、次のとおり述べて、被告の主張を排斥しました。

(裁判所の判断)

「被告は、被告においては事前承認がなければ残業代請求は認められない旨主張するところ、証拠・・・によれば、被告の就業規則第22条1項には『従業員が所定労働時間を超えて勤務する場合は、所属長から事前に時間外労働の可否および時間外労働時間数についての許可を得なければならない』旨、同2項には『所属長の許可を得ない時間外労働又は休日労働は、原則として会社は労働時間として取り扱わない』旨が定められており、第29条3項には『時間外労働、休日労働および深夜労働の実施は、会社の指示・命令によるか、または会社の承認を受けた場合に限るものとし、会社の指示・命令を受けた場合は正当な理由なくこれを拒否できないものとする』旨が定められていることが認められる。しかし、労基法32条の労働時間とは、労働者が使用者の指揮命令下に置かれている時間をいい、同労働時間に該当するか否かは、労働者の行為が使用者の指揮命令下に置かれたものと評価することができるか否かにより客観的に定まるものであって、労働契約、就業規則、労働協約等の定めのいかんにより決定されるべきものではないと解するのが相当であるから、就業規則上、残業の事前承認制度が設けられているからといって、直ちに事前承認を得ていない時間に関する割増賃金の請求が認められないとはいえない。そして、本件においては、被告の主張を踏まえても、被告において残業の具体的な事前承認の手続は何ら定められておらず、また、被告は原告の休日出勤について黙認していたというのである。さらに、平日の午前9時以前及び午後6時以降のタイムカードの打刻について被告が原告に対しなんらかの注意をしたなどと認めるに足りる証拠はないことからすると、被告は原告の平日の午前9時以前及び午後6時以降の労務提供についても結局は黙認していたというべきである。そうすると、原告の平日の午前9時以前及び午後6時以降並びに休日の労務提供についても、黙示的に被告の指揮命令下に置かれたものと評価することができるというべきであるから、上記の就業規則の規定により原告の割増賃金請求が制限されることはないと解するのが相当である。

3.形ばかりの事前承認制度がとられていても意味はない

 残業代請求を意識してか事前承認制度を設けてはいるものの、その運用がルーズな会社は少なくありません。本件は被告が承認手続すら定めていなかったという極端なケースではありますが、労働者が残業していることを認識していながら注意することもなく放置している会社は相当数に上ります。

 事前承認制度が採用されていたとしても、形ばかりのものであれば、あまり意味はありません。使用者側の反論は実質的な意味に乏しく、労働者側は普通に残業代を請求することができます。

 法律相談をしていると、事前承認制が採用されていることを過度に気にする方を目にすることもありますが、その具体的な運用を聞いていくと、それほど悲観する必要のない事案が多々認められます。

 事前承認制がとられているものの、自分も残業代を請求できるのではないか-そう疑問に思われた方は、ぜひ、お気軽にご相談ください。